第6号 2013.3.30発行 by 高井 潔司×西茹
    ますます内向きになる中国報道――全人代報道を中心に
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高井 全国人民代表大会が開催され、文字通り、習近平―李克強体制がスタートしました。全人代の報道はどうでしたか。昨年秋の第18回党大会同様、日本のメディアの独りよがりといいますか、自己中心の恣意的な分析、解釈が目立ったのではないですか?何でもかんでも、尖閣問題に結び付けて解釈していましたね。

西 そういう傾向がかなり見られました。例えば3月11日付の朝日新聞は10日に発表された機構改革案を解説していますが、目玉の鉄道省の撤廃などには触れず、「政府内の各部門がバラバラに行っていた海上の主権維持活動を国家海洋局に一元化する」ことに焦点を当てて「『海洋強国』の建設を加速させる狙い」だけに絞って論じていました。党大会の時の視点と基本的に同じでした。対中報道は本国の立場に固執するのではなく、もっとバランスのあるニュース報道を心掛けてもらいたいですね。

高井 朝日は大会前に、すでに鉄道省の統合廃止など機構改革を解説していたので、11日の紙面はそれに絞ったのでしょうけれど、朝日デジタルで検索すると、大会中の機構改革に関する3本の原稿は全部、「海洋強国」がらみでした。あれだけ一昨年の高速鉄道事故では日本のメディアは鉄道省の「王国」ぶりを批判をしてきたのですから、中国当局が本気で改革に乗り出した点をもっと解説してもよかったと思いますね。朝日がこうですから、他社も同様です。その朝日が記者会見で、尖閣諸島を中国名の「釣魚島」という表現をつかって質問したのを捉えて産経がそれを揶揄する記事を掲載しました。それを受けて週刊誌もまるで朝日の記者が国賊のように批判する記事を掲載していました。西さんが指摘されているように朝日はもはや「親中派」ではありませんが、昔のイメージ、ステレオタイプを使って産経は朝日を攻撃するわけです。これは、下品な言い方ですが、日本では、「目くそ鼻くそを笑う」の類と言います。

西 本当にどうでもいい話ですね。それより問題は、大会前の4日に開かれた全人代のスポークウーマン(傅瑩報道官)の記者会見での共同通信の記者の質問に対するやり取りに関する日本の報道でした。朝日によると、共同の記者は「中国の外交はさらに強硬になるのか」と質問したそうです。中国のメディアには「咄咄逼人(気勢激しく人に迫る)」つまり脅迫ですね。これに対して、傅報道官はまず「『あなたが質問した時、中国の記者がみな笑ったことに気づいたか』と述べ、中国ではもっと強硬手段に出るべきという声が多いと強調」(このくだりも朝日)した上で、「贈り物をもらったら、お返ししなければ失礼だ」と述べたと言います。朝日の記事を読むと、最後の発言が出てくる経緯もわかるのですが、他の新聞はみんな最後のくだりだけを引用して、「尖閣水域接近を正当化」(読売)など報道していました。ほとんどの見出しに「正当化」が使われていましたが、奇妙な一致ですね

高井 日本の記者は完全に内向き。日本の立場に立ってしまって、「中国が強硬」を前提に議論してますね。これに対して、中国の方は、今回の尖閣問題は石原発言や国有化など日本から引き起こしたと考えている。だから「中国がさらに強硬になるのか」という質問に、中国の記者が笑ったわけです。つまり報道官は「そう考えているのは日本の記者だけですよ」と注意しているわけです。(もちろん中国の記者は中国側の立場です)そのうえで、「返礼」云々も、風刺、皮肉を込めた言い方ですね。まあ朝日の記者は多少理解したんでしょうが、他社はみんな理解できず、中国が尖閣での軍拡を正当化しているなんて論調になる。東京新聞は、国際面のトップで、その見出しは「中国軍拡を正当化」でした。その記事しか読んでいない読者はますます中国はやっぱり強硬だと誤解してしまうわけです。私は中国には国際報道の視点がなく、中国の記者が国際記者としての訓練を受けていないと、日ごろ学生に教育しているんですが、日本の特派員も尖閣問題ではもう頭がマヒしてしまうのか、一方の立場に立ってしまっている。国際記者としては失格ですね。自分たちが笑われていることにも気が付かない。
 余談ですが、北大で教科書に使っていた『岐路に立つ日本のジャーナリズム』(日本評論社、1996年)で、国際ジャーナリスト、清水邦男さんが「文明衝突時代のマスメディアの責任」という論文を書いています。そこで、国際報道の問題点として、①低レベルの相互理解②相手国イメージのステレオタイプ化③善悪の価値判断を持ち込むこと――指摘し、そうした報道姿勢は文明衝突をもたらすと警告しています。確か彼は70年代、80年代に産経新聞で活躍された記者だと記憶します。あのころの方が日本の記者も国際化をしっかり考えていましたね。

西 全人代の閉幕の翌日の18日、NHKの9時のニュース番組でいい報道がありました。中国新体制の対日外交と尖閣国有化直前の真実についての北川記者の解説や元山口壮副外相への取材はなかなか興味深いものでした。国有化直前に山口副外相が野田総理の親書を持って訪中した際に、戴秉国(外交担当国務委員)が「問題の棚上げ」を大切にし、それを前提に秘密文書にしようと提案したようです。山口氏が重要な提案だと思って、持ち帰って首相や外相を含め同僚と共有すると示したようです。 山口氏はNHKの取材に対して「結果的に中国側の提案に反応できていないのが実態だ」と言ってました。つまり、日本政府がその直後国有化を進めたし、更に「棚上げすべき問題存在しない」との立場を示したことは、中国にとって「咄咄逼人」ということになりますね。なんといっても中国側の強い不信感を募ったのです。

高井 どっちが強硬かなどと水掛け論をしてみても、徒労に終わります。記者自身が中国の記者会見で「釣魚島」という中国の表現を使ってはいけないなどというプレッシャーを掛け合っている。その現象自体、日本国内の強硬な空気を反映している。それより、山口発言の方が大事ですね。中国が依然、「棚上げ論でもいい」という立場にあることを示しています。そもそも国有論も、中国が棚上げの状況を替えようとしているという警戒論から出発し、また騒動の最中でも、中国はもはや棚上げ論を替えようとしている、いまさら元に戻すことは譲歩に繋がるなどというそれこそ「強硬論」が日本にあったわけですが、山口発言では、棚上げで、取りあえず手を打とうとしている。そこまで手の内を明かして、日本との関係改善を図ろうとしているのに、それに応えない。となれば、傅報道官が「贈り物をもらったら、お返ししなければ失礼だ」というのもわかります。これは中国の立場を擁護するなんてことではなく、議論の筋道の問題です。どちらが強硬かなんて話より、現状をどう改善していくのかを、考えることが大事です。そのための議論をぜひメディアは取り上げるべきで、NHKの北川記者はなかなかいい視点で伝えてくれたようですね。尖閣の話をしているとこちらもおかしくなります。もう少し、全人代に即して話をしましょう。

西 でも⒕日のNHKの全人代報道、特に中国専門家のコメントは党大会の時と同じように、「共青団派」と「江沢民派」、「太子党」というレッテルを貼って、その間の権力闘争で中国の政治を議論していました。驚いたのは、李源朝氏が国家副主席に当選したから、改革が促進されるなどと発言した専門家がいたことです。一体どんな根拠なんでしょう。まるで共産主義青年団出身の人はみんな改革派のようです。産経新聞もそういう流れの報道です。温家宝は改革派、習近平は保守派。温家宝は「人民監督」を主張し、習近平が「党の指導」を強調するからだそうです。

高井 党大会の報告を読んでも、人民代表大会の報告を読んでも、人民監督も強調しているし、党の指導も強調しているわけです。胡錦濤がそれでどちらかはっきりできず、手をこまねいて10年間、政治体制改革に手を付けられなかった。それは温家宝であれ、習近平であれ同様です。どうしてそうなるのか、どこにその突破口を開こうとしているのかを、取材し、報道してほしい。その専門家は、国家副主席がどんな役職なのかも考えたことがないのでしょう。制度や仕組みから中国問題を考えないで、権力闘争で問題を考える。

西 制度という面では、新しい政権もなかなか大ナタを振るって改革とはいかないでしょうね。例えば「国務院の機構改革と職能の転換法案」では、社会組織の管理制度の改革について提起しています。そこでは、商工会、科学団体、公益慈善団体、地域の公共サービスなどの社会組織はその業務を主管する行政官庁の審査や同意を得なくても直接登記できるようにするという。しかし、政治や法律、宗教などの社会組織、および海外の非政府組織の中国における代表機構については、かなり複雑で、申請、登記前に、業務を主管する官庁の審査と同意が必要となっています。つまり社会組織の管理制度の改革はやはりかなり制限つきの改革ですね。共産党の指導的地位に影響のでること、動揺させることに警戒的な態度は変わらないということでしょう。14日のNHKのウェブニュースでは、この機構改革案は、共産党政権の「延命措置」とコメントしていました。そうかもしれませんが、しかし、問題のカギは、それは決して言われるような短期的な延命措置ではないでしょう。一部の人が想像しているような、「アラブの春」が10年やそこらで中国にも蔓延するとは、考えられません。もっと実事求是の立場で、焦らず、じっくり研究してもらいたいものです。

高井 それからNHKをはじめ最近、毛沢東の評価をめぐって、保守派と改革派が対立を伝える番組や記事が目に着くようになりました。再放送もあったBSドキュメンタリー『毛沢東の遺産 激論・二極化する中国』などです。確かに、中国の都市部や農村の貧しい人々の間に、現在のすさまじい経済格差の拡大、改革・開放の利益を受けられないことに不満を持ち、毛沢東時代の平等主義を懐かしむ声が高まっている。一方、人権派の弁護士や知識人の間には、毛沢東時代への回帰を批判する声があり、河南省ではそうした対立者が議論をする場まであるという紹介です。

西 あの番組はよく密着取材されて、内容は嘘ではないと思います。しかし毛沢東をめぐる支持と反対により、中国を二極化することが本当なのかと考えますと、番組の問題点が見えます。というのは、現在の中国においては、毛沢東支持派と毛沢東反対派はそれぞれ存在しますが、ただ主流ではないかもしれません。番組には支持派と反対派以外の要素を入れていないので、二極化しているように見えるだけです。一方、番組が訴えた二極化は貧富の二極化かもしれませんが、番組に登場する支持派は貧困層の人々であり、反対派は中級の弁護士や大学の先生たちのようです。

高井 よく見ていきますと、双方とも、党や政府の高官、その取り巻き、子弟が特権化しつつあることに対して、本当は共通して不満がある。実はそこにこそ問題がある。現在の政治に対して直接、批判するわけにいかないから、毛沢東を持ち出して議論している。しかし、本当はともに現政権の抜本的な改革に進めない点に不満を持っている。このドキュメンタリーの最後で、全人代や党大会で最高指導部が自分たちの望む政策を打ち出してくれるだろうと期待して待ち構えていたが、結局、抜本的な方針が示されないので、共にがっかりするシーンがあります。当局にとって、こうした二つの派が団結して当局批判に乗り出したら怖いのでしょうが、互いに批判し合っているうちは、好都合でしょう。しかし、あまりに不満を放置していたら、いずれその声が爆発することも当然予想される。胡-温政権下では、問題の所在はわかっていながら、手をつけられなかった。その意味で新しい政権がしっかり格差の是正や特権、腐敗の防止に取り組まないと、政治も社会も動揺が激しくなるのではないでしょうか。尖閣問題より、もっとそういう側面に光を当てた報道が欲しい。
それから、尖閣以上に日本で議論され始めたTPPへの交渉参加は、今後中国それに韓国とのFTA推進に水をかけ、日本の東アジア離れへと進むのかどうか、もっと中国特派員にも関心を向けてもらいたいですね。
(終わり)

 
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