第2号 2012.11.19発行 by 高井 潔司×西茹
    18回党大会をめぐって――「政治報告」編
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西  18回党大会の初日、胡錦濤総書記による政治報告がありましたが、日本のマスコミはほとんど報告の中の「海洋資源の開発能力を高め、海洋経済を発展させ、海洋の生態環境を保護し、国家の海洋権益を断固とし擁護し、海洋強国を建設する」というくだりを取り上げ、「尖閣諸島の国有化を念頭に置き日本をけん制する」と解釈しています。
 しかし、この指摘はもともと報告の「大いに生態文明建設を推進する」という部分に出てきた話で、「国防」部分でも「外交」部分でもありません。単純に日中関係からのみ解釈しようとしたら、報告の本来の意図を理解する上で障碍になるし、真の中国理解にも影響するのではないでしょうか?

高井 きょうは授業の準備が忙しくて、政治報告の原文を読まず、日本の新聞を読んだだけで納得していたんですが、西さんの指摘を受けて、原文を読んでみると、確かに日本のマスコミはおかしいですね。例年なら政治報告は大会開幕と同時に日本語など主要言語に翻訳されたものが記者団に配布されるのですが、今回は配布されず、新華社がネットで各部分を同時中継の形で、細切れに配信していた。恐らく日本の新聞は夕刊に間に合わせるため、何が主要なニュースになるか、待ち構えていたと思います。私の住む東京近郊に配達される新聞(夕刊3版)は日本時間午前11時半の締め切り。中国時間10時半ですから、本当にギリギリのところで、勝負しています。ちなみに、日経、毎日は「海洋権益」のくだりを書いていますが、朝日は書いていません。日経、毎日は相当無理して、このくだりを突っ込んだと思います。十分、全体を読んで、報告の指摘を検討する時間がなかったと思います。

西 札幌市内は夕刊最終版ですので、朝日も「外交では『平和的発展』の原則を堅持するとしつつも、尖閣諸島問題などを念頭に『国家の主権を断固として守り、外部のいかなる圧力にも屈しない』と強調。「国家海洋権益を断固として守り、海洋強国を建設する」としたと書いています。翌日の朝刊の国際面の記事では、“領土・海洋”という枠を設け、「新たな戦略として注目を集めるのは、『国の海洋権益を断固守り、海洋強国づくりに取り組む』というくだりだ」と書きました。せっかく“新たな戦略”に気付いたのに、なぜ“新たな戦略”としての本来の意味を伝えないのでしょうか。本来の意味をちゃんと紹介してから疑問やら、批判やら書くのは大いに結構なんですが。

高井 海洋権益、海洋強国の問題が外交や国防の部分ででてこないこと、また直接、尖閣諸島の領有権の問題について論及がないことを、きちんと各紙書いていませんね。海洋云々が出てくるのは、環境問題やエネルギー問題を論じた「生態文明」の項です。9日朝刊の読売一面の記事も西さんが指摘しているように、一つの文の中に、国家主権の問題と海洋権益の問題を連ねて書いてあります。国際面に出ている報告の要旨を見ると、前半は「外交」の項に、後半部分は「資源エネルギー」のところに出てくる。要するにこじつけですね。しかも、読売と朝日、産経は、この部分、コピーアンドペーストしたのかと言いたくなるほど表現が酷似しています。これでは全く中国側の意図を誤解してしまいます。読売などは版を追うごとに、胡錦濤報告が、「胡錦濤理論を格上げ」から「日本をけん制」という具合に変わっている。政治報告は共産党の過去5年を統治を回顧し、今後5年間の方針を示すわけで、「日本をけん制」するなんてことがメインとなることあり得ない。「尖閣」も「日本」もひと言も報告に出てこないし、対外的に警戒するのはアメリカの干渉です。読売だけでなく、全く中国の政治を理解していない報道です。それは、日本の世論の反発を煽ることにもつながります。テレビなどがその線上で報道するとなおさらです。これは日本の対中認識、対中世論形成に悪い影響を与えますね。メディア研究でいえば、「疑似イベント」を作り出しているんです。これは中国問題というよりメディア問題です。どう見ても中国問題を真面目に勉強した記者の書いた記事とは思えませんね。

西 朝日の記事で、もっと残念に思うのは、外務省幹部への取材を踏まえながら、海洋権益を「党と政府の優先課題として明確に位置付けた形だ」と分析していますが、そう分析した理由も書かれていません。政治報告は向こう五年間の共産党の施政方針を示すものです。海洋権益や尖閣問題が優先課題になるとは思えませんね。むしろ、外交や国防の項目ではなく、「生態文明」つまりエネルギーや環境問題の項目で出てくることに注目して、その解説をすべきでしょう。そうすれば、日本などとの協力問題も視野に入ってくるはずです。

高井 指摘はごもっともですね。でも、残念ながら報告の策定過程や意図について、詳しい説明もなく、いきなり読み上げられるわけですから、誤解されても仕方がない面がある。議論の過程を説明しないのは、依然として政治体制改革が進んでいないからです。特派員の側が勝手に解釈するのも問題ですが、中国当局もそうした解釈が国際世論になり、それが中国の対外政策の執行にも影響が出てきていることをもう少し考える必要がある。
海洋権益の問題が「生態文明」の項に出てくるのはわかりますが、「海洋強国」などという周辺の国々がびっくりするような言葉が、どうしてそこに飛び出してくるんでしょう。日本のマスコミも「それ見たことか」と飛びつきました。

西 海洋強国、文化強国、そして做大做強(大きくなる、強くなる)という表現に対して、読み取った感じは日本人と中国人の間に、多分ずれがあると思います。中国語の語感で、弱い立場や、強くない現実にいるから、強くなりたいと感じで、場合によって「虚張声勢」(虚勢を張る)の感じもします。そういう言葉をつかいたがるのは、女の子にわざと“勝男”、“越男”という名前をつける心理と共通するかもしれません。期待と夢に訴える心理ではありませんか。 でも誤解を招いたですね。大げさに言う、大げさにするのは文革時代から残っている“假大空”(大ぼらを吹く)でもありますね。

高井 最近読んだ中国の経済学者の胡鞍鋼さんの本に、「中国は経済大国から経済強国になる」という表現があってびっくりしました。せっかく、この問題を「生態文明」の項にいれているのに、こんな無神経な言葉を使うのは逆効果です。ところで、もう一点、私が日本の報道がおかしいと感じたのは、政治報告で「胡錦濤理論」を毛沢東思想、鄧小平理論と並ぶ指導思想とすると宣言した(8日夕刊各紙)と報じた点です。私の見た読売夕刊3版の見出しではわざわざカギかっこで括ってあったので、私は一瞬、胡錦濤氏は、江沢民氏を超えたのかと思いました。でも採択されたのは胡錦濤氏が提唱した「科学的発展観」であって「胡錦濤理論」ではなかった。同じ指導思想でも毛沢東や鄧小平のような個人名と付けるのと、江沢民時代の「三つの代表」思想や今回のケースは全く違う。後者は、集団指導体制の産物だということです。それをごっちゃにすると習近平氏が率いる次期政権の性格がわからなくなる。

西 11月8日付の朝日夕刊のトップ記事は「胡理論、指導思想に格上げ」と大きな見出しが付けられましたよ。カギカッコもないです。「胡理論」の言い方を見て、笑いました。というのは、普段の会話で皮肉っぽく言う時に「江理論」「江思想」を使うからです。授業中「胡理論」で言ったら、中国人留学生たちは笑い出すでしょうね。「科学的発展観」を使わなく、わざと「胡理論」と使ったら、皮肉を言っていると思われても、仕方がないですね。確かに、中国からの留学生に、大学の政治科目で何を勉強したかと尋ねたら、皆は「毛・鄧・三」と答えてくれました。「毛・鄧・三」とは、「毛沢東思想、鄧小平理論、三個代表理論」を短くした言い方です。皆は「毛・鄧・江」と言わないですね。
 おっしゃる通り、「科学的発展観」も「集団指導」によるものです。現在の中国政権は、「不是一个人说得算的时代了」(一人が何かを言って済む時代ではない)。これは中国人の共通認識にもなっています。「不是一个人说得算的时代了」という意味が大きいです。それによって人事も政策決定もそのプロセスも「個人指導」時代と全く違ってきているのです。一つは手続きをますます重視するようになっていることです。日本メディアが大々的に報じた「海洋権益」も「海洋強国」も、方針として数年前から手続きを踏んで検討してきたものです。11月9日付読売国際面の記事では、「胡錦濤総書記は8日の政治報告で、“海洋強国”建設を進める姿勢を初めて明確にし、軍の近代化を急ぐ考えを示した。」と書いているが、“海洋強国”は政治報告に初めて現れたかもしれませんが、“海洋強国”建設を進める姿勢は突然示されたのではありません。というのは、2007年の17回党大会では、すでに海洋産業を高めようとの方針を示され、翌年国務院が発布した『国家海洋事業発展規画綱要』によって「海洋強国建設」が明確に示されており、2020年までの海洋事業開発目標が明らかに掲げられたのです。もちろん2010年の12五カ年計画にも「海洋経済を発展させ」「海洋権益」を守るも示されています。政治報告をきちんと理解し、解説記事を書くのは人事問題より大切です。というのは誰がその指導部に入っても共産党は政治報告に決められた枠内に動くのです。

高井 かなり長くなりましたので、次回はその人事問題について話すことを予告して、政治報告をめぐる対話を終えましょう。

 
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