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     第114号 2020.5.13発行 by 岡田 充
    新型コロナめぐる情報操作の実態
支離滅裂なトランプの陰謀論
 トランプ米政権の新型コロナウイルスに対する言動は終始、一貫性を欠いてきた。コロナ禍をめぐる対中国姿勢を振り返れば、トランプ(写真「武漢起源に自信」と記者会見で協調=テレビ東京)と政権幹部がいかに支離滅裂で、デマに満ちた発言を繰り返してきたかが浮き彫りになる。特に米国で感染爆発が起き感染者、死者数ともに世界最大になると、「感染源は武漢の研究所」という陰謀論を、メディアを共犯にまき散らした。トランプの中国非難の内容を検証もせず、垂れ流してきた日本の大手メディアも、共犯の誹りを免れまい。研究所流出疑惑は、ポンペオ国務長官が5月7日「不正確かも」と言出し腰砕けに。1月からのトランプと政権幹部の発言をまず振り返る。発言内容は主として共同通信の報道に基づく。
「中国に感謝」とトランプ
【1月】
▽トランプがツイッターで「中国はコロナウイルスを封じ込めるために懸命に取り組んでいる。米国は彼らの努力と透明性にとても感謝している。すべてうまくいくだろう。特に、米国民を代表し、習国家主席に感謝したい!」(1月24日)
【2月】
▽トランプが一般教書演説で、中国と連携し「国民を脅威から守るため、必要なすべての措置を講じる」と訴え、習近平主席を含む中国との関係は「恐らくこれまでで最も良い」と主張(2月4日)。
▽トランプ 「ウイルスは天気が暖かくなる4月に消えるだろう」(2月10日)
▽米学者スティーブン・モシャ―がニューヨーク紙「ニューヨーク・ポスト」(2月22日付)に「コロナウイルスは中国のウイルス実験所から流出した公算が強い」と寄稿
▽トランプ 訪問先のインドからツイッターで「米国では制御下にある」(2月25日)
▽トランプ サウスカロライナの選挙集会で「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する懸念は、民主党のライバルからの「新手のデマ」(2月28日)
「武漢ウイルス」とポンペオ
【3月】
▽ポンペオ国務長官 記者会見で、「武漢ウイルス」と呼び、CNBCテレビのインタビューで「感染がどこから始まったのかについて確信を持っている」と言明(3月5日)
▽WHOのテドロス事務局長がパンデミック宣言(3月11日)
▽米国で感染者が急増。ニューヨーク・タイムズは11日、独自集計で米国内の感染者が1015人となったと報じた。死者は31人(3月11日)。
▽中国外務省の趙立堅副報道局長(写真 中国外交部HP)が、ツイッターで「米軍が感染症を(被害が最も深刻な)湖北省武漢市に持ち込んだのかもしれない」と書き込み(3月12日)
▽トランプが国家非常事態宣言(3月13日)
▽習近平が政治理論誌「求是」に「病原体がどこから来て、どこへ向かったのか明らかにしなければならない」と、発生源特定の研究を進めるよう指示(3月15日)
▽トランプ ツイッターで、「中国ウイルス」と初めて呼ぶ(3月17日)
▽米紙ニューヨーク・タイムズ電子版が、米国の新型コロナウイルス感染者が8万3千人を超え、中国やイタリアを抜いて世界最多になったと報道(3月26日)
▽トランプが習近平との電話会談で「私は中国の感染とのたたかいで積極的な進展がみられたことを喜んでいる。中国の経験は大きな啓発となった。中国が米国の感染対策のために医療物資を提供するとともに、感染対策の有効な薬品の研究開発協力を含め、両国の医療衛生分野の交流を強めていることに感謝する。」(3月27日 新華社報道)
WHOへの拠出停止
【4月】
▽トランプ ツイッターでWHOのコロナ対応を「大失敗だ。米国は多額の資金を出しているのに、なぜか非常に中国寄りだ」と批判(4月7日)
▽米FOXニュースが「武漢の研究所職員が患者第1号で、コウモリから伝染し武漢で感染拡大したと報道」(4月15日)
▽トランプ WHOへの資金拠出停止を発表(4月17日)
▽トランプ 記者会見で「治療に消毒液を試してみたらどうか」(4月23日)
▽トランプ ツイッターで「パンデミックがでたらめなどと言ったことはない」(4月25日)
▽米国での感染者数が100万人超、死者は5万8368人とベトナム戦争の死者数超す(4月28日)
▽米国家情報長官室が、ウイルスは「人工のものでも遺伝子操作されたものでもないとの科学的な総意に同意する」との声明発表(4月30日)
▽トランプ 記者会見で発生源を中国武漢市のウイルス研究所とする説について、信頼度の高い情報を見たことが「ある」と主張、対中関税が報復措置になり得ると言明(4月30日)
「不正確かも」に変化
【5月】
▽トランプ 記者会見で、感染拡大は中国に責任があると判断した場合、対中制裁関税を発動する可能性について「選択肢の一つ」と強調(5月1日)
▽大統領選の勝敗の鍵を握る中西部のミシガン、ウィスコンシン、東部ペンシルベニア各州の世論調査で、民主党のバイデン候補がトランプをリード(5月1日)。
▽ポンペオ ABCテレビで武漢の研究所が起源を裏付ける「多くの証拠がある」と言明。結論付けるため「情報機関が検証を続けている」(5月3日)
▽米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長 記者会見で、武漢の研究所から流出したとの説について「まだ分からない」と言明。議長は人為的に作られたものではないとの見方示す。起源については「結論付けるだけの証拠はない。意図的に流出されたものではないだろう」と言明(5月5日)
▽中国外務省の華春瑩報道局長 記者会見で、トランプ米大統領が対中制裁関税を発動する可能性に言及したことに反発。「貿易戦争は誰の利益にもならない。関税を武器に使い他国を脅迫するような考えは放棄すべき」と主張(5月6日)
▽ポンペオ 記者会見で武漢の研究所が起源とする多くの形跡があると強調する一方、まだ断定には至っておらず不明と発言(5月6日)
▽ポンペオがラジオ番組で、「研究所から発生したという証拠があるが、正しくないかもしれない」と言明(5月7日)。
「すべて虚偽と妄想」
 年表を見れば、新型コロナをめぐる米中摩擦の多くは、トランプ政権が仕掛けたことは明白だ。仕掛ける理由については、トランプが新型コロナ感染を当初は軽視したため、世界最大の感染被害を出した責任を回避し、大統領選挙での劣勢を挽回することにある。その見方が正しければ、大統領選までトランプは手を変え、品を変え中国叩きを続けることになる。
 筆者の解説より説得性のある人物の読みを紹介する。米中央情報局(CIA)で諜報活動に長く携わってきたグレン・カール氏(写真 2018年5月14日、日本記者クラブで)の「『中国ウイルス』で責任逃れを図るトランプ、情報操作の一部始終」と題するコラム注1。そのさわりを紹介する。彼はホワイトハウスが、大小メディアを使って「ウイルスが武漢研究施設から流失した」との情報操作を巧みに展開したことを振り返る。
 「新型コロナウイルスが中国・武漢の研究施設から流出したというのは明らかに、トランプ支持派による情報操作だ。~中略~情報操作が行われると、やがて政治指導者が広めたい『真実』が真実として受け入れられるようになり、虚偽をまき散らす人たちが国民から支持される」。
「情報操作は、以下のように行われる。(中略)トランプが対応の遅れで非難を浴び始めていた今年2月、保守系タブロイド紙のニューヨーク・ポストは、『中国の研究施設からウイルスが流出した』ことを中国当局が認めていないという記事を載せた」
 「4月になると~中略~、共和党上院議員が、権威ある経済紙ウォール・ストリート・ジャーナルに『米政府は、新型コロナウイルスが武漢の中国政府の研究所由来のものかを調査している』と寄稿。~中略~FOXニュースもこの話を取り上げ、米情報機関もこの件を『調査』したなどと報じた」
 「ホワイトハウスとトランプ支持派は、自分たちで中国が疑わしいと言い、政府機関に調査を命じておいて、その類いの説を取り上げた報道や、調査が行われたという事実を理由に、その説に信憑性があるかのように主張している。これは情報操作の古典的なやり口だ」
 「ウイルスが中国の施設から流出したというトランプや右派メディアの主張は、全て虚偽と妄想だ。~中略~トランプの嘘とデマ、そして救いようのない無能ぶりによる死者は、アメリカだけでいずれ10万人を突破するだろう」

「中国に真相究明求める」とNHK
 情報操作は成功したのだろうか。中国によるウイルス流出という「陰謀論」は、米国と西側諸国ではそれなりに浸透している。米調査機関ピュー・リサーチ・センターが4月8日に発表した調査注2によると、米国人の約3割がウイルスは実験室でできたと回答。さらに同センターが行った米国民の対中観調査(4月17日発表)注3で、中国を否定的にとらえる回答が過去最高の66%に達したことも挙げたい。
 情報操作をしているのは米メディアだけではない。日本メディアも一役買っている。例えばNHKが4月23日夜9時のニュースで放映した特集「新型コロナの発生源は? 真相究明求める声 世界で広がる」注4 が好例であろう。その内容は、武漢の研究施設から広まったとの米メディア報道を受けて、中国に武漢の研究室の公開を求める動きに、オーストラリアのモリソン首相をはじめ「真相究明を求める声が国際社会に広がっている」というもの。
 報道は、中国政府や研究所側が流出を否定していることは伝えてはいる。しかしタイトルを見れば分かるように、透明性を求める国際社会の声を拒否し、真相究明に協力していない中国の姿勢に批判的な視線を投げているのが主旋律である。  カールの文章を読めば、NHK報道がトランプの「情報操作」の一翼を担っていることは明白である。
米が発生源の疑惑
 発生源は中国ではなく、米国ではないかという疑惑も完全には消えていない。2019年冬から米国で猛威を振るったインフルエンザの感染者は3月中旬までに3400万人に上り、2万人近くが死亡した。これについて矢吹晋・横浜市立大名誉教授注5 は、武漢で最初の感染者が見つかる前の昨年秋、コロナウイルスに感染していた患者がいた可能性があるとの仮説を出している。
 米疾病対策センター(CDC)のロバート・レッドフィールド所長(写真=米下院で証言する所長=「央視」)は3月11日の米下院証言で、「インフルエンザウイルスによる死亡と診断された人のうち、実はコロナウイルス感染が原因だったケースがあった」と証言した。ただその時期、患者数など、詳細は証言していない。
 中国外務省の趙立堅副報道局長が3月、「米軍が感染症を(被害が最も深刻な)武漢市に持ち込んだのかもしれない」と主張したのも、レッドフィールド所長に対しコロナウイルスの感染者が確認された時期や患者数などの詳細の公表を迫る中で出てきたものだった。
 それを裏付けるように、ニューヨーク州南に隣接するニュージャージー州ベルビルのマイケル・メルハム市長注6が「私は抗体検査の結果陽性だった。昨年11月これまでに経験したことのないひどい症状の病気になったが、あらゆる症状から見てコロナウイルスに感染していたと思う」と、ユーチューブで告白した。決定的証拠とは言えないが、メルアムは「私だけではなく11月に多くの人が感染していた」と証言しており、今後、より明確な証拠が出る可能性がある。
 中国側は、軍人持ち込み説はその後持ち出していない。だが楽玉成・外務次官は4月28日米NBCとのインタビューで、「ある国が新型コロナ肺炎をインフルエンザと言いくるめることこそ隠蔽だ」と述べ、中国側が米国で昨秋から感染が広がっていたとの疑惑を持ち続けていることを示している。
 生物学者の福岡伸一・青山学院大教授は「週刊文春」(3月5日号)の対談で、発生源について「ウイルスは武漢から突然現れ、地震の揺れが伝わるように世界に拡大したように見えるが、それは誤解」「武漢以外にもウイルスはいて、世界中を彷徨っていたのでは」との見方を示した。発生源の特定は難しい。「伝播」ではなく、中国、フランス、米国などで「同時多発」した可能性も否定できない。
判断停止、両成敗の社説
 最後に、陰謀に加担したもう一つの例を挙げる。矛盾に満ちたトランプの対中攻撃の是非を問わず、「米中覇権争い」 の枠組みから論じる「朝日新聞」の社説「コロナと米中 覇権争いの時ではない」注7(4月17日付)。「この状況下で大国同士が醜い言い争いを続ける事態はあまりに不毛だ」と、典型的な「喧嘩両成敗」の姿勢を強調する。
 ことの是非についての判断を停止し、観客席からスポーツ競技を眺める無責任な姿勢と言っていい。トランプ政権の中国攻撃の核心が、大統領選挙での再選を目指すための責任転嫁にあることをまず明確にすべきだ。
 社説はWHOについても「中立性を疑わせる発言があった」と、トランプが批判する「中国寄りの姿勢」を問題視する一方、米政府の拠出金停止については「『米国第一』を掲げて多くの人命を危険にさらす措置は、撤回すべきである」と主張する。ここでも「受け狙い」の両成敗の立場が貫かれる。
 しかし返す刀で、中国が台湾のWHO加盟に反対していることを取り上げ「台湾の人びとの人道問題を、政治の具にしてはならない」と批判した。台湾のWHO加盟要求自体が、蔡英文政権の「非中国化」という独立志向の政治性を持っているのは自明だ。「弱い側に立つ」のが、あたかも民主的姿勢といわんばかり。蔡英文が今も新型コロナウイルスを「武漢肺炎」と呼び、台湾ナショナリズムを煽っていることは問題にしないのか。台湾のコロナ対応については別稿注8をお読みいただきたい。
韓国のF35購入削減は?
 社説は「マスク外交」を展開する中国の姿勢についても、「内外から隠蔽(いんぺい)が疑われる現状を改善しなければ、『責任ある大国』とは言えない」。結論部が振るっている。「こうした問題のさなかにも、中国軍は空母を巡回させるなど西太平洋全域で示威行動を続けている。感染症の脅威にどの国も等しく直面する今こそ、軍拡の無益さを認識すべきではないか。それは、米国も同様に学ぶべき現実であろう。時代錯誤の覇権争いに堕する時ではない」
 中国の空母巡回を問題視するが、コロナ禍の最中に空母を巡回させているのは中国だけではない。米国やフランスも同様。米原子力空母「セオドア・ルーズベルト」(写真 WIKIPEDIA)と仏原子力空母「シャルル・ドゴール」では、4月半ばに兵員から大量の感染者が出た。台湾海軍でもやはり4月半ば、パラオから帰港したフリゲート艦の乗組員から集団感染が見つかったことを付け加えておこう。あたかも中国だけが好戦的な行動に出ているかのような表現はミスリードであろう。
 「感染症の脅威にどの国も等しく直面する今こそ、軍拡の無益さを認識すべきではないか」。この結論には完全に同意する。ただしそう書くなら、せめて韓国政府が4月16日、コロナ感染拡大に伴う緊急災害支援金の財源確保のため、F35戦闘機、イージス艦の戦闘システムの購入費を削減した例に触れて欲しかった。その上で安倍政権は、バカ高いだけで無用の長物のイージスアショアとF35戦闘機の莫大な購入費を、コロナ対策費に振替えるべきと主張するのが筋ではないか。リベラルが売りの全国紙なら。
 「時代錯誤の覇権争いに堕する時ではない」という結論も賛成だ。しかし社説氏がコロナをめぐる米中対立を、「覇権争い」という新冷戦論の思考枠組みからとらえる点を除けばの話である。

(了) 
 
注1 「ニューズウィーク日本版」(2020年04月28日)
https://www.newsweekjapan.jp/glenn/2020/04/post-42.php
注2  Nearly three-in-ten Americans believe COVID-19 was made in a lab
https://www.pewresearch.org/fact-tank/2020/04/08/nearly-three-in-ten-americans-believe-covid-19-was-made-in-a-lab/
 注3 Negative views of China continue to grow in U.S.
https://www.pewresearch.org/global/2020/04/21/u-s-views-of-china-increasingly-negative-amid-coronavirus-outbreak/pg_2020-04-21_u-s-views-china_0-01/
 注4  「新型コロナの発生源は? 真相究明求める声 世界で広がる」
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200423/k10012402431000.html
 注5   「米軍ウイルス持ち込み」の根拠は?新型コロナウイルス感染源めぐる米中舌戦
https://www.businessinsider.jp/post-209937
 注6  新华网「美国新泽西州一市长称其去年11月感染新冠病毒」2020-05-05 23:39:39
http://www.xinhuanet.com/2020-05/05/c_1125945112.htm
 注7 朝日新聞社説「コロナと米中 覇権争いの時ではない」4月17日付
https://www.asahi.com/articles/DA3S14444809.html
 注8 台湾がコロナ「優等生」になった理由。閣僚に医師出身、デジタル化の一方で強まる監視
https://www.businessinsider.jp/post-212152
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