中国を読み解く本・毀誉褒貶
[14] 2006.3.1
(中村公省/21世紀中国総研事務局長)
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『靖国問題』

高橋哲哉著

ちくま新書 2005年刊)

 著者は1956年生まれ。戦争を知らない世代ながら、戦争責任ならびに戦後責任を強く意識する西欧哲学者である。「天皇の神社」としての靖国に対して旗幟鮮明、全面否定の立場を貫いている。論じている問題は五つ。①感情の問題、②歴史認識の問題、③宗教の問題、④文化の問題、⑤国立追悼施設の問題。俗論を正面突破する陣立てで、曖昧模糊とした土着的問題を確実な史料に依拠して論理明晰に分析している。
 なかでも靖国信仰を成立させる「感情の錬金術」の分析は秀逸である。
 「戦死者を出した遺族の感情は、ただの人間としてのかぎりでは悲しみでしかありえないであろう」「ところが、その悲しみが国家的儀式を経ることによって、一転して喜びに転化してしまうのだ。悲しみから喜びへ。不幸から幸福へ。まるで錬金術によるかのように、『遺族感情』が一八〇度逆のものに変わってしまうのである。」「何よりも、戦死者が顕彰され、遺族がそれを喜ぶことによって、他の国民が自ら進んで国家のために命を捧げようと希望することになることが必要なのだ。」(p.43-44)
 
画像:「靖国問題」の表紙
(画像は、Amazon.co.jpのページより)
 
 私はかつて靖国神社の隣に住まいしていたことがあり、靖国神社の結構・行事・機能は大方見聞きしている。大鳥居をくぐって見上げると大村益次郎の銅像が立っているが、その目線の先は上野を睨んでいる。この神社は天皇(官軍)の神社であり、賊軍の彰義隊の戦士や西南戦争の西郷隆盛は除外されているが、大君の辺に死した旧植民地の兵士たちも祭られている。帝国生命保険寄贈の向かって左の大灯篭には上海事変の爆弾三勇士が浮き彫りされている。この三勇士の虚像・実像については上野英信『天皇陛下万歳――爆弾三勇士序説』(筑摩書房)」に詳しい。
 しかし、戦中生まれで、少年期を地方農村ですごした経験からして、私は中央よりも地方の国民精神総動員装置のほうに関心がいく。「感情の錬金術」の儀式を地方末端で担ったのは鎮守の杜であり、人としては神官、僧侶、地主、官吏、教師など郷里の有力者であった。丸山真男が『超国家主義の論理と心理』で摘出したところの超国家主義に心酔した擬似インテリである。郷里の「護国の母」には、弔慰金が贈られ「忠魂碑」が建立され、国の誉、郷土の誉れ、家の誉れとして記念され慰めを得た。
 しかし、最近、私は生まれ育った郷里に帰って、鎮守の杜や村落の墓地にあった巨石の「忠魂碑」がことごとく消失しているのに気がついた。弟たちに「何故なくなったのか」、「何時なくなったのか」と質しても明確な返事を得られない。
 国家神道、神社神道に対する政府の支援を禁止した占領軍神道指令(昭和20年)に慄いて碑文をコンクリートで埋めたものもあったが、その多くは高度成長期に折々草花が供されていた。「忠魂碑」を国の・郷土の・家の誉れとして記憶するものが存在しつづける限り、永劫に碑は消失しない。逆は真なりで、戦死者に対する郷里の人々の集団的記憶が消失したに違いなく、「護国の母」も英霊とともに安らかな眠りについたのであろう。農村共同体の鎮魂・祭の場としての鎮守の杜は、都市化で包囲殲滅状態にある。
 21世紀初頭、中央の擬似インテリの靖国神社を舞台にしたパフォーマンスは、「忠魂碑」とは関係がなさそうである。「天皇の神社」の基層はすでに崩壊に瀕していて、「護国の母」も「遺族年金」も「大日本遺族会」も気息奄奄である。
 靖国神社がポピュリズムの手段たり得る根拠は、中国や韓国が国力を増強する一方で、彼らが首相の靖国参拝を追及するために昂じる日本人のマスヒステリアにこそある。死者を祭るのは生者のご都合次第なのである。
 

          
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