第8号 2013.12.01発行 by 高井 潔司×西茹
    やはり対立を煽っている日本の中国報道
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師弟対談の再開にあたって
高井 
翻訳と出版(孫旭培著『中国における報道の自由――その展開と命運』と高井・西茹共著『新聞ジャーナリズム論――リップマンの視点から中国報道を読む』。いずれも桜美林大学北東アジア総合研究所刊)のため、師弟対談をしばらくお休みしていましたが、この間、相変わらずどころか、とうとうこれほどまでひどい中国報道が登場したかとため息がつくような記事が目に付き、慌てて西茹さんと21世紀中国総研の中村公省事務局長に再開を呼びかけました。
 
その典型は、読売新聞が11月13日朝刊国際面から連載した「習近平研究」です。見出しは「対日強硬姿勢崩さず」「尖閣『核心的利益に決まっている』」などと、激しい調子になっている。一番の問題は、情報源も全く示さず、習近平氏の発言をまるで現場で聞いたかのような直接話法で書いてある点です。

習近平の強硬イメージを作るための世論操作?

西 先生から連絡をもらって私も読みましたが、記事のひどさに驚きです。強硬な習近平像を作るため書かれた記事であり、世論操作になっても、これは事実報道を基本にした記事とは言えませんね。とても1000万部を有する責任ある新聞とは言えません。これでは中国の行き過ぎた一部の商業新聞と変わりありませんね。

高井 読んでいない読者のために少し引用しておきましょう。

 今年2月、習の強硬姿勢を象徴する、ある「出来事」があった。党最高指導部の所在地、北京・中南海。国の安全保障問題を話し合う『国家安全指導グループ』の拡大会議での一幕だ。尖閣諸島に議論が及ぶと、おおらかで慎重な性格とされる習が、おもむろに手元にあった茶わんのフタをつまみ上げた。テーブルの少し離れた場所にポンと置き、語気を強めて言い放った。「これほど重要な場所なのだから、我々の『核心的利益』に決まっている」。フタを尖閣諸島、その先に広がる平らなテーブルを広大な太平洋に見立てて、「海洋強国」実現には、まず太平洋に通じる入り口に位置するフタを死守する必要があると説いたという。

 このような会議は当然、非公開です。この記事を書いた記者は誰かに取材して習の発言を聞いたのでしょうが、全く取材源を書かず、まるでその場にいて見てきたように書いている。こんな書き方は、事実報道を看板にするなら、あり得ないことです。

西 「核心的利益」はその読売の記事に付けてある注でも触れているように、国家主権や領土に関わる絶対に譲歩できない利益、つまり武力行使を行ってでも守らなければならない利益です。チベットや新疆ウィグル自治区の独立運動への警告にも使われてきた。習発言は、全くこれまで日本の新聞では報道されたことがありませんね。これほどの大ニュースを、読売はなぜストレートニュースで報じないのでしょう。読売はスクープを逃しましたね。(笑)

情報源を示さない記事はジャーナリズムの原則に背く
高井 情報源を書いていないことを見ても、それは取材によって確認された情報ではなく、ストレートニュースとして発信する自信がないからではないでしょうか。後輩の記者にどうなっているのか、問い合わせメールを打ちましたが、なしのつぶてです。朝日新聞が報道の指針として作成した『事件の取材と報道2012』(朝日新聞出版)にも「情報の出所の明示は、その記事の信頼性を判断するための重要な要素」と書いている。それはジャーナリズムのイロハです。読売のこの記事はご丁寧に習氏の発言を太字で強調しています。もちろん、情報源は他方で守らねばなりませんけれど、それなら「防衛省筋」とか「中国共産党筋」とか「日本大使館筋」とか書きようがある。ジャーナリズムの原則に背く行為です。

西 「核心的利益」については、この師弟対談の中断前の第7号でも取り上げました。4月26日中国外務省の定例記者会見で、報道官が釣魚島問題は中国の核心的利益といったニュアンスの発言をした。朝日新聞は「『釣魚島問題(日本名尖閣諸島)は中国の領土主権の問題であり、当然中國の核心的利益に属する』と発言した。中国政府当局者が尖閣諸島を安全保障上で譲歩できない問題と位置付ける『核心的利益』と公式に確認したのは初めて」と書きました。産経はさらに「中国にとって『核心的利益』とは、台湾やチベット、新疆の独立問題など、どんな代償を払っても譲歩できない問題に使う外交用語で、『武力行使も辞さない』という意味が込められている」とまで煽りました。当日夜のNHKニュースウォッチ9を見る限り、日本人記者のかなり執拗な質問を受けて、女性報道官は言わされた感じがあった。そして問題は、会見後の公式記録である外務省HPには「中国は、断固として、国家主権、国家の安全、領土の保全などを含む、国家の核心的利益を擁護する。釣魚島問題は中国の領土主権問題に関わっている」と述べるにとどまっています。これは事実上の修正であり、他社は無視しましたが、日経新聞は発言を修正したという記事を掲載しています。

高井 尖閣が核心的利益かどうか、中国当局はあいまいにしてきました。もし核心的利益なら、領有権問題は日中間で「棚上げしたはずだ」という中国側の主張と大変な矛盾になりますね。読売の「習近平研究」の記事に着いた注には、すでに4月に中国外務省報道官が明言したとありますが、訂正の事実を知らないでそう書いたのでしょうか。“研究不足”“分析不足”ですね。4月の時点で私はこう述べました。「(日経以外の)他の新聞社は初報を大きく扱っているのに、修正されたことを報じないのは無責任ですね。きちんと修正しておかないと、テレビのワイドショーなどでは、もう尖閣は「核心的利益」だと格上げされ、いつ衝突があってもおかしくないといったセンセーショナルな話になってしまいます」。読売の連載のこの部分は、外務省の報道官レベルではなく、最高指導者の発言を入手したんですから、それは西さんのいうように大スクープです。でも実際は、伝聞の伝聞レベルのいい加減な情報でしょう。それをまるで見てきたように書くなって報道の倫理にもとる行為です。

西 日本を代表する新聞である読売がなぜ週刊誌のような書き方をするのかが理解できませんね。

高井 最近出版され話題になっている『そして、メディアは日本を戦争に導いた』( 半藤 一利、 保阪 正康、東洋経済新報社)をよく読んで、敵意を煽るような報道ではなく、メディアの責任をしっかり自覚してほしい。2005年の小泉政権時代の反日デモの際には、読売新聞は関係改善に向けていい仕事をしたんですが、残念です。

何でも「反日」に結びつける報道は健在
西 もう一つ絶句したのは共同通信が配信した記事で10月20日付の産経新聞に載った「中国 記者25万人に「反日」研修 領土「譲歩は厳禁」指示」という記事です。こう書いています。

中国共産党などが全国の新聞やテレビなどの記者25万人を対象にした大規模研修で、尖閣諸島(沖縄県石垣市)や歴史認識の問題に絡めて日本政府を厳しく非難し、領土をめぐる問題で譲歩する主張などを伝えないよう指示していることが19日、分かった。複数のメディア関係者が明らかにした。

 この記事中にある25万人規模の記者研修があるのは事実ですが、来年度から記者証を更新するために全国で延べ25万人の記者研修を12月までに実施して、1,2月に統一試験をやるというもので、その情報は公開して報道されています。主な研修項目も報道されていますし、そのテキストも公開出版されていて、その内容も報道されています。もちろん反日などどこにも出てきていません。「マルクス主義ニュース観」などが強調され、イデオロギー色の強いものですが、党がメディアを管理し、政治、社会の安定を目指すのが第1の狙い。さらに記者のモラルの向上などが取り上げられています。国家主権や領土問題での論及があるかもしれませんが、中国に駐在して取材している記者なら、たとえそんな情報を聞いたとしても、それはタメにする情報であって、「反日」研修などと呼ぶような内容であるはずがないことはわかるはずです。

高井 昨年の第18回党大会の政治報告を、尖閣問題に結び付け、対日けん制だと、報じたように、何でも「反日」に結び付けて報道する偏向報道は健在です。これまでの日本メディアが伝えた中国メディアの反日報道の数々を思い起こしてみれば、わざわざ党中央宣伝部が“反日研修”しなくてもいいはず。自己矛盾もいいところですね。(笑)私は11月に「新聞通信調査会」主催の日中関係に関するシンポジウムのコーディネーターを務めました。その時、「愛国なら理性的で法を守る公民であるべきだ」という社説を書いた新京報の評論員を招請しました。彼によると、その社説を宣伝部のトップは激賞し、彼は社内で表彰され、ボーナスももらったそうです。基調講演した朱鋒・北京大学教授も、政府はむしろ反日世論を抑えていると述べていました。そんな時に“反日研修”などやるはずがない。誇大妄想、被害妄想ではないか。中国メディアの現状で言えば、企業の不正を暴いた広東省の新聞『新快報』の記者陳永州が拘束され、その不法性を訴える論陣を張ったものの、実は対立企業から金をもらっていた事実が判明し、新聞社の社長が解任される事件があった。日本の新聞でも、大きく取り上げられたが、社長解任で、その後の報道はいつの間にか萎んでしまった。一体、真相はどこにあったのか、きちんと検証する報道がない。記者研修は反日などより、むしろこうした中国メディアの現状から来ている面がある。

西 そもそも25万人の記者研修はすでに10月12日付の朝日朝刊でも報道されていたのです(「記者よ 再度マルクス主義学べ」)。「反日」色に染めたら同じネタでも繰り返し報道できますよね。中国語で言うと、「冷やご飯の炒め直し」です。(笑)「反日」という言葉はメディア、特に大手メディアに慎重に使ってもらいたいです。これこそ対立を煽り、反感を助長するしかならない。
新聞通信調査会のシンポジウムに中国から参加した『南方週末』『新京報』の記者も、新快報の記者が金をもらって記事を書いたのは恐らく事実だろうと言っていました。こうした報道を金銭のやり取りの原資にするという現象は中国のメディアに蔓延しています。中国のメディアは当事者だから、あまり書けない。そういう意味では、日頃、中国の様々な問題を指摘してやまない日本の新聞には格好の材料ではないか、と二人の記者が口をそろえて言っていましたね。

特派員の意図とは別に「嫌中」に陥る報道の構造
高井 ところで、私達の対談に特派員たちが反論するような本が出版されました。『日中対立を超える「発信力」~中国報道最前線総局長・特派員たちの声』(段躍中編、日本僑報社)です。帯に「国民感情の悪化についてしばしば耳にするのが、日本メディアの中国報道への批判である。『悪い面ばかりを報じる』『脅威論を煽っている』…。答えは『否』だ」と書いてあります。

西 しかし、中身を読んでみると、「反日デモだけではない。中国のニュースといえば、PM2.5な どの環境問題や食品汚染、相変わらず多いニセモノ、鳥インフルエンザの発生、人権活動 家の拘束、各国に対するサイバー攻撃、尖閣近海での海洋活動、北京の一部で大型犬の飼育禁止など、何かとマイナスイメージで語られるものが多い」(p74-75)と、反論どころか、反省点ばかりが目立ちました。結果的には中国全体像が読者や視聴者に伝えられていないことになってしまっている。とくに問題は、数人の特派員も書いているように、現場と本社の編集とのズレや本社サイ ドから現場に対する要求が中国報道に大きな影響を与えていることです。 例えば、「本社から求められる中国関連のニュースも、『対立』に重点が置かれるようになっている。日本批判や対日強硬論は中国政府からも、メディアからも、そして ネット上からも拾い集めるのは実にたやすく、連日のように日本の視聴者に届けられることになる。」(p99)と、テレビ朝日中国総局長が証言しています。なぜ現場の特派員たちは本社に「NO」と言えないのか、或いは本社の編集サイドに説明し、説得することができないのか。これは私がずっと持っている疑問です。本社の注文に従うばかりになると、報道という仕事が本末転倒になります。つまり、現場の記者たちは何を報道するかに一番発言権を持っているではないでしょうか。
 この本を読んで、一つの答えになる点に気づきました。それは、日本国内の社会ニュースの取材に慣れた記者ではあるが、「中国関係の知識、 経験が少ない」記者、「中国初心者」の記者が中国に派遣されるケースが多くなっていることです。そういう記者たちが、巨大かつ複雑な中国を、バランスを取って報道するのは難しいし、本社のデスクを説得する力と自信を持てないのではと推測します。

高井 本社でも現場でも、中国報道に対する責任感、使命感が薄れ、日本政府のいう一面的な“国益”の虜となり、中国の否定的な部分を報道しておけばいいという安易な報道に陥っているというところでしょう。私の読後感も西さんとほぼ同様です。現場は、やはり悩んでいます。自分たちの仕事を振り返ってみると、反省点ばかりでしょう。その意味で、この本は中国報道の問題点を考える上で参考になるかもしれません。期待していたほど私達への反論になっていないけれど、おそらく私たちの対談も読んでいる暇がないほど忙しいのが現場の実情でしょう。ネット時代のあふれる情報に圧倒されて、本社の指示や読者のステレオタイプに合わせた原稿を書くことで精一杯といったところでしょう。

 
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