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     第17号 2010.11.18発行 by 岡田 充
    「強硬外交」に内在する論理
揺らぐ1党独裁への危機が背景


  台湾向け武器輸出とインターネット検索大手「Google」の検閲をめぐる対米摩擦。南シナ海でのASEAN諸国とのあつれき。そして尖閣諸島(中国名・釣魚島)の漁船衝突事件と日中対立。世界第2位の経済大国に成長した中国は、米国や周辺諸国との関係でことごとく「強硬姿勢」をとっているようにみえる。良好な関係が続く台湾とも10月末、東京映画祭で台湾代表団の名称から「台湾」を削除するよう要求し、台湾側を憤慨させた。本稿の前号では、尖閣事件の背景を、主として日本の対応から探り「領土問題は存在しない」との虚構を維持するため「司法か外交か」という無意味な二項対立軸を引き、中国側の強硬対応を誘発したことを明らかにした。では中国の対外政策に表れた強硬姿勢には、中国側に内在する論理はないのか。これが今回のテーマである。胡錦濤指導部が誕生して以来の対外政策の変化を、共産党大会などの公式文献から読み込むとともに、共産党の対外政策に関する中国研究者の論文から考察したい。

ステレオタイプな分析
 尖閣事件は11月13日、横浜のAPEC首脳会合での日中首脳会談(写真は内閣広報室。中国側は「会唔」と表現)の実現によって、関係修復への道筋が開けた。しかし中国側では10月半ば、西安、鄭州など中国の内陸都市で「反日デモ」が続き、日本でも海上保安庁が撮影したビデオがインターネットを通じて流出するなど、後遺症は収まらない。改善を模索する両国政府の動きとは対照的に、いったん火がついた「領土ナショナリズム」はなかなか鎮静しない。北京では10月15日から、中国共産党第17期第5回中央委員総会(5中総会)が開幕。日本メディアは、地方でのデモの広がりの背景についても、尖閣事件に対する指導部の弱腰を叩く「強硬派」の陰謀という、いつもながらのステレオタイプな分析を展開するのである。
 例えば、TV朝日は17日夜放映されたデモに関する解説の中で「今回の会議では、習近平国家副主席が中央軍事委員会の副主席に任命されるかが焦点の一つとなっていて、水面下で激しい権力闘争が繰り広げられているとみられています。このため、日中関係の改善に向けて動いている胡錦涛政権に強硬派が圧力を加えたとみる動きもあります」という記者の
写真:日中首脳会談(内閣広報室より)
写真:日中首脳会談(内閣広報室より)
レポートを伝えた。本来は「権力闘争」の内容と実態をリポートし、「圧力を加えたとみる動き」を具体的に伝えるのがメディアの仕事のはずである。しかしリポートは、中国問題の専門家やメディアの間で、検証もなく流布されている「言説」を、「みられる」という逃げの表現でごまかしながら垂れ流す。TV朝日だけを取り上げるのは、気の毒かもしれない。多くのメディア報道も似たりよったりだからである。特に、対日政策に関して中国共産党指導部内で「江沢民=強硬派」「胡錦濤=親日派」という対立軸から分析する報道が目立った。「太子党VS共青団」も同様の図式だが、中国の対外路線をこうした図式や対立軸から説明するのは理に叶っているだろうか。
 ここでは、曖昧な根拠や憶測を可能な限り排除して、中国共産党の公式文献から胡錦濤指導部自身の対外認識と外交政策がここ数年、どのように変化しているかを検証したい。権力闘争や軍・強硬派の台頭という見方を全て否定するわけではないが、公開文献を読むだけで胡錦濤指導部の認識の変化が浮かび上がると思う。ここでは中国の対外政策決定過程に関与する外交部、軍、企業、メディア、研究者、地方政府など、さまざまな主体(Actor)間の協調、対立、摩擦などについては踏み込まない。
 東京大学の高原明生教授は、尖閣事件でみられた中国の姿勢の変化について、2009年7月17日に開かれた「第11回駐外使節会議」1 に着目している。高原はこの中で、鄧小平が提起した「韜光養晦、有所作為」(能力を隠し力を蓄え、やるべきことをやる)に修正を加え「堅持韜光養晦、積極有所作為」と、「やるべきことをやる」ことに重点が置かれ「より積極的な方針へと変化した」と指摘している。その背景として高原は、リーマンショック後の世界金融危機を乗り切った自信から、新自由主義的な市場経済路線を意味する「ワシントン・コンセンサス」に対し、中国的価値が世界を席巻する「ペキン・コンセンサス」に自信を持ち始めた大国意識があるとみる。
 確かに、リーマンショック以降に強硬路線はより顕著になるのだが、対外強硬姿勢の片鱗は、胡錦濤の2期目の任期(2007年第17回党大会)直前から見ることができる。まず党中央関係の公式文書からその流れをみる。

主権と安保を強調
 例えば、06年8月21-23日北京で開かれた党中央外事工作会議2で胡錦濤は、外交政策は「近代化のための良好な国際環境と外部条件」をつくりだすだけでなく、「国家主権と安保と発展の利益を一体として守り、外交で主導権をとる」と、初めて主権と安全保障を前面に出す「攻めの外交」のベールを外すのである。党中央外事工作会議とは、党中央の外交路線を決定する最高決定機関である。会議の時期からみて、翌年の第17回党大会を控え、胡錦濤が外交で独自色を発揮しようとしたと見るのが自然であろう。
 では「攻めの姿勢」は、翌年10月15日の第17回党大会の胡錦濤演説にどのように盛り込まれたのだろう。
 「現代中国と世界との関係には歴史的変化が生じており、中国の前途、命運は日増しに世界の前途、命運と密接につながるようになっている。国際情勢がいかに変化しようと、中国政府と人民は平和、発展、協力の旗じるしを高く掲げ、独立自主の平和外交政策を実行し、国家の主権、安全、発展の利益を守り、世界の平和を擁護し、共同発展を促進するという外交政策の主旨を守っていくであろう」3
 「主導権」という表現こそ登場しないが、外事工作会議で初めて表れた「主権、安全、発展」という「三位一体」の表現が登場する。これを胡総書記就任時の第16回党大会での江沢民演説と比べると、トーンの差が明瞭になる。人物は異なるが、17回党大会の総書記演説と比較すべきなのは16回党大会の総書記演説であろう。胡演説の相当する部分は、江演説では次のように表現されている。
 「国際情勢がいかに変化しようとも、われわれは終始変わることなく独立自主の平和外交政策を実行する。中国の外交政策の宗旨は、世界の平和を擁護し、共同の発展を促進することである。われわれは各国人民とともに、世界の平和と発展という崇高な事業を推進していくことを願っている。われわれは公正で合理的な国際政治経済の新秩序を確立することを主張する。各国が政治面では相互に尊重し合い、ともに協議し合うべきであり、自分の意志を人におしつけるべきではない。経済面では互いに促進しあい、ともに発展すべきであり、貧富の格差を拡大すべきではない」4
 胡演説では、世界で進行する「歴史的変化」と「中国の前途、命運は日増しに世界の前途、命運と密接につながるようになっている」と、世界と中国の変化が密接に絡み合っているという認識が読み取れる。これに対し江沢民の世界認識は、中国が依然として「途上国」であり、先進国に対して「途上国」の立場を尊重すべきだとして、「受け身」の姿勢にあることが特徴である。江沢民の対外姿勢が「守り」なのに対し、胡錦濤は「攻め」に転じたことが明瞭に分かるだろう。さて尖閣事件後に開かれた、第17期第5回中央委員総会(5中総会)ではどうか。閉幕時の10月18日の新華社電によると、5中総会のコミュニケは「自主独立の平和外交政策を堅持し、積極的に国際協力を進め、国家の主権、安全、利益発展を守る」と述べ、ここでも「主権、安保、(利益)発展」が強調されている。このようにしてみれば、尖閣や南沙諸島(スプラトリー諸島)への領有権に対する強い姿勢の出発点と根拠を、2006年夏の外事工作会議での新方針に求めるのは無理ではないだろう。

独裁統治への危機感
 対外政策では「攻め」に転じた胡錦濤指導部だが、共産党統治をめぐる内政問題では、逆に強い危機意識を抱いている。北京五輪を成功させた半面、五輪聖火リレーでは日本やフランスなど西側と摩擦が生まれた。チベットや新彊で民族問題が次々に噴出。人権活動家の劉暁波へのノーベル平和賞授賞問題でも、釈放を要求する西側世論に強く反発し、ノルウェー政府に圧力をかけている。この構造を単純化すれば、大国化と国際化という中国の歴史的変化に、共産党独裁という統治システムが対応できず消化不良を起こしているように見える。「攻めの外交」への転換の背景になっているのが、グローバル化する世界の中で共産党の統治に対する危機意識である。
 この危機感が端的に表れているのが2009年9月に開かれた4中総会でのコミュニケである。関係部分を全文引用する。その含意を読み取って欲しい。
 「世情、国情、党情の大きな変化は、党建設に新たな要求を出しており、党が直面する執政の試練、改革・開放の試練、市場経済の試練、外部環境の試練は長期的で、複雑で、厳しいものであり、党が党を管理し、党を厳しく治める任務は過去のいかなる時よりも重く、差し迫ったものになっている。全党は~中略~憂患意識を強め、常に党のことを憂える心を持ち、党を興す責任をしっかり果たし、勇敢に変革し、勇敢に革新し、永遠に硬直せず、永遠に停滞せず、引き続き党建設の新たな偉大な工事を推進しなければならない」
 「腐敗に断固反対することは、党がつねに力を入れなければならない重大な政治任務である。反腐敗闘争の長期性、複雑さ、困難さを十分に認識し、腐敗防止・清廉提唱を一層際立った位置にすえ、腐敗を断固処罰すると同時に~中略~腐敗をより効果的に予防し、反腐敗闘争の新たな成果をたえず収めるようにしなければならない。廉潔行政の教育と指導幹部の廉潔自律を強化し、法規・規律違反事件の取り調べ・処罰活動の度合いを強め、権力の運用を制約・監督する仕組みを整え、腐敗防止・清廉提唱のための制度刷新を進めるべきである」5
 繰り返しになるが、強調されているのは、外部環境の変化と試練に共産党の対応が追いつかず、このままでは一党独裁の継続は困難になるという認識である。4中総会コミュニケは政治改革にはほとんど触れず、「腐敗防止・清廉提唱」と、綱紀粛正に力点が置かれているのが特徴である。法治、民主、権力監視システムなど、幅広い意味を持つ政治改革を抜きにして、共産党が、統治の危機を乗り越えるのは難しい。中国のリーダーも気付かぬはずはない。温家宝はこの夏から「政治体制を改革しなければ、近代化事業も成功しない」と、政治改革の必要性をたびたび強調している。だが巨大国家の図体、複雑に絡み合う利権や利害関係が、改革への着手を困難にさせている。しかしどこかで突破口を見つけなければ、党の再生は覚束ない。

グローバル化との綱引き
 対外政策における強硬姿勢と統治システムへの危機感。中国を覆うこの非対称的な論理を説明するのは、そう難しいことではない。「国家主権や安保、イデオロギーを崩す経済グローバル化と、これに抵抗する国家理念の綱引き」とでも言えようか。近代化を達成し、「ポストモダン」の時代に入った日本など先進国はともかく、国家形成の過程にある中国では、この綱引きは激しい政治・経済構造の変化をもたらす。場合によっては国家システムの崩壊をもたらす衝撃力すらある。
 その綱引きの構造については「海峡両岸論第10号」6で書いたことがある。繰り返しになるが、大意は次のようなものである。あらゆる市場が国境を越える経済グローバル化は、国際関係と国家の統治形態に変化を及ぼす。資本とヒト、モノの移動は、国境の壁を簡単に超え、国民国家が抱え込んできた一国の経済システムは、国境を越えたより広いテーブルの上(市場)で激しい競争にさらされる。国家が関与出来る領域は狭まる一方であり、外交・安全保障とシビルミニマムを保障する予算配分などに収れんされる。
 「領域と国民への排他的権力の行使」という国民国家の概念も崩れ始めた。経済の相互依存関係が深まれば、他国への軍事力行使は自国の経済権益を犠牲にしかねない自殺行為にもなる。安全保障の枠組みも「軍事力」対「軍事力」の世界から変容していることを忘れるべきではない。この変化は、イデオロギーとナショナリズムを無力化する。台湾を例に取れば、李登輝や陳水扁が主唱した「台湾ナショナリズム」は、両岸の経済相互依存
ジョシュア・ラモの「ペキン・コンセンサス」の表紙
というグローバル化した世界に「敗北」したのであって、「一つの中国」を主張する国民党イデオロギーが勝利したわけではない。
 中国は低賃金と巨大市場を武器にグローバル化の恩恵に浴し、経済大国と軍事強国への道を進んでいる。上昇気流に乗る国家の成長過程に特徴的な側面であろう。ただ中国人は元来、国家や地域、企業など中間共同体への帰属意識が極めて薄い。国民の意識は国家の枠組みを超えて、グローバル化の波に乗りやすい性格をもつ。経済グローバル化が、国家概念とイデオロギー、ナショナリズムを崩すとすれば、「偉大な中華民族の復興」という国家目標を追求する共産党の求心力を弱体化させる。まさにグローバル化とナショナリズムの「綱引き」がここにみることができる。だから共産党統治への危機意識と、強硬な外交姿勢はコインの表裏の関係にあり矛盾しない。むしろ国家枠組みを守るための相互補完の関係にある。しかし、グローバル化と相互依存関係の深化という抗えない規律を無視して、ナショナリズムのみを追求するなら勝ちはない。中国はいまそのジレンマの中にある。対外強硬路線の背景もそこにある。強い中国ではなく、弱い中国の象徴である。(写真はジョシュア・ラモの「ペキン・コンセンサス」 の表紙)7

鄭永年の分析
 「攻めの外交」に転じた胡錦濤にどのような外交的選択肢があるのか。尖閣事件では「中国の領土的野心」のイメージが増幅され、日本では防衛力強化の主張が説得力を持ち始めている。われわれの関心の所在は、中国が欧米を中心とした既成の国際秩序とどのような関係を構築しようとしているのという点にある。恐らく共産党指導部の中でも、統一した明確な青写真はないのだろう。
 論点整理を兼ねて一つの論文を紹介する。シンガポール国立大東アジア研究所長の鄭永年8の論文である。もちろん胡指導部の方針ではないが、外交政策の選択許容範囲を意識した内容であることに注目したい。西側世界とどんな折り合いを付けながら外交を進めるのか。それを考える上で示唆に富む。鄭は1962年浙江省出身、北京大学を卒業した後シンガポールで教壇に立つ。専門は民族主義と国際関係、東アジアの安全保障など国際関係である。翻訳の責任は筆者にある。
 論文の論点は(1)中国がソ連同様、軍事力行使によって米国を牽制するなら、世界はまた二分される可能性がある(2)米中の高度な相互依存関係は、両国が単一の世界システムから離脱するコストを高めているだけで、システム離脱の制度的保証ではない(3)中国は世界第2位の経済大国になった以上、強大な海上軍事力なしに外向型経済を発展させる持続力を保障できない(4)中国が西側的帝国になる可能性は否定出来ないが、歴史的経験からみれば経済大国の道を歩み、軍事近代化は二次的な地位に置く可能性が高い(5)中国は主導的にも非主導的にも、現在の国際システムから離脱しない。中国が外在する世界に嫌気さして孤立を選び、門を閉じたりソ連と同様もう一つの国際舞台を創る可能性は少ない(6)ドイツ、日本、ソ連のような軍事大国化の道は選択してはならない。軍事近代化は必要だが、防衛的範囲にとどめるべき。いったん軍事大国化をすれば、経済の持続的な成長はできないーなどである

「中国外交の大変化と大選択」(要旨)
  2010年来、米中関係をはじめ中韓関係、中日関係、中国とASEANの関係に巨大な変化が起き、米国などの国々と中国の相互関係に憂慮を生んでいる。中国はGDP総額で世界第2位の経済大国になったが、1人あたりGDPは依然として低く、国民は経済大国化が生活に大変化をもたらすとは受け止めていない。
 中国は世界経済の一部であり、経済グローバル化のエンジン役である。世界銀行やIMFなど西側国際組織での地位も急上昇しており、少なくとも経済領域では他の大国と共に「世界経済秩序」を管理しようとしていることを意味する。
 一方中国は非常に厳しい外交局面に直面している。輸出主導型経済構造のため、グローバル経済の不均衡の責任を負うべきだと考えられ、米国の人民元切り上げ圧力はますます強まっている。急速な経済発展によって資源競争しているとみなされ、経済発展と緊密な関係にある気候、環境保全問題は中国外交の重要な一環となった。さらに戦略面でも巨大な不確実性に直面し、大国関係だけでなく中国と周辺国家との関係にも象徴的に表現されている。

未来決める選択
 中国は「チャンス」と「憂慮」に直面している。中国の現在の選択が、未来を決定することは、改革開放以来証明されている。改革開放は中国だけでなく、その後の世界も変えた。当時貧しかった中国は、発展のため平和的国際環境が必要だった。しかしこうした平和的環境は天から降ってくるのではなく、自ら勝ち取るものである。このため中国は閉鎖政策を放棄して国門を開き、自己改革して世界と接点を持ち、それほど長い時間をかけず世界システムの一部となった。同時に中国の選択は世界も変えた。ソ連を頂点とする東欧陣営への大きな圧力となり、巨大な変化の誘因となる。
 現在中国は、新たな国際情勢と権力再配分に直面し、新選択に直面している。「G2」構造でみれば、中米両国は同じ一つの国際構造に属しその両端に位置する。このため両国の相互関係はカギである。米国はこのシステムの既得利益者であり、中国は新参者だ。米国の行動は中国に影響を与え、中国がこれにどう反応するかはまた、米国の行動を決定する。
 顕著な特徴は、米国が国際政治の舞台でますます軍事力を突出させていることにある。冷戦以来、長期間にわたって米国の政治、経済、軍事の3つは「三位一体」であり、冷戦後にそのピークを迎えた。しかし金融危機は米経済に深刻な影響をもたらし、急速には回復しそうにない。米国が、経済と政治の信頼性を全面回復させるまで、軍事力が米外交と国際関係で突出する。当面は軍事力の行使は避けがたい。

相互依存は平和を保証しない
 新状況の下で、中国の反応がカギとなる。中国がもしソ連同様、軍事力の行使によって米国を牽制するなら、世界はまた二分される可能性がある。これは「力には力を」という西側の現実主義的ロジックである。中米両国はかなり高度な相互依存関係にあるから、世界秩序を二分するなどということは想像できないと見る人がいる。だが相互依存は、米中がこのシステムから離脱するコストを高めているだけで、このシステムから離脱することを制度的に保証しているわけではない。第一次世界大戦前の欧州はまさにそうだった。各国の経済・貿易は活発化し、前期グローバル化の様相を呈した。どの国も巨大な経済利益を顧みず、他国と戦争しようなどとは思うまいと考えた。しかし経済相互依存は結局、欧州各国間の戦争を阻止することはできなかった。
 では中国は、西側帝国(ソ連を含む)の軍事ロジックの道を歩むのか。外の巨大な圧力に直面し、中国は軍事近代化を加速して国防を必ず強化する必要がある。中国の外向型経済は、輸出入や投資を含め、中国とその他の国の相関関係を強めるから、中国に軍事を発展させ、海上交通の安全を保障するよう求める。実際、海上交通の安全は米国とその他の大国の関心であるだけでなく、中国にとっても関心事である。中国は事実上、世界第二位の経済大国になったのだから、強大な海上軍事力なしに外向型経済を発展させる持続力を保障することは想像しがたい。
 だが、このことは中国がもう一つの西側的な帝国になるというわけではない。中国がそう選択することは出来るが、歴史的経験からみれば中国は現在の経済近代化の道を引き続き歩む可能性が高い。つまり引き続き経済大国であると同時に、軍事近代化は二次的な地位に置くという意味である。
 近代以来、中国は今日初めて実質的な外交影響力を真に発揮した。この影響力は主として、中国の経済発展および中国経済と世界経済の相関性によるものであり、軍事近代化のためではない。尖閣における漁船衝突事件でみると、中国は十分経済圧力を発揮した。以前は西側国家が中国に対し経済制裁を行ったが、いまや中国がこの能力を持つに至った。
歴史的な経験からみて中国の選択と非選択は次の通り。
 第一に、中国は主導的にも非主導的にも、現在の国際システムから離脱しない。ここでは二つのケースが考えられる。第一に中国が外在する世界に嫌気がさし、孤立を選び自ら門を閉じること。第二はソ連と同じように、もう一つの国際舞台をつくることである。現在西側に「敵」とみなされる国の中には、中国が立ち上がり米国と対立するよう望む国があるが、孤立主義をとることはできない。これは近代史が中国に悲惨な歴史的教訓にしている。
 第二はドイツ、日本、ソ連のような軍事大国化の道は選択してはならない。軍事近代化は必要だが、最大限、防衛的範囲にとどめるべき。いったん軍事大国化をすれば経済の持続的な成長はできなくなる。
 第3.中国は、至る所に拡張して軍事力を行使するような米国の道を選択してはならない。第4に、中国は引き続き経済大国の道を選択すべきだ。経済力とそれに相応する文化的台頭によりアジアの大国になるべき。第5。中国は他国との相互関係の中から自分の国際的責任感を培養すべきであり、自分が定める「国際的責任」を他国に押しつけてはならない。
(了)



 
1  インタビュー「中国にどのような変化が起きているか」(「世界」2010年12月号102頁)
2 「人民日報」海外版(2006年8月24日)
3 「人民日報」海外版(2007年10月25日)
 4 「新華社」(2002年11月14日)
5 「新華社」(2009年9月18日)
6  「グローバル化が変える「統」と「独」」(2010.01.28)http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_10.html
7  Joshua Ramo「The Beijing Consensus」(2004. United Kingdom's Foreign Policy Centre)
8  鄭永年「中国外交の大変化と大選択」(「聯合早報」2010年10月7日)

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