中国の論調・翻訳紹介    
     第1号 2004.5.15発行    
    中国の平和的台頭の新しい道とアジアの未来
――2003年のボーアオ・アジアフォーラムにおける講演――
by 鄭 必堅(中国改革開放論壇理事長)・村田忠禧 訳


訳者プロフィール>>
鄭 必堅 中国改革開放論壇理事長  2003.11.03 http://www.chinanews.com.cn/n/2003-11-03/26/364379.html より
 尊敬する議長およびご在席のみなさま
 友人各位にお目にかかれたことを大変嬉しく思います。本日の私の講演の題目は、中国の平和的台頭の新しい道とアジアの未来というものです。
 わたしは可能なかぎり短い短時間と簡潔な方法で、みなさまに以下の問題についてのわたしのいくつかの考え方を述べさせていただきたいと思います。
 すなわち(1)中国の発展の問題をどのように見るか、(2)中国の台頭の道をどのように見るか、(3)中国の台頭とアジアの関係をどのように見るか。

(1)中国の発展をどう見るか

 中国が改革開放を実施してから今日までですでに二十五年、ちょうど四分の一世紀が経ちました。この二十五年の間に、中国は一連の重大な進歩と発展を勝ち取りました。今世紀初頭に中国は小康社会に入り、現在は小康社会の全面的な建設に向けて努力しているところです。
 しかしこれと同時に、中国が小康段階に到達したとはいえ、まだそのレベルは低く、全面的ではなく、不均衡な発展の小康だということをはっきりと見つめる必要があります。中国はまだ立ち遅れた状態から抜け出せていず、発展途上にある国で、しかも数々の大規模な難題を抱えたままの発展途上の国なのです。
 なにが「大規模な難題」なのでしょうか。
 数学には乗法(掛け算)と除法(割り算)という最も簡単な題目があります。
 掛け算によると、経済や社会の発展における見たところ無視してもいいくらいの些細な難点でも、十三億でもって掛けると、それは大規模な、場合によっては超大規模な問題になってしまうことがありうる、ということです。
 また割り算によれば、絶対的な量としてとても大きな財力、物力であっても、十三億で割れば、それは一人当たりとしてはかなり低く、場合によってはとても低いものになってしまいます。
 みなさまもご承知の通り、ここにおける十三億というのは、中国の人口が多すぎるということを指します。しかし中国の人口のピークはまだこれからのことで、おおよそ2040年前後に十五億に到達し、そののちようやく次第に下降していくのであります。
 もちろんここには別の側面も存在します。中国の改革開放二十五年来の実践が証明していることは、中国が活発になり、動員できるあらゆる積極的な要素がますます存分に発揮されるようになると、中国の膨大な労働力、開発力、購買力によって形成される凝縮力と成長の動力およびこれによって世界にもたらされる成長の動力というものも、また大変な数量となるのではないでしょうか。どうやらこれも十三億から十五億に関係する数学の演題に関連する別の側面であります。
 このため、中国の発展と台頭は、問題の方面と動力の方面を含め、結局のところ、この十三億から十五億という数の問題と切り離して考えることはできません。そして中国が発展の問題を解決するためのあらゆる努力、それが経済、政治、文化活動であれ、また内政、外交、国防であれ、結局のところ、いずれもわれわれの十三億から十五億にいたる人民の暮らしをよくするためのことであり、しかもますますよくなり、ますます豊かになり、ますます文明的になり、ますますヒューマニズムに符合したものになることであり、今世紀の中葉には中程度の先進国の水準に到達し、そののちも引き続き向上させようとするものです。
 これは指導層から人民にいたるわれわれ今日を生きる中国人すべてが共通に抱いている勇壮な意志であると考えます。
 これだけでもわれわれ現在から数えて二代あるいは三代の中国人にとって十分に大変なことがらです。
 全人類の五分の一を占める人口の生活をかなりの文明的な境地にまで高めることは、中国が人類の発展のために当然担うべき何よりも重大な責任であることは間違いありません。

(2)中国の台頭の道とは

 それでは中国にはこの問題を解決する方法があるのでしょうか。
 みなさまもおおよそご承知の通り、このことについては世界でさまざまな議論があります。総じていえば、中国の発展の成果そのものがすでにこの問題について力強く回答しているし、これからますますもっと明確かつ有力に回答していくであろう、とわたしは考えています。
 ここでの最も根本的なことは、中国が二十五年にわたる改革開放を実行して以来、中国の国情に合致し、時代の特徴にも合致した戦略的な道をすでに切り開いた、ということです。つまり、経済のグローバル化に結びつくのであって離脱するのではないという過程のなかで、中国の特色ある社会主義を独立自主的に建設するということであり、これが平和的台頭の新しい道であります。
 この道について、わたしがまず強調しておきたい点は、経済のグローバル化と結びつくのであって離脱するのではない、ということ自体が中国人の重大な歴史的戦略選択であるということです。
 この選択は二十世紀七十年代の中国人に課せられたものでした。当時、世界的規模で新しい科学技術の革命と新しい経済のグローバル化の波が起こりつつありました。中国の指導者はこの動向をしっかりと掌握し、「今日の世界は開放の世界であり、中国の発展は世界と密接不可分である」という重大な判断をし、この歴史的なチャンスをしっかりつかみ、すべての活動を経済建設をもって中心とする軌道に切り替え、対内改革と対外開放を実行し、しかも農村での生産請負制と沿海に四つの経済特区と十四の開放都市を設立することを第一歩とし、国内市場を発展させ、国際市場に向っていくことにしました。こうして中国の改革開放の新時期が切り開かれたのです。
 こののち、二十世紀九十年代にいたって、中国はもう一つの歴史的な戦略選択に直面することとなりました。それは経済のグローバル化と反グローバル化という二つの潮流の対抗とアジア金融危機の発生です。中国の指導者は経済のグローバル化についての正・反両面を注意深く分析し、経済のグローバル化にいっそう積極的に参与すると同時に、「利に向かい害を避ける」とうい戦略を果断に確定いたしました。こうして中国の改革開放を新しいレベルに推し進めたのです。
 この道について、次に強調しておきたいことは、経済のグローバル化に積極的に参与すると同時に、独立自主の発展の道を歩む、ということです。
 中国のように十数億もの人口を抱えた発展途上国は国際社会に依存すべきではないし、そう期待することもできません。必ず自分自身の力に主な基点を置くべきであり、またそうするしかありません。
 すなわち、よりいっそう自覚的に自身の体制を新しくしていくことに依拠し、国内市場のいっそうの開発に依拠し、膨大な住民の備蓄を投資に転化させることに依拠し、国民の資質向上と科学技術の進歩によって資源と環境問題を解決することに依拠する必要があります。つまり発揮できるあらゆる積極的な要因を動員することによって、われわれの勇壮な意思を実現することに依拠することです。
 この道について、わたしが強調したい第三の点は、この道は全力を挙げて台頭するものではあるが、同時にまた平和を堅持し、覇権を争わないことを堅持するものでもある、ということです。
 近代以来の歴史がたびたび明らかにしている通り、後発の大国の台頭は往々にして国際的な枠組みと世界秩序の急激な変動を導き、ひいては大きな戦争を引き起こすにいたることもあります。ここにおける重要な原因は、後発の大国は侵略戦争を発動することによって既存の国際体系を打破し、対外拡張を実行することによって覇権争奪の道を歩んできたということです。そしてこのような道は最終的には敗北することによって終わりを告げるものでした。
 それでは今日の新しい時代の条件の下で、中国を含むわれわれアジアの国々は、このような全く誤った、相手を害するだけでなく自分自身をも害する道を繰り返すしかないのでしょうか。
 われわれの選択は、全力を挙げて台頭するとともに、平和的な台頭をすることでしかありえません。また平和的な国際環境を勝ち取ることで自分を発展させ、また自分の発展でもって世界の平和を守るよう、決心していくことにほかなりません。
 この道をめぐって、最も重要な戦略方針として三つあります。第一は、社会主義市場経済と社会主義民主政治を基本的な内容とする経済と政治の制度改革をいささかも動揺することなく、鋭意推進して、平和的台頭を実現するための制度的保証とすることです。第二には、人類の文明の成果を大胆に参照吸収するとともに中華文明の発揚を堅持し、平和的台頭を実現するための精神的支柱を形成することです。第三には、都市と農村の発展、地域の発展、経済と社会の発展、人と自然の調和の取れた発展、国内発展と対外開放といった各種の利益関係を周到かつ緻密で総合的に配慮して対処することによって、平和的台頭を実現するための社会的環境を形成していくことです。
 みなさまご承知の通り、これまでの二十五年間、中国の改革開放は必ずしも平穏無事であったわけではなく、さまざまな試練を経過してきましたた。しかし中国人はこの平和的台頭の新しい道にたいしては一度たりとも動揺したことはありません。この基本的な事実は、改革開放と平和的発展はすでに今日の中国人の生活と文化のなかに深く根ざしている、ということを力強く表明しています。これはすでに平和的台頭戦略を形成するための後戻りすることのできない全般的な情勢となっています。

(3)中国の興隆とアジアの関係

 友人各位、二十世紀の六、七十年代から、アジアのいくつかの国家と地域は世界の経済と社会発展においてもっとも活発な地域の一つとなりました。それに続く七十年代末から中国が改革開放を実行し、経済は猛烈な勢いで成長し、社会も全面的に進歩しました。中国とアジアのその他諸国との経済貿易関係はますます緊密さを増し、世界経済におけるアジアの比重はますます大きくなっています。
 中国とASEANとの経済貿易関係についてだけでも、過去十年間に双方の貿易は七倍以上に増え、昨年は五百四十七.七億ドルにまで達し、二〇〇五年には一千億ドルを突破するであろうと予測されています。中国とASEANとの間で自由貿易区が樹立されれば、双方の経済貿易協力関係はよりいっそう緊密なものとなることでしょう。中国の諺に「遠くの親戚よりも近くの隣人」というのがあります。中国とアジア諸国との間には、相互促進、相互利益、相互援助、相互補完という新しい形の協力関係がすでに形成されていることをわれわれは喜びをもって見ることができます。
 一人の研究者、観察者として、私は歴史と現状の発展の大局に基づいて、次のような判断を提起したと思います。総体的に見て、これからの十数年、二十数年、あるいは二十一世紀の前期に、アジアは世界の歴史において大変得難い平和的台頭の重要なチャンスに直面します。そして平和的台頭を遂げつつある中国は、アジアの平和的台頭の一部分を構成します。このことは中国の改革開放と平和的興隆がアジアのその他諸国の経験と発展に役立つというだけでなく、中国がアジアの一員として、アジアの他の諸国、とりわけ周辺諸国の発展、繁栄、安定に、ますます積極的で有益な役割を発揮するであろう、ということを意味しております。
 ご静聴ありがとうございました。
(『学習時報』 第211期 2003年11月18日)