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     第13号 2010.06.24発行 by 岡田 充
    メディアに蠢くナショナリズム
       普天間決着に利用された中国艦隊



 鳩山由紀夫辞任につながる「疾風怒濤」の5月が過ぎた。沖縄・普天間問題の迷走の裏であまり注目されなかったテーマを取り上げたい。日本の最西端に位置する人口1600人余りの小さな島、与那国島をめぐる「大きな物語」である。島の上空には、戦後65年間にわたって防衛上の見えない線が引かれてきた。領空侵犯を監視するための「防空識別圏」(ADIZ)の境界線である。事前の通報なしにこの空域に航空機が浸入すれば、戦闘機が緊急発進(スクランブル)し、場合によっては強制着陸させられることもある。これまでは島の東3分の1が日本、西3分の2は台湾とする境界線が引かれてきた。奇妙なこの線を引いたのは、戦後沖縄を占領した米軍である。普天間問題を協議する5月末の日米両政府の交渉で、日本側は
地図:5月26日付「東京新聞」朝刊 
5月26日付「東京新聞」朝刊
「地元の強い声」を理由に、境界線を台湾側海上に移動させるよう要請し、米側も了承した。これに基づき、日本側は台湾に境界線変更を通知するのだが台湾外交部は5月29日、「(日本は)事前に十分な意思疎通を図らなかった」として受け入れを拒否したのである。幸いいまのところ大きな外交問題にはなっていない。
 この小論の主語は台北でも北京でもない。鳩山前政権下の東京である。沖縄住民への負担軽減から出発した普天間問題で、政権のポジションは当初の「県外・海外移設」から、「抑止」を理由に県内移転へと後戻りした。明らかにしたいのは、政府が抑止論を構築するにあたって、4月上旬の中国艦隊10隻による宮古島通過と韓国哨戒艦の沈没という、中国と北朝鮮の「脅威」を利用した点。さらに「抑止論」をめぐる経過と、識別圏や与那国への自衛隊部隊配置は、水面下で連動しているのではないかという仮説である。自衛隊配備については、中国も台湾も日本の意図を警戒しており、実際に配備されれば、「小さな島」が、争いの中心になるかもしれない。
米台断交後も生きる
 まず「防空識別圏」の境界線問題をおさらいする。東アジアにおける米軍の時系列的な流れから問題をみつめると、今回の線引きの意味が浮かび上がってくる。防空識別圏は、領空と領土の範囲とは直接の関係はない。防衛上の意味合いが強く、一方的に線引きができる。通常は12カイリの領海外に線引きするが、沖縄を占領した米軍は1956年(「朝日」5月28日)、島の上空で線引きをするのである。沖縄返還が決まった1969年、当時の防衛庁が「訓令第36号」で、東経123度線にある境界をそのまま追認し、現在に至る。
 冷戦時代、米国は台湾の中華民国を承認、軍事同盟を結んだ台湾に空軍基地を置いていた。ソ連と中国の「軍事的脅威」に対する抑止力は、沖縄の米空軍と台湾の米軍が一体となって「維持」されてきたことは言うまでもない。米国は79年に中華人民共和国を承認し、米台断交により基地は撤去される。しかし台湾防衛をうたった米国の「台湾関係法」が発効。米国にとって台湾は「暗黙の同盟国」であり、島上空の分断境界線もそのまま生き続けた。冷戦が終わると、消滅したソ連に替わり中国脅威論が持ち上がった。94年の北朝鮮核危機と95-96年の台湾海峡危機を経て、96年、橋本龍太郎とクリントンは日米安保条約の再定義を行い、安保の対象地域は「アジア・太平洋地域」に拡大された。「周辺地域」には、朝鮮半島と並んで台湾海峡が事実上入り、中国が台湾を攻撃すれば、日本は米国とともに対処することになる。だから分断境界線は、台湾と米軍・自衛隊が一体となり共同行動する上で、一定の利便性があったという推測が成り立つ。
 逆に境界線は日本と台湾双方に、どんなデメリットがあったのか。メディア報道を引用すると「(境界線によって)国土交通省那覇航空交通管制部と台湾航空管制部は互いに民間機の飛行計画を提出し、不測の事態を避けているが、臨時便や急患ヘリコプターは、台湾側へ飛行計画を届ける必要がある」(5月26日「東京新聞」朝刊)。緊急時の手続きの煩雑さは、確かにデメリットであろう。
 次は地元の声。与那国町長が04年ごろから「祖国復帰をして独立をしたけれども、この島の上に防空識別圏があるのはおかしい」と自民党議員に訴えていたことが明らかにされる(06年2月9日 衆院予算委・自民党の西銘恒三郎委員の質問)。地元が主張するのは、安全保障上の理由や、利便性の問題ではなく「(台湾という)外国の識別圏が上空にある」ことへの「ナショナリスティックな憤り」であろう。西銘の質問に当時の額賀防衛庁長官は「対領空侵犯措置を適切に行っている~中略~安心してもらって結構」と答弁しているように、少なくとも当時は、分断によって安保上のデメリットは生じていなかったことがうかがえる。
 さて西銘は05年12月、外間守吉・与那国町長とともに台湾総統府を訪れ、国家安全保障会議のメンバーから、台湾側が「与那国島から半径12カイリを半月状に識別圏から外している」図を示されたという(05年12月28日 「八重山毎日新聞」)。西銘は予算委で額賀にその確認を迫るが、「確認を急ぐ」という答弁にとどまっている。台湾側がいつから与那国上空の識別圏を外したのかは明らかではない。ただこの質問があった06年の8月11、12の両日、台湾海軍が計画した射撃訓練の実施予定地に、与那国島の西半分が含まれていたことが判明している(06年8月19日「琉球新報」)。台湾総統府と海軍の認識にズレがあったのかどうかは定かではないが、防衛省は「台湾は同島周辺を防空識別圏から除外している」(10年5月26日「共同」電)という認識に立っており、新たな線引きにも「理解が得られる」と考えているようだ。
自衛隊配置計画
 陸上自衛隊部隊の与那国島配置問題に話を移す。与那国の戦略的な位置と、米国が進める在日米軍の基地再編計画との関係が、より明確になるからである。この計画が明らかになるのは09年7月。産経新聞が5日付朝刊で「配置する部隊は、レーダーなどで船舶の航行情報を収集する沿岸監視隊となる見通しで、規模は数十人」と報じた。同紙はこれが実現すれば、沖縄で本島以外に陸上部隊を配置するのは初めてとした上で、その目的と狙いを「付近を航行する船舶の監視を行うとともに、離島防衛の意思を明確にするのが目的で、軍事力を増強し東シナ海での活動を活発化させる中国に対抗し、南西諸島の防衛力を強化する狙い」と、中国への対抗を明快に書いた。
 記事は「島内に2カ所の駐在所に警察官2人がいるだけで、自衛隊が駐留する沖縄本島までも約500キロも離れている。周辺有事が起こったり、侵略があったりしても防衛できない問題が指摘されていた」と、「無防備な現状」を強調、町議会が08年9月に自衛隊誘致の要請決議を賛成多数で可決した経緯を振り返った。駐留の具体的な手順については、那覇の陸自第1混成団(約1800人)を約300人増強して旅団に格上げ、その後、同旅団から与那国島に部隊を派遣して、レーダーサイトも設置するとしている。同島には2000メートル滑走路の空港があり「有事に陸自部隊の来援を受け入れたり、海自の哨戒機P3Cを配備したりすることもありそう」と締めくくる。過不足のない良くできた原稿である。防衛省側が丁寧にブリーフした跡がうかがわれる。
 記事が出た直後の8日、浜田靖一(当時)が防衛相として初めて現地入りし、与那国町長と会談。「産経」は「町長は同島への陸上自衛隊の部隊配置を改めて要望。浜田氏は『私が来たことが答えだと理解してほしい』と応じた」と書いた。
 当時、中国側はこれをどう受け止めたか。中国共産党機関誌「人民日報」系の「環球時報」は09年7月7日付で、社会科学院の日本専門家、呉懐中の論評として「(自衛隊派兵は)東アジアの安保を複雑にするだけでなく、悪化させる」と伝え、警戒心をあらわにする。呉は、日本の当局者は、(馬英九政権誕生以来の)両岸関係の緩和が、日本の安保環境の悪化につながるとみているとし「両岸の接近が将来統一につながれば、強大な中国が第一列島線を突破すると恐れている」と述べた。ちょうど台北で、台湾シンクタンクとのシンポジウムに出席していた筆者も、台学者(台湾学者)が「与那国駐軍の目的は何か」とわれわれに尋ねたことを思い出す。馬政権に近い台湾研究者は、
写真:断交初めて台南の空軍基地に到着したC130輸送機
断交初めて台南の空軍基
地に到着したC130輸送機
日本が両岸関係の改善を本音では歓迎せず、統一を強く警戒しているのではないかとの疑念を何回も口にしていた。
慎重から積極への転換
 すぐにも実現しそうな雲行きだった配置計画だったが、その直後の総選挙で自民党が惨敗。鳩山内閣の誕生によって歯止めがかかった。北沢新防衛相は就任直後の09年9月25日の記者会見で「早急に配備する必要があるのか。いたずらに近隣諸国に懸念を抱かせることはしないで丁寧にやっていきたい」と、慎重姿勢に転じた(9月25日「共同通信」)。「東シナ海での活動を活発化させる中国への対抗」を鮮明にした麻生太郎前政権とはうって変わり、「近隣諸国の懸念」という表現で、中国や台湾への配慮を優先するのである。鳩山政権の中国などアジア重視の姿勢を反映したとみてよい。
 だが慎重姿勢は長続きしなかった。北沢は2010年3月19日の参院外交防衛委で「防衛省でかなり前向きな検討結果がでている」と、積極姿勢に転じるサインを投げた。さらに4月30日、インドを訪問した北沢は、アントニー・インド国防相との会談で、日本周辺海域で活動を活発化させる中国海軍の動向について「しっかりと情報収集し、分析していきたい」と表明。同行記者に対し「中国の軍備増強を受け南西諸島への陸上自衛隊部隊の配備に向けて2011年度予算案に調査費を計上する考え」を表明。2011年からの中期防衛力整備計画(中期防)に、部隊配備を明記す方針を明らかにした(4月30日 ニューデリー「共同」電)。
 「(中国など)近隣諸国へ懸念を抱かせる」として自衛隊配備に慎重だった北沢が、半年余りで「中国の軍備増強」を理由に、配備積極論に転換したのである。共同電も書くように、転換を促したのは4月上旬、中国海軍が艦艇10隻で沖ノ鳥島周辺を航行、艦載ヘリコプターが海上自衛隊の護衛艦に異常接近する「嫌がらせ」をした事件だった。自衛隊の配置を「近隣諸国に懸念を抱かせる」というのは、北沢個人の考えではなく、政権の対中政策の基本認識といってよい。中国海軍の「嫌がらせ」が公けになった4月13日、平野前官房長官は午後の定例記者会見で「今なぜこの時期にという疑念は抱く」としつつ、「公海上を通っているので、なぜ通ったと言うべきことではない」と述べ、政府としては問題視しない考えを示している。「問題視しない」はずの問題を「中国の軍備増強」の根拠に挙げ、この事件から「対中基本認識」を変更するのは、どうみても「過剰な反応」としか言いようがない。
艦隊通過を方針転換に利用
 いよいよ核心に入る。実はこの方針転換こそ、「私は腹案を持ち合わせている」(3月31日、国会党首討論)と「最低でも県外」に固執してきた鳩山が、ほぼ1カ月後の5月4日沖縄で、仲井真知事に対し「県内移設」を通告する際に挙げた「学べば学ぶにつけ沖縄の米軍が抑止力を維持していることが分かった」という「抑止論」への転換と軌を一にしている。つまり中国海軍の大移動を普天間の方針転換に利用したという見立てである。
 旧知のある政府当局者が明かす。「(中国の行動は)前からやっていたことでしょ。別に目新しいわけじゃない。今回は北沢が自ら記者会見で発表したため、問題を大きくした。これまでなら記者クラブに「報道資料」として流すだけだったのが、今回は大臣自ら発表してしまった。(メディアや野党の過剰反応で)制服組も困っていた」。当局者は「(公海である)宮古島を通過することは国際法上問題があるわけではない。ただ10隻もの大艦隊だったことは後で知った」と付け加える。防衛省がことし4月に発表した「中国の軍事力近代化 海洋活動について(2010年4月)」は、中国海軍がこの海域で活動を活発化させた例として、08年11月と09年6月、10年3月の計3回を挙げ、4~6隻の艦艇がほぼ同じ海域を航行したというデータを挙げる。今回は10隻と多い上、潜水艦の浮上が確認されたのは初めではあったが…
 一方、米国動向に詳しい同僚記者は「普天間問題で、外務省幹部は『5月20日ごろに注意しろ』と繰り返していた。いまから思えばその日は、李明博・韓国大統領が、韓国哨戒艦『天安』を北朝鮮が魚雷で沈没させたと発表した。中国海軍の動きと天安艦事件を、普天間の方針転換に利用したのではないか」と語る。中国側は日本の非難に対し、程永華駐日大使が5月27日に記者会見し「中国軍艦は自衛隊の艦船や哨戒機に付きまとわれた。相互信頼に背くことではないか」と批判した。中国側からみると「日本側が挑発した」と映る。物事は両面から見なければ分からない。そうしなければ、いたずらに緊張をあおる結果につながる一例である。
米軍基地再編が背景
 防衛識別圏に話を戻そう。結論から言えば、与那国への自衛隊配置と防空識別圏問題は、米国の世界規模のトランスフォーメーション(米軍再編)が背景である。東アジアでは、韓国と沖縄嘉手納の海兵隊をグアムへ再配置することと連動している。日米両国は05年10月29日、ワシントンで日米安保協議委員会(2プラス2)を開き、在日米軍と自衛隊の再編に関する「日米同盟 未来のための変革と再編」で合意した。1975年ベトナム戦争で敗北した米国は、東アジアから次第に手を引き始める。米軍の後退にともない、大国化する中国が次第に東へと移動。米軍撤退によって生じる地域安全保障の空白を日本が埋めなければならないという論理である。
 防衛識別圏変更と自衛隊配置要求が出てきたのは04年ころ。自民党のタカ派議員や右翼団体が現地で説得工作に乗り出したのも、このころである。防衛識別圏と自衛隊配置はセットになっており、米国の了解が必要条件である。両者がセットになっていることを示す論文がある。中国軍事専門家の平松茂雄が09年7月14日付産経新聞の「正論」欄に寄稿した「油断できぬ中国との海洋合意」である。この中で平松は、前年に合意した東シナ海ガス田の日中合意が進展していない現状をとりあげ、「(合意は)資源開発にとどまらず、中国の海洋戦略と不可分の関係にある」と持論を展開「中国空軍の偵察機が周辺空域ばかりか、わが国の防衛識別圏に侵入するようにもなっている」と書く。そして「中国はこの海域に進出することにより、沖縄・先島諸島から台湾にいたる島嶼と周辺海域を支配下に収めることを意図している。~中略~来年の上海万博が終了すれば、中国の戦略目標は『台湾の統一』に向けられることは間違いない」とし、日本政府の課題として「隣国に気兼ねすることなく、周辺海域とその上空を防衛する海上・防空戦力の思い切った拡充を断行する」とした。明示的には言っていないが「海上・防空戦力の拡充」の対象に与那国が入ることは明白であろう。
民進党系紙が批判
 境界線変更が報道されると、台湾立法院(国会)の張顕耀(国民党)は5月27日の外交・国防委員会で「わが方の国防上の必要から拒否すべきだ」(中央通信社電)と、受け入れ反対の声を上げた。反対は与党にとどまらない。野党、民主進歩党(民進党)系の有力紙「自由時報」は31日「日本との協議は排除せず」と題する記事の中で、政府関係筋の話として「鳩山政権のやり方は政治的である。日本のナショナリズムを煽り、強硬姿勢を示すことによって内部固めをしようとしている。日本の一方的決定を受け入れるわけにはいかない」と伝えている。論評が当を得ているかどうかはともかく、「親日」のレッテルを貼られがちな同紙の報道としては、異例の内容といえるだろう。
 この関係筋は、日本側の決定の背景として「南北朝鮮が多難な中で、鳩山政権が琉球(沖縄)および与那国などの海域で活発な活動を展開する背景には、中国の台頭、とりわけ中国艦隊の南シナ海進出や台湾・中国の関係改善が及ぼす、東アジアの第一列島線における戦略変化と直接の関係がある」と指摘した。報道を目にして驚いたのは、防衛識別圏の「線引き変更」を、台湾側が日本のナショナリズム高揚の動きと関連づけたことにある。日本に対し常に厳しい視線を向ける中国とは対照的に、台湾の日本への視線は柔らかいだけに意外感があった。
 確かに、中国艦隊の宮古島通過と天安艦事件発表後の日本メディアの論調を点検すると、中国と北朝鮮の軍事的「脅威」をことさら強調する記事が目立った。この一文を読んで欲しい。「中国が日本の庭先ともいえる海域でわが物顔の活動を続ければ、日本国内の中国脅威論を高める結果を招くことを自覚することだ」。これは、共同通信が5月19日付けで配信した「中国の自制求める」という論説の一部である。東シナ海の公海を「日本の庭先ともいえる海域」と形容する認識は「領土ナショナリズム」以外の何物でもなかろう。この海域は、中国と台湾に接しているのだから、「彼らの庭先」でもある。いつの間に我々は、こんな記事を書くほど鈍感になったのだろうか。これが、台湾メディアが指摘する「ナショナリズム高揚」の一例だ。外から指摘されなければ気付かないのが、ナショナリズムの特徴でもある。
日中首脳会談
 さて鳩山が辞任を決断した5月31日、鳩山は来日した
地図:東シナ海ガス田と日中「中間線」(左)赤線は中国の主張する沖縄トラフ(wikipedia)
東シナ海ガス田と日中「中間線」(左)赤線
は中国の主張する沖縄トラフ(wikipedia)
中国の温家宝と向き合っていた。両者にとって「最後の日中首脳会談」である。席上、温は東シナ海ガス田の共同開発問題で、条約締結交渉の開始を初めて提案し日本側を驚かせた。08年6月の合意は、日本側が主張する排他的経済水域(EEZ)の「日中中間線」付近で、共同開発する内容。中国からみると、日本の「中間線」を容認したように映るため、中国の民族団体が北京の日本大使館に抗議デモに押しかけたり、胡錦濤を「売国奴」と非難する書き込みがインターネットに表れた。中国の領土ナショナリズムである。その圧力にもかかわらず、中国側が交渉開始に踏み出したことは評価してよい。
 日中関係は小泉政権時代、靖国参拝問題をめぐり首脳往来が中断した。小泉は靖国問題について「内政問題だから外国の干渉は許さない」と、対中ナショナリズムを刺激した。一方の中国でも「反日デモ」が燃え盛り、靖国問題は、双方のナショナリズムのシンボルになる。そこに浮上したのが、中国が進めるガス田開発。日本では「海底で日本の資源が吸い取られる」と危機感をあおる声がメディアや政府内から上がり、靖国と東シナ海は日中間の最大のとげになった。特にEEZの境界線画定は、尖閣諸島の領有権が絡むだけに厄介である。
 領土問題ほどナショナリズムを刺激する厄介なものはない。多くの戦争は領土が発端だった。外交は、対立の中から「妥協」と「譲歩」を見いだす場だが、領土ナショナリズムはあらゆる「妥協」を排除する。ナショナリズムを刺激する政治は、どこかに病巣が潜んでいる。起伏の激しい日中関係はそれを教えている。佐藤優は「感情のスパイラルに対しては理性の論理で対応すべきだ。チェコスロバキア建国の父、トマシュ・マサリクは『隣人がおかしく見える時は自分がおかしくなっている』と言ったことがある」と、ナショナリズムの病を分析している。ガス田交渉を開始したからといって、EEZの境界線画定に結論が出るわけではない。領土や主権問題に棚上げ以外の解決策はない。棚上げしながら、共通利益を追求することが、日中関係悪化から学んだ教訓ではないか。
 与那国の防空識別圏、自衛隊配備問題から、領土とナショナリズムまでと話が広がりすぎた。ただ普天間基地問題でつまずいた鳩山が、哨戒艦の沈没と中国海軍の活動を「抑止論」に利用した経緯は、日本外交の今後にとって記録にとどめる価値があろう。防空識別圏と自衛隊配置問題も「普天間抑止論」と同じく、外国の脅威をあおるナショナリズムをバネにしようとしている。隣人である台湾に事前の根回しもせず、突然一方的に線引きを変えるやり方は、「適法」だとしても外交上は妥当ではない。自衛隊配置問題では、「近隣諸国に懸念を抱かせない」(北沢)よう十分配慮しなければ、両岸関係を含む東アジアの波乱要因になる恐れがある。


普天間問題と東アジア情勢関連年表
年月日 普天間政府方針 与那国島関係 事件 その他
2005年10月29日 沖縄駐留米海兵隊、グアム島へ移転発表 自衛隊駐留要求の声
(08
9月、町議会が駐留要請決議)
ワシントンで日米安保協議委(2プラス2)「日米同盟未来のための変革と再編」
200975日(産経報道) 1800人の陸自混成団を約300人増強、うち数十人を与那国に」 78日浜田防衛相が初与那国入り「私が来たことが答え」と発言。 中国環球時報(7月7日)「東アジア安保を悪化させる」
9月25日 北沢防衛相が就任直後の会見で「近隣諸国に懸念を抱かせる」と慎重
2010年3月19日 北沢が参院外交防衛委で「前向きな検討結果」と積極姿勢に変化
3月26日 黄海上の北方限界線付近で韓国の「天安艦」が爆発、沈没。46名行方不明
3月31日 鳩山「私は腹案を持っている」国会党首討論
4月13日 平野官房長官、中国艦隊の通過について「公海上だから問題にしない」 北沢が記者会見で中国海軍の艦艇10隻が宮古島付近を通過、艦載ヘリが自衛隊護衛艦に嫌がらせ、と発表 程永華「自衛艦や哨戒艦につきまとわれた。相互信頼に背く」(527日、日本記者クラブ会見)
4月30日 北沢がインド訪問で、中国海軍の動きに懸念表明、南西諸島への陸自配備に向け調査費、と発言
5月4日 鳩山、沖縄入りし「沖縄の米軍が抑止力を維持していることが分かった」と抑止論
5月20日 韓国と民間の5カ国合同調査団が、北朝鮮による魚雷の攻撃で沈没したとする、調査結果発表
5月26日 日米交渉で、与那国上空の防衛識別圏の移動で合意、台湾に通知と「東京新聞」報道 529日台湾外交部「日本側は十分に意思疎通しなかった」と拒否声明。自由時報は、「政治的で、日本のナショナリズムを煽る」と批判
5月28日 日米両政府が、普天間飛行場の名護市辺野古への移転で合意
5月31日 日中首脳会談(東京) 温家宝が東シナ海ガス田の共同開発で、条約交渉締結を提案

(了)





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