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     第2号 2009.3.5発行 by 岡田 充
    経済協定に浮揚かける馬英九政権
「国共合作」の限界は突破できるか


 2月初めの春節(旧正月)明けから、両岸関係に新たな動きが出始めた。馬英九・台湾総統が、中国との包括的経済協力協定を急ぐ方針を示したのである。東アジアで経済統合が進み、中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)による「ASEAN+1」(2004年11月締結)が来年発効、中国とASEAN加盟国の間では10%以下だった関税が撤廃される。さらに2012年までには日本、韓国を加えた「ASEAN+3」が発効するため、無協定状態に置かれている台湾が事態を放置すれば、輸出の大幅減少など大きな打撃をこうむる。
 台湾産業界は旧正月明けの2月12日、政府に協定調印を求める共同声明を発表。野党の民主進歩党(民進党)は「台湾の経済を中国大陸に縛りつけるものであり、中華民国の主権に影響する」(蔡英文主席)として強く反対しているものの、政権側は両岸の窓口交渉である「陳雲林・江丙坤会談」の主要テーマに据え、年内合意にこぎつけたい構えだ。両岸直行便の開設や中国人観光客受け入れなど、中国との経済交流推進が思ったほどの効果を上げなかったため、経済協定締結に政権浮揚をかけようとしているようにもみえる。協定をめぐる動きを整理し、ことしの両岸関係を展望する。



 「ASEAN+1」の衝撃
 包括的経済協力協定は、英語の頭文字をとってCECAと略称されるが、CECAはあまり馴染みない用語であろう。世界貿易機関(WTO)に登録されているFTAや経済連携協定(EPA)など7種類の自由貿易協定の一つ。関税引き下げをはじめ投資保障、二重課税防止、知的財産権保護などを包括的に取り決め、地域経済の一体化を進めるのが目的で、中国が04年ASEANと結んだのもこの協定である。
 馬英九は2月27日、台湾のテレビ「年代新聞」とのインタビューで、協定の名称をCECAではなく「経済協力枠組み協議」(ECFA)とすると明らかにした。野党側が、CECAは中国が香港と締結している経済連携緊密化取り決め(CEPA)とよく似ており、「台湾の主権を犠牲にする」と非難しているためである。このインタビューで馬は、中国との合意を急ぐ関税引き下げ分野について、石油化学、自動車部品、繊維、機械工業を挙げ「合意できるものから調印にこぎつけたい」と述べた。
 中国とASEAN10カ国の間では、この分野の関税は6・5%だが、来年初めからは関税が撤廃される。中華経済研究院の予測によると、台湾が中国と同様の協定を結ばないと、約11万4000人の雇用が失われ、域内総生産(GDP)の1%が減少する。台湾の輸出の4割強は中国向けである。09年1月の輸出額は前年同月比で44%減少、対中輸出落ち込みは58・6%にも上った。対中貿易依存度が増している以上、中国と協定を結ばねば破滅的な打撃を受けるという論理である。
 これに対し、野党側が反対する論理はこうだ。蔡英文は先の「中国時報」への寄稿で、協定締結によって中国に対する「反ダンピング措置」要求を放棄せざるをえなくなり、その結果台湾は安価な中国製品の市場となり、「一国二制度」の枠組みの中で、香港同様、中国の一部になると警鐘を鳴らす。さらに、中小企業や農業が打撃を受けて失業者が増え「農民、中小企業は負け組に、両岸の大企業集団が勝ち組になってしまう」とした。世界で同時不況が進行するなか、野党側が保護主義的な立場に立っているのは興味深い。ただ馬政権の名誉のために付け加えれば、対中貿易依存度の高まりは、陳水扁時代の2006年対中経済政策を従来の「積極開放、有効管理」から「積極管理、有効開放」へと変更し、ブレーキをかけたにもかかわらず歯止めはかからなかったことを指摘しなければならない。



 米国とのFTAのてこに
 馬英九は先のインタビューで、協定締結の意義について(1)両岸経済貿易関係の正常化(2)東南アジアの経済一体化の中で、台湾の「縁辺化」(矮小化)を回避(3)世界の主要貿易相手国とFTAなど自由貿易協定を結び、「国際化」を推進-の3点を挙げた。中でも重要なのは、長年の懸案である米国、シンガポール,日本との自由貿易協定(FTA)推進であろう。このことは、協定締結が両岸関係という単なる2者間の問題ではないことを示している。FTA推進に道が開かれれば、経済的不利益をこうむることを回避できるだけでなく、国際社会での生存空間拡大にもつながる。
 台湾は陳水扁政権時代の2002年にWTO入りを果たし、米国や日本など主要貿易相手国とのFTA締結を目指してきた。これに対し中国は、台湾が「主権独立国家」として主要国とFTAを締結すれば、「台湾独立」につながる恐れがあるとしてことごとく妨害してきた。馬英九政権が「一つの中国」をめぐる「92年合意」を承認したことで、両岸の対話は回復し、昨年末には長期の懸案だった「三通」が実現した。
 経済協定は馬の選挙公約でもあった。一方、中国側は昨年12月、北京で開かれた「第4回両岸フォーラム」で、中国政治協商会議主席の賈慶林が「両岸の総合的経済協力協議を重視している」と、中国側として初めて締結に積極姿勢を見せた。年末の胡錦涛の新たな台湾政策「胡6点」の第2項,「経済協力の推進と共同発展の促進」にも、「両岸は総合的な経済協力協定の調印を」と明示的に盛り込まれた。
 協定締結は果たして、台湾と主要国のFTA推進に役立つのだろうか。2月21日付の「中国時報」はワシントン電で、ブッシュ政権時代の商務省高官の話として「CECA締結は両岸の経済貿易関係のみならず、米国と台湾のFTA締結の一助となる」と米側の歓迎姿勢を伝えた。高官は「米台FTAの最大の障害は、台北でもワシントンでもなく北京の反対にあった」と述べたとされる。また台湾紙「聯合報」は、08年11月ペルーで開かれたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、シンガポールと台湾当局者が水面下でFTAについて協議したところ、中国側がシンガポール外務省に抗議した。しかし、シンガポール側が「リマでは胡錦涛と連戦が会談しているのに、なぜ我々が会ってはいけないのか」と反論すると、中国側は黙ってしまったという。
 台湾と主要国とのFTAを締結について北京の公式な態度表明はまだない。ただFTAでの前進は、ことし5月に予定される台湾の世界保健機関総会(WHA)参加とは比べものにならない大きい意味を持つ。東アジアの経済統合に台湾が参入する初めてのケースになるからである。



 困難な政治協議入り
 馬の支持率は相変わらず低迷している。台湾誌「遠見雑誌」が2月に行った馬政権に対する満足度は、前月比で5.8ポイント増の34.5%になったものの、「不満」(54.8%)を大きく下回る。麻生政権の定額給付金とよく似た「消費券」を旧正月前に配布したことが、支持率微増の一因とされるが、日本からみると皮肉な話だ。行政院主計処が同18日発表した昨年第4四半期の経済成長率は、マイナス8.36%。今年の成長率予測もマイナス2.97%と、選挙公約の「6%成長」には程遠い減速ぶり。その一方、大陸委員会が同16日発表した両岸関係についての各種調査分析によると、馬の「統一せず、独立せず、武力行使せず」の3不政策への支持は75~81%という高率に達した。この数字をどこまで信頼するかは別にして、「現状維持」以外に選択肢はないという台湾有権者の現実的な判断の反映であろう。
 両岸関係をめぐって台湾世論は大きく2分されているというのが筆者の仮説だが、世界が注目するのは、馬政権下で一体どこまで改善が進むのかにある。国民党の政権復帰に道を開いたのは、陳水扁政権の腐敗など「敵失」が主因だった。同時に「現状維持」に向けた国民党と共産党の「合作」(協力)も無視できぬ要因である。2005年の連戦訪中に始まる「第3次国共合作」の目標は、台湾独立勢力の打倒にあった。その目標は民進党政権の下野によって基本的に達成されたと考えるべきであろう。思想を異にする2つの党が協力するには「共通の敵」が必要だった。
 目標達成した後も「合作」を維持するとすれば、弾みをつける新しいモメンタムがなければならない。馬政権が急ぎ始めた中国との経済協定が、両岸の「共通利益」になるなら、「合作」継続に勢いはつくかもしれない。馬政権誕生以来、来日した両岸のリーダーは、今後の両岸関係についていずれも「先易後難」の道をとり、経済協議からはじめ「主権」問題が絡む政治協議は「後回し」にするとの方針で一致している。「胡6点」策定にも参加した中国人民大学の黄嘉樹教授は、2月初旬東京で筆者に対し「馬政権下で政治協議を進めるのは困難かもしれない」という見通しを述べた。政治協議に入れば棚上げしている「主権」問題に触れざるを得ない。
 伝統的な「国家主権」の概念が、経済グローバル化と相互依存関係の進化によって崩れ始めている現在、台湾が求める各種の自由貿易協定に北京がどう対応するのか。「一つの中国」の概念を含め、「国家主権」とは何かをわれわれに問うている。黄教授は昨年12月25日、台湾政治大学でのシンポジウムで「改革・開放と台湾への戦略調整」と題する興味深い報告をした。同氏は中国指導部の台湾政策決定者のなかでは、最も柔軟で弾力性を持つ識者のひとりだが、主張のすべてが中国側の意見を代表しているわけではない。ただ「一つの中国」に対する彼の見解には「国家主権」の変化に対する中国学者の注目すべき一つの方向性が示されている。少し長いが、報告の一部を紹介する。教授自身は「私が考える属人主義は主流意見ではない。党内に反対意見がある」と述べている。



 「改革・開放と台湾への戦略調整」
 台湾戦略で「人」の要素が高まり、「当局と人民に希望を寄せる」から「台湾の民心を勝ち取る」に転換。

 反台独闘争が激しくなる中、大陸の学界と関係当局の台湾問題への認識が深化。それは、台湾問題には少なくとも2層がある。表層からみれば、われわれと台湾当局には政治的な相違がある。だが深層では中央政府と台湾人民の関係がある。
 台湾の「民主化」は、人民を両岸関係の将来の決定的な力量にさせた。選挙は統治集団と人民の関係を変化させる。
 もう一つの例を挙げれば「一つの中国」の原則の表現に調整が加えられた。調整の方向は「属政府主義」「属地主義」から「属民主義」への転換だ。改革開放の前は「世界には一つの中国しかなく、台湾は中国の一部分。中華人民共和国は全中国を代表する唯一の合法政府」(老三句)であった。三番目の段落はまさに「属政府主義」の表現だ。「属地主義」は地域と主権の連結を強調する。江沢民が中央工作に当たっていた際、世界の大多数の国家が、中華人民共和国政府を全中国を代表する唯一合法政府と承認していた。銭其琛は中共中央を代表して、台湾側に一つの中国原則を堅持させるため新たな一中原則の表現方式として「新三句」を提起。「世界には一つの中国しかなく、大陸も台湾もともに一つの中国に属し、中国の主権と領土保全は分割できない」とした。ここではどちらが合法政府かの問題を避けることができた。
 「属民主義」の特徴は人民と主権のつながりを強調することにある。胡は17回党大会で①両岸同胞は互いに血脈のつながる運命共同体②大陸と台湾を含む中国は、両岸同胞の共同の家庭③主権・領土はすべての中国人が共同で決定―の「三つの共同」を提起した。これは「新三句」の重要な補充である。「三つの共同」は「以民為本」の典型的な「属民主義」。その特徴は①人民が国家の主人であり、人民は共同して国家主権を持つ②政府代表問題や地域主権の争いを超越、妥協できる弾力性を持つ③「運命共同体」「共同の家庭」など両岸人民が共同の血脈で結ばれていることを強調④国際社会の理解と支持を得やすい。(翻訳・文責 岡田充)

 
蔡英文「見えない代償」中国時報(2月17日)
両岸論第1号を参照
「両岸CECAは米台FTAに役立つ」「中国時報」(2月21日)
「両岸の突破は米、シンガポールとのFTAにプラス」「聯合報」(2月28日)

(了) 

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