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     第132号 2021.11.11発行 by 岡田 充
    王毅外相の「一線超えるな」の真意
岸田「友台」の背後に安倍の影
 岸田政権初の衆院選挙(10月31日)で、自民、公明与党が計291議席と国会運営を主導できる絶対安定多数(261)を獲得、岸田(写真 英グラスゴーのCOP26首脳級会合で演説する岸田 首相官邸HP)は信任を得た。「自民苦戦」という大方のメディア予測を覆した選挙結果をみると、9年弱に及んだ安倍・菅長期政権下で続いている有権者の「現状肯定」意識が「健在」であることがうかがえる。1年で政権を投げ出した菅義偉政権だが、日米安保条約を「地域安定」装置から「対中同盟」に性格変更し、外交・安全保障政策では画期的役割を果たした。岸田は、中国と比較的関係の良い自民党派閥「宏池会」出身であることから、中国では関係改善に期待を寄せる声がある一方、台湾重視の「友台」路線への警戒感も根強い。岸田の対中・台湾政策をまとめてみると、彼を自民党総裁に押し上げた「キングメーカー」安倍晋三元首相の影が見え隠れする。
「一つの中国」政策の順守要求
 中国の王毅外相が台湾問題で「一線を越えるな」と、岸田政権に注文をつけた。この発言は衆院選終盤の10月25日、日中両国識者が議論する「東京―北京フォーラム」へのビデオメッセージで飛び出した。王は台湾問題について「両国の政治的基盤に関わる」と指摘し「一線を越えたりルールを破ったりしてはならない」と発言。総選挙後の岸田政権の対中・台湾姿勢に向けた警告だった。
 ビデオメッセージで王は「台湾は中国の不可分の領土」とする中国の主張に、日本が「理解し尊重する」と明記した日中共同声明などを挙げ、「いかなる状況でも厳守すべき」と強調した。彼が言う「一線」とは、「一つの中国」政策の順守を指すのは明らかだ。
 米中対立の最大争点になっている台湾問題は、「台湾有事」に絡み日米関係でも最重要テーマになった。菅政権は、4月の日米首脳会談の共同声明に「台湾海峡の平和と安定の重要性」という文言を、約半世紀ぶりに明記。日米安保条約の性格を「地域安定」装置から「反中同盟」に変質させたのである。この性格変更について、国会でも世論でもほとんど問題視しないのは驚くべき事態だと思う。
 首脳会談直前の3月には、東京で日米外務・防衛相による安保協議委員会「2プラス2」が開かれた。岸信夫防衛相は、オースチン国防相に対し「台湾有事では緊密に連携する方針」を確認。「台湾支援に向かう米軍に、自衛隊がどのような協力が可能か検討する」と約束するのである。台湾問題を「中国の内政問題」と認識する中国からすれば、日米が台湾問題で軍事協力を強化するのは容認できない。
日米「2プラス2」「TPP」にクギ
 岸田は衆院選直後のあわただしい日程を割いて、国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)首脳級会合が開かれた英グラスゴーに飛んだ。就任後初の対面外交を「バイデン詣で」に充てたのだった。
 実現したのは会談ではなく、廊下での数分の立ち話だった。日米首脳会談の正式開催要請への同意をバイデンから取り付けた首相周辺は「満足感に包まれた」という。情けない話だが、外務省幹部は「対面外交の最初の相手がバイデン氏になった意義は大きい。同盟強化に資する」と、満足感を隠さなかったという。
 首相は11月中にも訪米し日米首脳会談を実現し、同時にワシントンでは日米「2プラス2」を再度開く予定。次回の「2プラス2」には、宿題がある。それは、岸防衛相がオースチンに約束した、台湾有事での米軍の後方支援に向けた安保法制の枠組みをどう盛り込むかである。岸田外交の最初の取り組みは、やはり台湾問題である。
 中国側も日米首脳会談と「2プラス2」に強い関心を持っている。「台湾有事」対応に加え、①米軍の中距離ミサイルの日本配備問題②「航行の自由作戦」への自衛隊参加③自衛隊の南シナ海などでの民間船安全・防護―にも関心を寄せている。
 さらに中台が9月半ばに加盟申請
注1した環太平洋連携協定(TPP)を、ことしの議長国日本がどう処理するかにも注目している。岸田政権が台湾の先行加盟手続きに入るようなら、「一線を越える」として激しく反発するだろう。
 安倍(写真 2011年菅前首相と共に台北を訪問し、蔡英文とポーズをとる安倍)は、台湾のTPP加盟を歓迎するツイート注2を9月23日に出し「自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を共有する台湾の申請を歓迎します。蔡総統が全てのルールをクリアーするとの決意を示した事は、日本が支持する上で極めて重要です」と書き、蔡英文も「日本の友人たちには我々のこの努力をぜひ支持して欲しいです!」と応じた。ほとんどラブレターの交換。
冷淡な対中観
 では、岸田の対中・台湾観はどのようなものか、公的発言から拾ってみよう。首相は10月8日の所信表明演説の「外交安保政策」で、「自由で開かれたインド太平洋」の推進を挙げ、「国家安全保障戦略」、防衛計画大綱、中期防衛力整備計画(中期防)の改定を強調した。いずれも、中国に向けた防衛力強化路線である。
 日中関係については、日米同盟、日朝関係改善の後に取り上げており、優先順位は高くない。岸田は「普遍的価値を共有する国々と連携」して「(中国に)主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求める」と述べ、その後に「対話を続け、共通の諸課題について協力していきます」と、とってつけたように結んでいる。演説からは関係改善に向けたポジティブな姿勢は読み取れない。
 前任者らの対中政策と比較しよう。安倍元首相は所信表明演説(2020年1月20日)で「首脳間の往来に加え、あらゆる分野での交流を深め広げることで、新時代の成熟した日中関係を構築する」と、関係改善への積極姿勢を見せた。習近平国家主席の訪日が目前に迫っていたこともあったろう。2か月後の3月、日中両政府はコロナ感染拡大を理由に習訪日を無期限延期するのだが…
 一方、菅前首相は2021年1月の所信表明演説で「両国にはさまざまな懸案が存在するが、ハイレベルの機会も活用しつつ、主張すべきは主張し具体的な行動を強く求めていく」と述べた。「ハイレベルの機会」とは、首脳往来を指すとも取れる表現であり、延期された習訪日を菅が意識していたことを窺わせる。しかし岸田演説ではそれすら消え、「普遍的価値を共有する国々と連携」して「(中国に)主張すべきは主張し、責任ある行動を強く求める」と述べるのである。演説内容に関する限り、岸田の対中姿勢は極めて冷淡である。
蔡当選に初の祝賀メッセージ
 それと比べると台湾政策は対照的だ。衆院代表質問(21年10月11日)で台湾について問われた岸田は、台湾を「わが国にとって基本的な価値観を共有し、緊密な経済関係と人的往来を有する極めて重要なパートナーであり、大切な友人」「非政府間の実務関係として維持していく日本政府の立場を踏まえ、日台間の協力と交流のさらなる深化を図っていく」と答えた。
 この表現は2016年1月、民主進歩党(民進党)の蔡英文主席が台湾総統選に当選した際、岸田が日本外相として初めて祝賀談話を発表したメッセージと全く同文である。日本政府の積極的な台湾関与政策(「友台」政策)の基調になる認識でもある。「親台」の安倍首相の指示があった可能性はあるが、4年7か月にわたる岸田外相時代に、日台の「公的関係」もかなり前進した。それを振り返る。
日台漁業協定と交流格上げも
 日台は2013年4月、尖閣諸島(台湾名 釣魚台)南方の東シナ海の日本排他的経済水域(EEZ)に、台湾漁業者の操業を認める暫定海域を設定する「日台漁業取り決め(協定)」に調印した。安倍が、尖閣問題で共通姿勢をとる両岸の間に「クサビを打つ」狙いは明らかだった。
 蔡英文政権誕生後の17年1月には、台湾との民間交流機関「交流協会」の名称を「日本台湾交流協会」に変更した。台湾独立派が進める「正名(名称を正す)運動」に沿う動きだった。さらに安倍は、赤間二郎総務副大臣を同年3月、台湾に日帰り出張させた。日台断交後、副大臣が公務で台湾を訪問するのは初めてであり、交流レベルの格上げになった。
 安倍政権下で進んだ「反中」の裏返しとしての「友台」は、菅時代も進んだ。特に台湾へのワクチン供与は2021年10月末までに、計6回約420万回分にも達した。ワクチン供与は安倍が水面下で、米台に働き掛けその連携下で実現したのである。
 公的関係の前進と並んで、日台議員外交も飛躍的に進んだ。安倍は2021年7月末、米国の上下両院議員、台湾の立法委員(国会議員)と初の戦略対話をオンラインで開き、台湾への圧力を強める中国の軍事拡大に強い懸念を表明した。戦略対話は今後も定期的に開くという。
 自民党の党内議連「保守団結の会」は21年3月24日「日台友情の更なる深化に向けた決議」を採択した。決議は①故李登輝元台湾総統誕生日の1月15日を「日台友情の日」にする②日本台湾交流協会の拡充と「日台交流基本法」制定③自民党と民主進歩党の定期協議、外交・国防を含む担当部署との対話④日台貿易の倍増、再生可能エネルギー分野など新興技術の共同研究開発⑤人的往来の倍増⑥世界保健機関(WHO)、国際民間航空機関(ICAO)、国連気候変動条約、国際刑事警察機構(IPO)、地域的な包括的経済連携(RCEP)、環太平洋パートナーシップ(CPTPP)など、台湾の国際的枠組み参加への協力⓻台湾の日本産食品に対する輸入規制の米国同様の扱いへの働きかけ―。安倍ら親台湾派が目指す具体的な運動の方向が網羅されている。
「反中、友台」へのパラダイムシフト
 8年弱に及んだ安倍・菅長期政権の下、「友台」政策は不動になったように見える。
 「親米、反中、友台路線は日本の最大公約数であり、岸田でも変わらない」。
 台湾有力紙「聯合報」は、自民党総裁選挙で岸田氏が当選した日、こう書いた。
 確かに日米安保を「対中同盟」に変質させても、立憲民主など野党から反対の声は聞こえず、岸田が選挙で掲げた「敵基地先制攻撃」や「防衛費GDP2%超」も、選挙の争点にならなかった。中国社会科学院の呉懐中・日本研究所副所長注3は、「嫌中」、「反中」、「抗中」は「日本国内で政治的正義」になっており、支配的価値観の変化を意味する「パラダイムシフト」が起きている、とまで分析する。「反中。友台」は今や、政権のみならず主流世論を含めた日本の外交安保政策の「与件」になった。まさに翼賛化である。
 岸田は21年11月4日、自民党幹事長に茂木敏充外相を充て、11月10日の第二次政権発足にあたり、後任外相に「宏池会」ナンバー2で、日中友好議員連盟会長の林芳正・元文部科学相(写真 林芳正HP)を起用した。先に紹介した「AERA」は「『中国寄り』とされる林氏が外相に就任すれば、安倍氏と水面下で対立するリスクは高い」とコメントする。果たしてそうか。
林の外相起用で対中政策は?
 林は11月8日のBSフジ「プライムニュース」に出演し、「中国に寄りすぎという批判があるが?」との司会者の質問に「媚中派はよくないが、相手のことをよく知っている知中派は必要」と答えた。林は番組で、「日米同盟を基軸にするとともに、お互いに引っ越せない近隣諸国とのバランスをとる」とも述べ、対中重視の姿勢も見せた。
 その一方,米英豪3国の新軍事同盟「オーカス」(AUKUS)については「歓迎すべき」と述べ、将来は日本も「オブザーバー」や「ゲスト」として関与する可能性にも言及する。また中谷元・元防衛相が、新設の人権問題担当首相補佐官に就任したことについて「(中国の人権問題は)どう考えても懸念すべき状況」とし、岸田の「(中国に)主張すべきは主張する」との方針に基づいて、「人権重視の姿勢を示すことが重要」と述べた。
 中国のTPP加盟問題についても「来年発足する東アジア包括的地域経済連携(RCEP)で、中国がルールを履行するかどうか見守るのがポイント」と、中国加盟に慎重姿勢をみせた。林の外相起用については、安倍、麻生両氏が「不快感」を示したとされる。それは事実だろうが、その不快感とは単に「中国に甘い」林の姿勢に向けられたものではない。主として党内権力バランスの変化や、安倍と林の隣り合わせの山口県の選挙区が将来「合区」されることに伴う「公認争い」の可能性などに向けられているようだ。
 岸田も林も「親米、反中、友台」という「与件」に挑戦し、険悪化している日中関係の打開に乗り出す「胆力」があるとは思えない。特に岸田は、総裁選に出馬した際の、金融所得への課税などの公約をことごとく「反故」にしている。
安倍訪台と日本版台湾関係法
 岸田は対中・台湾政策で、キングメーカーの安倍の磁場からは自由になれないだろう。王毅外相が警告した「一線を越えるな」には、自民党右派が国会上程を計画している「日本版台湾関係法」(台湾交流基本法)も含まれるはずだ。
 カート・キャンベル・インド太平洋調整官は、日米首脳会談直前の4月初め極秘来日した際、北川・国家安全保障局長ら政府当局者に対し、米台湾関係法に倣い日本も台湾に兵器・兵器技術供与を可能にする枠組み(日本版台湾関係法)を導入するよう要求したといわれる。
 安倍は7月末、「産経新聞」のインタビューで、台湾訪問の希望を表明した。これを受け、台湾の民間シンクタンクは、安倍訪台の際は立法院で演説する準備に入ったという。岸田と林に、もし対中バランス外交を進める意欲があるとするなら、「台湾基本法」上程や、安倍訪台の時期、立法院での演説への是非などについて、注文をつけるかどうかがポイントになる。
 さらにバイデン政権は12月9,10の両日、世界の民主主義国リーダーを結集する「民主主義サミット」をオンラインで開き、台湾も招く予定とされる。実現すればバイデンをはじめ、蔡英文と中谷元・人権問題担当首相補佐官が同じ舞台で顔合わせすることも予想される。「民主主義国結集」による「専制中国」への包囲という図式が可視化される場になる。
 中国は、バイデン政権が「一つの中国」政策の空洞化を狙っていると警戒する。王毅の警告も、日本版台湾関係法や安倍訪台による「一つの中国」空洞化に向けられている。
(了) 
 
注1 岡田充「中国は台湾のTPP加盟申請を「事前に知っていた」。台湾の加盟歓迎する日本は「地域紛争の源」との指摘も」(ビジネスインサイダーSep. 30, 2021)
https://www.businessinsider.jp/post-243249
注2 岸田首相の林芳正外相起用で安倍元首相と麻生副総裁との間にハレーション(AERA dot.2021年11月08日)
https://dot.asahi.com/dot/2021110700015.html?page=1
注3 吳懷中「對付這樣的日本,得換打法了!」(中国網 21・9.9)
http://big5.china.com.cn/opinion2020/2021-09/09/content_77743032.shtml
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