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     第11号 2010.03.03発行 by 岡田 充
    「敵対的現状維持」の殻は固い
台湾のフィンランド化を検証する



 米オバマ政権は1月29日、台湾に総額64億ドル(約5800億円)の武器輸出を決定した。中国は米企業を狙った制裁措置で対抗、日本メディアは「米中協調路線に亀裂」1と大きく報じ、「(米中の)協調路線が転換点を迎える可能性がある」と、武器売却を位置づけた。武器売却が、経済を中心に関係改善が進む「両岸関係」と米中協調の実相をあぶり出すリトマス試験紙になったことは間違いない。その実相を探るのが今回のテーマである。メディアが騒ぎ立てる「協調から対立への転換」という、表面的な関係変化では決してない。
 台湾問題で多くの読者が抱く疑問は「緊張緩和しているのに、台湾はなぜ米国製武器を買い、中国はどうしてミサイル配備をやめないのか」という点にあるのではないか。それを解くキーワードが「現状維持」である。馬英九政権誕生後、北京と台北は、「一つの中国」を含む争点を棚上げし、独立にも統一にも踏み込まない「現状維持」で、暗黙の了解をしてきた。ただいったん、台湾の「政治的地位」という双方の機微に触れる問題に立ち入ると、両岸関係の底流に「敵対関係」という抜きがたい壁が見えてくる。台北と北京は、将来政治協議入りし、平和協定を結んで「敵対関係」に終止符を打つことで一致している。しかし平和協定を結んでいない現状は、法的には正に「敵対関係」なのである。「敵対関係」の下では、米国は台湾の安全保障の「盾」であり続ける。武器売却は、ワシントンと台北が安全保障の現状枠組みを追認したことを意味する。逆に売却しなければ、ワシントンが北京の圧力に屈して台湾防衛を放棄したと受け止められる。北京の対抗措置は一見強烈に見えるが、全て織り込み済みである。両岸関係は、緊張緩和という大潮流が逆流する可能性は薄いが、「敵対的現状維持」の殻は固い。これが両岸関係の「前提」であり「与件」である。今回はまず馬英九のブレーンの発言を引用しながら、台北が、武器輸出と政治協議についてどう考えているかを紹介する。続いて、「敵対的現状維持」という前提を覆して、台湾海峡の将来を展望した米少壮学者の論文を取り上げる。北京や台北は論文に強く反発したが、台湾問題の将来を考察する上で多くの示唆に富んでいる。

米国の武器売却
 武器売却をめぐる動きを振り返ろう。武器輸出の内容は(1)地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)114基(2)多目的ヘリ「ブラックホーク」60機(3)対鑑ミサイル「ハプーン」12基(4)機雷掃海艇「オスプレー」2艇ーである。オバマ政権発足後、初めての台湾向け売却とはいえ、これらの兵器はすべて08年ブッシュ政権が売却を決めたものばかり。台湾軍部が強く希望していた戦闘機F16の改良型C/Dや、ディーゼル潜水艦建造技術(設計図)供与は見送られた。
 これに対し北京政府は「強烈な憤慨」(何亜非外務次官)を表明し、対抗措置として①米中次官級の戦略安全対話開催を中止②武器売却に関連した米企業への制裁―を発表した。中国側の反応は「型通り」の印象を免れない。米中関係が冷却化したといっても、両岸関係には直に跳ね返るわけではない。日中関係や日米関係への悪影響もほとんどない。2月下旬、春節休みで来日した国民党元立法委員と研究者は、中国にとって「何の脅威でもなく象徴的反対にすぎない」とした上で、メディアが報じていない米台協力の注目される動きとして(1)台湾空軍に配備されている早期警戒機 E-2Tのアップグレード(2)対潜哨戒機P3Cの改装(3)新彊までカバーする長距離レーダー(新竹)の年内完成と台湾南部での新規増設(4)第7艦隊の台湾海峡の通過定例化に関する米台合意ーを挙げた。もう一人の台湾研究者は「PAC3は固定式であり、効果は限定的」とした上で、中国側が警戒するのは、米台に日本を加えた軍事協力関係の強化にあると述べた2
 武器売却問題への中国の反応は、台湾与党関係者の見立て通りであろう。中国の反応が「型通りで象徴的」にすぎないことは、1996年の「第3次海峡危機」の時の、危機の連鎖を比べるとよく理解できるだろう。中国は95年夏の李登輝訪米に対する「報復」として、96年初め台湾にミサイルを発射する軍事威嚇で臨んだ。これに対し米国は、空母を台湾海峡に急派して米中関係は一気に緊張する。北朝鮮の核開発と並んで、台湾海峡が東アジアの「火薬庫」として急浮上し、その年夏の「日米安保再定義」で、朝鮮半島と並んで台湾海峡が、安保条約を発動する「周辺有事」として事実上認定されるのである。台湾海峡の緊張が、日中関係と日米関係に大きな跳ね返りをもたらしたことが分かる。
 当時、台湾問題は積木をひとつ外せば、積木全体が崩れてしまう「荒々しいダイナミズム」があった。冷戦終結後の不安定な東アジア情勢を反映した「ゼロサム・ゲーム」。それに比べれば、今回の「関係冷却」がいかに緊張感と広がりに欠けるかが理解できるだろう。その理由は幾つかある。中国が世界経済とドル体制を下支えする新興国として存在感を強め、米中が相互依存を深めることに利益を見いだしたこと。さらに武器売却は、中国の想定範囲内だったこと。そして第3に、米中双方とも、政府の弱腰を批判する国内のナショナリズムや世論に配慮した「内向きな理由」もある。しかし最も大きな要因として挙げなければならないのは、台湾海峡に訪れている「パラダイム・シフト」。この60年来、台湾海峡に初めて訪れた相互信頼関係と関係改善である。冒頭紹介した「敵対関係」とはあくまでも法的な世界の話であり、こちらは「実態」「実事」の世界。この次元の異なる世界がどこで接点を持つのかは、最後に検討したい。

中台関係改善に影響せず 
 さて、武器売却問題と両岸関係について馬英九政権が何を考えているのか。馬の対中政策ブレーンの趙春山・アジア太平洋平和研究基金会理事長が1月25日行った、共同通信台北支局長の太安淳一とのインタビューを紹介したい。共同通信の原稿は、地方の加盟新聞には大きく扱われるものの、東京の読者の目に直接触れる機会は少ない。趙はこのなかで武器売却は、中国と対等な立場で「政治協議」を行うため「安心感」を得ることにあると強調し、武器購入と関係改善は矛盾しないとの見方を明らかにしている。太安支局長の了解を得て、全文を再録し、同時にインタビューには出ない趙発言を紹介する。
 ―中国が、武器売却問題で強く反発している。
 「中台関係が改善したから米国は台湾に武器を売るなというのなら、逆に関係改善に対するわれわれの態度に影響する。(中国の軍事力に対し)台湾はとても弱く、このままで中国が求める平和協定締結に向けた政治協議を行うなら、投降するのと同じだ」
―今後の中台関係は
写真:趙春山
趙春山
「中国が強硬に反発しているのは主に米国に対してであり、中台関係には影響しないと思う。1月下旬に馬総統は米国経由で中米を訪問したが、影響はなかった。中国は、中台関係が改善し台湾海峡の緊張が緩和すれば、米国は売却する武器を減らし、最終的にはゼロになると考えてきたが、そうならないので強く反発している」
 「強い反発は、中国国内向けに示しているという面もある。経済力が強くなり中国は大国になったので、これまでのように(米国に対し)妥協や譲歩をする必要がなくなったという民族主義的な感情が高まっている」
 ―武器購入と中台関係改善は矛盾しないか?
 「武器購入で安全を手に入れたという実感があれば、われわれはより自信を持って大陸との政治協議を望むことになる。武器購入と中台関係改善は同時並行で進む」
 ―中国の1300発の台湾向けミサイル撤去も平和協定の条件か?
 「ミサイルの脅しの下で政治協議をすれば、野党は政府を批判し、民衆も良くは思わない。だから中国に『善意』の表明を望む。撤去すれば、台湾内部でも政治協議開始へのコンセンサス形成に役立つ」
 「ただ平和協定締結にはとても長い時間が必要だ。政治協議は中国にとって重要な工作目標で、成果が欲しいので、ある程度切迫感がある。だが、われわれはまず経済を中心に関係改善を進め、難しい政治問題は後にするという態度だ」(2010年2月1日 台北=共同)
 これが共同通信のインタビュー原稿の全文である。趙は昨秋、台湾が中国との政治協議に入る前提として、米シンクタンクとのシンポジウムで①経済提携枠組み協定(ECFA)、金融監理協力覚書(MOU)の調印②台湾内部の合意達成③国際社会の受容―を挙げた3。太安とのインタビューでも、趙はこの3項目を「政治協議入りの3つの準備工作」として強調し、ECFAについては「中小企業、中下層、中南部」のいわゆる「3中」の人たちの理解や国民党を含む立法委員など、台湾内部の合意が十分ではないとの見方を示した。台湾有権者の大陸政策への反応については、小笠原欣幸・東京外大准教授の「2009 年台湾県市長選挙分析」を参照されたい。4
 趙はさらに(1)政治協議入りの時期は予測できないが、台湾経済の好転が最も重要(2)政治協議をする場合、台湾の政治的地位の問題を回避出来ない。中華民国が台湾の最大公約数であり、中華民国の問題は避けて通れない(3)軍事的には大陸との間で信頼醸成措置(CBM)が必要。軍事学術交流は先にできるーなど興味深い見解を明らかにした。趙は「軍事ホットライン」について「敵対する双方が、ホットラインを持つのは簡単ではない」と述べ、両岸関係が政治・軍事的には「敵対関係」にあることを改めて確認している。

フィンランド化
冒頭紹介したように、台湾問題の前提と与件を覆す興味深い論文が発表された。ポートランド州立大(米オレゴン州)のブルース・ギリー助教授の「それほど“危険な海峡”ではない 米安全保障に資する台湾のフィンランド化」5である。
 論旨の要約は次の通り。海峡で進む緊張緩和によって、台湾は冷戦時代のソ連とフィンランドの関係のような「フィンランド化」の道を歩み始めた。つまり、事実上の独立と民主主義を守るため、北京政府への批判を自粛し「中立化」の道を歩む。そして、米国は台湾海峡の平和と安全を守るため、台湾を米国の勢力圏から、中国の勢力圏に移すことに同意すべきだとして、武器売却停止を主張。さらにフィンランドの中立政策が、欧州正面の東西緊張緩和を醸成し、ソ連崩壊につながった歴史を振り返りながら、台湾もフィンランド化によって中国の体制転換に寄与出来るとみる。
 論文が発表されると、台湾メディアは「非現実的な空論」と一斉に批判的な論評を出した。中国は正式の論評はないが、「台湾をフィンランドと同様、主権独立国家と見なす“水準以下”の論文」6などの批判が噴出した。「米中台」の力のバランスを前提にした「与件」をひっくり返し、台湾を中国の勢力圏に渡せと提言するのだから、確かに普通ではない。だが「与件」を白紙にして考察することで、初めて見えるものもある。「頭の体操」は、論理的な正当性や合理性を前提としてトレーニングするのだが、現実は必ずしも合理性に向かって動いているわけではない。ギリーの「非常識」論文を基に、すこし頭の体操をしたい。紙幅の関係で全訳は紹介できない。次の3つの論点に絞って論評する。(1)中国の台湾政策の目的(2)米国の台湾政策への評価(3)「敵対的現状維持」からの開放と新たな米台関係ーである。

台湾占領は目的ではない
 まず第一の「中国の台湾政策の目的」についてギリーは「領土回復というナショナリズムにあるのではない。沿海地域における支配権の確保にある」7と書く。だから、台湾が米先進兵器で武装すれば、中国の目標の障害となる。だが台湾が中国と経済的、政治的に連携した中立的で
フォーリン・アフェアーズの表紙
フォーリン・アフェアーズ
自衛的な存在になればその限りではなくなる。そこからギリーは「中国は台湾を占領し支配することに関心はない。中国は、台湾が中立で米国の顧客ではないグローバルな力を強化できる影響圏が欲しいのである」と、結論付ける。
 ギリーの「中国は台湾を占領し支配することに関心はない」という指摘は正しい。台湾独立を主張する原理主義者や、これを支援する日本の新国家主義者たちがよく陥る「論理的落とし穴」をうまく突いている。台湾人の意思に反して、占領したところで北京が得るものはない。むしろ国際社会の総反発を受けるだけだろう。「台湾問題を台湾問題として論じてはならない」(章念馳)8という意味でもある。
 ただ「領土回復というナショナリズム」と「沿海支配権の確保」という地政学上の戦略は矛盾しない。北京が、ナショナリズム高揚を、沿海支配圏の確保によって満足させることは可能だ。ただ台湾問題のプライオリティ(優先順位)は高くない。「馬政権との良好な両岸関係の下で、台湾問題の優先度が後退した」9ためである。しかし共産党自らが「安定」のため育んだナショナリズムが、共産党のコントロールを離れ「モンガー」に肥大化したとき、モンガーの怒りを静めるため「台湾を利用する価値」はあると考える指導者がいても不思議ではない。

米政策は逆効果
 次に(2)「米国の台湾政策」である。ギリーは「アジアにおける米国の役割減少にもかかわらず、地域に関与し続ける意思を示すことに、ワシントンは利益を感じてきた。この政策の悲劇は、北京に、包囲され海軍力が劣っていると覚醒させ、逆に中国の軍事力増強につながったことにある。フィンランド化とは、台湾にこのサイクルを破らせ、米中間に徘徊する安全保障上のジレンマを緩和させることである」と書く。さらに、気候変動から金融システムの安定、核拡散問題など、米国にとってプライオリティの高い政策で、中国の協力が必要だから、フィンランド化は「天佑」だと強調する。
 米国の台湾軍事支援が、北京に危機感を抱かせ、軍拡路線に走らせる逆効果を招いたとの分析は一面の真実である。ただフィンランド化された台湾を足がかりに、中国が太平洋の「第2列島線」への進出を意図しているという懸念への答えになるかどうかは疑わしい。
 麻生政権末期の09年7月17日、閣議了承された「09年版防衛白書」は、中国が海洋権益の獲得や海上輸送路確保などのため海・空軍の近代化を進めているとして「台湾の独立阻止への対処以外の能力獲得に取り組み始めた」「能力の及ぶ範囲は中国近海を越えて拡大していく」と指摘した。これが日本政府の、台湾をめぐる中国の軍事的意図に関する公式見解である。この懸念に基づけば、台湾のフィンランド化は、中国の海洋拡張主義への「投降」を意味するという批判がでるだろう。
 ギリーはそうした疑問を意識しながら、「民主的な台湾が中国の勢力範囲に入ろうとするなら、ワシントンは台湾の選択に従うべきだろう。台湾のフィンランド化を、台頭する中国への犠牲と考える必要はない。むしろ中国を抑止する別の戦略と考えるべき」10とし、冷戦時代の「ゼロサム思考」を捨てるよう主張している。
 米国防総省は2月1日「4年ごとの国防政策見直し」(QDR)を発表した。中国の不透明な軍拡を含めた安全保障環境の変化を受け、冷戦崩壊後から続く二つの大規模紛争に同時対処する「二正面作戦」を支える組織や装備調達を見直す方針を発表した。中国軍の中距離弾道ミサイルや攻撃型潜水艦の配備に加え、サイバーや宇宙空間での攻撃能力を増強に懸念を表明しており、ギリー論文の趣旨と対極にあることを付け加える。

敵対的現状維持からの開放
 ギリーはいよいよ、台湾海峡の現状の「前提」崩しに着手する。彼はこれまでの米台関係について「関係は大戦略に基づくのではなく、狭いロビスト達の利益によって支配されてきた。具体的には米軍需産業に台湾軍部、そして台湾独立活動家たちが圧倒的力を築いてきた。台湾の強力な反共主義と中国への反動的政策がワシントンのイデオロギーとうまく適合し、台湾海峡で軍事的政策に依拠してきた」と分析。そして、米国が守ってきた「敵対的な現状維持」はもはや、台湾人が守って欲しいと考える「現状維持」ではなくなったとし「民主的な台湾が中国の勢力範囲に入ろうとするなら、ワシントンは台湾の選択に従うべきだろう。台湾のフィンランド化を、台頭する中国への犠牲と考える必要はない。むしろ中国を抑制させる別の戦略と考えるべきだ」と結論付けるのである。
 これがこの論文の核心である。台湾海峡の現状維持を保証する米国、中国、台湾の三角形について筆者(岡田)は「三者間の『正と反』の力が働く限り、時間差はあっても、正三角形に戻ろうとする力が保証される。これが台湾海峡の『現状維持ゲーム』の方程式11である」と書いた。このなかでバランスを保つ力として、三者の軍備競争という軍事的要請と、対立を必要とするそれぞれの内政上の需要を考察した。今回の武器売却はまさに、米中台の「敵対的現状維持」に向けたバランス力の表れである。両岸が対立を棚上げし、経済交流が進んで、実体的には「非敵対関係」にあるにもかかわらず、中国は1000基以上のミサイルを撤去せず、台湾は米国製兵器を導入する。台湾海峡の現実は、ギリーの期待を裏切る…。
 最後に彼は、「フィンランド化」の下での米国の台湾政策は、戦略的にも外交的にも調整が必要だとする。具体的には①台湾との当局交流の拡大は北京との協議が必要②米国と同盟国は、戦闘計画から台湾を排除すべき③開かれた外交を通じ、両岸の新たな平和へのアプローチへの支持④中国の台湾での情報収集が強化されているため、台湾への技術移転の監視をより注意深くする必要⑤最も重要なことは、ワシントンは台北への武器輸出を大幅に削減ーを提言している12
 ギリーは中国の体制転換に果たすフィンランド化の役割について「世界の中国への懸念は、主として経済力と軍事力をチェックする政治的自由がないことにある。台湾がもしフィンランド化して、より自由な当局者同士の往来が進めば、台湾は中国の自由化に大きな役割を果たすことができる」と書く。民主化を含めた「台湾の経験」は中国の先行指標であることは否定しない。しかし、フィンランド化は中国の「民主化」に単線的につながるとは考えにくい。

「親中政策の帰結」
 以上が、ギリーの主要論点と筆者のコメントである。さてこの論文に両岸はどのように反応したか。台湾紙が09年12月30日、ワシントン発で報道すると、台湾外交部はただちに「台米間には緊密な軍事協力関係があり、“フィンランド化”という問題など存在しない」と、にべもない反応をだした。馬英九自身も31日、記者懇談会でフィンランド化を否定し、両岸の和解は米国の圧力を軽減させてはいるが「米国は引き続き台湾海峡の安全と両岸の軍事バランスに関心を寄せている」と、現状維持枠組みの有効性を強調した。13
 一方、メディアと野党の受け止め方は、当局と温度差がある。与党系の「中国時報」は「フィンランド化とは事実上の香港化に他ならない」と批判、米誌の論文掲載自体が「(米国の)台湾からの光栄ある撤退の思想的準備」14と受け取るべきと指摘した。
 民進党系の「自由時報」は同31日付けの紙面で、ジャーナリストの胡文輝のコラムを掲載、胡は「これは警鐘。馬政権の対外政策の主軸は『和中、友日、親米』だ。この順序からみれば、馬は『和中』という名の、『親中』政策によって全面的に中国傾斜し、自ら中国に吸収されようとしている。『友日、親米』とは空中楼閣であり、米国は台湾を同盟国の外に置いて、兵器売却を停止する15」と分析した。
 政権側が全面否定するのに対し、メディアや野党系論者は、馬が進める「親中姿勢」こそ、米国の台湾放棄に導いていると見なす。主眼が馬・国民党批判にあるとはいえ、ギリーの分析・展望を、現実可能性があるとみている点は興味深い。
 では中国はこの論文をどうみるのか。中国政府の意向を反映するワシントン「中国論壇社」の陳有為は、シンガポール紙への寄稿で,フィンランドがソ連の一部ではない独立国家なのに対し、台湾は古くから中国の一部だったとし「この学者は事の違いが区別できない」と一刀両断。同時に「これは米国の台湾政策における新思考をある程度反映している。新思考とは、米国が武力行使せず、両岸が休戦し、台湾と大陸が分離状態を保持する道である。これは独立せず、統一せず、武力行使せずの馬の政策の焼き直しであり、どこに目新しさがあるだろうか」16。論文の主旨は「現状固定化」にあると批判するのである。

矛盾性前進
 ギリー論文と、両岸の反応を読者はどのように読み込んだろうか。現実が説明しているように、「敵対的現状維持」の枠組みは有効であり、ギリー論文は空論のように見える、ただ筆者は中国時報のコメントのように、米国の有力誌が、こうした論文を掲載したことの意味は軽視すべきではないと考える。一極支配が崩れ、下り坂をゆっくりと進む米政権内にある、東アジア安保再検討の動きの反映なのかどうか、引き続き注視すべきであろう。
 さて、両岸関係が法的には「敵対関係」にあることは間違いないが、それは進行する関係改善や相互理解の前進とまったく接点を持たないのだろうか。言い換えれば、両岸は平和協定を結ぶまで、「敵対関係」の現状維持バランス力が働き続け、中国はミサイル配備を、台湾は米国の武器を「盾」にし続ける以外の選択はないのか。ギリーが否定的に書く「狭いロビスト達の利益によって支配される」関係は続くのだろうか。
 筆者は以前から、両岸関係とは「政治的な原則を掲げながらも、経済を重視し実態を優先する中から『共通利益』を見いだす方法である。時には非論理的であり、超法規的な世界でもある」17と考えてきた。これを「アジア的思考方法」として定式化すれば(1)実態先行、理念は後から(2)経済優先、政治は後から(3)漸進的展開ーということになるだろうか。20年前の冷戦終結は、旧ソ連と東・中部欧州に鋭い痛みをもたらした。モスクワでその痛みをかいま見た経験から言えば、アジア的方法とは、極めて融通無碍で、厳格な「法治主義」の世界ではない。鄧小平の「実事求是」であろう。
 この方程式を援用すると、「敵対関係」という法的関係が意味を失うには、相互利益に基づいた関係改善が進まねばならない(実態先行)。政治協議から平和協定締結(理念は後から)には、「柿が熟して落ちる」ように、ゆっくり(漸進的)時間をかける必要があるのではないか。ギリー論文には、われわれの固い頭からは想像もできない豊かな構想力がある。先に紹介した国民党元立法委員は、平和協定締結まで「長い道のり」と説明すると共に、敵対的現状維持という今の両岸関係を「矛盾性前進」(矛盾の中の前進)と表現した。(敬称略)

(了)



 
1 「2010年1月31日「朝日」朝刊3面」
2 2010年2月19日 東京、筆者聞き取り
3 両岸関係論第9号「政治協議へ初のセカンドトラック」
 4 http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/ogasawara/analysis/localelection2009.pdf
5 Bruce Gilley「Not So Dire straits/How The Finlandization of Taiwan Benefits US Security」(「FOREIGNAFFAIRS」Jan/Feb 2010)
6 2010年2月11日「聯合早報」
7 ギリー論文51頁
8  両岸関係論第8号「民族復興が新たな国家目標」
9  同上
10 ギリー論文58頁 
11 岡田充「台湾海峡の『現状維持とは何か』166~167頁 (05年10月 立命館大学「政策科学」) 
12  ギリー論文59頁
13  09年12月31日 中央通信社電
14  12月31日 「中国時報」
15 http://www.libertytimes.com.tw/2009/new/dec/31/today-f2.htm 
16 2月11日「聯合早報」 
17 岡田充「中国と台湾 対立と共存の両岸関係」5頁(03年2月 講談社現代新書) 


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