中国を読み解く本・毀誉褒貶
[12] 2006.1.1
(中村公省/21世紀中国総研事務局長)
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『肉麻図譜――中国春画論序説』

中野美代子

作品社 2001年)


 「肉麻」とは中国語で「いやらしくてむずむずする」意。「肉麻図譜」とは春画のことで、本書には中国の伝統的春画が多数蒐集され、その図像解読が試みられている。

写真:中野美代子『肉麻図譜――中国春画論序説』の表紙
『肉麻図譜――中国春画論序説』の表紙
(写真は、www.amazon.co.jpより)

 しかし残念なことながら、中国の春画は「いやらしくてむずむず」してこないのである。男女識別ができる程度のおしるしをつけた貧弱な全裸体がまずいけない。肉欲をそそる恥部が描けていないのである。また屋外または屋外に開けっぴろげになった屋内でいたしていることが淫猥感を沮喪させてしまう。屋外なら太湖石、牡丹、桃、蓮、蝶などの庭園のしつらえ、屋内なら外との空間的つながりや屏風に描かれた山水などの「環境」の点景として男女はつつましく営みにふけっているのである。
 中国春画と対照的に見たてられているのが江戸春画である。その特徴はデフォルメで巨大化した女陰・男根にある。からだの他の部分はむしろ着物で隠し、局所をクローズアップして「肉麻」性を煽情する手法に著者は特別に「褻視」(せっし)という言葉を造語している。空間は郭(くるわ)の閉ざされ四畳半である。散乱する懐紙、枕、煙草盆、枕屏風などの小道具と「書き入れ」が濡れ場の密室性をいやがうえにも高めている。
 中国の春画は春宮(皇太子)画が縮まったもので、もともと皇嗣をつくるための性交の指南図であったそうな。そして、明代、清代の春画の主たる発注者は高級官僚・文人たちであった。彼らの注文に応じて名だたる画家が匿名で淫画を描いて金品を得た。即ち、中国春画のサーキュレーションは閉ざされていて、妻妾同居の紅楼の主の不老長生や子孫繁栄の願望のために供されたのである。
 ところが、浮世絵師―刷り師―版元の工程を経て市販された枕絵の需要者は江戸に地方から流れ込んだ一人者で、彼らの不遇の性を慰めるイマジネーション喚起の手段に供された。一読者としての読み込みながら、開かれた市場ルートを通じて、最終需要者の欲望充足にひたすら貢献した供給者のサービス精神が、浮世絵の品質をいやがうえにも高めたのであろう。
 とはいえ、「いやらしくてむずむず」しない中国の春画とは何ものなのか。じつは、本書ではその背理の解読に博覧強記の薀蓄が傾けられているのである。中国の春画家たちは男女の肉体を描く気はさらさらなかったのだと著者は解く。太湖石、牡丹、桃、蓮、蝶などの庭園のしつらえ、屏風に描かれた山水などは、「こんなところでセックスできたらいいなあ」という空間的願望を描いていたのである。中国の春画の面白さは空間デザインの面白さにこそあり、そこに「肉麻」性など期待すべくもない、と。
 貧弱な肉体にかわっては、子宮、陽根のシンボルとして両性具有の太湖古が描かれる。「裸体だけではなにも生み出さない。〔身体をめぐる気の〕”内景図”に見られる思想と通底する房中術や養生術の思想こそが、不老長生や子孫繁栄や”発財”を約束する。それこそが手ざわりのたしかな現実なのである」と。(274p.)

 

          
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