第5号 2013.1.28発行 by 高井 潔司×西茹
    どこまで日本のマスコミの読み違いが続くのだろうか
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「南方周末」事件は、追い込まれたメディアのぎりぎりの抵抗
高井 新年早々、「南方週末」の記事書き換え事件が日本のマスコミで大きく取り上げられました。お蔭で、私もあちこちのテレビ局、週刊誌から取材を受けました。でも、なぜ、この問題が日本のマスコミの注目を引いたのか、いまだに疑問です。NHKなども南方週末の記者たちの抗議活動から、さらに南方週末を批判する「環球時報」北京の新京報の抵抗、湖南省や上海の新聞の同調など次々と紹介したので、どうもこの動きがさらに反体制運動に火を付けるのではとの期待があったのではないかと思います。西さんは南方週末を含む「南方メディア集団」を専門的に研究してきたのでどう考えますか。

西 確かにそんな期待があったようですが、それは今の中国を読み違っていると思います。決して、今回、「南方週末」は積極的に抵抗したのではなく、ここ数年、どんどん締め付けが厳しくなっていて、追い込まれて「窮鼠猫を噛む」のような状況でした。南方週末は調査報道で有名になったわけですが、そのピーク1990年代の半ばから2000年代の初めです。調査報道といっても、広東省内の問題ではなく、むしろ他の地域で発生している問題の調査報道で名を挙げたのです。その報道は他の地域の幹部とってけしからん報道ですが、他の地域の幹部は広東省の新聞に手を出せない。広東省の管轄部門は、広東の問題ではないから見逃す。こういう報道は、「異地監督(異なった地域の監視)」と呼ばれます。事実取材に基づく調査報道は、ジャーナリズム本来の機能ですが、メディア規制の厳しい中国では難しい。そこで現在の縦割りのメディア規制の構造(メディアの所属地の党の宣伝部門が管理する)を巧みに利用して、「異地監督」という中国独特の方法を編み出したのです。問題のある地域の記者も、その地域で書けない情報を南方集団に提供して報道してもらう。そういう意味で、記者たちのネットワークもあり、他の地域の新聞も南方週末に同情し、支持もするわけです。

高井 異地監督には、他の地域の指導者が怒り心頭に発して、中央宣伝部に規制するように陳情する。それで2005年にはそれを禁止する通達が出ますね。新型肺炎(SARS)事件を通して、党中央も、情報とメディアを党がしっかり管理していないと、政治的にも社会的にも不安定をもたらしかねないという危機感があり、04年の党中央委員会の決定(「党の統治能力建設強化に関する決定」)で、「党管媒体(党がメディアを管理する)」との方針を再確認し、メディアの規制を強めてきた。もちろんそれ以後も、当局の目をごまかして、そうした報道がないわけではないが、かなり減ってきますね。

西 南方集団はどんどん幹部たちが入れ替わり立ち代わり更迭されますから、段々力を落としてきた。ここ2,3年、精彩を欠いていると言われていました。

高井 そういう中で、党中央宣伝部が、今回の書き直し事件の主役である元新華社副社長を昨年、省の宣伝部長に送り込んできた。さらに南方メディア集団のトップに省の宣伝部副部長を据えて、南方集団を抑え込もうと着々と手を打ってきた。そういう追い詰められた中で今回の事件が起きているという認識が、どうも日本のメディアの人にないようです。
広州にも支局を置いている新聞社もあるわけですから、そのあたりを現地からしっかり報道してほしいですね。日本にいる記者やディレクターあたりが、そういう状況を全く知らず、取材を申し込んでくるものだから、中東のジャスミン革命が中国でも再演?なんて話になってしまう。別に「南方は必ず敗北する」という環球時報の社説は支持しませんけれど、そういう包囲網の中で、そもそも宣伝部の下に所属する、経営権も人事権も編集権も握られている新聞社が勝利するはずがありません。

西 中国の多くのメディア人も、内心で支持しているかもしれません。しかし、はっきり抵抗する形をとれないでしょう。今回は環球時報の社説こそが強い反感と抵抗を招いたのでしょうね。今回の事件で、環球時報の位置づけは目を引きますね。確かに環球時報の社説を転載しろという命令はこれまで無いようです。共産党のルールでも新華通信社の「通稿」とか、あるいは人民日報の社説を転載するのが慣例ですね。そのあたりをもっと日本のメディアに注目して取材してほしいですね。この新聞は、反日問題で、日本の新聞がよく取り上げますね。だったら、この新聞の位置づけはどう変わったのか、もっと関心を持つべきではないでしょうか。環球時報はもともと国際情報を主にした新聞で、民族主義を高く掲げてきた新聞だといわれますが、今では国内の問題でも積極的な発言をするようになった。さらに今回のように高い地位に祭り上げられたとすると、その背景を知りたいものです。
 南方週末を支持した新京報の行動は理解できます。もともと南方メディア集団も投資して設立された新聞だし、記者や編集者も南方の理念を受け継いでいます。しかし、新京報より、巧みに中宣部の通達と環球時報の論評を批判し、抵抗したのは、中国青年報です。「南方周末是党报事业的一部分」(南方週末は党の機関紙の事業の一部分)は大変興味深い論評です。南周事件の解決方法を示唆していると思います。こういう問題は共産党の論理で、できるだけ大きな犠牲を払わず解決するというが、穏健的な慣わしです。中国青年報の方がずっと共産党のことを理解していますね。なので、「南方周末是党报事业的一部分」はかなりはっきりした論点で、南方週末に致命的な打撃を与えようとする勢力を批判していると思います。しかし、日本のメディアはこのような評論は全然見ていないようですね。騒ぎを追っかけて、さらなる大きな騒ぎを期待しているかもしれません。

中央宣伝部こそマルクス主義に違反している?
高井 長い目でみれば、中国の発展段階から見て、南方週末のような新聞つまりジャーナリズム志向の強い新聞が生まれて当然です。大衆の声、ニーズ、利益に答えるメディアが必要です。下部構造が上部構造を変える、規定するというマルクス主義の立場から言っても、南方週末のような新聞が出てくるのは、マルクスの教えに沿っていますね。宣伝部のようにイデオロギーで、下部構造の変化の成果を抑え込むというは、大きな矛盾ですね。まあ、マルクス主義の観点から言えば、中央宣伝部は自らの権益にもなっているメディアを独占するために独裁を断行しているということかな。

西 日本の報道で言いますと、1月14日付の朝日新聞に、党の政治局常務委員会で、習近平総書記が、今回の中央宣伝部の対応について不満を表明したという報道がありました。まるでその場で話を聞いていたような情報で、もし本当ならすごい取材力だと感心します。
でもその後の事件の処理を見ても宣伝部門が挫折を味わったような跡もない。それに政治局常務委員会のレベルでそんなやり取りがあるのか、どうか、ちょっと疑問ですね。党の上に行けばいくほど、明確な態度表明をしないし、他人の権益を侵さないのが通例ですから。もちろん真実はわかりませんが、鵜呑みにするわけにはいかないと思います。

高井 いまの中国の取材環境から言って、当事者に直接取材するということはあり得ない。関係者からの間接取材です。その途中で、いろんな思惑から情報は脚色されるでしょう。おそらく朝日の情報源は、就任したばかりの習近平氏のイメージダウンにならないようにリークというか情報操作をしたということではないでしょうか。

尖閣の危機を煽る両国のメディア
高井 最近の中国メディアの動向をみると、南方週末事件より尖閣問題をめぐる軍事的対立を煽るような記事が目立ちます。開戦前後みたいな状況です。それに新聞やテレビでやたら軍艦や戦闘機の写真が目に入ります。また日本のメディアも不用意は報道をして、中国のメディアにその報道のきっかけを与えていますね。最近、中国の友人がしばしば電話やメールで、問い合わせが来ます。中国の新聞が日本の報道を引用して、緊張状況を煽っているが、本当に日本ではそんな報道はあるのかと。彼は元留学生で、日本のメディアのことをよく知っている。とてもそんな報道が日本であるとは思えないというわけです。
でも、調べてみると、大きな扱いではないが、不用意な記事がある。例えば、1月16日付の朝日新聞に「小野寺五典防衛相は15日の記者会見で、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の領空で中国機が無線などによる警告を無視して領空侵犯を続けた場合、警告のため曳光(えいこう)弾で信号射撃をする方針を表明した」という記事が掲載されている。それに対して中国の新聞は、朝日の引用をしながら、それに対して「そんなことをしたら開戦の一発を意味する。中国は直ちに反撃する」という中国の軍人の強い反発の声を紹介するといった具合ですね。またその反響を産経新聞が報道する。

西 朝日を調べましたが、第1報はありましたが、中国側の反論は報道していませんね。

高井 もともとの記事自体掲載すべきではないでしょう。一般論として当然のことを言っているわけでニュースでも何でもない。どこの国の戦闘機であれ、警告し、それでも飛行を繰り返せば、信号弾を撃って警告する。そもそもの記事は産経でさえ、3面のフラッシュ記事です。朝日もまずい報道をしたと反省して、続報を書いていないのでしょう。そもそもこういうくだらん質問をしたのは香港の記者です。私も、90年代後半の台湾危機の時、香港の若い女性記者から、しつこく、中国と台湾が開戦になったら、日本はどちらに味方するのか、という質問を何度も受けた。彼女たちは、問題を単純化して、読者がびっくりする結論だけ引き出して、センセーショナルに書いて、自分の記事を大きくしようとする。

西 でも今回の香港の記者は、その後、防衛大臣が警告射撃とまでは発言しなかった、中国の環球時報は、直接取材をせず、外国(日本)のメディアを引用して、誤報したと、ツィッターで書いています。そして、学生が調べたら、環球時報は日本のメディアが誤報したんだと反論しているそうです。

高井 みんなマッチポンプですね。

西 朝日はそうした顛末にも沈黙して、後始末をしていませんね。最近、中国のメディアは読者の目を引き付けるため軍事問題を取り上げるケースが目立っています。中央宣伝部はこうした問題で規制措置を取ることがないようです。最近では軍事評論家という人がメディアに登場し、かなり強硬な議論を展開するようになりました。ガス抜きにもなるからという理由でしょうか。中国当局は問題にしていない。まさか少将レベルの人が、開戦だなんていう権限もないわけですから、日本のメディアがそういう無責任な発言をまともに受けて書くのはどうかと思います。防衛大臣の会見記事同様に、やはりそうした記事をそのまま受け止めて、ニュースとして発信するのは責任ある報道ではないですね。

高井 記者の人も、そうした発言がマスコミ受けを狙ったものに過ぎないことを知っているのですが、記事として掲載されるので書くわけです。ゲームを楽しんでいるようなものです。石原慎太郎氏の子息が自民党総裁選挙に出馬した時、中国が尖閣を攻撃する可能性について、「人が住んでいないから攻撃するはずがない」といって顰蹙を買いましたが。みんな緊張感を煽るけれども、心の底では、戦争なんかに発展することはないと思っているわけです。危険なのは、そういう中で、現場ではますます緊張感が高まっている。偶発的なことで、実際に衝突が起きる可能性もある。世論がゲームをやっていて、もし偶発的な衝突が起きたらどうなるか。世論の勢いで、その衝突がさらにエスカレートするのを、抑えることがなかなか難しくなる。やはり両国のメディアは、大衆世論を代表して、現在の緊張状況を緩和するために、両国の政府が必要な手段を取るべきだという主張を展開すべきでしょう。マスコミが相手国ばかり批判していて、緊張緩和の道をますます遠ざけているようでは、困りますね。

政府広報かと見まがう新年連載
高井 新年なので、最後に新年企画について、考えてみましょう。読売新聞で「Nippon蘇れ」第5回(1月7日)で、尖閣問題をテーマにしていた。記者の1面記事と、2人の知識人による1ページを使った対談という大型企画だった。読みましたか。
西 連載は外交のプロを聞こうという趣旨で二人の外務省出身者を招いたのでしょうか。メディアはいろいろな立場や意見を多方面からとらえる必要があると思います。今こそメディアは中国に進出している企業の人々、民間人の声を取り上げるべきです。

高井 二人の発言は多少異なった部分もありますが、外務省OBという線から外れることはできませんね。それに担当記者は、何の説明も根拠も示さず、「民主党政権が『政治主導』の目玉人事として、財界人を中国大使に起用したことも、外交を混乱させ、日中関係をこじらせた」と書いている。これは外務官僚の権益主義を擁護しているようなものです。二人のOBの起用と言い、この回の企画は政府の広報かと思いました。記者は
多様な見方に目を向けていません。例えば、21世紀中国総研の矢吹晋所長などは、近著『尖閣問題の核心』(花伝社刊)で紛争の火種は外務省の記録抹消・改ざんだと、指摘しています。その外務省のOBを呼んで、外務省の官僚の言っている線に沿って記事を書いているわけですから、完全に思考停止状態です。

西 連載期の見出しは「発信下手 領土問題にも影」となっているわけですが、発信下手は、日本政府は領土問題が存在しないとの一点張りで、「自縄自縛」になっていて、宣伝力を発揮することができないも当然です。日本国内は実際にいろいろな考えがあるけれど、田中氏のような政府と一致する見方だけ取り上げると、まさに高井先生が批判している思考停止状態に陥りかねないです。中国のメディアは領土問題で「旗帜鲜明に」世論を誘導しているのですが、日本の場合は、世論を誘導する旗を振っていないのですが、実際にこのような政府の立場に立っている人を登場させて世論を誘導しているのではないでしょうか。それにしても、田中均氏のように中国を「乱暴な国」と非難し、中国を包囲する外交を提唱することはどうでしょうか。中国をますます挑発するだけだし、アメリカをはじめ周辺国が本当に日本の戦略に乗るのかどうか疑問もありますね。

高井 読売の記事も、田中氏のような考えを紹介するだけでなく、記者の取材で包囲戦略が本当に実現可能な戦略なのかどうか、検証する記事であってほしいですね。大きなスペースを使った割に、中身のない記事でした。
(終わり)

 
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