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     第12号 2010.04.12発行 by 岡田 充
    統一は経済・社会の統合から
海峡西岸経済区が目指すもの



 大学生を連れて台湾を回った。「卒業旅行」というやつだ。卒論と就活の重圧から解放された日本の大学生は、この時期よく遊ぶ。3万円台で「3泊4日」のパックツアーが楽しめるから、台北便はすし詰め状態。台湾では、至る所で中国大陸からの団体観光客に出会った。馬英九政権の誕生で両岸関係が大幅に改善し、いまや台湾海峡を週270便もの直航便が往復するようになった。台湾への外国人渡航者のトップは、ずっと日本(年間百万人程度)が占めてきたが、中国が日本を抜く
写真:簡体字で「共産党がなくなれば、新中国ができる」と書いたポスター(左下)を横に、大陸観光客を迎える法輪功(台南・赤嵌楼で)
簡体字で「共産党がなくなれば、新中国ができる」と書いたポスター(左下)を横に、大陸観光客を迎える法輪功(台南・赤嵌楼で)
のは確実だ。国内総生産(GDP)と同じである。
 大陸からの観光客は、旗を持った添乗員の後を、おそろいのキャップをかぶって集団行動しているから、一目で分かる。かつてのわれわれの姿だ。観光客は、河北省や河南省、重慶など内陸からが多い。内陸と台湾を結ぶ直行便で便利になったためだ。広大な中国からみると、台湾は東の海上に浮かぶ「地方都市」のように映るに違いない。
 重慶から来た40数人のグループに聞くと、6日間の台湾周遊で一人5000人民元(約6万5000円)。急成長している中国では「小金持ち」の部類だろう。2009年はマイナス 5%台に成長が落ちた台湾にとって、観光収入はばかにならない。
 交流が進む両岸関係は、対立をすべて棚上げする「現状維持」のレールの上を走る。現実政治の舞台では「統一か、独立か」(統独)の争いは終わり、中国も「統一」を強調しなくなったが、「統一」をあきらめたわけではない。台湾人アイデンティティが強まる台湾で、深まる両岸交流はアイデンティティに変化をもたらすのだろうか。その変化は「終局統一」とどのように関わるのか、これが今回のテーマである。3月訪れた台湾でのインタビューをはじめ、来日した王毅・国務院台湾弁公室主任の発言や、中国が統一の戦略基地と位置付ける「海峡西岸経済区」をめぐる那覇フォーラムの「三元中継」の形で報告する。
熱烈歓迎
 台北の故宮博物院や、数年前まで世界一の高さだった「101」など観光地で、大陸観光客を歓迎する人たちがいる。「法輪功」のメンバーだ。中国政府が「邪教(カルト)集団」と指弾する気功集団。非合法団体だから中国では活動できないが、台湾ではおおっぴらに活動できる。もちろん馬政権の取り締まりはない。大陸観光客に共産党による弾圧の実態を訴え、「法輪功」に勧誘しようというのだ。
 【台南12日】台南の観光名所、オランダ支配時代の建物跡、赤嵌楼(プロビデンシャ城)前でも「熱烈歓迎 大陸朋友」「共産党がなくなれば、新中国ができる」と書いたプラカードを掲げたオバサンが、観光客にビラを手渡そうとする。「共産党があるからこそ、新中国がある」という有名な革命スローガンをもじったもので、字体は大陸で使う「簡体字」。「中国共産党を脱党した7000万人を祝う」と書いたポスターもあった。共産党員に脱党を勧めているのだ。
 しかし、ほとんどの大陸観光客は、オバサンと目を合わせぬよう、見ぬふりを決め込んで通り過ぎる。ビラを受け取る人は皆無に近い。彼らはお行儀がよい。「(中国人は)あたりかまわず大声を出し、ツバやタンを吐く」という悪評をはね返すべく、「規律」が厳しいためだろうか。台湾旅行中に行方不明者がでると、受け入れた台湾側旅行社は一人当たり10万台湾元(約30万円)の「罰金」を課せられる。観光客のほうも「法輪功の勧誘に乗った」などとうわさが立てば、帰ってからどうなるか分かったものではない。触らぬ神に祟りなしだ。
 人の自由な移動と交流はよいことだ。中国共産党が、米インターネット検索大手のGoogleにいくら規制をかけても無駄である。中国政府が奨励する台湾観光に参加すれば、国内ではお目にかかれない「法輪功」に出会うし、ホテルでパソコンをいじれば、Googleの検索は自由にできる。国境の壁を簡単に崩すのがグローバル化である。Google問題は単なる米中の2国間関係の問題ではない。経済グローバル化が、政治規制の網をすり抜けて、メディア管理が不可能に近い時代に入っているのだ。両岸で進む交流が、「終局統一」という大陸側の思惑を超えた副産物をもたらした一例である。
米中間の主要矛盾ではない
 【東京19日】中国の台湾政策の責任者、王毅・国務院台湾弁公室主任が外務省の招きで3月17-21日に来日した。昨年夏、米国務省の招きで訪米し、両岸関係の進展について米各界に説明した行脚の第2弾である。王毅は19日、東京で台湾研究者・メディア関係者と懇談し「関係改善の発展は既に大きな流れになった」と説明、交流の深まりについて「交流すればするほど、われわれは同じ中国人という認識になる。文化も同じだし、昔は誤解もあったが、交流することによってだんだん変わっている」と述べた。交流が深まれば「台湾人意識」が強い台湾でも、中国人意識が強まるという楽観論である。
王は台湾人意識の強まりについて「中国人ではないという比率が高いのは、20年に及ぶ李登輝、陳水扁の『脱中国化』の結果だ。20年かかったことを元に戻すには時間がかかる。李も陳も元は福建省出身。彼らの姓も中国人だ。同じ血が流れていることはやがて分かる。平等の立場で交流を深めれば、アイデンティティ問題は解決できる」と力説した。時間が解決するというのだ。
 【台北県10日】しかし台湾側の受け止め方はすこし違う。学生と共に10日、台北県で会った旧知の政府元高官は、中国との関係改善を評価しながらも「交流が深まれば深まるほど、台湾共同体意識が芽生え、お互いの差が目立って見える。中台関係は複雑なのだ」と分析する。彼は李登輝政権で国民党やメディアの要職を務め、陳水扁時代には閣僚を経験した高官。国民党系を意味する「藍」側の人物ではない。北京は彼に「李登輝チルドレン」のレッテルを張っているほどだ。
もうすこし彼の説明に耳を傾けよう。「両岸関係のカギはかつて『統独問題』だった。しかし、独立とは抽象的観念で具体性はなかった。現在は別の問題だ。両岸の交流が深まれば深まるほど、双方の差と相違が目立つこと。その相違とは統独問題ではない。台湾は民主、自由、開放的な社会。一方、大陸は大きく進歩したが、まだ複雑な環境にある。台湾は小さく軽い。両岸の社会の違い、思想観念の相違が目立ちはじめた」。交流はむしろ台湾共同体意識を強め、両岸の意識の差を広げるという側面に光を当てるのである。
 彼は「両岸関係が良くなったのに、台湾が米国製兵器を購入する理由は?」という学生の質問に対し「台湾海峡の現状を維持する上では、主権と安全が基本。軍に十分な装備があってこそ中国との平等な関係が維持できる」と説明。また中国が、武器売却に対し米企業に制裁を課す強硬姿勢に出ていることを挙げ「大陸と米国はそれぞれ分かつことの出来ない関係になった。抗議は強烈だが(口先の)抗議にすぎず、米中関係は発展していく。その意味では、両岸関係は米中関係の最も重要な要因ではなくなった」と指摘した。
 この見解は興味深い。「台湾問題は米中関係の最大の障害」という古い枠組みの中でしか論理を展開できない日本の大手メディアも、肝に銘じるべきだろう。両岸関係の改善が地域に「パラダイム・シフト」(枠組み変化)をもたらしたことを、李登輝陣営も認めるのである。
共産党崩壊まで独立できず
 この発言から、「パラダイム・シフト」を整理すると(1)台湾問題は「統一か独立か」の問題ではなくなった(2)台湾問題はもはや米中間の最大の障害ではないーに要約できる。いずれも日本の対中、対台湾政策の根幹に関わる重要な枠組み変化だ。(1)をかみくだいて説明すると、「北京と台北、ワシントンは、台湾海峡の現状維持で合意し争点を棚上げした」と言い換えることもできる。
 【台北9日】「統独問題」は終わったという認識について、独立派はどう考えているのか。陳水扁政権の8年間、権力中枢にいて閣僚などを歴任した元要人に聞いてみよう。彼は、日本や台湾で客観情勢を無視してやみくもに「台湾独立」を叫び続ける「阿Q運動家」ではない。「真の建国」を追求する理想主義者だが、冷静な現状分析に基づき、将来を見据える現実的視点を持った人物である。
 彼もまた「統一か独立かを論争する時代は終わった」という現状認識に立つ。台湾現代政治史を(1)言論の自由が抑圧されていた時代(2)2000年の政権交代(3)08年の馬英九政権―の3期に分けて、民主化と独立の主張がどのように変化してきたか、その背景を説明する。解釈を交えずに、彼の話を再現してみよう。その論理をじっくり読みとってほしい。( )内は質問内容である。
 「統一か独立かを論争する時代は終わった。言論の自由がなかった時代は、独立を言うこと自体に意味があった。言論の自由を勝ち取り、独立を主張すれば「憲法違反」とされた時代も終わった。第2期には、「(中華民国)憲法には問題がある」というコンセンサスができあがった。しかし中華民国を倒そうという主張は、2000年の選挙で一段落したのだ。民進党が政権とっても独立はできない。より現実的な生活に立脚する段階が2008年からの第3期だ」
写真:チベット旗を掲げ気勢上げる民進党のデモ(台北「101」前で)
チベット旗を掲げ気勢上げる民進党のデモ(台北「101」前で)

 「台湾では統一の主張に市場はない。いま統一すべきだと主張しているのはごくわずか。大多数の台湾人は今の生活を維持できればいいと考えている。統一か、独立かを争点にするのは、選挙の道具にすぎず、選挙に役立つから争点にする。本当の独立派は声を出さない。独立と民進党とを同一視しがちだが、08年から変わった。独立派と民進党は違う」
 「(そうした現状は大陸から見れば安心できる?)中国は台湾のことは心配していない。鄧小平、江沢民と指導者によって台湾政策は違うが、台湾が独立するという懸念は持っていない。国内経済がもっと心配のタネだ」
 「共産党政権が倒れなければ、台湾が独立するのは不可能。米国は中国の監視役にすぎない。96年のミサイル発射演習が変わり目で、その後(米中)双方は話し合った。しかし台湾リーダーは、米国の台湾政策が変わったことに気付かなかった。李登輝も陳水扁も同じ。北京にとっては台湾問題より、経済や新疆が重要だ」
次期総統選、民進党に勝機
 少し整理すると①現実政治の舞台で、独立を主張する時代は去った②有権者が望むのは現状維持③米国が台湾とともに、中国に対抗する時代は終わった④中国にとって台湾問題の比重は大きくない―ということになる。政治的立場は異なっても、先の元政府高官と認識が似通っていることが分かるだろう。
 台湾では、昨年12月の17 県市首長選挙以来、ことし1月9日と2月27日の2回の立法委員補欠選挙で、民進党が大勝した。馬英九の支持率も20%台まで下落し12年の次期総統選挙で、民進党が政権奪回する可能性がささやかれ始めた。「民進党の連勝と、馬の大陸政策は関係あるか?」との質問に対し、元要人は「民進党はみな(関係あると)言っているが、関係ないと思う。(馬の人気の下落は)昨年8月の水害処理に失敗して以来、メディアの馬離れが進んだことが大きい。国民党系メディアを含め、馬への幻想は消えたのだ」と解説した。彼は、民進党の総統候補が蘇貞昌・元行政院長(台北市長選候補者)でも蔡英文主席でも勝機はあるとみる。
 一方、王毅は台湾選挙について「馬にこれまで危機感はなかったが、今になってようやく危機感がでてきた。年末の(5大市長)選挙が勝負。両岸の関係改善の勢いを保つのが我々の仕事だ。(ECFAは)選挙にとっていいことではないか。馬の支持で高いのは唯一両岸政策だからだ」とコメント(19日)した。独立派の元要人の認識と平仄は合っている。
硬軟両様の台湾政策
 昨年後半から、中国軍やタカ派研究者から馬英九批判が公然と出てきたことは、拙稿第9号で詳述した。批判の論拠は、馬政権が経済協議の枠から一歩も踏み出さず、統一も独立もしない現状維持に固執するなら、民進党の「独台」(事実上独立している台湾)とどこが違うのかということにある。だから北京は台北に対し昨秋から、政治協議に移行し平和協定締結を射程に入れた動き(セカンドトラック協議)に着手し、圧力と揺さぶりをかけ始めたのである。
 もっともこれは、ECFAの内容を含め「台湾に妥協しすぎ」と不満をくすぶらせる国内タカ派世論の圧力をかわす意味もある。人気低迷に苦しみ、次期総統選での敗北がささやかれる馬英九を追い詰めれば、国民党敗北のツケが回ってくる。王毅をはじめ中国側が、ECFA調印を急ぐのも台湾経済を早く回復させ、馬再選に有利な条件を作り出すことにある。馬の再選は北京の台湾政策の中で、依然として高いプライオリティ(優先順位)を保っている。
 独立派の元要人が述べる(1)台湾には統一の市場はない(2)台湾独立は中国共産党崩壊まで不可能―という2論点を与件に台湾の将来を考えれば、答えは「現状維持」しかないのだろうか。北京は「平和統一」をあきらめたわけではない。馬
写真:那覇で開かれたフォーラム
那覇で開かれたフォーラム
批判という「剛」の圧力と併行して、台湾人意識を「中華民族」へ統合しようという「柔」のアプローチにも着手した。
 【那覇3月23日】「万国津梁の地」(諸国の架け橋)を自認する沖縄・那覇で23日、興味深いフォーラムが開かれた。沖縄のシンクタンク「南西地域産業活性センター」が主催し、昨年5月中国政府がゴーサインを出した「海峡西岸経済区」(海西区)の実態と発展の可能性を探るとともに、これに沖縄がどのように参入すべきかを討議する内容であった。「海西区」は、日本ではほとんど知られておらず、この種のフォーラムが日本で開かれるのは初めてであろう。しかも普天間基地移転問題が微妙な展開を見せている那覇で、中台の学者が同じテーブルに着く意義は小さくない。14年前、台湾海峡で軍事的緊張が高まった時には想像すら出来なかった変化である。
 「海西区」を紹介するのが本稿の目的ではないが、「台湾人意識」を「中華民族」に統合し、「統一」に有利な条件を作り出そうという北京の戦略を理解するため、計画の概要と狙いをまとめておこう。フォーラムには、中国で最も歴史のある台湾研究機関、厦門大学台湾研究院の劉国深院長、台湾からは気鋭の経済学者、中山大学経済研究所長の劉楚俊副教授が出席した。両氏の話から「海西区」の概要と狙いを整理する。
統一射程に新経済圏
 「海西区」は、福建省政府が2004年提起、05年の中共第16期5中全会で第15次5カ年計画に入った。胡錦涛は06年1月、福建を視察後「経済区建設を加速し、両岸の平和統一を推進」するよう指示。国務院は09年5月、温家宝の現地視察を経て正式に設置を決めた。胡錦濤は2010年2月の旧正月直前、福建省を視察「海西区建設を急げ」と号令をかけた。最近、北京の中央党校での学習会で最重要テーマが「海西区」という。胡錦濤が2期目の総仕上げの事業としていかに重視しているか分かろう。
 福建省は軍事対立の時代、台湾との最前線だったため、鉄道建設を含めインフラ建設が他の沿海地域と比べると遅れていた。「海西区」の目的は、珠江デルタ(広東省)と長江デルタ(上海、江蘇省)の間に挟まれ、発展が遅れた福建の開発を推進するのが第一である。第二に台湾の資本、人材を吸収し台湾を含めた新経済・生活圏を作って「統一」に資することにある。 
 ここで1980年代、鄧小平の号令で広東省深圳と珠海に経済特区を設立した狙いが、香港とマカオの返還をにらんで珠江経済圏を形成することにあったことを思い出してほしい。そのアナロジーでいえば「海西区」が、台湾との「統一」を射程に置いた地域経済圏の形成にあることは明らかである。胡錦濤の政策で最も成功したのが台湾政策であることにあまり異論はないだろう。だから胡とその周囲が、台湾問題で歴史に名を残したいと考えて不思議ではない。経済圏は浙江、広東、江西省を含む広大な地域に、1億人の人口を想定。具体的には1・4兆円を投資して、遅れた鉄道網の整備をするほか、高速道路網の建設などインフラ建設を進め、投資を呼び込もうとしている。多くの台湾人の故郷は福建省にあることから、福建と台湾で共通する地縁、血縁、文縁、商縁、法縁の「5縁」を利用して、台湾の資金、技術、人材、マネジメントを吸収しようとするものである。2012年の共産党18回党大会で、胡の後継者になる可能性が高い習近平は、廈門副市長、福州市党委書記、福建省長、浙江省党委書記を歴任し、「海西区」との地縁が強いため、習時代の目玉プロジェクトになる可能性もある。
廈門を台北ナンバーが走る
 今年に入って経済区のイメージが鮮明になる計画が発表された。国務院住宅都市建設省は1月、台湾を段階的に地域経
海峡西岸都市群発展計画概念図
海峡西岸都市群発展計画概念図
済に統合し、中台双方の4省20市からなる「海峡西岸都市群発展計画」を公表した。中国は福州、廈門など6都市が、そして台湾側の中核都市には台北、高雄、台中の3都市が入っている。さらに福州の平潭島を両岸が協力して、2020年までに国際的な観光・貿易特別区に発展させる試行地点にすることが謳われた。これは何を意味するのだろうか。
 最近、廈門で生活する台湾ビジネスマンは、廈門で車の購入を手控えるようになったという。両岸当局が、車のナンバープレートの「相互認証」計画を進めることに合意したため、近い将来台湾で使っている車がそのまま福建省で使えるようになるから、買い控えているというのだ。福建には約20万人の台湾ビジネスマンが常駐しているが、彼らには大陸の健康保険制度の恩恵は及ばない。そこで福建省は、福建と台湾の健康保険を相互利用できるシステムを試行しようとしているという。両岸の窓口機関でも、検討されている医師、弁護士、修士・博士学位の相互認証の動きも同様の狙いであろう。
 こうして具体例を挙げれば、中国側が考える「統一」のイメージが、おぼろげながら浮かんでくるに違いない。台北や台中の街を、中国のナンバープレートを付けた車が走り、廈門では台湾ビジネスマンの家族が、台湾の国民健保証を手に病院で診察を受ける。両岸の人が、同じ生活圏の中で暮らし利便を共有するようになれば、元に戻すのは大変だ。利便に与っている人たちはまず反対するだろう。週270便もの旅客機が台湾海峡を行き来し、人の往来が自由化することも、同様の効果をもたらす。交流がもたらす観光収入がなくなれば、台湾側は経済打撃をこうむる。グローバル化が国境を崩す一例だ。
 ここで思い出すのは、陳水扁が2002年の元旦演説で「(中国が)武力威嚇を放棄し、人民の自由意思を尊重すれば、両岸は文化と経済の統合からはじめ、永久平和と政治統合を追求する新たな枠組みが可能」と、「統合論」を展開したことだ。陳がまだ中国を挑発せず、対話再開に向けて善意を示していた「中間路線」のころの主張だが、仮に民進党が政権復帰しても、この路線を踏襲すれば中国は民進党との協力を進めるだろう。台湾の政権交代を織り込んだ構想と考えるのは深読みだろうか。
 都市群発展計画は、中国が経済、社会、文化統合を優先する戦略の表れである。「両岸関係論」第11号で詳述したように、両岸関係を支配する「規律」は(1)実態先行、理念は後から(2)経済優先、政治は後(3)漸進的展開ーである。この方程式を援用すると、統一の第一段階は、相互利益に基づいた関係改善である(経済・社会統合という実態先行)。政治協議から平和協定締結(理念は後から)には、「柿が熟して落ちる」ように、ゆっくりと(漸進的)時間をかける必要がある。中国は今後も「政治協議」への移行という正面圧力をかけながら、それと併行して「海西区」を舞台に経済統合を加速していくだろう。注意しなければならないのは、そこでは「統一」という用語は使われないことである。
 王毅は先の懇談で「やりやすいところからはじめるのが双方の合意。焦ることはない。辛抱強く着実に進める」と強調し「同じ血が流れていることはやがて分かる。時間をかけてじょじょにアイデンティティを解決する」と述べた。交流の深化は果たして「中華民族」への意識統合につながるのか、それとも「台湾共同体意識」(台湾アイデンティティ)を逆に強めることになるのか、グローバル化と人の意識の相関関係が試されている。「皆さんは10年、20年、50年後のことばかり言っているが、(両岸の改善は)始まったばかり」(王毅)。中国の息は長い。(敬称略)
(了)



 
1 「両岸関係論」(2009.12.05「政治協議へ初のセカンドトラック 中国で馬英九批判始まる」)
2 「亜州週刊」(3月14日「両岸経済の大飛躍は海西区台頭から」22頁)。
3 闽浙赣粤四省20市的「海峡西岸城市群发展规划」
http://baike.baidu.com/view/377230.htm?fr=ala0_1#3
 4 「亜州週刊」同上23頁
5 台湾総統府HP2002年1月1日「総統発表91年元旦祝詞」
http://www.president.gov.tw/php-bin/prez/shownews.php4?issueDate=&issueYY=91
&issueMM=1&issueDD=1&title=&content=&_section=3&_pieceLen=50&_orderBy
=issueDate%2Crid&_desc=1&_recNo=1


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