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     第7号 2009.9.8発行 by 岡田 充
    支援競争で試された米中関係
馬英九政権揺さぶる台風禍


 台湾を直撃(8月8日)した台風8号(モーラコット)は大豪雨をもたらし、南部の高雄県の山村(甲仙郷小林村)では、山崩れで600人の村人が一瞬のうちに土砂の下に消えた。死者・行方不明は600人を超え、50年来最悪の被害とされる。国際的な救済活動では、米国は米軍輸送機を1979年の断交以来30年ぶりに台湾に派遣。「両岸の人びとは血のつながった家族」1 と「血縁」を強調する中国も「軍用ヘリ」供与を申し入れるなど、米中間で活発な支援外交が展開された。災害支援といえば聞こえはよいが、底流では台湾への軍事協力をめぐる米中の綱引きがあった。この綱引きは、台湾をめぐる米中関係の枠組に変化を与えるだろうか、支援外交を振り返りながら考察する。結論的に言えば(1)中国は台湾海峡の平和的環境を背景に、米国に兵器供与停止を求める攻勢に出た。馬英九への妥協に批判的な強硬派への配慮という意味もある(2)台湾は米軍支援を受け入れることで、「米国は安保の後ろ盾」とする従来の枠組を再確認(3)米国は両岸に軍事信頼醸成措置(CBM)を締結するよう求めているが、将来の台湾政策との関連は不透明(4)ダライ・ラマ訪台を受け入れは、支持率が急落する馬政権が「弱さ」を逆手にとり、「民意」を中国向けのカードにし始めたことがうかがえる-などである。

 おわび会見
おわびの写真
 災害はこわい。一瞬のうちに多くの生命と財産が奪われるだけではない。災害への対応が政権を浮沈させ、救援活動をめぐって外交関係にも思わぬ影響を及ぼす。1995年の阪神・淡路大震災で、村山富市首相が自衛隊派遣の遅れについて「なにぶんにも初めてのことですので…」と答弁して非難を浴び、支持率急落を招いた。馬英九は今回、「村山」を再演してしまった。
 写真を見て頂きたい。記者会見で揃って深々と頭を下げる人たち。不祥事が起きるたびに繰り返される企業トップの記者会見のように見えるがそうではない。馬総統(左3)と蕭万長副総統(左2)が、18日の記者会見でみせたおわびシーンだ。ある台湾紙は「馬総統が頭をたれたのは7秒間」と、妙に時間にこだわった。体をくの字に折って深々と頭を垂れる日本発の「おわび」スタイルは、東アジア共通の作法になったのだろうか…。ただ陳肇敏・国防相(左端)と毛治国・交通部長(右端)が先に頭を上げてしまい、まだ頭を垂れている「上司」の姿を横目に「しまった」といわんばかりの表情をみせているあたりは、日本ではあまり見られない光景だが…。
 馬の「不用意発言」は12日、高雄県旗山地区を慰問した際に出た。米TV「CNN」に「住民は準備不足。災害の大きさを分かっていない」と述べ、被災者から「無責任」「冷血漢」などの非難を浴び、レスキュー隊員も「まるでひとごと」と批判した。2
 18日のおわび会見で馬は、救助の遅れや指揮系統の乱れを認め「不手際はすべて私の責任」と、カメラに向かい頭を垂れて謝罪したのだった。馬は①責任者を処分し内閣を改造②10月のソロモン諸島への訪問取りやめーを発表。国民党も、馬が党主席に就任する9月12日の大会を10月に延期すると発表した。このように今回も台風禍は内政・外交のスケジュールに波及した。興味深いのは馬が会見で、軍の主要任務として「彼らの仕事は台湾防衛だが、今やわれわれの敵は、海峡の向こう側にいる人たちではない。自然こそ敵だ」 3と強調したことである。被災者へのおわび会見で、災害と中国政策を連動させるあたり、この人の「天然・生真面目」ぶりの表れである。

八掌渓事件
 今回の政権批判を聞いてすぐ頭に浮かんだ事件があった。2000年7月22日、嘉義県の河床工事現場で4人の作業員が濁流に飲み込まれて死亡した「八掌渓事件」である。増水する河で、流されまいと必死に仲間同士で抱き合う4人の姿がテレビで実況中継され、視聴者に衝撃を与えた。やり場のない怒りは、誕生1カ月の民主進歩党の陳水扁政権に向かった。有線テレビTVBSの民意調査によると、就任直後に77%もあった陳の「満足度」は、事件直後に53%に急落した。
 今回も馬支持率は急落した。1カ月前には50%台だった「満足度」は、与党系の「聯合報」「中国時報」の世論調査でも20%台と、昨年5月の政権発足以来の最低を記録した(表1参照)。有線テレビTVBSの調査では一けた台になった。「政権発足以来の危機」と日本のメディアは繰り返し伝えるが、この見出しから「馬は辞任の瀬戸際にある」と受け止めるのは誤りである。強力な総統システムの下では、退陣を求める声がいくら強くても総統は辞めない。陳水扁前総統が実証している通りだ。政権側は、外交部が海外支援を断るよう在外公館に訓令していた問題で、夏立言外務次官に詰め腹を切らせた。さらに劉兆玄行政院長(首相)は19日、陳肇敏・国防部長と薜香川・行政院秘書長の辞意を公表。9月の内閣改造による、「とかげのシッポ切り」で、政治責任の幕引きが図られる。

表1
馬総統満足度(%) 劉院長滿足度
満足 不滿 滿足 不満
聯合報(8月19日) 29(52) 54 20 59
中国時報(20日) 30(56) 55 20 63
「遠見」雑誌(同) 23 65 19 65
TVBS(19日)    16(41) 65 13 70

断交後初の米軍機
 内政への波及はこの程度にし、本題の「米中支援競争」に移る。経過を時系列で整理するが、読み飛ばしても構わない。中国は被害発生から2日後の10日、共産党中央台湾弁公室が国民党に慰問電を送り、救援と再建支援に乗り出す素早い対応に出た。呉伯雄・国民党主席は「大陸の人道援助を歓迎する」と応える一方、外交部は、海外の支援を遠慮する内容の公電を海外公館に送った(判明は18日)。馬政権は「大陸の支援はもらうが、外国には依拠しない」姿勢だとメディアは受け止めた。このような初期対応がその後、大きな批判を浴びることになる。
 一方、香港の「亜洲週刊」(8月30日号)は、台湾国防部筋の情報として、米太平洋艦隊司令部は8、9の両日、気象衛星の観測から台湾南部で深刻な被害が出ている可能性があるとし米在台協会(AIT)を通じ、輸送ヘリの供与を申し入れたが、台湾国防部は「必要ない」と拒否したという。
 緊急を要する器材は、住民が生き埋めになった「甲仙郷」の土砂を取り除くショベルカーなど重機械だった。これを山間部に運搬するヘリコプターが台湾にはない。米政府は15日、台湾外交部に大型ヘリを供与すると通知。これを受け中国側も16日、国務院台湾辧公室の楊毅報道局長が、昨年の四川大地震の救援活動で活躍した最大56㌧の積載能力を保つロシア製Mi―26ヘリの供与を申し出た。8枚翼の世界最大のヘリで、主として軍用に使われる。米中の支援競争に毛治国・中央災害対策センター長(交通部長)は「大陸の申し入れは、米国のヘリ配備と併せて検討する」と述べた。
 同じ16日14時45分、米空軍C-130輸送機が沖縄普天間基地から台南空軍基地に着陸した。台湾メディアは「79年の米台断交後、台湾に着陸した初の米軍機」4 と大きく報じた。台湾英字紙「CHINA POST」が国防部当局者の情報として伝えたところによると、「同機は沖縄から7000㌔のビニール・シート(仮設住用の防水布)などの救援物資を積んできた。乗組員は荷降ろしをわずか5分で終え、エンジンを切らないまま30分後に沖縄に向け飛び立った」。C-130は翌17日も、薬剤を積んで台南空軍基地に着陸した。

第7艦隊の揚陸艦も
 同じ17日、今度は米第7艦隊のオハイオ級強襲揚陸艦「デンバー」(LPD-9 母港 佐世保)が台湾沖に到着。翌18日、艦載していた大型ヘリMH-53E(シードラゴン)とMH-60(ブラックホーク)の各2機が飛び立ち、台南空軍基地に到着した。台湾紙によると、ヘリ到着後の具体的活動は次のようなものだ。「米軍のヘリが運搬したのは8・5㌧の掘削機。台湾側が求めていた大型のパワーショベル(12㌧)の運搬は米側が拒否した。約30名の米軍人員が台南基地管制室に入り、台湾側のブリーフを聞いた後、現地までの飛行計画について台湾空軍と協議した」 5。同紙は米側との共同救援活動について「米台が軍事同盟を結んでいた1950年代には、軍事共同演習はほとんどなかったから、今回は事実上50年来初めての両軍による共同救援活動となった」と位置付けた。
 台湾外交部と国防部は22日、米軍の支援活動が22日に終了したと発表し、米国に謝意を表す。発表を伝えた23日付け聯合報によると、ヘリ4機は18日、掘削機などを高雄県の高屛山地区に運搬する作業を開始。飛行は延べ75回に上り、米国際開発庁(USAID)の専門家による現地調査を踏まえ救援活動を無事終了した。これが16-22日までの1週間にわたる米軍の台湾での支援活動の概要である。

「共同軍事行動」と中国
 米軍の展開を中国がどのようにみたか。香港や台湾、米国での報道・論評からその一端がうかがえる。主な論点は①台湾が中国のMi-26の提供を拒否した政治的背景は何か②事実上の米台軍事協力への中国の受け止め方③事前の米中協議の有無―である。論点別に、報道を整理してみよう。まず①の「政治的背景」について、香港の中国系紙「経済日報」は19日付論評で「馬英九の親米的政治姿勢」が原因と断じる。論評は「56㌧の積載能力を保つMi-26は重量級掘削機を運べるため有益だったはず。王毅・国台辧主任は、同機が解放軍とは無関係であること強調したにもかかわらず(台湾は)拒否した」と指摘。「馬英九は大陸と米国とのバランスをとるため、経済的には大陸に頼り防衛は米国に依拠する策略」とも指摘し、米国ヘリを受け入れたのは、馬の「親米疏中」姿勢と論じた。
 ②米台軍事協力への受け止め方はどうか。「米軍は災害救援の名目で、米台軍事交流を“断交”以来、最高水準へと高めた」と評するのは、香港・中国評論通信社の社説「米軍の台湾到着と救援の大きい政治意義」(17日)。社説は「米政府は15日、在台協会(AIT=大使館に相当)を通じ、米側人員が操縦するヘリの台湾派遣に同意すると台湾外交部に通知した。ヘリは救援用だが実質的には米台軍事共同作業である。米軍機が台南空軍基地に頻繁に離着陸した意義は大きい」。さらに同通信社の別の記事は「米強襲揚陸艦がヘリコプターを輸送したことが、アジア太平洋の戦略関係にどのような影響を与えるのか、救援以上に国際的関心を集めている」(8月17日 林淑玲評論員 中国評論通信社)と注目している。

米は慎重に配慮
 ③の「米中事前協議」について、台湾各紙は18日「米軍機について米国が事前に打診し、大陸側も人道支援として反対しなかった」と伝えた。その一方、米紙クリスチャン・サイエンスモニターは18日のワシントン電で、米国務省報道官の「中国への事前通告が必要とは考えない」との発言(前日)を引用して「中国に事前通告せず」と報じた。
しかしこの記事も、保守派ヘリテージ財団のウォルター・ローマン・アジア研究所長の分析を引用「(中国へ)サインは送ったと思う。米国はこの貢献を、中国との外交的な対立を招かぬよう静かに進めた。米国が(ヘリを)送ったのは、中国が送るよりずっとよかった。もし中国がヘリを送っていれば、台湾では誰も望んでいない統一への意思表明として衝撃を与えただろう」と伝えている。
 3論点に沿って整理すると(1)中国内には、中国の申し出を断ったのは馬政権の「親米」姿勢の表れという受け止め方がある(2)中国には、米国が救援の名目で米台軍事交流を断交以来、最高水準に高めたと警戒する見方もある(3)米軍の協力が両岸関係と米中台の三角関係にどう影響するかは、引き続き注視(4)米国がヘリを送るに当たっては、正式に中国と協議したわけではないが、中国との外交関係に配慮して非公式にサインを送り、中国側も反対しない意思を伝えたと考えるのが妥当―と集約できよう。すべてが中国政府を代表する見解ではないが、中国が「米台軍事協力」に強い関心を抱いていたのは間違いない。台湾問題は、歴史的には常に米中関係の障害になってきたからである。

「馬に妥協」の批判
 話は核心に入る。馬政権誕生によって生まれた「米中の戦略的協調関係」と「台湾海峡両岸の良好な関係」という新パラダイムの中で、「支援競争」をどのように読み込むかである。まず中国のヘリ供与提案の真意を検討しよう。
 時系列からみれば、中国提案(16日)は、米国がヘリ供与を台湾に通知(15日)した直後。米側は15日より前に中国側に意向を打診したと考えるのが妥当だから、中国の意図は台湾に米中いずれかのヘリ選択を迫り、米台軍事協力へのけん制という二重の意味があると思われる。台湾側は、中国提案を拒否する理由として「『安全保障上中国軍のヘリは受け入れられない』と判断。物資のみ受け取ることにした」6。両岸では「三通」や資本の移動など経済交流は進展しているが、中国側が望む和平協定の締結など政治・軍事協議については、馬政権が現在の任期内に応じる可能性は低い。
 両岸関係に詳しい台湾・銘伝大の楊開煌教授は7月初め台北で筆者に対し、胡錦濤は両岸関係が経済から政治へと進展しないことに焦りを感じているとし、軍など強硬派には、馬政権に妥協しすぎという不満が強いと指摘した。「強硬派の不満」との関係でいえば、支援競争最中の14日、「中国青年報」が、解放軍軍事科学学会の羅援・副秘書長の興味深い寄稿を掲載した。羅は、馬政権が平和協定締結の前提条件として台湾向けミサイルの撤去を主張していることについて「交渉の議題にすることはできるが(交渉の)前提ではない」7 と書いたのは注目に値する。政治・軍事協議入りを促すため、ミサイル撤去についても「協議できる」という考えが、中国軍内にあることを示唆しているからである。
 上記の点を踏まえると、ヘリ供与提案の背景には「政治協議入りを急ぐ中国強硬派への配慮」を加える必要があろう。中国のヘリ供与を台湾が拒否することは、中国側も織り込み済みだったろう。要するに「ダメもと」である。もし台湾が受け入れれば、馬は野党のみならず世論の強い反発に遭うからである。それだけではない。「安全保障の後ろ盾は米国」という、米中台三角形を支える一つの柱が崩れ、現状維持枠組みもまた大きく動揺する。深読みをすれば、中国提案は、現状維持枠組みを揺るがしかねないジャブを出し、米台の対応を誘い出し、次の一手を準備する狙いとも考えられる。

米中台が正三角形に
 下の表(米中台三角形の変化)を見ていただきたい。1972年(米中和解)に始まる冷戦後期から、現在の多極期に至る3段階における米中台関係の変化を、三角形で示した表である。各辺の長短は、2者間の公的関係の緊密度を示す。
 「冷戦後期」は、日米両国が中国と国交を正常化したことに始まり、中国が改革・開放政策の下で国際社会に参入する過程である。米台軍事関係について言えば、79年の国交正常化の直後に台湾へ防衛兵器を供与する「台湾関係法」が成立するが、レーガン政権下の82年8月17日、米国が台湾への兵器供与を漸減させるとした米中共同声明が発表された。
 「ポスト冷戦期」は、台湾問題をめぐり米中関係が動揺したため、固定した三角形を描くことは難しい時期である。ソ連消滅により西側は「共通の敵」を失い、東アジアでは「中国の脅威」が目立ち、96年の台湾海峡危機で頂点を迎えた。李登輝・陳水扁の両政権下で、中台関係は政治的には「対抗」し、経済的には「共存」する非対称な関係が生まれる。中国の脅威に対抗して、兵器供与を含め米台の軍事協力関係が強化された時期である。

米中台三角形の変化
「米中台三角形の変化」の表

 米軍のイラク侵攻にはじまる「多極期」では、陳水扁の挑発で大きく動揺した米台関係は、馬英九の登場によって修復された。中台間でも主権問題を棚上げする「現状維持」で一致し、政治と経済のねじれはやや解消された。中米台の3者が初めて「現状維持」で一致し、正三角形に近づいた。ただ日台関係は、馬政権の下で米台関係より、距離が生まれている。尖閣諸島で起きた台湾遊漁船の沈没事件や、「齋藤発言」が影響したためだ。
 正三角形は台湾海峡の平和を保証するが、三者の微妙な力のバランスの上に成り立つ動態的関係である。冒頭に「中国は台湾海峡の平和的環境を理由に、米国に兵器供与を停止する攻勢に出始めた。台湾への譲歩に批判的な強硬派への配慮もある」と書いた。中国国際問題研究所の米専門家、郭震遠はオバマ政権が「選挙キャンペーン中に台湾問題に触れなかった冷戦終結後初めての指導者」とし、「台湾問題が米中関係の障害になる可能性が明確に減少したのは1949年以来初めて」(「台湾問題の今後4年にわたる中米関係への影響」中国評論新聞通信社 09年4月5日)と書く。中国が、米台軍事協力を牽制し台湾向け兵器供与停止へと攻勢をかけること背景となる現状認識である。

信頼醸成の意図は?
 今回の支援競争は、「正三角形」を大きく崩す要因にはならなかったが、現状維持枠組みを流動化させかねない幾つかの変数が表れている。支援競争とは直接の関係はないものの、三角形の変化を占う上で重要な要因を挙げる。台湾紙、聯合報は8月27日「米、中台にCBMの構築促す」という記事を大きく掲載した。米シンクタンク戦略国際研究所(CSIS)のボニー・グレイザー上級研究員らが22日に訪台、総統府国家安全会議の蘇起秘書長らとの会談で、偶発的な軍事衝突を防ぐため中国と軍事信頼醸成措置(CBM)を締結するよう求めたという内容である。
 CSISは6月、中国の王毅・国台辧主任が訪米した際にもCBM締結を提案。これに対し王は「両岸がCBMに署名すれば、米国は台湾へのF-16戦闘機売却を停止すべき」と述べたとされる。民間シンクタンクとはいえ、米政権の安全保障政策に影響を与える機関の提案だけに無視すべきではない。王毅発言と前出の解放軍軍事科学学会の羅援論文を併せて読むと、中国は「ミサイル撤去と台湾向け兵器供与の停止の交換」というサインを送っているようにみえる。これに米国が乗るかどうかを判断する材料はない。ただ96年の台湾海峡危機の際、ジョセフ・ナイ・ハーバード大教授が「両岸は独立と武力行使のそれぞれ放棄する」暫定協定を締結するよう提案したことがある。CBMについては、中国も台湾も「セカンド・トラック」で協議することには反対はしないだろう。
 最も重要な変数は「多極化時代」における米国の台湾政策の不透明さである。オバマ政権は、ドル体制維持のため中国依存を深めている。米国にとって中国政策の比重が高まるのに反比例して、台湾政策のプライオリティが低下する可能性は否定できない。CBM提案の真意と米国の台湾政策を注意深く見守る必要があろう。

「民意」が最大の武器
 最後にチベット仏教の精神的指導者ダライ・ラマの訪台に触れたい。民進党の陳菊・高雄市長ら民進党の7県市長が、被災者慰問を理由に訪台を招請した。馬政権は27日、「長時間の協議の末」(台湾各紙)受け入れを決断した。昨年のラサ暴動以来、中国はラマ批判を強め、両岸窓口機関のトップ会談が開かれた08年12月には、馬は「時期が悪い」として、ラマ訪台を認めなかった。対中関係に配慮したためである。
 中国は今回も「いかなる形式や身分であっても断固反対」(27日新華社 国務院台湾弁公室発言人)と強く反発したが、馬は中国の反対を押し切った。馬にとって対中関係の改善は大きなプライオリティだが、急落した支持率と指導力を回復し、年末の地方選挙を乗り切り再選につなげるのは至上命題である。中国にとっても、国民党が敗北すれば現状維持路線が後退し、良好な両岸関係も水泡に帰してしまう。国民党政権の継続は、中国にとっても至上命題なのである。
 ラマ訪台を拒否すれば、馬が中国の圧力に屈したイメージが強まり、指導者としての求心力は一層弱まるだろう。国民党政権の継続という共通の至上命題から考えれば、ラマ訪台拒否は最悪の選択となる。この決定は台湾にとって重要な含意がある。それは対中政策における台湾の最大の武器は「民意」であるという点だ。経済的に台湾への影響力を増大する中国だが、民意だけは自由に左右できない。対中政策をめぐり二分されている台湾民意は、移ろいやすい。馬は支持率と指導力の低下という「弱さ」を、中国に対し「強さ」に転化したのである。馬が「民意を中国向けの武器にする」という方程式を機会あるごとに使い、中国の譲歩を迫る可能性がある。

日本に好機
 昨年の韓国、台湾、米国の政権交代に続き、日本でも自民党の長期1党支配が終わり、民主党の連立政権が誕生した。両岸関係の好転と台湾海峡の平和と安定は、日本の利益でもある。特に良好な両岸関係を維持するためには、良好な日中関係が必要条件になるからである。仮に、05年のように日中関係が最悪の環境の中で両岸関係だけが好転すれば、「中台VS日本」という対立構造で受け止める世論が日本で高まるだろう。一方両岸関係が悪化している時期に、日本が台湾と実質的な関係を強化すれば、中国が反発するのと好対照である。冷戦時代のお互いをつぶし合う「ゼロサム」思考である。
 両岸関係と米中関係の好転は、日本を含めた4者間の交流に、相互利益をもたらす「プラスサム」の関係を生みだし得る。日本が馬政権と実質的交流を深めることに、中国は強い反対はできないはずだ。台湾海峡の「現状維持」を、中・長期的に保つ必要条件は、中国が米日の警戒と懸念を招かないよう、良好な米中、日中関係を推進することである。建国60周年を迎え、中国にとって最も必要なのは「安定第1」だが、チベット、新彊暴動はそれを脅かす。胡錦涛にとって両岸関係は貴重な「安定」なのだ。
 民主党は、2000年の台湾政権交代の前後から、民主進歩党と政党間交流を進めてきた。仙谷由人・元政調会長らが中心だが、馬の国民党とのパイプは太くない。逆に馬政権下で日台関係がぎくしゃくした理由の一つは、李登輝元総統ら日本語世代の後退もさることながら、8年に及ぶ国民党在野時代に、日本の政党との交流とパイプ作りを怠ったためである。国民党が長期政権となる可能性があり、民主党政権は好機を生かしパイプ作りを進める必要がある。(敬称略)



 
胡錦濤8月19日 北京で高金素梅・台湾立法委員との会談で
共同通信 8月15日「迷走の馬政権、強まる批判」)
 ⅲ Bloomberg 8月18日「Taiwan President Orders Inquiry Into Typhoon Relief」
 ⅳ 8月17日 台湾英字紙China Post
 ⅴ 8月18日中国時報「米台が50年来初の共同救援活動」
 ⅵ  8月17日 共同通信「馬総統が『言い訳』で苦境」
 ⅶ 8月18日 聯合報

(了) 

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