第17号 2013.03.30発行 by 高井 潔司
    超大国へ、悩める中国
―「中国の夢」が作れない―
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官製「世界中国学論壇」の狙い
 今上海のホテルで筆を執っている。上海で開かれた「世界中国学論壇」に参加したのである。200人を超える海外の中国研究者、海外の中国学を研究する国内の研究者のほか、いかに中国のメッセージを海外に発信するかを研究する学者たちが一堂に会するという大規模なシンポジウムである。
 日本のマスコミは、上海にも支局があるのだが、取材に来ていなかった。取材に来ないのもわからないではない。何しろ、主催者は国務院新聞弁公室と上海市政府。全くの中国共産党と中国政府の肝煎りの会議であり、党の宣伝部門の責任者たちも開幕式、閉幕式を取り仕切っている。まあ、北京で開かれた全人代(国会に相当)の記者会見で、朝日新聞の記者が尖閣列島を中国の呼称である「釣魚島」という表現を使って質問したことがけしからんと批判するくらい純な日本の特派員たちだから、来ないのも無理はない。
 だが、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」。彼らの考えていること、やろうとしていることは、こういうところに行ってみてこそわかることがある。滞在の費用も飛行機代も出しますというあご足付だから、警戒したのか、あるいは最近の日中関係の悪化を慮ってか、日本の研究者の人も、若手を含めてわずか3人。しかし、数年前の会議では、日本を代表する研究者、毛里和子女史が「世界中国学貢献賞」をもらっているから、日本人の研究者の姿が見えないのは大きな様変わりである。招待されたのに来なかったのか、招待されなかったのかは定かではない。ただ私が日本の中国学を代表する人物であるわけでも、また私が中国では「親中国派」とは評価されているわけでもないので、今回、なぜ私が招待されたのか、私にとって大きな謎だった。

やはり「虎穴に入らずんば・・・」
 そんなことはどうでもいいことで、まず「虎穴」に入ることが大事である。なぜか。いまの日本のマスコミの中国報道からでは、中国が何を考えて、動こうとしているのか、見えないからである。昨年秋から今年にかけて、党大会、全人代を経て、あたらしい指導部が誕生したが、日本のメディアは「尖閣」問題を通してしか、中国を伝えていない。尖閣を意識して「海洋強国」を目指しているとか、「海洋局」の強化を図っているとか、そんな報道が目に付く。中国の新指導部にとって、対日政策は何十分の一、何百分の一のウェートしか占めていないのである。軍事や外交問題では、少なくとも日本よりアメリカを意識しているはずだ。だが、日本のマスコミは様々な問題を、強引に対日問題にひっかけ、しかも日本の観点から解釈して伝えているのである。
 それに国際報道に関して、私にはテヘラン特派員時代に学んだ一つの“教訓”がある。それは当時、毎日新聞の特派員だった鳥越俊太郎氏が、ある日、1ページを使って、過激派のヒズボラの若者をインタビューしてそのまま掲載したことである。もう30年近く前の話なので、具体的な内容は覚えていないが、われわれ並みの特派員が、ヒズボラはこんなに過激で、でたらめな連中と、取材対象にもしないし、彼らがデモやテロ事件を引き起こした時、その観点から取り上げていた。一体彼らが何を考え、こうした行動を引き起こすのか、彼ら自身の声をまず取り上げたのである。テヘラン特派員として、トータルに鳥越特派員の報道に負けたとはいまでも思っていないが、これだけは脱帽した。というより、国際報道は、個々の記事をどれだけ早く、多く掲載したかより、まず相手の言っていることをきちんと聞くというこの姿勢こそ学ぶべきであり、さっそく私は鳥越氏の真似をしていくつかのインタビュー記事を書いたものである。

手に入れた“虎児”
 話はあらぬ方向に飛んでしまったが、では一体上海でどんな“虎児”を手に入れることができたのか。シンポのテーマは「中国の現代化――道路と前景」で、私が最も印象に残ったのは、中国が今後、さらに経済発展し、世界一の経済大国となるにあたって、世界に対し、どんなメッセージを発信し、世界から受け入れられるかという点を強く意識し、どのような方面でソフトパワーを築くかという点に力を入れているという事だった。中国が後、20年前後でアメリカを追い越し、世界最大のGNP大国になることが予想されている。しかし、現在の超大国アメリカにはそれなりのソフトパワーがあり、「アメリカンドリーム」をふりまいているわけだが、中国の場合、国家イメージがあまりにも悪い。大国にふさわしいイメージ、つまり「中国の夢」をどう形成していくか、それをどう高め、広げていくのか、これが中国が世界一の経済大国になるにあたって至上命題となりつつある。それがうまく形成されなければ、実は中国に対する世界の警戒心を呼び覚まし、予想通りにGNP大国になることさえ難しくなるからだ。
 習近平氏が最高指導者に就任して、盛んに「中国の夢」を強調し、日本のマスコミでは、中華帝国の復活を目指す、ナショナリズム、愛国主義だと解説されている。もちろんその側面は否定できないし、庶民レベルで、そう考えている中国人も多い。だが、あまりにも低い国際社会での中国イメージの中で、世界の人々を引き付ける「アメリカンドリーム」に見合う「中国の夢」をどう作り出すか、その焦りの表現が、「ナショナリズム」のイメージを与えているのだ。世界と共有できる「中国の夢」をどう作り出すか、中国自身かなり悩んでいる。それほど単純に「ナショナリズム」の復活と切り捨てられないことを、この会議に参加してみてわかった。
 例えば、閉幕翌日の上海の新聞は、「自身を改造し、世界を改造しよう」「中国の夢は世界を必要としている」との見出しで、「中国の夢」実現が世界に受け入れられる必要があり、そのためには自身の改造がまず必要だと伝えている。決して、独りよがりな、中華帝国の復活を目指すナショナリズムではないのだ。それがわかったことが“虎児”を得たということだろう。

何が「中国の夢」か、まだわからない中国
 しかし、中国自身、一体、自分が世界にアピールすべき「中国の夢」が一体何か、まだ明らかではなく、もがいているところだと言えよう。体ばかり大きくなって「自分が何をしたいのかわからない」といっている日本の若者のようでもある。急速に経済成長して世界第1をうかがおうというのに、自身の夢、イメージ、価値観を見出せないでいる。
 シンポジウムの最終日の閉幕の辞で、上海社会科学院の王戦・院長が「さらに広範な共通認識となる東方文化の主流価値を鍛えよう」というタイトルの演説を行った。
 王院長は、まず習近平国家主席が先に閉幕したばかりの全人代で、「中国の夢」についてその深い意味を明らかにし、それは中国の精神を広く訴え、中国の力を結集しなければならないと指摘したと紹介した。そこまでなら、確かに日本のメディアが伝えるようなナショナリズムの高揚であろう。しかし、王院長は、「習主席は中国の精神は中華の伝統文化を発揚するだけでなく、その創造的な発展を促し、現代的な意義を付与し、民族性の中にもグローバル性を体現し、西欧の主流文化の価値と交流し、世界的な文化の優秀な成果を吸収し、融合するべきであると述べた」と付け加えた。中国の夢、精神の強調は決して排他的な発言ではないのだ。このあたりの指摘は、産経新聞はもちろん朝日新聞からも読み取ることはできないだろう。

「中国の夢」は「儒教精神」の実現?
 興味深いのは王院長のその後の指摘だ。王院長はグローバル時代の精神として、「信、義、仁、智、礼」の儒教精神を持ち出したことだ。これを「東洋の主流価値からグローバル社会において共有する共同的な文化価値に高めるためには、中国の大衆によって受け入れられ、アジア・太平洋地区の民衆から認知され、グローバルな範囲で認められる必要がある。共通認識に練り上げる必要がある」と訴えた。
 中国革命を通して否定されたはずの儒教精神を、「中国の夢」、「中国の精神」として蘇らせようとしている点に、この国の矛盾、不幸がある。それも共産党によって。そもそも、王院長自身、この演説で、「信」の欠如は、「今日のわが国の直面する最大の社会問題である」と述べている。「中華民族の偉大な復興を実現するために、われわれは必ず社会の信頼の欠如現象を転換させなければならない」とさえ言っている。
 また余談になるが、会議の翌日、私は中国の友人の招待を受けて、中国料理のレストランに行った。従業員は「禁煙ゾーンがいいですか」と聞いたので、上海も随分、洗練されてきたなと感じ入った。ところが、どうだろう。しばらくすると、禁煙ゾーンの一角から、タバコの煙が一斉に上がった。成金風の中国のおじさんたちがタバコを吸い始めたのだ。そこで、従業員に対して、「ここは禁煙ではないのか」と注意を促し、部屋に貼ってあった禁煙のステッカーを指差した。しかし、何と何と、喫煙の一団は、「お前たちこそタバコを吸えばいいだろう。余計なことをいうな」と、大きな声で怒鳴り始めた。従業員たちはただおろおろするだけで、何も言えない。礼儀も何もあったものではない。

政治、経済、社会の仕組み見直しが不可欠
 私は不愉快な経験の恨みを晴らそうとしているわけではない。こういう粗暴な一団にも同情しないわけではない。この粗暴な振る舞いこそ、彼らのビジネススタイルであり、ライフスタイルである。今の中国では、権力、権益を使い、粗暴な振る舞いをしなければ、こんな高級レストランで食事をすることも、高級タバコを見せつけるように吸うことも不可能である。現実には、「信、義、仁、智、礼」の精神など邪魔であり、危険でさえある。
 不幸なことに、中国では、「中国の夢」も「精神」もすでに存在して、それを世界に発信しようとしているわけではない。これから「練り上げる」というわけだ。現状ではとても世界から受け入れられるどころか、相手にもされないだろう。「中国脅威論」が生まれる素地がそこにある。
 経済だけは急速に発展し、指導者たちは世界と共有できる「チャイナドリーム」を持てずに、「焦っている」のがいまの中国の真の姿である。本当の意味の「儒教精神」を復活させるにも、経済の急速な発展の陰で、忘れ去られてきたそれに見合う政治や経済、社会の仕組みの転換が不可欠なのだ。その決断なしに、「中国の夢」は達成できない。

険しい「中国の夢」の道のり
 われわれ外国人参加者も、決してあご足付の招待に甘んじていたわけではない。イギリスから参加したマーティン・ヤコブ・ロンドン政治経済学院高級客員研究員は、閉幕式の特別講演で、中国の経済発展を高く評価しつつも、「それは中国が巨大な責任を担っていること、巨大な挑戦に直面することを意味している」「世界は中国に対して、自身と世界の双方向の関係を理解し、世界に対して巨大な衝撃を産んでいることを理解するよう要求している。だがよく知られているように、中国の世界に対する経験、知識は極めて限られ、狭隘である。もともと長い間世界から隔絶した状態でもあった。言葉を換えて言えば、歴史や環境的原因で、中国の視野は依然、かなり狭窄であり、中国の世界に与えている衝撃は、中国に対して世界的な度量を持つよう要求している。これこそが中国の人民の巨大な挑戦の所在である」と述べた。
 残念ながら、上海の新聞のほとんどは彼の前半述べた中国の経済発展の見通しばかりを報じて、後半のせっかくの心からのアドバイスを伝えていなかった。「中国の夢」は自身が変わらないと実現できないとの「智」もまだまだ国民の間に不足していると感じた。超大国へ目前の中国、本当の「中国の夢」実現の道のりは険しい。
(オンラインジャーナル「ライフビジョン」3月号からの転載) 
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