第7号 2013.05.11発行 by 高井 潔司×西茹
    尖閣問題は中国にとって本当に「核心的利益」の問題なのか
――欠ける慎重な報道姿勢
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中国外務省発言人が明言?
高井
 冷え切ったままの日中関係は依然として打開の見通しが立っていません。計画されていた高村正彦日中議連会長の訪中の断念、日中韓3か国の財務相・中央銀行総裁会議のキャンセルなどが相次ぎ、4月30日付けの読売は「中国側、日本要人との接触に慎重」と、中国側の意図を探っている。そんな中、尖閣諸島問題(中国名・釣魚島)をめぐって、中国外務省スポークスウーマンが「核心的利益」と発言、日本のマスコミもかなり大きな扱いで取り上げました。

西 私は外務省の定例記者会見(4月26日)夜、NHKの「ニュースウォッチ9」でそのやり取りを見ました。日本人記者のかなり執拗な質問に対して、言わされたという印象を持ちました。それで、そのやり取りを詳しく見ようと、中国外務省のホームページで記者会見の記録をみると、NHKが報じたニュアンスと随分変わっていました。したがって、この発言は、中国側から見ると、取り立てて話題にするほどの問題ではないと感じました。
 でも日本の新聞では、朝日は「『釣魚島問題は中国の領土主権の問題であり、当然中國の核心的利益に属する』と発言した。中国政府当局者が尖閣諸島を安全保障上で譲歩できない問題と位置付ける『核心的利益』と公式に確認したのは初めて」と書き、産経はさらに「中国にとって『核心的利益』とは、台湾やチベット、新疆の独立問題など、どんな代償を払っても譲歩できない問題に使う外交用語で、『武力行使も辞さない』という意味が込められている」とまで煽っています。

「核心的利益」か、否かの重要性

高井 日本の記者にとっては重大な問題ですよ。これまで中国側が尖閣諸島が「核心的利益」に属するのかどうか、あいまいにしてきたにもかかわらず、一方的にあいまいにしているだけで、本当は「核心的利益」に属していると見なして報道してきた。習近平国家主席のロシア訪問の際、中露の共同声明の中で、尖閣問題に全く論及していないにもかかわらず、声明の一部に「核心的利益」の文言が出てきただけで、「中ロ首脳会談、領土問題で協調確認 尖閣など念頭」(朝日)と書き、3月24日の朝日社説では「声明は、これまで通り主権や領土保全などの「核心的利益」で互いの国を支持することをうたっている。会談に際し、ロシアから中国への年間の石油供給量を倍増するなど、多くの経済協力案件も合意された。だが、習氏が尖閣諸島問題でロシアの支持を会談の課題としたのに、プーチン氏は共同会見で領土問題に触れなかった」と書いています。でも習氏は一度も尖閣など言っていない。全部、「核心的利益」が「尖閣」に置き換えられて使われてきた。そしてプーチン大統領が「尖閣」を言わなかったから、ロシア側は中国側の求めに応じなかったのだとまで断定している。もし尖閣が「核心的利益」でなかったとしたら、こういう記事は全部誤報になってしまいます。訂正ものです。
 だから、日本人記者にとっては、やっと中国側が本心を明らかにしたという感じだったでしょう。 この問題をめぐる報道を見ていて、日本のマスコミはこの発言にストレートに反応し過ぎで、なぜもっと中国側があいまいにするのか、いったんそう発言しながら、もとに戻すような動きをするのか、そういう点から、中国側の対日外交の意図を読むことができないのか、と感じます。鬼の首でも取ったような気分です。ところで、どんな風に修正しているんでしょうか?

西 翻訳すると、「中国は、断固として、国家主権、国家の安全、領土の保全などを含む、国家の核心的利益を擁護する。釣魚島問題は中国の領土主権問題に関わっている」。今回の発言のトーンから見ても、絶対譲歩の余地のないチベット、台湾、新疆ウィグル自治区の問題と尖閣の問題はやはりレベルが違う。そういう前提で報道していかないと、今後の中国の意図を読み違えることになると思います。というのは、チベットなど交渉の余地がない問題と違って、尖閣は交渉を求めているわけでしょう。日本が拒否しているわけです。それに反発して、交渉のテーブルに着かせるために硬軟さまざまな手段を通して日本側を揺さぶっている。この問題では、読売新聞だけが社説を書いていました。

高井 この社説は、日本側の感情的な反発を書いているだけで、社説としてちょっとレベルが低すぎます。もう少し、第3者的な立場にも立って、問題を論じないと、感情的になり、日本の世論をミスリードしますね。なぜいままで中国側があいまいにしてきたのか。それをこの時点でなぜ明言したのか。そういう冷静な分析がまるでない。もちろんさらに修正した事実も、なぜ修正したのかも、全く触れていません。

西 読売の社説は、「今回の報道官の発言は、『海洋強国化』を図る習政権が尖閣諸島を国家の最優先課題に位置づけたことの証左だろう」と解釈し、「核心的利益の対象を一方的に広げて、領土や海洋権益の拡大に固執する中国の姿勢は、独善的な膨張主義にほかならない」と中国を批判し、さらに「中国には、強大な軍事力を背景に武力行使も辞さない方針をちらつかせ、日本を揺さぶったり、実効支配を切り崩したりする狙いがあるのだろう」と中国脅威論を煽りましたね。それは報道官の発言を拡大解釈し過ぎではありませんか。自分の思うことばかりを言っているようです。それほど大げさに煽るのは何のためかはわかりませんが、そもそも華報道官は『中国平和発展』白書に定められた核心利益は国家主権、国家安全、領土完全を含むという概念に照らして、「釣魚島は国家領土と主権にかかわり、国家の核心的利益に属する」という原則的な立場を述べだけで、「中国の核心的利益だ」との意味合いとズレがあると思います。

中国外務省の修正の意味を読め
高井 そういうトーンダウンさせるのは、やはりまだ交渉の余地を残しておきたいという中国側の姿勢が反映している。冒頭の読売の記事などを読むと、中国側が交渉を拒否しているように見えるけれども、それは交渉のテーブルに乗る前提条件を日本側がクリアしていない、つまり日本側がこの問題で交渉なんてさらさら考えていないので、中国側はそこに揺さぶりをかけているわけです。
 中国外務省がHPで異なった表現をしたわけですが、定例会見で即興の回答をしたのとちがって、HPでの表現こそが公式になりますね。この修正を報じたのは何と日本経済新聞だけでした。他の新聞社は初報を大きく扱っているのに、修正されたことを報じないのは無責任ですね。きちんと修正しておかないと、テレビのワイドショーなどでは、もう中国が尖閣も「核心的利益」に格上げされ、いつ衝突があってもおかしくないといったセンセーショナルな話になってしまいます。

西 アメリカなら記者会見の席で誤った発言は報道官が改めて修正をきちんと明らかにするんでしょうが、中国は黙って修正する。そのあたりが返ってまた不信感を招くということになりますね。毎日新聞の社説は5月1日になっても、まだ読売の社説と同じ論調の記事を書いています。中国外務省がHPで事実上の修正をしているということを知らないのでしょうか。共同通信によると、在東京の日本大使館のブリーフィングでも事実上の訂正をしています。しかし、先生のおっしゃるように、日本のマスコミではもう「尖閣は核心的利益」が独り歩きしてしまっているようです。ところで27日付けの朝日では「尖閣緊張緩和探る」「日中対話まず防衛当局間で」という記事があり、緊張緩和に向けて動き出したように報じていますが。

高井 この記事は、どうも外務省、防衛省のブリーフィングに乗せられてしまった感がありますね。期待を持たせるような書き方ですが、同じ日の日経にはこの防衛当局間対話では「緊急連絡体制の開始合意できず」と、対話が不調に終わったことをはっきり指摘しています。尖閣は今や一触即発の状況にあるわけで、これに対して野田内閣から現在の安倍内閣まで、危機回避の最低手段さえ打ち出すことができないでいるわけですが、私のような厳しい見方をする者から批判されないよう、日本政府は何かしているようなポースを見せないといけない。そこで今回のような会談を呼びかける。しかし、日本側の呼びかけによってテーブルに着くけれども、日本側の基本姿勢が変わらない限り、中国側は変わらない。こんな問題でも合意できるはずがありません。そこまで踏み込んで日本の姿勢を批判してかいないと、朝日のように政府の役人の誘導にうまく乗せられて、何かしているかのように書いてしまう。しかし、現場の緊張状態は少しも変っていない。
 少し単純化して言いますと、二つの見方がある。中国は経済的にも、軍事的にも力を拡大して、東シナ海のこれまでの秩序を変えようとしている。つまり、尖閣問題を「核心的利益」と位置づけ、日本の実効支配を変更させ、太平洋に打って出る戦略に変わった。もう一つは、中国の立場は、尖閣は本来、紛争を棚上げしてきただけであり、日本の実効支配も黙認してきたが、日本が国有化という現状変更を行ったため、元の状態に戻すために、あらゆる圧力を行使しているという見方である。後者なら、日本側の姿勢如何で、まだ交渉の余地を残しているということです。もちろん、日本にとってはその立場であっても、けしからんし、その圧力が現場での思いがけない衝突につながる危険性もある。だが、マスメディアは、だから中国はけしからんという反発だけでなく、そこまで強硬になる中国側の背景をしっかり分析して、衝突回避のメカニズムの重要性を訴える記事や社説を書いてももらいたい。
 今回の中国側の修正を見ても、前者ではなく、やはり後者の立場にまだあると言えるでしょう。しかし、閣僚の靖国神社参拝問題をめぐる日韓の抗議を「脅しには屈しない」などと構える安倍内閣ではとても後者の見方は取らないだろう。そんな立場ではとても北朝鮮の脅威に共同して対処するなど共通の利益を追求することはできない。だから、マスコミはそういう日本のかたくなな姿勢も批判する報道が必要になっているでしょう。まあ同時に、日本のマスコミを誤って誘導した中国外務省のスポークスウーマンも、発言の訂正を何らかの形で示すべきでしょう。

(注)尖閣問題が、「核心的利益」かどうかという問題については、すでに2010年の段階で、矢吹晋・21世紀中国総研所長が『チャイメリカ』(花伝社)で取り上げている。すなわち、共同通信のワシントン電が“フライング”を犯し、中国が南シナ海の係争となっている地域や「尖閣諸島の領有権を台湾やチベット、新疆ウィグル自治区と同列の『核心的利益』に位置づけたと報じた」が、同じ共同電が3週間後に事実上そうした政策変更のあったとの報道を取り下げ、「既報の内容を軌道修正した」と指摘している。(同書P66~)この時も今回と同様、中国とアメリカの高官の対話の中で、「核心的利益」と中国側が語ったと伝えられ、のちに中国側もアメリカ側も否定した。このように、この問題は極めて敏感な問題であり、その点をしっかり踏まえて、慎重に問題を見ていく姿勢が必要である。「事あれ主義」で物事を捉える日本のマスコミは、すぐ未確認の発言や無責任な論評に飛びつき、世論のミスリードを繰り返している。もちろん、情勢の変化によって、中国が立場を変えることも当然あり得る。その場合であっても、なぜそう変わったのかを考えるのが報道の立場であって、ほら本音が出てきた、けしからんと責め立てるのが、報道の役割ではないだろう。
(終わり)

 
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