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     第1号 2009.2.7発行 by 岡田 充
    台湾政策を「平和発展」に転換
「胡6点」の意味を探る


 中国の胡錦濤・共産党総書記は2008年の大晦日、台湾に平和統一を呼び掛けた1979年の「台湾同胞に告げる書」発表30周年の座談会で「手を携え両岸の和平発展を推し進め、中華民族の偉大な復興を実現しよう」(新華網 08年12月31日)と題する談話を発表した。談話は6項目からなるため「胡6点」(「談話」と略)と呼ばれ、王毅・国務院台湾弁公室主任は「この重要講話は新形勢下の台湾工作を指導する綱領的文献」(「人民日報」09年1月16日付)と位置付けた。
 その特徴をざっと挙げると①「平和統一」を強調せず、胡錦濤政権の対外政策の基本である「平和発展」を台湾政策にも適用②党の公式文献として初めて「台湾意識」と民主進歩党に言及③台湾の国際組織参加の原則を提示-など、注目すべき点が盛り込まれている。談話の発表が大晦日だったこともあってか、日本の新聞などメディアの報道は「台湾の世界保健機関総会(WHA)へのオブザーバー参加容認か」(『産経』)と、読み込んだ記事はあるももの、談話を歴史的な流れの中できちんと位置づけた報道は少ない。中国の台湾政策は05年の「反国家分裂法」採択により「現状維持容認」へと大きく舵を切るのだが、日本のメディアは台北特派員原稿を含め、相も変わらず「独立か統一か」の「二元論」から脱し切れていないようにみえる。談話をめぐる中国識者の発言や台湾・中国での報道を観察しながら、胡錦濤発言の意味とその歴史的な位置を探りたい。


 30年の総括
 談話発表直後の新華社電は、「胡錦濤は、両岸関係の発展と祖国の平和統一の実現にとって最も重要なことは『平和統一、一国二制度』の方針を順守し、祖国の平和統一を進める過程での8項目提案(筆者注 江沢民8項目提案=「江8点」)、一つの中国の原則は動揺せず、平和統一を勝ち取る努力は放棄せず、台湾人民に希望を寄せる方針は変えず、『台独』の分裂活動の反対では妥協せず-(同 胡錦濤4項目「胡4点」)を強調した」と伝え、談話が30年来の台湾政策を総括し発展させたものであることをにじませた。この点について中国社会科学院台湾研究所の前所長で「保守的」姿勢で知られる李家泉は「この30年間で、中国側が台湾政策で行う3回目の戦略調整」と位置付け、「武力解放→和平解放→平和統一→和平発展」への変化に着目している(中国評論通信社08年12月31日)表「大戦後の国際政治と両岸関係」参照。李の言う「戦略調整」とは、台湾の馬英九政権誕生後の両岸関係の進展を受け、台湾政策で初めて「平和発展」を主張したことを意味する。談話の核心部分である「平和発展」の意味と読み方については後に詳しく触れたい。
 談話発表以前の文章だが、汪道涵のブレーンだった章念馳・上海東亜研究所所長は、「中国評論月刊」1月号の「両岸共同締造更美好新中国」で、新たな台湾政策の特徴を次の4点にまとめている。①「台湾の現状と台湾各界人士を尊重」。我々の政策をいかに台湾の政治的現実に接近させ、いかに台湾の民意と符合させるか②台湾問題の解決と中国の近代化実現との関係を鮮明に③統一は一つの過程であり、漸進的に双方が融合する過程。従ってこの過程の各段階で「先易後難」「先経後政」「漸進実現」を④台湾問題の解決には「和」と「戦」の両様で対応。「軟」はより「軟」に、「硬」はより「硬」に―である。論文のポイントは、両岸関係を「平和統一」に至る中・長期的「平和発展」の過程ととらえている点である。「談話」は、胡指導部が2003年ごろから明らかにし始めた「現状維持」路線の集大成と言ってもよい。そのことは05年3月4日の政協会議で胡が明らかにした「胡4点」および17回党大会の「三つの共同」を踏まえていることをみれば明らかであろう。言葉を換えれば「現状」は中・長期にわたることが想定されている。


 「台湾意識」と「国際化」
 談話の特徴をもう少し挙げる。末尾の要旨をみていただきたい。(3)と(4)の部分で、「台湾意識」と民進党について初めて言及した。台湾の政治的現実に正面から向き合う姿勢と評価すべきだろう。ただ談話が「台湾意識」と「台独」を区別する一方で、それを「郷土愛」と狭義に規定したことは、必ずしも「台湾意識」の実体をとらえているとは言えない。中国側が両岸人民を「中華民族」として括るのと同様「非政治的」とらえ方である。つまり中華民族アイデンティティと台湾人意識は矛盾しないという前提に立っている。台湾意識の定義はさまざまである。台湾でも政治的な立場によってその意味は異なる。意味するところが幅広いため、台湾では否定しにくい政治的に巧みな用語であろう。ただ馬英九も認めざるを得ない「住民自決論」(ex住民投票)に表れているように、台湾の将来や政治的地位を台湾人自身が決定するという政治的側面があることは否定できまい。
 要旨の(5)の部分を見てほしい。台湾の国際組織への参加問題について、「二つの中国」と「一中一台」を作らない前提下で「両岸の実務的協議を通じ情理にあった対応をする」と初めて基本原則を提示した。まずは09年5月の世界保健機関(WHO)総会参加への中国側対応がリトマス試験紙となるだろう。台湾人意識と国際組織参加問題については、前出の章念馳が07年1月12日東京で筆者の聞き取りに対し、江沢民政権時代の90年代半ばから、政権内で「台湾にしかるべき地位」を与えるかどうかの検討が行われていたことを明らかにしている。章は「台湾の主流民意とは何か。94年、汪道涵氏と十数回にわたって検討し、4点に絞って中央に提言した。第1に安定を求め、第2に平和を求め、第3は発展を求め、そして第4は合理的身分を求める。これを中央に提言すると4番目は消されていた」と語った。「合理的身分」とは聞き慣れぬ言葉だが、「国際社会でのしかるべき地位」を意味すると筆者は受け取った。
 台湾の国際化に対する姿勢は従来「中国の内政問題であり、外国勢力を干渉させない」という強硬なものだった。しかし、第2期陳水扁政権が、国家統一綱領の廃止や新憲法制定など次第に台独路線を強めていく中で、中国は日米など周辺国家を通じて「一方的な現状変更に反対」という間接圧力を強める。自ら台湾問題の国際化を容認したと受け取れる姿勢の変化だが、日米という台湾に影響力を持つ国を通じて民進党政権を下野させたことの総括でもある。在京中国筋は、台湾問題の国際化について「談話には、国家の完全統一の実現は中国の内政問題であり外国勢力を干渉させないという従来の主張は入っているが、(1)ではなく(5)の国家主権を擁護し、対外関係を協議、の中に入っているだけで、強調していない」点に注目している。


大戦後の国際政治と両岸関係(年表)
大戦後の国際政治と両岸関係(年表)


 台湾の反応
 さて、談話に対する台湾側の反応はどのようなものだろうか。台湾総統府は談話翌日の1月1日、王郁埼・発言人が記者会見で「胡錦濤の指導下で展開している台湾政策の新思考と実務的色彩の表れ。台灣は敵対状態を終結させ新契機を切り開くことを楽観している」との論評を発表した。極めて高い評価と言えるだろう。また2日付中国時報は丁渝州・元国家安全會議秘書長の話として「両岸関係の最大の障害は主権問題であり、胡はこの点で何の妥協もしていない。この問題で短期的解決は不可能だから、棚上げする以外にはない。(筆者注=第6項の)政治協議提案に対して、馬英九は『先易後難 先経後政』の戦術論を継続するしかない」と伝えた。
 一方、野党に転落した民進党の評価は厳しい。蔡英文主席は「中国の基本方針と立場に何の変化もない。幻想を抱いてはならない」「(筆者注=第4項の)交流のため政党に原則放棄を呼び掛ける方法は民主的ではない」(TAIWAN news)と批判した。民進党系シンクタンク「台湾智庫」の頼怡忠執行委員(元民進党中国部長、国際部長)は7日台北で開いた「胡6点」に関するシンポジウムで「92合意ではなく、一つの中国原則のみを提起したことは、これが反分裂法の延長にあることを示している」と批判。平和発展というソフトな中に「統一の時間表」が隠されており、(胡・温指導部が退任する)2012年までに台湾が中国に併合される危険性に警鐘を鳴らした。(中国評論通信社 1月7日)
 台湾メディアの反応は総じて、談話が「一つの中国」の解釈は各自にゆだねるとした「92合意」に触れず、「一つの中国」の原則論を展開したことを「馬英九政権にとって打撃」との見方が多かった。馬政権誕生以来、国共両党で合意してきた「92合意」承認と「主権棚上げ論」を否定したのではないかとの疑念である。例えばワシントンのジェームズタウン・ファウンデーションが発行する「CHINA BRIEF」(09・1.12号)でRUSSELL HSIAOは「一つの中国という主権問題を棚上げし、中台協議を進める馬英九にとって打撃。馬英九が胡6点に直接反応していないのもこれが理由ではないか」と書いた。
 さらに、談話が「政治協議」を持ち出したことにも困惑があった。馬政権は発足以来「先易後難 先経後政」で臨み、昨年暮れにスタートした「三通」をはじめ、海峡両岸の交渉テーブルに乗っているのは「経済問題」のみであり、主権問題が絡む政治協議の時間表はない。馬は任期中の統一問題協議を否定している。
 また2日付けの聯合報は、「敵対状態の終結と和平協定の提案は、馬政権の先経済、後政治の優先順位と異なる。馬政権の任期中の3年以内の目標として設定したのでは」との同紙記者の質問に対し総統府高官が「彼らは彼ら。我々は我々の考えがある」と述べたと報じた。こうした台湾側の受け止め方をみると、談話が誰に向けられたのかについて、メディアや識者、政治家の間に混乱があったことが分かる。発表後約一週間たった1月7日付けの聯合報は、社説の中で「従来の終局統一という目的論から平和発展の過程論への移行」と比較的冷静に分析している。
 「胡6点」は主として中国の台湾政策の総括と発展であり、「一つの中国」原則を盛り込まなければ、「平和統一」という戦略目標自体が破たんする。従って、国共トップ会談や「両会」会談などでは、中国側は「92合意」と事実上の「主権棚上げ」を継続するのは間違いない。


 平和発展とは何か
 聯合報が読み解くように、談話に込められた中国の意図が「終局統一という目的論から平和発展の過程論への移行」にあるとするなら、「平和発展」の定義をより明確にする必要があるだろう。新華社電は座談会での胡演説として、胡が「胡4点」の再表明に続いて、「両岸関係の平和発展という主テーマをしっかりとつかみ、両岸同胞の福祉を図り、両岸地区の平和を図り、国家主権と領土保全を守り、中華民族の根本的利益を真剣に維持する」と強調したと伝える。美辞麗句がちりばめられてはいるが、具体的なイメージは沸いてこないだろう。
 「平和発展」について中国側の詳細な公式説明はない。ただ「談話」作成にも関与したとみられる中国人民大学の黄嘉樹教授(現代中国政治研究所所長)が08年12月25日、台北で開かれた政治大学東亜研究所主催のシンポジウムで興味深い報告をしているのが注目される。黄はこのなかで改革・開放政策が台湾政策に与えた影響を総括しながら①平和の価値と地位・役割が対台湾戦略で重要に②「平和発展」が平和統一実現以前の重要な段階になった③台湾戦略の中で「両岸平和路線図」が初歩的にできた-などと指摘した。
 また経済建設を中心とする中国指導部の基本路線は、「平和発展」を台湾戦略の重要な位置に高め、「敵と我」の位置付けが次第に変化し、台湾戦略も「征服型」から和解と協力を基礎にする「共に統一を促進」へと変化していると述べた。台湾政策の調整については「調整の方向は属政府主義あるいは属地主義から属民主義への変化」を強調。17回党大会の胡錦濤政治報告(筆者注=「三つの共同」)でも、「以民為本の理念が、既に大陸の台湾政策の魂になったことを示している」と解説した。黄教授は、党中央の台湾政策小組のナンバー2。ナンバー1は王毅だから台湾政策に大きな影響力がある。
 最後に今回の「談話」と、従来の胡演説との相違点を指摘したい。それは黄教授が取り上げた17回党大会での胡錦濤の「三つの共同」である。党大会では①両岸同胞は互いに血脈のつながる運命共同体②大陸と台湾を含む中国は、両岸同胞の共同の家庭③主権・領土はすべての中国人が共同で決定―の三項目から成っていた。
 ところが談話では③が「両岸同胞はこれをよく守り、建設する共同の責任がある」に差し替わる。公文書に盛り込まれた原則に厳しい中国が、誤って書き換えた可能性はほぼゼロに等しい。ある在日研究者は、胡錦濤が軍事委主任に就任した04年から、対外政策で使っていた「和平崛起」を「和平発展」に変更したことを挙げながら、中国が「ハードパワー」から「ソフトパワー」重視に変化した表れとみる。「以民為本」も同じ精神だが、「一つの中国」は「主権・領土」を中心とする旧来の主権論から、両岸同胞を基軸にする主権論に変化しているとみる。前出の黄教授の持論である「属地主義から属人主義への転換」の反映だとするなら興味深い。今後の中国の対外政策を読む上で参考になろう。
 蛇足だが二点だけ付け加える。(6)では「敵対状態の終結」と「和平協定」締結など、政治協議入りが打ち出された。17回党大会報告でも、胡は「敵対状態の終結と和平協定の達成」を今後の課題に挙げている。しかし政治協議の時間表は示していないから、馬英九政権相手に交渉を開始するというより、一般的原則論と考えるべきだろう。受け止め方によって「想像空間が大きい」のが原則論の特徴である。「統一」の時間表や「武力行使」についても言及はない。反国家分裂法で「非平和的手段の行使」を定めており「平和発展論」に盛り込むのは場違いだ。ただ武力威嚇は、現状維持の支えになっているから、放棄することはあり得ない。ミサイル配備の有無や撤去についても、中国側が認める可能性は極めて低い。


 「胡6点」の要旨(岡田充訳・作成)
 1,「一つの中国を厳守、政治的相互信頼を増進」
 (台独の分裂活動に引き続き反対することは、和平発展の必要条件であり、両岸同胞の共同責任。両岸の和平発展に有利なことは大いに推進、和平発展を破壊することには断固反対)
 2,「経済協力の推進と共同発展の促進」
 (両岸の経済関係の正常化と経済協力の制度化の推進は、両岸の和平発展の物質的基礎。両岸は総合的な経済協力協定の調印を)
 3,「中華文化を宣揚し、精神的きずな強化」
 (台湾同胞の郷土を愛する台湾意識は「台独」意識とは同じではない。各種の文化交流の推進は、民族意識を増強し(中略)中華民族の偉大な復興を共に図る精神的な力である)
 4,「人的往来を強め、各界交流を拡大」
 (国共両党の交流・対話を引き続き進め、「両岸和平発展の共同の願い」を実現する。かつて「台独」を主張した人びとが和平発展の正確な方向に戻ることを心より歓迎。民進党が「台独」分裂活動の立場を変えさえすれば、積極的に対応する)
 5,「国家主権を擁護し、対外関係を協議」
 (われわれは台湾同胞の国際活動に参与したいとの気持ちを理解しており、これに関連する問題の解決を重視する。両岸は渉外問題に対応する上で不必要な消耗を避ける。台湾が国際組織の活動に参加する問題については、「二つの中国」「一中一台」を作らないとの前提の下で、両岸の実務的協議を通じ情理にあった対応をする。国家の完全統一の実現は中国の内政問題であり、外国勢力を干渉させない)
 6,「敵対状態を終結させ、和平協定締結を」
 (両岸の敵対する歴史を終わらせることは両岸の中国人の共通の責任。両岸は国家がまだ統一していない特殊な状況下でも、政治関係について実務的協議は可能。一つの中国の原則の基礎の上で、正式に両岸の敵対状態を終わらせる協議をし、和平協定を達成することは両岸関係の和平発展の枠組みを築くことである)

(了) 

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