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     第19号 2011.02.20発行 by 岡田 充
    中国の核心利益を解剖する
米中共同声明と南シナ海


 米中関係が、台湾の現状と将来に最も大きな影響を及ぼす国際関係であることに疑いはあるまい。2010年は、台湾への武器売却をはじめ北朝鮮砲撃事件や人民元切り上げなどをめぐり、オバマ政権誕生以来最もきしみが目立った1年になった。2011年1月19日、ホワイトハウス(写真は「中国評論新聞」HPから)で行われたオバマ米大統領と胡錦濤・中国国家主席の首脳会談は、これらのきしみをどう調整し、どのような枠組みを構築するかに関心が集まった。公式首脳会談は、オバマの09年11月訪中以来13カ月ぶり。2人は国際会議などで8回顔合わせしているが、胡が国賓として招かれたのは初めてである。緩やかな下降期に入った「世界の盟主」と、グローバルな影響力を強める新興大国。利害が錯綜する大国間のパワー・シフトを探るキーワードが「核心利益」である。これを米中共同声明と、メディアを騒がせた南シナ海問題を軸に解剖してみよう。

幻の「第4コミュニケ」
 今回の首脳会談で、「核心利益」が注目されたのは、ワシントンでも北京でもなく、台北だった。会談5日後の25日、米国のバーグハート「在台協会」理事長が、馬英九総統に首脳会談の詳しい背景説明をした。「在台協会」とは、米台断交後の両国の交流窓口機関で、事実上の米大使館に当たる。彼は中国が専門のキャリア外交官。米上海総領事などを歴任後、陳水扁政権時代に台北事務所長に就任、06年から協会理事長の職に就いた。この日台北で記者会見した理事長によると、中国側は共同声明に2009年11月の米中共同声明に明記された「核心利益」を盛り込むよう求めたが、米国側は「盛り込むのなら声明は出さない」と拒否。さらに中国は、台湾問題をめぐる米中関係を「新たな段階」に推し進めるため、声明ではなく4番目の共同コミュニケの発表を求めたが、米国側が拒んだと語った。注1
 米中間にはニクソン訪中による歴史的和解を達成した1972年の第1コミュニケ。78年12月の国交正常化の第2コミュニケ、そして82年8月、台湾向け武器売却の漸減をうたった第3コミュニケがある。コミュニケの中心にはいずれも台湾問題が横たわる。中国が「第4コミュニケ」を提案したとの報道は公式には確認されていない。しかし中国側が否定していないことからみると、信ぴょう性は高いと考えてよいだろう。では中国が「核心利益」を盛り込むよう主張したとすれば、その意味と意図はどこにあるのだろうか。

2つの共同声明の比較
 「核心利益」の概念を検討する前に、外交文書に「核心利益」がどのように盛りこまれたのかを振り返る。まずバーグハートが言及した「09年の米中共同声明」である。09年11月17日に発表された共同声明を見てみよう。末尾脚注に英語と中国語の公式文書を付した。
 共同声明は、「双方は、主権と領土保全という根本原則は、中米関係を導く三つのコミュニケの核心であると繰り返し表明した。双方はこの原則を破壊しようとするいかなる試みも支持しない。双方は、それぞれの核心利益を互いに尊重し合うことは、中米関係の安定的な進展を保障する上で極めて重要と一致した」と書いている。注2
 この会談終了後に両首脳が行った「共同新聞発表」で、胡は「オバマ大統領はさまざまな場面で、米側が一つの中国政策を守り、米中間の三つの共同コミュニケを順守し、台湾問題およびその他の問題が中国の主権と領土保全にかかわることを尊重すると繰り返し述べた。中国側はこの声明を高く評価する」 と述べた。注3
こ れに対しオバマは「われわれは、台湾海峡の両岸で中華人民共和国と台湾が既にとっている緊張緩和と関係構築を称賛する。米中間の三つの共同コミュニケと台湾関係法に基づく我々の政策を順守し、両岸とより広い地域および米国の利益にかなうこうした結び付きの進展を支持する」注4と述べた。
 これを読めば、胡が強調したい部分が浮き上がる。中国側が考える「核心利益」とは「主権と領土保全」にかかわる「台湾問題など」を指している。一方、オバマは「主権と領土保全」には一切触れていない。中国の主張に米国が譲歩したことがうかがえよう。
 この部分は、今回の共同声明注5でどのように表現されたのか。双方はまず二国間関係の基本について①3つの共同コミュニケは両国関係の政治的基礎②双方はお互いの主権と領土保全の尊重を重ねて表明③2009年11月の「米中共同声明」の約束を再確認―の3点をうたった。前回の共同声明にあった「主権と領土保全の尊重」は②に入ったが、今回はこれを「核心利益」と呼んでいないことがミソである。

2009 2011
共同声明 双方は主権と領土保全の根本原則は、中米関係を導く三つのコミュニケの核心と表明。双方はこの原則を破壊しようとするいかなる試みも支持せず、 核心利益を互いに尊重し合うことが、中米関係の安定的な進展を保障する上で極めて重要で一致         3つの共同コミュニケは両国関係の政治的基礎②双方はお互いの主権と領土保全の尊重を重ねて表明③200911月の「米中共同声明」の約束を再確認。米は中台の「経済協力枠組み協定」を称賛、対話のチャンネルができたことを歓迎
記者会見 胡「大統領は、米側が一つの中国政策を守り、三つの共同コミュニケを順守し、台湾問題およびその他の問題が中国の主権と領土保全にかかわることを尊重すると繰り返し述べた。中国側はこれを高く評価」 胡「双方は、主権と領土保全を互いに尊重する正しい道を堅持すべきである」
新聞発表 オバマ「台湾海峡両岸で中華人民共和国と台湾が既にとっている緊張緩和と関係構築を称賛する。三つの共同コミュニケと台湾関係法に基づく我々の政策を順守し、両岸とより広い地域および米国の利益にかなうこうした結び付きの進展を支持する」 オバマ「台湾海峡の両岸で、緊張緩和と経済的結び付きを構築する進展があったことを歓迎。われわれは、両岸と地域そして米国の利益になるこの進展の継続を希望。われわれは三つのコミュニケと台湾関係法に基づく一つの中国政策への関与を再確認する」


両論併記で押し返す
 さらに台湾問題の項目では「中国側は、台湾問題は中国の主権と領土保全にかかわっており、米国が約束を固く守り、この問題における中国の立場を理解し支持するよう希望すると強調した。米国側は、一つの中国政策をとり、三つの中米共同コミュニケの原則を順守すると表明した。米国側は台湾海峡両岸の『経済協力枠組み協定』(ECFA)を称賛し、両岸間に新たな意思疎通のチャンネルが出来たことを歓迎した」と書いている。米中がそれぞれの主張を「両論併記」しただけで、09年共同声明のように「双方合意」が少ないことが分かる。
 09年共同声明が、中国の主張する「核心利益」を米側がほぼ全面的に受け入れた印象を与えるのに対し、今回は米側が中国の主張に引きずられず、かなり「押し返した」という構図が描ける。この違いこそ、この13ヶ月に起きた米中関係の変化を如実に示している。米国が「核心利益」にこだわった理由はなにか。バーグハートは記者会見で「米国に困難と誤解を与える」と指摘している。「困難と誤解」の詳しい説明はしていないが、「核心利益」を入れれば台湾だけでなく「南シナ海」も含めた領土、主権について北京の主張に同意したと受け取られかねないことを嫌ったためではないか。これに対し中国側は、共同声明に「②双方はお互いの主権と領土保全の尊重を重ねて表明③2009年11月の「米中共同声明」の約束を再確認」の2項目を入れることで、妥協を図ったのではないかと思われる。

戴秉国発言
 「核心利益」の概念に入る。かみ砕けば、国家の生命にかかわる最も重要な国益であり、「取引や譲歩できない存亡にかかわる重大利益」である。ただその概念や対象地域について、中国当局をはじめ学者・研究者の間で、明確で統一した解釈があるわけではない。一方西側では、軍事大国として台頭する中国のイメージと不可分な用語として捉える傾向が一般的である。中国側の公式見解として最近登場したのは2009年7月27,28の両日、ワシントンで開かれた第一回米中戦略・経済対話とされる。中国の光明日報のWEB「光明網」注6は1月28日、戴秉国国務委員がこの対話の中で「核心利益」の定義として①基本制度と国家の安全の維持②国家主権と領土保全③経済社会の安定発展―を挙げたと伝えた。米中戦略・経済対話とは、オバマ米大統領が「(両国関係は)世界中のどの2国間関係よりも重要だ」と持ち上げ、メディアも米中2強による「G2時代」到来と騒いだ会合である。戴発言に続き、中国外務省の秦剛報道官は2010年7月13日の外交部定例記者会見(写真は中国外交部HPから注7で、「黄海は核心利益か」との質問に対し、やはりこの三点を挙げた。ただ、黄海が入るかどうかの答えは避けている。
 では「核心利益」に対し中国はどのような対応をとるのか。中国社会科学院世界経済政治研究所国際戦略研究室副主任の薛力注8は「核心利益は、国家の存亡にかかわるため後退、協議、取引は許
されない」と位置づける。つまり核心利益と認定すれば、武力行使を含むあらゆる強硬手段をとってもこれを守るのである

南シナ海は核心利益?
 尖閣諸島や南シナ海の領有権をめぐって、中国と関係各国との摩擦と緊張が激化した昨年、中国が南シナ海も核心利益に属するとの報道が波紋を広げた。きっかけは、訪中したスタインバーグ米国務副長官らに中国高官が「南シナ海も核心利益に属する」注9との新方針を伝えたという内容の共同通信ワシントン支局の記事。中国当局はこの報道を確認していないのだが、これ以来「南シナ海=核心利益」がひとり歩きする。この報道は同じ共同通信が10月22日に配信した「『核心的利益』取り下げ」という記事で「中国当局が当時の発言を否定し、事実上取り下げる姿勢を米側に示していた」として「軌道修正」が図られた。だが現在に至るまで、南シナ海を核心利益と見なしているという報道や研究がかなり見られる。
 香港英字紙「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」(10月2日付)などは、中国政府が「尖閣諸島の領有権を台湾やチベット、新疆ウイグル両自治区と同列の『核心的利益』に位置付けた」と、尖閣にまで及ぶとしたほどだ。これまでの文献に当たっても、中国当局が公式見解としてそう述べたものはなく、在京外交筋も「政府当局者が南シナ海を核心利益と言ったことはない」と繰り返し語る。尖閣については言うまでもない。
 こうしてみると核心利益をめぐるメディア報道が、中国の対外強硬姿勢の大きな根拠として挙げられ独り歩きしたことが分かる。北京大学国際関係学院の朱鋒教授は「中国は公の場で南シナ海は中国の核心利益と発言したことはない」と述べる。朱は唯一の例外として、中国高官が米当局者に対し「クローズドアの会議で『南シナ海』は核心利益にかかわると述べた。しかし『南シナ海は中国の核心利益である』と『南シナ海は中国の核心利益にかかわる』とでは、意味は異なる」注10とみる。朱の解釈が正鵠を得ているのか、それとも「方針転換」を糊塗する弁解なのかどうかは、さまざまな読み方が可能だろう。ただ戴発言が、米政府はじめ西側に中国が領有権争いのある島嶼を武力行使しても奪い取る強硬姿勢を示したという「誤解」の源になったのは間違いなさそうだ。先に引用した7月3日付けの共同ワシントン電は、発言の主を中国外交の実質的責任者である戴秉国と伝えている。
 戴は2010年12月7日、中国外交部のHPで「平和発展の道を堅持する」注11と題する長文の文章を発表し、核心利益と平和発展との関係について詳細な説明をした。核心利益を守り、軍事力を発展させることは、平和発展とは矛盾しないことを強調するとともに「いかなる発展の道も国家の重要な利益特に核心利益を犠牲にすることは出来ない」と述べ、「核心利益」の具体例として台湾だけを挙げた。文章の発表は、自らの発言が西側に誤解を招いた責任をとる意味があるのかどうかは分からない。南シナ海、果ては尖閣諸島や沖縄まで核心利益に含まれ、中国が武力行使しても守るべき対象と考えていると見なす西側の懸念を打ち消す狙いであろう。

初出と使用頻度
 メディアで「核心利益」が登場するのはそう古いわけではない。筆者は2004年11月末、北京で武大偉外務次官(当時)と会食した際、武が「歴史問題と並び『中国の核心的利益にかかわる問題』として台湾問題を挙げた」と語ったことを記事にした。共同通信のデーターベース「PRESTO」で調べると、2001年からの10年(2011年2月10日現在)で「核心的利益」が登場する原稿は計64本。初出は、先の武発言を引用した2004年12月2日付けの筆者の原稿注12である。05年には3本登場するが、その中の1本は、社会科学院日本研究所元副所長の金熙徳の「日本側は小泉政権の誕生以来、靖国神社参拝、教科書改悪、台湾問題などで中国の核心的利益に挑戦」という発言が引用されている。当時の日中関係は小泉の靖国訪問をめぐり「政冷経熱」の最中。武や金が歴史問題も「核心利益」に含めているようにも解釈できるが、そうとらえないほうがよいだろう。むしろ歴史問題を強調するために使ったと読んだほうがよい。
 中国トップの発言では、2007年4月来日した温家宝首相が同月12日に行った国会演説で「台湾問題は中国の核心的利益にかかわるものですので、少し触れたい」との表現で初めて使われる。08年末までに「核心利益」に触れた原稿はわずか9本。温演説のように、核心利益の大半は台湾問題を指している。09年は計5本だが、前年起きたチベット暴動を受け台湾と並び「チベット」が、核心利益として並列されるようになる。「対日新思考」で知られる中国人民大学米国研究センター主任の時殷弘教授は共同通信とのインタビューで「チベットや台湾の問題は譲ることのできない中国の核心的利益」(2009年01月03日配信)と答えた。
だが明らかに急増するのは2010年で41本。温は3月14日、全人代での記者会見で、台湾への兵器供与をめぐり対米対抗措置をとったことなどに触れ「中国の主権と領土保全という重大な問題では決して妥協しない」と答えた。記事は温発言のトーンを「ダライ・ラマ14世や台湾への武器売却については米国の対応を厳しく批判、中国にとっての核心的利益では原則論に終始した」と解説している。頻度が増すのはやはり「南シナ海は『核心利益』」という原稿が配信された7月3日以降で、4分の3はこれ以降に出稿されている。

自信、驕り?
 使用頻度から判断すると、中国側が「核心利益」を外交の場で意識的に使い始めるのは2007年4月来日した温家宝以降。その前年の06年8月21-23日、北京で開かれた党中央外事工作会議で胡錦濤は、外交政策は「近代化のための良好な国際環境と外部条件」をつくりだすだけでなく「国家主権と安保と発展の利益を一体として守り、外交で主導権をとる」と、初めて主権と安全保障を前面に出す「攻めの外交」のベールを外した。本稿第17号「『強硬外交』に内在する論理」注13)で紹介した、胡指導部の新外交方針と時期的に平仄が合う。さらに、リーマンショック後の世界経済を下支えし乗り切った胡指導部は、09年7月17日に開いた「第11回駐外使節会議」で、鄧小平の外交戦略「韜光養晦、有所作為」(能力を隠し力を蓄え、やるべきことをやる)に修正を加え「堅持韜光養晦、積極有所作為」とし、「やるべきことをやる」に重点を置いた積極方針に変化したことを挙げねばならない。そしてこの方針に基づいて、09年11月の米中首脳会談の共同声明に「核心利益」が初めて公的文書に入るのである。
 共同声明で米国に「核心利益」を認めさせたことは、北京のリーダーに大きな自信を与え、その結果「驕り」を生んだ可能性はないか。台湾とチベットに加え、新疆ウイグルや南シナ海までが核心利益に入るかのような発言が研究者や軍関係者から出るのはそれを裏付ける。

「重要利益論」
 先に引用した中国社会科学院の世界経済政治研究所国際戦略研究室副主任の薛力は、南シナ海について「中国当局が核心利益と宣言したことはない」としながら、国家利益を(1)核心利益(2)重要利益(3)一般利益(4)副次的利益―の4種類に分け、南シナ海を重要利益と位置づけるべきだと主張する。薛力は、核心利益は国家の存亡や安全にかかわる問題であり一切の妥協を許さないから、南沙、西沙の領有権や共同開発で東南アジア諸国と対話をしている以上、「核心利益」になり得ないと論じる。さらに核心利益に入れれば、概念が拡大され、本当の核心利益が見えなくなるから、「重要利益」に区分すべきと主張する。
 彼がいう「重要利益」とは、国家の生存には直接影響しないものの,国家に重要な影響を与える利益。具体的には、「国民生活の維持や有利な国際戦略バランスの獲得、国家の信用の維持」を指す。海洋資源の確保はまさにこれに当たろう。領有権争いがある南シナ海、尖閣もこの範疇に入ることになる。一方「一般利益」とは、国家が相対的に安全な環境の下で追求する利益であり、具体的には「生活の改善、輸出入の拡大、外資導入、国際政治の安定を維持し、2国間の友好関係を発展させる」ことを指し、領有権争いは「一般利益」ではない。
 彼の主張は、中国政府の公式見解ではないにせよ、「南シナ海=核心利益」の根拠が薄弱である以上、一定の説得力を持つ。繰り返すが、中国は「政府当局者が南シナ海を核心利益と言ったことはない」としているのであって、「南シナ海は核心利益ではない」と言っているわけではない。この点は台湾とチベットを「核心利益」と明言しているのと対照的である。在京外交筋は、「この言葉は誤解を与えるからあまり使わない方がよい」と言う。相手に誤ったサインを投げる恐れがあること、戦略的曖昧さによって幅広い選択肢を自ら閉じる恐れがあるからであろう。中国当局は、この問題に関する議論は、戴秉国が昨年12月7日に発表した「平和発展の道を堅持する」の内容で決着をつけたと考えているようだ。米中共同声明に「核心利益」を入れないことで譲歩したのも、今後は台湾、チベット以外は「核心利益」とは呼ばない可能性があることを示唆している。中国の対外強硬姿勢の論拠として「南シナ海=核心利益」を利用するのはやめるべきであろう。
通貨めぐる誤訳
 米中首脳会談では、中国の強硬姿勢に関するメディア報道で、無視できない「誤報」もあった。核心利益とは関係はないが、南シナ海同様、報道が独り歩きする危険性があるから注意喚起しておきたい。胡錦濤は訪米直前、米経済紙「ウールストリート・ジャーナル」「ワシントン・ポスト」など3紙の質問に対し書面回答を寄せた。3紙は12月17日付けでこれを報じ、胡が国際通貨体制(ドル体制)について「現行の国際通貨体制は過去の産物だ」(「a thing of the past」)と述べたと伝えた。これを転電した日本メディアも「ドル体制は過去の産物」などと、大見出しで報じたことを覚えている読者も多いはずだ。対外強硬姿勢が目立つ中国が、今度は経済力を背景にドル体制への挑戦を開始したー。大方の見立てはそんなところだろう。だからこそ大ニュースになったのだ。回答原文は中国外務省が翻訳したとみられる英文。ところが新華社が配信した中国語を読むと、「過去の産物」は「歴史形成的」と書かれている。翻訳すれば「現行の国際通貨体制は歴史的に形成された」という意味である。ドル体制を否定したというより「ドル体制は歴史的な経過をたどって作られた」という客観的な認識表明であろう。
 胡は2008年以来、ドルを基軸通貨としユーロの役割や人民元の国際化を含む、新国際通貨体制を主張してきたから、書面回答がそれを意味するならニュースではない。中国の外貨準備高は2010末で、2兆8500億ドル(約236兆円)。「過去の産物」として直ちに切り捨てるなら、最も多く血を流す覚悟をする必要があるのは中国だ。誤訳の責任は中国側にあるとしても、「中国の強硬姿勢」という固定イメージから導き出された拡大解釈と言える。
 米中首脳会談の結果を大づかみにして表現すれば、台湾、人権、通貨などさまざまな対立と矛盾を抱えながらも、冷戦思考を超える「ウィンウィン」の枠組みを確認したことに尽きるだろう。共同声明は「米中が政治制度、歴史的文化的背景および経済発展水準の異なる国が積極的協力関係を発展させる手本になっている」とした上で「21世紀のチャンスとチャレンジに対応するため、相互尊重、互恵・ウィンウィンの協力パートナーシップ建設のために共に努力する」と強調した。冷戦終結から20年、われわれは多極化と経済相互依存が進む未知の領域に足を踏み入れている。米ソが2つの陣営に分かれて対立し、一方の利益が必ず他方のマイナスとなる「ゼロサムゲーム」は復活しない。あらゆる市場が簡単に国境の垣根を越えてしまう地球規模の経済一体化は、それを困難にさせている。

「日本病」の自覚を
 オバマの米国が、中国を敵と見なす論理から脱却しているのに対し、日本では米中新冷戦に期待を寄せる主張がそれなりの市場を得ている。首脳会談を伝える1月20日付の各紙の紙面は、中国の国内総生産(GDP)が昨年、日本を初めて追い抜き米国に次いで第2位になったと報じた。一人当たりGDPは、中国の10倍もあるのに、自信喪失と閉塞感が「大国の地位からの転落」イメージを自虐的に駆り立てる。
 政治も経済も思い通りにならない原因を、1党独裁で軍事大国の道を歩む隣の大国に求めようとする。手っ取り早いのは、「悪役」に対抗して、強力な国家を再構築することー。喪失した国家幻想にすがり、優劣が混じったコンプレックスから世界を認識しようとするそんな疑似国家主義が、あちこちでかま首をもたげている。これが中国や北朝鮮を敵視する「日本病」の精神構造だと考えている。そこから生まれるのは、冷戦時代と同様、日米安保を強化して中国を封じ込める政策であり、軍拡競争に他ならない。
 では中国が、米国や旧ソ連のような軍事覇権国家にならない保障はあるのか。中国当局の信頼が厚いシンガポール国立大教授の鄭永年は、シンガポール紙に中国が軍事大国化すれば経済の持続的成長は不可能になるとし「至る所に拡張して軍事力を行使するような米国の道を選択してはならない」と、ブレーキをかけた。中国がどのような道を選択するか、指導部も恐らく一枚岩ではないだろう。ソ連は、アフガン軍事侵攻で足をすくわれ自壊した。米国もイラク軍事作戦でつまずき、「一極支配の座」から降り始めている。軍事覇権が、帝国を自滅させた歴史から何を学ぶべきか。経済相互依存関係は、軍事依存の古い支配概念を変えている。冷戦思考から脱却し、東アジアの経済、社会、文化の広い領域で、共に利益を得ることが可能な国際関係の枠組みを模索しなければならない。その責任は米中のだけでなくわれわれも負っている。(本稿は、岩波書店発行の月刊誌「世界」2011年3月号の拙著「世界の潮」の内容を大幅に加筆・差し替えたものである。敬称略)

(了)



 
1 「核心的利益」は米が反対」(「共同通信」台北電2011年1月25日)l
2 中国外交部HP(http://www.fmprc.gov.cn/chn/pds/ziliao/1179/t627468.htm
「双方重申,互相尊重主权和领土完整这一根本原则是指导中美关系的中美三个联合公报的核心。双方均不支持任何势力破坏这一原则的任何行动。双方一致认为,尊重彼此核心利益对确保中美关系稳定发展极端重要」
ホワイトハウスHP(http://www.whitehouse.gov/the-press-office/us-china-joint-statement
「The two countries reiterated that the fundamental principle of respect for each other’s sovereignty and territorial integrity is at the core of the three U.S.-China joint communiqués which guide U.S.-China relations. Neither side supports any attempts by any force to undermine this principle The two sides agreed that respecting each other’s core interests is extremely important to ensure steady progress in U.S.-China relations」.
3 ホワイトハウスHP (http://www.whitehouse.gov/the-press-office/joint-press-statement-president-obama-and-president-hu-china
「President Obama on various occasions has reiterated that the U.S. side adheres to the one-China policy, abides by the three Sino-U.S. joint communiqués, and respects China's sovereignty and the territorial integrity when it comes to the Taiwan question and other matters. The Chinese side appreciates his statements」

 4 同上「We also applauded the steps that the People's Republic of China and Taiwan have already taken to relax tensions and build ties across the Taiwan Strait.Our own policy, based on the three U.S.-China communiqués and the Taiwan Relations Act, supports the further development of these ties -- ties that are in the interest of both sides, as well as the broader region and the United States」
5 中国外交部HP(http://www.fmprc.gov.cn/chn/pds/ziliao/1179/t788163.htm
 「光明網」(http://theory.gmw.cn/2011-01/28/content_1581130.htm
  中国外交部HP(http://www.fmprc.gov.cn/chn/pds/wjdt/fyrbt/t716403.htm
 「騰迅網」(http://news.qq.com/a/20101101/000264.htm
 9  「南シナ海は『核心的利益』(「共同通信」ワシントン電2010年07月03日)
10   「新華網(2011-01-10)(http://news.xinhuanet.com/herald/2011-01/10/c_13683711.htm
11  中国外交部HP(http://www.chinanews.com/gn/2010/12-07/2704985.shtml) 
12   「歴史問題こえる戦略思考を 相互不信の悪循環を断て」(「共同通信」核心評論)
13   「海峡両岸論第17号」(http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_17.html

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