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     第9号 2009.12.02発行 by 岡田 充
    政治協議へ初のセカンドトラック
中国で馬英九批判始まる



 中国と台湾の両岸関係が、政治協議を射程に入れた交流へと進み始めた。11月13、14の両日、台北で開かれた両岸シンポジウムは、さしずめ政治協議に向けた「地ならし」の一歩であった。「グランドハイヤット台北」での会議の名称は「両岸一甲子学術研討会」。「一甲子」とは「還暦」。台湾問題が生まれて60年を迎えた節目を記念して開いたシンポジウムである。これには胡錦涛・中国国家主席のブレーンで、中国の「平和的台頭」スローガンの生みの親、鄭必堅(元共産党中央党学校副校長)を団長に、解放軍、外交、台湾問題研究者など28人が参加した。その重要性は、台湾を訪問した最もハイレベルの中国シンクタンクというに止まらない。議題も「一つの中国」という最も敏感な主権問題から、中国の台湾向けミサイル配備や軍事信頼醸成措置など軍事問題に及んだからである。
 台湾では、この会議を政治協議に向けた初の「セカンドトラック」1 と位置付ける報道が目立った。「セカンドトラック」とは、政府間の外交交渉を指す「ファーストトラック」に対し、当局の政策決定に影響をもつ学者、元当局者、議員などによる民間レベルの交流・交渉をいう。会議は直接、両岸の政策を決定する結論や指標を出したわけではない。会議出席者や台湾報道によると、「一つの中国」や「92年合意」など、「主権」をめぐって激論が交わされ、双方の主張の隔たりの大きさを見せつけた。馬政権誕生後、中台双方は「主権問題」を全て棚上げして、経済交流の拡大を図ってきた。棚上げしてきた主権問題を初めてテーブルの上に載せたのだから、激論は当然とも言える。ただこのシンポジウムと相前後して、中国の台湾専門家や軍から馬英九を公然と批判する発言や論文が出てきたのは注目に値する。 日本のメディアがほとんど報じなかったシンポジウムの内容、直後の米中首脳会談、そして馬英九批判の意味を探る。

重要外交の狭間
 シンポジウムのタイミングは実に興味深い。この週から翌週にかけ東アジアでは「重量級外交」が目白押しだった。その幾つかを挙げる。①オバマ米大統領が初訪日し日米首脳会談。翌14日東京で「包括的アジア政策」を発表②シンガポールで15日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議③15日、胡錦濤が台湾の連戦代表(元副総統)とシンガポールで会談。「経済提携枠組み協定」(ECFA)の年内協議入りで合意④中国と台湾が16日、金融監理協力覚書(MOU)に調印。両岸の銀行支店開設や、証券、保険会社の支店業務拡大へ⑤オバマが初訪中し、北京で17日首脳会談。台湾問題について「両岸の平和的発展を歓迎。両岸の経済・政治対話に期待」との共同声明発表。
 両岸関係にとって特に重要なポイントは、③ECFA年内協議開始と、④のMOU調印である。シンポジウムに先立ち10月末、台湾政府系のシンクタンク「アジア太平洋平和基金会」2 の趙春山・理事長は、米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)とのシンポジウムで、台湾が中国と政治協議(「政治的対話」)に入るために必要な準備工作として①ECFA、MOUの調印②台湾内部の合意達成③国際社会の受容―を挙げていた。
 この3項目のうち第1項が、既に両岸で調印ないし年内開始の見通しがついたことになる。馬のブレーンである趙理事長の手順に沿えば、今回のシンポジウムも政治協議開始の「準備工作」の一環と考えてよい。シンガポールで開かれた「連胡会談」の後、記者会見した連は台湾記者の質問に答え、政治協議については「時期はいまだ成熟していない」としながらも、「平和の基礎は回避できず、必ず発展させなければならない」3 と述べた。

政治協議とは何か
 では、政治協議とは何か。馬英九と胡錦涛が共に、将来の合意目標とする「平和協定」の中から、それぞれの立場をおさえておこう。馬は08年5月20日の総統就任演説「人民奮起、新生台湾を」の第2項「新時代の任務」の中で、「将来われわれは大陸側と、台湾の国際空間と和平協定について協議を進める。台湾には安全、繁栄、尊厳が必要であり、国際社会で孤立しないことによって、両岸関係は前向きに発展できる」と述べた。平和協定の目的は、台湾の安全保障と国際空間の拡大にあることを示したのである。
 一方、胡は08年12月31日に発表した「胡6点」の第6項「敵対状態を終結させ、和平協定締結を」の中で、「両岸の敵対する歴史を終わらせることは、両岸中国人の共通の責任。両岸は、国家統一していない特殊な状況下でも、政治関係についての実務協議は可能。一つの中国原則の基礎の上で、正式に両岸の敵対状態を終わらせる協議をし、和平協定を達成することは、両岸関係の和平発展の枠組みを築くことである」と述べた。4
 これを比べてみると、台湾側は平和協定によって「台湾の安全と尊厳の獲得」に力点を置いているのに対し、中国側は「敵対状態の終結」を強調しており、一見かみ合わないように見える。共通項を挙げれば(1)相互を敵視・攻撃せず安全を保障(2)協定は「統一」ではない(3)棚上げしてきた主権問題に触れざるを得ない―などであろう。
 さてシンポジウムの内容を振り返る。2日間の会議は、全体会議に続き、政治、経済、文化、総合(外交、安保)の4分科会で討議を進めた。中国側の顔ぶれを紹介すると、鄭必堅のほか、外交畑では中国外交学院院長の呉建民(元駐仏大使)、元駐英大使で中国国際問題研究所長の馬振崗、上海国際問題研究院の楊潔勉院長(楊潔篪外相の弟)。軍では陸軍退役中将で「孫子兵法学会会長」の李際均(元中央軍事委辨公庁主任)、元国防戦略研究所所長の潘振強(退役少将)。学界からは社会科学院台湾研究所長の余克礼、中国人民大学教授の黄嘉樹、廈門(アモイ)大学台湾研究院の劉国深ら。団長の鄭をはじめ研究者の多くが、胡時代の台湾政策の枠組みである「胡6点」の起草に関与した中枢研究者だ。
 一方、台湾側の参加者は計86人。全体会議は、主催者の太平洋文化基金会5 の張豫生・執行長、呉建国・副執行長が議長を務めた。初日午後から始まった分科会は、政治が台湾大学副学長の包宗和、経済は政治大教授の林祖嘉、文化は仏光大芸術研究所所長の林谷芳、そして総合は元シンガポール代表の胡為真がそれぞれ司会を務めた。台湾側参加者で目立ったのは、民進党政権時代の大陸委主任、陳明通、やはり民進党創設者の一人で海峡両岸基金会会長を務めた洪奇昌、それに元民進党立法委員の林濁水らである。

鄭必堅が基調報告
写真:「両岸一甲子学術研討会」
前列左5人目が鄭必堅、1人置いて李際均(旺報)
 2日間の会議には、米大使館に当たる米在台協会(AIT)館員や、台湾の中国政策策定に当たる行政院大陸委員会企画処の職員が傍聴し、初の「セカンドトラック」への関心の高さをうかがわせた。冒頭、中国側団長の鄭が「中国平和発展と両岸関係の回顧と展望」と題する基調報告を行った。 
 報告の要点をかいつまんで説明すると、次の5点に要約出来る。
 まるで「人民日報」の社説を読むようだが、我慢してつきあっていただきたい。これが中国指導部の主流ブレーンの、主権にかかわる原則論を踏まえた台湾への包括的認識だからだ。しかし、これをもって胡錦涛指導部が政治協議を急いでいると受け取るべきではない6 。政治協議を始めるに当たっての、北京側の基本論点と考えるべきであろう。
 香港の中国評論社電が14日配信した「鄭必堅:両岸関係を歴史変局から説く」によれば、第1論点は台湾問題の性格規定。「内戦の産物」であり、第2次大戦後の東西冷戦の中で「米国が朝鮮戦争勃発後に台湾海峡に出兵し中国内政に干渉したことが、両岸分割の最も重要な外部要因」と位置付けた。「冷戦の枠組みは崩壊したにもかかわらず、台湾では、冷戦思考が残っている」とも指摘、これが台湾海峡情勢に陰に陽に影響しているとみる。第2に改革・開放政策による中国側の変化を説明し「外には平和、内に調和、両岸は和解を」の「三和」に特徴付けられる、平和発展と文明発展の道を提示したとする。
 第3は台湾の変化。「歴史的大転変」に対応する「台湾社会の転換は未完成」とみる。過去20年にわたる「台湾独立」と「反独立」の激烈な衝突は、台湾の社会的意識や政治情勢に深刻な影響を及ぼした。この対立は終わってはいないが「台湾の主流民意が“台独”を否定し、両岸関係が平和的に発展する方向への期待は明確であり、“台独”の没落と衰退は必然」と指摘した。第4に「平和統一」と「1国2制度」。「平和的な方式で対話と協議によって、内戦で残された問題を解決する。1国2制度は、両岸のイデオロギー争いと制度の争いに終止符を打ち、両岸の平和共存と共同発展を求め、中華民族の偉大な復興を実現する」道とした。そして第5は「両岸の平和発展」を強調した胡錦涛の「胡6点」。「6点」は、両岸関係の平和発展の推進を初めて系統的に提起したもので、中国共産党集団指導部の「広い視野」の表れだと強調した。

中国側の驚き
 台湾紙の報道をまとめると、討議では「双方の意見の隔たりは極めて大きく、台湾海峡の平和を維持するという合意以外は、各自がそれぞれ意見表明」することに終始したという。まず合意したものから見てみよう。文化分科会では、両岸が2011年共同で辛亥革命100周年の学術フォーラムと記念活動を行うことで一致。経済では、両岸が速やかに「MOU」と「ECFA」に調印することで合意。重層的で多元的な経済貿易対話と協議の枠組みを構築し、経済技術と産業の連携メカニズムを強化することでも一致した。
 政治グループでは、双方とも「92合意」が交渉の基礎であり、両岸の政治関係発展を促進することで合意したものの、平和協定の調印時期や方式をめぐって意見は食い違った。最大の対立は、中国側が主張する「一つの中国」。その典型的議論を国民党系学者の主張を中心に紹介しよう。両岸が分断され60年、台湾の政治システムが民主化して約20年。国民党が政権復帰したからといっても直ちに国民党独裁時代の「一つの中国」に戻るわけではないことが分かる。60年に及ぶ「分治」と民主化の重みであろう。
 淡江大学米国研究所の陳一新(アジア太平洋平和基金会事務局長)は①台湾人は北京が台北の国際空間拡大への協力を期待しているが、その代価が中国の主張する「一つの中国」受け入れなら、答えはノーだ②大陸は、両岸の政治的地位や敵対状態の終結、さらに軍事信頼醸成措置(CBM)でも、全て「一つの中国」の原則から離脱してはならないと言う。しかしそれを認めれば政治協議はすべて北京主導になる③「92年合意」は、胡錦涛が認めるように両岸の対話回復の鍵。「92合意」だけを主張し「一中原則」は薄めてはどうかーと持論を展開した。7
 さらに文化大学教授の楊泰順は「国民党が戒厳時期に政権の合法性を維持するため“一中原則”を提起したのは理解できる。しかし台湾の政治状況は既に変わっており、一つの中国の枠組みを有権者が受け入れるのは困難」8 。金門技術学院教授の高輝は「台湾が国家統一綱領を持っていた時期こそ中国にとってチャンスだった。しかしいま統一は選択肢にすぎない」と、台湾側の事情を説明した。
 これに、中国社会科学院の余克礼が反論する。「一中原則は、国民党と共産党が外国勢力と“島内台独勢力”に反対し、台湾を分裂させようとすることに共同して反対するために提起した原則だ。国民党の友人が今も異議を唱えていることは驚きだ」。さらに胡6点の起草に参画したとされる「柔軟派」の黄嘉樹(中国人民大学教授)も「92年合意に賛成し“一中”を原則にする国民党が政権復帰した。しかし国民党の立場が民進党と同じなら、国民党とも話し合えない。92合意は両岸協力の基礎であり、双方はそれぞれ一つの中国を原則としており、台湾側はこれ以上大陸に対し、一中原則を放棄ないし薄めるよう要求すべきではない」と、激しく反論した。

「第2の蒋経国」と批判
 余にせよ黄にしても、台湾研究の長い研究者である。国民党系の学者がこうした意見を展開するのは織り込み済みのはずだ。にもかかわらず、あえて対立を際立たせるような発言をしたのはなぜか。前述のように、シンポは中台の学者が初めて「主権」問題を俎上にのせた会議である。ビジネスでもスタートから低値で交渉に臨む者はいるまい。まず高値を吹っ掛け、それから交渉で妥協を目指す。
 まして「譲歩した側が負け」という感覚が根強い華人文化からすれば、最初は原則論を強く押しだし、交渉の過程で「底値」を探り妥協点を見いだすのが一般的である。「性善説」に立って、交渉相手にも「誠実」を求める日本的基準から、中国式交渉を判断してはならない。
 中国側が原則論に固執した背景を考える上で、もう一つの要因も無視できない。筆者は、海峡両岸論第8号「民族復興が新たな国家目標」の末尾に「共産党内部には『台湾に妥協しすぎ』という異論が出始めている」と書いた。その中で紹介した「開明派」の研究者、上海東亜研究所所長の章念馳9 が、シンポと同じ時期に香港の「中国評論月刊」最新号に、「平和発展に皮相な認識を抱いてはならない」10 と題する論文を寄せ、激しい馬英九批判を開始したのは興味深い。
 従来は馬英九の国民党との「第3次国共合作」を高く評価した章所長だが、この論文のなかでは、馬政権を「危機管理能力に欠ける」と批判。「馬には覇気がなく蔣経国の良い子にすぎない」「馬は骨の髄まで封建意識が染みついている」「台湾を売りに出すことも統一にも踏み切れない、第2の蒋経国」などと、口を極めて公然批判した。
 さらに21日、北京で開かれた別のフォーラムで、人民解放軍のシンクタンク「軍事科学院」の羅援少将が、馬英九の「3不」(独立せず、統一せず、武力行使せず」は「平和的な分裂」をつくると批判した11 。一方、香港週刊誌「亜洲週刊」(11月15日付)も、「3不」政策は、馬の「B型台湾独立」の表れ、と批判した作家の寄稿(「馬英九の『3不』の落とし穴」)を掲載した。
 こうした馬への公然批判の噴出が、中国指導部の了解の下に行われていることは、明らかであろう。批判の狙いは、馬との「二人三脚」による「主権棚上げ」が、現状維持の長期固定化につながると懸念する中国内世論に配慮し、原則論強調によって「アリバイ証明」しようとすることにあるのではないか。したがってその意図は、馬が姿勢を変えなければ交渉しないという意味ではない。中国にとって、2012年の次期総統選挙での馬再選は、最優先課題の一つであり続けるからである。さらに中国がいくら馬批判をしても、支持率低迷に悩む馬支持がさらに下がるわけではない。逆に「中国寄り」とみられている馬にとっては、中国の批判を支持率上昇の「追い風」に利用できる。その意味で、馬批判は北京、台北の両指導部にとってマイナスではない。

ミサイル協議は可能
 話はシンポジウムに戻る。軍事・安全問題では(1)安全問題で判断ミスや事故発生を回避する必要(2)適当な時期に、軍事安全相互信頼(CBM)メカニズムを構築する―ことで意見が一致した。中央軍事委弁公庁主任を勤めた李際均は、馬政権が平和協定締結の前提条件と主張する台湾向け中・短距離ミサイル配備の撤去問題について、台湾が「一つの中国」を承認することは「50万の大軍を持つより有用」と皮肉った上で①ミサイル撤去は話し合えるが、前提とすることはできない②配備されているミサイルは移動式であり、撤退しても必要に応じてすぐ再配備できるから、現代では「撤去」に意義はない―などと述べた。
 さらに両岸の軍事信頼醸成措置(CBM)については、「92年合意」と「台独反対」の政治的合意が必要とする一方で、「両岸の政治的地位(主権)を確定し、同時に統一の方向を明確に定めるのは、現段階では未成熟」と述べた。李は、CBM構築の方法について、民間が先行する形で交流を進め、検討することは妨げないとも言明した。これを受け、元国防戦略研究所所長の潘振強は、セカンドトラックで日米専門家を呼ぶことは排除しないものの、ファーストトラックでの正式協議の場では「外国の介入は絶対に認められない」と強調した。平和条約締結に向けた政治協議入りはともかく、それに先立ってCBMで何らかの合意を進める道はありそうだ。
 これに対し、民進党政権時代の大陸委主任、陳明通は「北京の平和協議は統一の前奏曲。『急統』は『急独』を作り、台湾社会に対立を持ち込む結果を招くだけ」と厳しく反発。台湾社会には広い意味での「現状維持」に対するコンセンサスはあるももの、「統一、独立には合意はない」と述べた。

オバマのバランス
写真:オバマ米大統領と胡錦濤・国家主席 共同記者会見の様子
オバマ米大統領と胡錦濤・国家主席 共同記者会見
 シンポジウムの翌週の17日、オバマ米大統領は北京で胡錦濤・国家主席との会談に臨んだ。会談終了後、両首脳は共同記者会見し、会談の要点を発表した。この中で注目されるのは、オバマが「中華人民共和国と台湾が、台湾海峡の緊張を緩和したことを称賛する」と、両岸の緊張緩和と交流の進展を評価。「米中の3つのコミュニケと台湾関係法に基づく米国の政策は、(両岸の)結び付きの発展を支持する」12 と述べた点である。
 米大統領が、3つのコミュニケ順守を約束するのは当然だ。しかし、中国の最高指導者を前に、台湾向けの防衛兵器供与を定めた「台湾関係法」の順守に言及するのは2002年以来とされる。ブッシュ前大統領は02年2月21日、北京で江沢民前国家主席と会談後の共同会見で、江を横目に「台湾関係法を堅持する」と断言した。これに強く反発した江は、中国中央テレビが準備していた米中関係の特集の放映を取り消したという13
 その一方、1998年6月のクリントン訪中以来初めてという包括的な「共同声明」14 では、台湾問題について「米中両国は台湾問題が両国間の重要問題であることを強調」した上で、「米国は一つの中国政策と米中の3つの共同コミュニケの原則を順守」としただけで、台湾関係法には触れなかった。
 記者会見では、台湾関係法に触れ、共同声明では触れなかったことをどう理解すべきか。台湾では政権側と野党が全く逆の受け止め方をした。聯合報、中国時報など台湾紙によると、馬英九は17日の国民党内の会議で、台湾関係法言及について「台米間の上層部の相互信頼が完全に回復したことを表している」と歓迎。さらに馬は「米中台三角関係が60年来最良の時期にある」と指摘した上で①台湾は米中関係の障害になってはならない②米国が台湾を売ることを心配する必要もないーなどと述べたという。
 一方、野党の民主進歩党の蔡英文主席は同日、共同声明で米国が台湾関係法を無視したことについて「米国の台湾に対する立場が後退したことを物語る」と、全く逆のコメントを出した。論議を呼んだこの問題について、大陸委員会主任の賴幸媛は「米政府の台湾政策に大きな変化はない」15 と述べた。
 クリントン、ブッシュという元、前大統領時代に比べると、オバマの対中スタンスが中国側に引きずられている印象は拭えない。それには台湾海峡をめぐる環境変化という要因があろう。クリントン時代の96年には、台湾海峡の軍事緊張が高まった。ブッシュ時代政権には逆に、台湾の陳水扁政権が憲法改正の住民投票提案など挑発によって両岸関係が悪化したことを受け、ブッシュは台湾に厳しい姿勢を示した。
 オバマは、馬政権誕生以来両岸で進む緊張緩和と交流の動きを高く評価している。このコンテクストで「台湾関係法」を強調するのは「据わりがよくない」。しかし台湾関係法に触れなければ、台湾政策の変更と受け取られかねない。このジレンマの中で見いだした一策が、この使い分けではなかったかというのが筆者の読みである。

後退と民進党
 共同声明の中で、日本のメディアがあまり触れなかったくだりがある。「米国は台湾海峡両岸の平和的な発展を歓迎し」という部分に続いて「両岸が経済、政治およびその他の領域における対話と交流を強化し、一層積極的で安定した関係を築くことを期待する」とし、さらに「(米国は)中国の主権と領土の保全を尊重する」と述べたくだりである。
 第1の部分は、シンポジウムで始まった政治協議への第一歩を米国が支持した意味を持つと報じた台湾メディアもあるが、あまり深読みせず「話し合いによる問題解決」という方法への支持表明と受け止めた方がよさそうだ。在京の中国外交筋も「あまり深い意味はないだろう」と見る。
 しかし第2点については民進党が激しくかみついた。米中首脳会談の説明のため台湾を訪問したバーグハート在台協会理事長は、馬会見でも記者会見でも、米国の台湾政策に変更はないと説明した。しかし23日、70分以上にわたり理事長と会った蔡英文・民進党主席は「この表現は米国が台湾の主権が中国にあることを認めたもの」と非難し、詰め寄った。これに対し同理事長は、「尊重の部分が、チベットと新彊について言っているのは明らか」と退けたという。玉虫色の解釈が可能な表現ではあろう。
 11月は、両岸の政治協議に向けた地ならしのシンポジウム開催と米中首脳会談、中国側が開始した馬批判など、両岸関係をめぐる複雑な変数が交差した。シンポジウムの内容を簡単に振り返るだけで、「経済交流」から「政治協議」や「平和協定」に移行するハードルがいかに高いかが分かろう。
 2012年、両岸では総統選挙と胡錦涛が任期を終える第18回党大会を迎える。北京指導部からすれば胡の任期中に、両岸のトップ会談にこぎつけ統一に向けた「一里塚」を築き、歴史に名を残したいかもしれない。しかし現段階でトップ会談が実現しても、台湾側に多くのメリットは望めない。むしろ馬の「中国寄り」姿勢が強調される結果を招き、選挙にマイナスの影響が出る可能性がある。民進党が政権を再奪還すれば、中国にとって最悪のシナリオとなる。前出の中国筋はトップ会談の見通しについてこう分析する。「両岸関係にプラスの影響が出なければならないが、その判断は難しい。われわれは急いでいないし急ぐつもりもない」。馬政権にとっても同じであろう。
(了)



 
1
「聯合報」(2009年11月6日)
2 「アジア太平洋平和基金会」 台湾誌「新新聞」(09/10/22)などによると、基金会は「遠景基金會」「中華經濟研究院」と並び、馬政権の政策決定に最も影響力を与える台湾の3大シンクタンクの一つ。1994年に出来た欧亜基金会を改組し昨年発足した。両岸関係、中国大陸、東アジアの国際関係の動向研究を中心に、軍、国家安全局系統の研究者も多い。理事長の趙春山は、総統府国家安全会議の蘇起秘書長との関係が深く、国民党機関紙「中央日報」記者として机を並べたのをはじめ、政治大、淡江大でも一緒だった。
3 「中国時報」(2009年11月16日)
 4 岡田充「台湾政策を「平和発展」に転換」(09年2月7日、両岸関係論第1号
(http://www21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_01.html
 5 「太平洋文化基金会」は1974年,当時の台湾教育部長の蒋彦士の指示で,国際的な文化・教育活動を進める目的で設立。「自由時報」なとによると、教育部の予算で文化活動を主としてきたが、昨年末呉建国が副執行長に就任後から政治活動も展開。今回のシンポは呉が提案した。
 6 「聯合晩報」(09年11月20日「鄭必堅論点非胡錦涛意思」)
 7 「聯合早報」(シンガポール)(11月16日)
 8 「中央通信社」(11月14日)
 9 章念馳については海峡両岸論第8号「民族復興が新たな国家目標」を参照 
(http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_08.html)
10 http://mag.chinareviewnews.com/crn-webapp/mag/docDetail.jsp?coluid=61&docid=101145266&page=3 
11  「共同通信」(11月22日 台北電「中国軍少将、馬政権批判」) 
12 http://ait.org.tw/en/keydocs/joint_statement_111709.aspx) 
13 「共同通信」(2002年10月26日、米クロフォード電「言葉では最大限の譲歩」) 
14   (http://www.whitehouse.gov/the-press-office/us-china-joint-statement
15 http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2009/11/19/2003458856) 

(了) 

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