第4号 2012.12.13発行 by 高井 潔司×西茹
    私たちなら党大会のここに注目する
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避けたい善悪二元論の罠

高井 すでに掲載した党大会についての対談2編は、あり難いことに好評を得ています。ただ、お二人の見方には賛同するが、日本のメディアの中国報道に慣れ親しんだ人には、中国を擁護する議論と映りかねないので、お二人の「党大会」論も聞かせてほしいという趣旨の意見もありました。
話はちょっと飛びますが、最近、日本の震災報道の検証状況を中国のメディア研究雑誌に紹介するため、関係する資料や著作を読んでいましたら、面白い議論にぶつかりました。
それは震災後、早稲田大学で開かれたシンポジウムの記録『ジャーナリズムの<いま>を問う』です。ノンフィクション作家の佐野眞一氏、ジャーナリストの後藤謙次氏、江川紹子氏が参加して「危機とジャーナリズム」という表題を掲げているのですが、いつの間にか「ジャーナリズムの危機」の議論になってしまったというのです。実際、震災報道をめぐっては、原発事故が政府や東電の真相隠しに加担する報道になったり、被災者がまだ被災地に残っているのに先に避難したりと、プロにあるまじき報道になっている。その議論の中で、私が印象に残っているのは、江川氏が日本のマスコミは、敵味方、善悪の二元論と「叩きのフェーズ」の罠に陥っていると警告している点です。その伝で言うと、我々は日本メディアの敵で、中国メディアの味方ということになる。

西 そう思われないように努力しなければならないですね(笑)。北大のゼミの学生は、私は日本メディアの信奉者と思っている位です。とくに、党大会の前後は中国のメディアは宣伝機関に戻ってしまいます。党大会の前から、党大会の開催を迎える「雰囲気作り」の報道を行い、大会後には「18大精神」を広げるようと宣伝していますが、「照本宣科(お手本通りの宣伝)」がほとんどで、中身のある説明や説得力のある解釈になっていないのです。わかりやすく説明することももっと考えていないのでしょうね。一律に官様文章になります。なぜそうなるのかと言いますと、メディアが自由に解釈できないのです。ですので、記者らが本当に報告を読んでいないのではと思われる記事は多いです。政治報告の内容は、少なくとも5年間の党の活動を踏まえて、積み重ねて練ってきたものですので、党内において広く議論されていたのかと党員の知人に聞いたら、「知らない」との返事でした。さらに「君はいまでもまだ本当にマジなんたね」と言われましたよ。寂しい話ですね。日本のメディアの対中報道にしても、中国のメディアの宣伝にしても、政治報告を真面目に扱うべきだと、私は思っています。

「党八股文」の政治報告の背後を読め

高井 また日本メディアの批判になってしまいそうなので、さっそく胡錦濤氏の総書記としての最後の政治報告について議論しましょう。

西 報告は12章に分けて、各分野での中国が取り組むべき問題、実績が取り上げられています。官僚主義の作文は止めるといいながら、これこそ長編の「党八股」という文体なので、無味乾燥なものであることを否定しません。でも中国問題を研究する者にとっては重要な文献でしょう。この文献からその背後にある中国の課題を読み解くのが、特派員や研究者の力の見せ所ですね。私に言わせれば、やはり日本のメディアによって「誤読」というか「歪曲」というか、中国の強硬姿勢の現われとして報道された“海洋権益の擁護と海洋強国の建設”という表現の登場する第8章の「大いに生態文明建設を推進する」をやはり注目します。生態文明はエコ文明などと翻訳されますが、持続可能なエネルギー、自然環境を作り、維持しようという考えですね。
 「生態文明の建設」は、5年前の17回党大会の報告に掲げられた「経済建設、政治建設、文化建設と社会建設」という「四位一体」の国家発展戦略に加えられ、「五位一体」となります。今までのようにただ生活が豊かになれば良いのではなく、自然を愛し、生態環境をまもり、子孫に美しい郷里を残さなければならないというわけです。そうすると、産業構造、生産方式、さらにライフスタイルの転換が求められ、報告には、国土開発の最適化、資源節約の促進、環境保護の重視、およびそれらを実現するための制度作りがまとめられています。かつてのない環境重視を示しています。
 理論的には科学発展観から発展してきたものですが、現実的にみると、今までの環境を犠牲にした開発モデルの弊害と数多くの環境破壊問題による集団的抗議事件が、その背後にあると思います。「生態文明の建設」も党規約の修正案にも盛り込まれたので、GDP至上主義の見直し、地方幹部の評価システムも変わるかもしれません。この対談の報告編でも指摘したように、「生態文明の建設」の実現には、国際社会の協力が欠かせないと思いますし、日本に協力してもらうテーマが多くあると思います。

高井 その海洋権益の部分が、日本のメディアによって、外交の章で書かれている「国家の主権を断固として守り、外部のいかなる圧力にも屈しない」と、恣意的に結びつけられて、「尖閣問題で日本をけん制」となってしまったわけですね。でもその圧力とは、アメリカを意識したもので、日本に向けたものではない。つまみ食いして、好きなところだけいや嫌いなところだけ並べるから、「日本をけん制」になってしまうわけです。全体像をしっかりまず捉えて、それから個別の問題を考えていかないと、とてもバランスのある報道にはなりません。また日本メディア批判になってしまった。(笑)
 もう一度報告全文を読んでみて、私が気が付いたのは、中国が「責任大国の役割を果たす」と書き込んだ点です。外交の章で、ちょうど「国家の主権を断固として守り、外部のいかなる圧力にも屈しない」の後に出てきます。「中国はさまざまな形を取った覇権主義、強権主義に反対し、他国の内政に干渉せず、永遠に覇を唱えず、永遠に拡張主義をやらない。中国は中国人民の利益と各国人民の共同利益の結びつけることを堅持し、さらに積極的な立場で国際間の交渉に参画し、責任大国の役割を発揮し、ともに全地球的な挑戦に対処する」と言っています。もちろん、建前の美辞麗句の連続ですが、「責任大国の役割」という部分は、あれ?と思いました。というのは、中国はこれまで自らこの表現を持ち出すことに慎重でした。私は90年代後半から、中国はもっと大国としての責任、振る舞いに注意すべきだと中国の内政や外交を批判してきたのですが、中国の当局者は「責任大国論」に警戒的で、中国のメディアでは「責任大国論=外国の干渉」だとか「中国脅威論の変形」などと逆に反論の声が強かった。

責任大国論に注目

西 そうです。「責任大国」という表現は16回党大会でも、17回党大会でも、いずれも使いませんでした。08年頃、中国は確かに西側社会から指摘された「大国の責任」について警戒していたようです。当時、世界的に食糧価額の高騰し、中国に対する「発展途上大国の責任」論がでてきて、当時の胡錦濤国家主席が反論し、その後、国際舞台でたびたび中国は発展途上国を代表して、先進国の責任を指摘したのです。しかし、今年3月の全人大の時、楊外相は“責任大国の役割を果たす”とはっきり言っています。西側から指摘された「大国の責任」から、自ら責任大国として責任を果たすといえるまでの間には、かなり変化があったようです。

高井 こういう変化はやはりしっかりと読み取る必要がある。そこに注目すれば、中国が平和的に発展するとか協調路線を歩むということが多少は見えてくる。強硬路線というだけではない。もちろんまだまだ中国の主張をむき出しにするようなシーンもあるでしょうが、政治報告を盾に、中国は責任大国の役割を自ら果たすと発言したのではと、再考を求めることも可能になる。

西 12月6日付の朝日は習近平総書記と外国人専門家との座談会の内容を、結構大きく報道しましたね。3面の見出しは「習氏『覇権主義は取らぬ』」「座談会を公開 中国脅威論に反論」が付いていました。こういう扱いは「なぜ」と一瞬思いました。「平和発展路線」や「中国は覇権主義はとらない」云々は政治報告に外交の部分ではすでに書かれていたのです。

高井 そんな大した意味もない会議の記事が出るのは、朝日が党大会の前後、中国の拡張主義、膨張主義を大きく警告する報道してきたからでしょう。つじつまを多少合わせようとしたんでしょうが、国際面の解説は相変わらず、警戒論に満ちていました。「狙いは権力基盤固め」と言わずもがなな見出しでした。朝日は習総書記がナショナリズムや海洋権益を主張する張本人と報じてきた。最初の対談で、「民族を連呼、対日強硬路線を継続」という朝日の記事(11月16日付3面)を批判しました。この記事では、海洋権益を断固守るが入ったのは習氏の意向で、その証拠の一つとして、習氏が福建省など沿海地区の勤務が長く、上海の水産大学を海洋大学に改名も彼の意向であるかのように書いている。一見具体的で、なかなか説得力があります。ただし、もし大学名の改名も彼の意向という情報が正しければなんです。上海の友人に、海洋大学のOBなどに聞いてもらったが、そんな情報はでてこなかった。そもそも彼は、汚職で失脚した上海の元書記の後任として急遽、上海に移り、半年くらいで、さらに党中央の最高指導部に入る。そんな大学名の改名などにかかわっている暇なんてなかったはず。大学の改名は、教育省の管轄だし、水産大学から海洋大学の改名は、90年代から山東省や広東省など各地で次々進められてきた。上海だけが特別な意味を持たないと思います。日本だって、2003年東京水産大学と東京商船大学が合併して東京海洋大学になりました。これも石原慎太郎前知事が中国と対抗して、海洋権益の“防衛”のために改名させたんでしょうか?もっとも朝日情報を全面否定できる情報もありません。

西 上海海洋大学と言えば、江沢民氏の方が関係が深そうです。大会前に健在ぶりを示すために使われたのが、上海海洋大学の幹部と江氏の会見写真でした。それにしても海洋大学の改名だけで対日強硬派に仕立て上げるのはどうかと思いますね。福建省や浙江省時代、日本との交流も深かったし、日本を訪問したこともある。日本のマスコミは、都合のいい時だけ、そういう経歴を紹介しますね。
新聞ではほとんど報道されていませんが、今日(12月6日)の午前中にNHKラジオニュースでは、中国の政府機関の整理統合が検討されていると報道しました。実は11月25日に「18回大会後の政府機構改革案」がネット上で掲載されていたのです。添付で送ります。それによると、中央政府機関は27から18までに減らします。行政機関の統合もやはり「経済建設、政治建設、文化建設、社会建設、生態建設」という5つの柱を中心に、政治報告の「五位一体」が反映されている感じです。メディアを統括してきた広電(テレビ。ラジオ)総局と新聞出版総署を廃止し、文化部に管轄されるようです。中身はどれほど実施されるか、どこまで成功できるかはわかりませんが、国民の目線からやってほしいことでしょうね。

難問を先送りした胡・温政権

高井 しかし、それは胡錦濤・温家宝政権の残した仕事ですね。政治報告の中で取り上げられた幹部の不正・腐敗の一掃、格差社会の解消などの問題も、前の政権時代からの課題で、江沢民元国家主席を代表とする既得権益層の抵抗の前に何もできずに、習近平氏ら第5世代に先送りされてしまった。こうした問題の帰趨が中国の将来を決めていくわけですが、今回、日本の報道は、内政問題は権力闘争ばかりで、こちらの方にあまり力をいれていなかった。山積みの問題は、指導者自身が犠牲になっても切り込んでいかないと解決しない問題ばかりですが、あとで集団指導体制のところで触れますが、誰も自分が責任を取ろうとしない体制です。まして、人事は全く年功序列で、清新さがない。江沢民派VS胡錦濤派の権力闘争の視点だけでなく、むしろこの布陣で本当に中国の抱える課題が改善の方向に進むのかどうか分析が大事です。

西 日本の報道は、海洋権益とか、人事、民族問題、人権問題が中心でしたね。もちろんそれらも大事なんですが、あんなに人口が多く、抱えている問題も複雑になっている国は、いろいろな側面があり、いろいろな立場があるのです。そういう複雑さを十分に認識し、報道しないと、結局その国の民衆のためにもなりません。日本の読者にとって、13億人が暮らしている国の全体像をどういうふうにとらえるかを念頭に置く必要があるのではと思っています。
平等な分配などの政策は、習氏も、外国のメディアも口にするわけですが、これは権力者だけでなく、様々な人々に痛みを伴う改革になりますね。現実はその痛みを覚悟して改革しようとする国民がどのぐらいいるでしょうね。そのあたりの実相を伝えてほしい。
強迫観念のように人権や、民族問題に一点張りにして報道する日本の一部の記者の姿勢は、結局自分の価値観を優先し、押し付ける立場になってしまうという気がします。

危機管理に弱い集団指導体制

高井 さて、それらの課題を引き継いだ習政権ですが、西先生は権力闘争とか、あるいは習氏個人の志向などに偏った日本の報道を批判していましたね。集団指導体制という点にもっと注目すべきと。

西 中国の最高指導体制の変容については、以前、朝日でインタビューした北京大学教授の賀衛方さんの解釈(11月7日付)が参考になりました。つまり、最高指導層内な関係で、毛沢東時代の爺孫関係→鄧小平時代の父子関係→胡錦濤時代の兄弟関係と、その変化の捉え方が面白いです。その通りです。問題は江沢民ですね。彼は結局、大衆の目に「不倫不類(ろくでなし)」と映つりましたね。鄧小平と並べられないし、胡哥(兄)というような揶揄ももらえないですね。嫌われているようです。特に今回の18回党大会での露出は、「恋権」と批判されています。ちなみに薄熙来は「奪権」という野心家のイメージを世に残しました。
 集団指導体制の問題点として、賀さんに指摘された「他人の担当領域に口を出さない」という点以外に、よく指摘されるのは、最高権力が集団にあるため、結局集団の成員がそれぞれ大きな権限を持つことになります。しかし、責任が問われるときは、個人が責任を取らず、集団に帰することになるということです。

高井 そういう特徴を持った集団指導体制は危機管理に脆弱です。反日デモや尖閣問題で、よほど問題がエスカレートしないと上からの指示が下りてこない。現場では、あるいは大衆世論はどんどん盛り上がり、収拾のつかない状況にまで行ってしまう。このあたりの危険性について、もっと焦点を当てていかないと誤ってしまう。習氏が強硬派であるとか、そうでないという問題よりもこちらの方が大切です。
 アメリカのブルッキングス研究所のリチャード・ブッシュ研究員は『日中危機はなぜ起こるのか――アメリカが恐れるシナリオ』(柏書房)の中で、「中国と日本の実力組織が衝突する可能性は低いかもしれないが、両政府が衝突を封じ込めて外交的危機を防げる見通しは、低いと断定できる二つの理由がある。まず、どちらの政府も危機管理体制が整っていない。また、どちらの国でも、日中関係に関する政治はすぐにとげとげしくなり、それが危機を封じ込めようとする政策決定者の手を縛る」と指摘し、両国の意思決定の構造的問題を分析しています。そして、中国に関しては、「多様な情報源を利用し、多元的な官僚機構が権益を競い、さまざまな関係者が参加している点では、毛沢東と鄧小平のもとでの集権的な制度とは明らかに対照的である。それでも、意思決定の要所は依然として集権的・属人的であり、意見の対立を調和させるための有効なメカニズムはない。そのうえ、現在の制度は文官組織と軍部に分離されている」と指摘している。この指摘から、日本は極めて重要な教訓が得られるのではないでしょうか。

西 それは鋭い指摘ですね。

高井 尖閣問題では、日本のマスコミはいつも中国の膨張主義を書きますね。そして毎日、こまめに、「中国の監視船がきょうも何隻、接続水域に入った」などと報道します。しかし、なぜ中国が領土と称し、領海だと主張している水域に時折りしか入らないのか、分析した記事を見たことがない。12月12日の読売によると、尖閣国有化3か月の11日に領海に侵入し、「監視船が領海侵入するのは7日以来で、国有化以降15回目」そして「海上保安庁の厳戒態勢は続いている」そうだ。中国は日本側を揺さぶりながら、日本側からのサインを待っているわけでしょう。でも我慢も切れて自制できない日がくるかもしれないし、また偶発的な事件が起きる恐れもある。そうなると、それこそブッシュ研究員のいう「アメリカが恐れるシナリオ」の悪循環サイクルに入ってしまう。政府の発表によって監視船の数を記録するだけでなく、日本のメディアが論じるべき問題があるはずです。いつまでも「厳戒態勢」を放置しておくべきではない。

西 また日本のメディア批判になってしまいましたね。お疲れ様でした。
(終わり)

 
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