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     第23号 2011.09.08発行 by 岡田 充
    「両岸の現状」はどう変化したか
「2008年効果」を考える


 「最近、台湾のニュースが少ないね」と言う人が多い。確かに、筆者が台北に駐在していた李登輝末期から民主進歩党(民進党)政権の誕生期は、李登輝が風邪をひいて床に伏せってもニュースになった。それは台湾海峡が「いつも緊張し軍事的衝突に発展するかもしれない」という判断と見通しがメディアにあったからである。では現在はどうだろう。2008年の前回総統選挙で国民党が政権を奪回して以降、両岸の対話と交流が進展し、週558便もの航空機が両岸を結ぶ。自由貿易協定に相当する「経済協力枠組み協定」(ECFA)も調印され、経済一体化がさらに深まった。「国共内戦」を法的に終わらせる平和協定こそ結ばれていないが、両者の関係は実体的には友好的で平和的と言っていいだろう。メディアが考えるニュースとは、基本的には対立と緊張をはらんだ事象である。台湾がニュースにならないのは、両岸の当局と住民にとっては歓迎すべきことなのだ。この両岸の新しい関係を「2008年効果」(「08効果」)と呼ぶことにする。「08効果」は再選を目指す馬英九はもちろん、政権奪還に挑戦する民主進歩党(民進党)の蔡英文も抗うことのできない「新しい両岸の枠組み」である。来年1月14日に行われる台湾総統選挙まで4ヶ月余り。論じるのは選挙予測ではない。「08効果」の内容を点検することは、総統選の争点整理になるだけでなく、台湾問題をめぐる「藍」(国民党)、「緑」(民進党)、「赤」(共産党)の短・中期的な政策を展望し、政策幅を見極める一助になるだろう。
古いモノサシ
 台湾問題と聞いてすぐ頭に浮かぶ言葉があるはずだ。「統一と独立」に「反日と親日」、「独裁と民主」、外省人と本省人の「省籍矛盾」に代表される2項対立である。前の2つは、両岸関係と対日関係をめぐるモノサシであり、後のふたつは戦後の台湾内政の対立軸である。これらのモノサシは08年まではある程度有効であり説得力を持っていた。08年までは「対立」という前提が常に両岸を支配していたからである。内政でも国民党と反国民党・民進党という相対立する勢力が、このモノサシからそれぞれの正統性を主張してきた。毛沢東は、革命をやるには「誰が敵で誰が。味方か」をまずはっきりさせることだと説いた。革命であれ戦争であれ、「対立」の図式は極めて分かりやすい。観客席にいても、両者のいずれかに感情移入することが簡単にできた。
 毛沢東が言及するのは革命と戦争の論理である。仮に「対立」という前提が崩れれば2項対立の古いモノサシは有効性を失う。政治・社会体制が異なり、1世紀以上も分断統治が続いてきた両岸関係で、矛盾も対立もない安定した関係が築かれたなどと言うつもりはさらさらない。だが08年以降の両岸関係と台湾問題という舞台劇では、古いモノサシで看ても愁嘆場も戦いもない平穏で退屈なストーリーに終わってしまう。対立軸が曖昧になり、政策選択の幅も狭くなったため、プレーヤーの違いが鮮明ではなくなったためである。日本を含む先進国共通の現象とも言える状況が台湾を覆っている。まずは古いモノサシの検討から始めよう。
 最大のモノサシは、主権にかかわる「統一と独立」(統独論)である。民進党の蔡英文は8月23日、同党の中期政策である「10年政綱」のうち、両岸政策注1の一部を初めて発表し「現状維持は台湾内部の現在の最大共通認識」と表明した(写真右下は記者会見する蔡英文)。彼女が言うように現状維持は台湾の主流民意である。台湾の民意だけではない。「統一」を主張してきた北京と、政権に復帰した国民党を含むあらゆるプレーヤーが「現状維持」で足並みを揃えたのである。それによって「統独論」は少なくとも表面的には意味を失った。台湾ケーブルTV「TVBS」が8月30日発表した世論調査注2では、「現状維持」が67%で、調査)開始以来最も高い数字となった。「統一支持」は5%と先細り傾向にあり、現段階では有権者の選択肢とは言えない。「独立支持」は16%だが、直ちに独立を宣言しても日米の支持が得られるわけではないこと
は、民進党主流も知っている。さらに、北京が2005年に施行した「反国家分裂法」に沿って「非平和的手段」(軍事力)を発動しかねないことは百も承知のはずだ。とすれば、少なくとも表向きは現状維持以外の選択肢はない。
北京が現状維持
 全プレーヤーが、現状維持で足並みを揃えた理由は何か。カギを握るのが北京の政策変更と、これに対応する国民党との協力関係(第3次国共合作)である。北京の姿勢変化を振り返ろう。冷戦終結後、台湾海峡に訪れた最初の危機は1995-6年の李登輝訪米と初の総統直接住民投票だった。これを「台湾独立の試み」と非難した北京はミサイル発射演習を行い、武力威嚇によって台湾民意に影響を与えようとした。2000年の総統選挙でも、投票1ヶ月前に「台湾白書」を発表し、武力行使する条件に「統一交渉を無期限に引きのばした場合」という新たな項目を付け加えた。陳水扁への強硬姿勢は奏効せず、結果的には「裏目」に出た。武力威嚇は「失敗」したと言ってよいだろう。
 2004年陳水扁が再選されると、民進党政権は1期目の「現状維持路線」を捨て、国家統一綱領と国家統一委員会を廃止し、台湾名での国連加盟など露骨な台湾独立路線を打ち出した。先に触れた05年の「反国家分裂法」注3は「非平和的手段」(軍事力)の行使を法的に認めているため、日米など西側は「戦争法」と非難した。だが、条文をよく読めば「(台湾の)現状は分裂していない」との現状認識に基づいた「現状維持法」である。つまり「法理台独」に踏み切らない限り「現状」を認め、逆に軍事力行使に枠をはめたのである。これが北京の台湾政策の転換点となる。
 「台湾独立」といってもその定義は一様ではない。北京はまず「台独」を「独台」と区別する。「中国台湾網」注4 の定義を引用する。「台独」は「台湾の法的地位は未定」「台湾は中国の領土ではない」「台湾問題は中国の内政問題ではない」などと主張、台湾問題を国際化して外部勢力の力を借りて「台湾独立」を達成しようとする。「A型台独」ともいう。一方の「独台」は、両岸の「分裂分治」の立場を堅持し、「一つの中国,二つの対等な政治実体」あるいは「段階的二つの中国」を推進するもので、台湾当局の政策であり「B型台独」とも称される。「独台」も将来の方向をめぐり幾つかに分かれる。「中国が民主化すれば統一も選択肢に入れる」という終局統一論や、現状維持の継続など、目指す方向はさまざまである。
 誤解を恐れずに言えば、反国家分裂法は「台独」と「独台」を分断し「台独派」を孤立させることを狙った戦略であった。ここで大事なポイントがある。北京は好きこのんで両岸分治の現状を容認したわけではない。李登輝と陳水扁が進めた民主化と本土化政策は、台湾人の「非中国化」意識を次第に強める結果をもたらした。さらに台湾の現状認識については、李の「両国論」と陳の「1辺1国」論が主流民意になったといっても過言ではない。両岸は「それぞれ別の国」という認識である。これまで「緑」のイデオロギーのひとつだった「独台論」が、次第に主流民意になり始めた。いわば守りの選択であった。
 この政策調整の背景には(1)新たな現状を容認しなければ2008年総統選挙でも政権奪回を実現できないという危機感(2)米中関係が世界で最も影響力を持つ2国間関係になり、台湾問題も米中協調の大枠の中に押し込めることができるとの自信(3)江沢民から胡錦濤への政権交代で政策見直しのチャンスが生まれた―ことがある。北京は分裂法施行と現状維持への政策転換以降、民進党への「北風政策」を止め、主として米国や日本など西側主要国を通じて「台独」に歯止めをかけ、台湾住民向けには果物の優遇関税の適用など「太陽政策」で臨んだ。北京の政策変更が08年の政権交代に一定の役割を果たした側面を見過ごすべきではない。
 ただ大陸内部には、馬英九に「B型台独」や「C型台独」「独台」などのレッテルを張る識者やメディアも少なくない。胡錦濤の台湾政策のブレーンの一人黄嘉樹・中国人民大学教授は「『不統』と『台独』を混同してはならない」と述べ、「台独」と「独台」の“分断工作”の肯定面を強調する(海峡両岸論第10号「グローバル化が変える『統』と『独』」参照)。
対話・協調が「現状」に
 現状維持とは「認識も解釈も異なる」概念であり、崩れやすいバランスに乗った「同床異夢」である。陳水扁は2000年5月20日の就任式で「台湾独立は宣言しない」「国名は変えない」など「5不」政策を発表して「現状維持」を約束した。37%の得票率で当選した弱い政権基盤を補強するには、中間層の支持が何としても必要だった。「緑」側からの中間路線と言えるだろう。一方、馬英九は08年5月20日の総統就任式で「統一せず、独立せず、武力行使せず」の「3不」政策によって「現状維持」を公約した。「統一せず」を第一に強調したのは、「統一派」のレッテルを張られるのを嫌ったからであろう。これが「藍」側からの中間路線である。双方とも中間路線をとらざるを得ないのは、それだけ「藍」と「緑」の力が拮抗し、民意がほぼ二分されているためである。
 さて「08効果」は、台湾の現状にこれまでなかった新たな座標軸をもたらした。それは、現状の基調が「対立と緊張」ではなく、「対話と協調」に変化したという点である。蔡英文は政権奪還に成功しても、北京との「対話と協調」の現状を壊さないという安心感を有権者に与えねばならない。これはかなり高いハードルと言わねばならない。なぜなら「対話と協調」維持のカードは「藍」と「赤」が持っているからである。馬再選を戦略目標に政策展開してきた「藍」と「赤」は、「緑」の政権復帰を阻止するため、「対話と協調」の現状維持カードを存分に行使できる。馬英九の人気は依然として低いが、各種の世論調査をみれば大陸政策については過半数の支持がある。96年の第1回総統直接選挙や李登輝の「2国論」発表の時のように、台湾海峡をミサイルが飛び交う緊張の激化を望む有権者は極めて少数であろう。これが蔡英文も「08効果」から自由ではないという意味である。
 繰り返すが、各種選挙で「藍」と「緑」の得票率は拮抗しており、勝敗を決するのは「藍」と「緑」の間を揺れ動く中間層の動向である。蔡はまず「緑」の基礎票を固めた上で、「08効果」を意識した政策を展開する必要がある。蔡がなかなか、両岸政策を発表できないのを見てメディアは、彼女を「空心菜」(空っぽの蔡)と皮肉った。これに対し蔡は「庶民はみんな空心菜が大好き。空心菜を侮ってはならない」と切り返した。
「92合意」拒否
 8月23日の記者会見で、蔡はどのように「08効果」を意識したのか。蔡はまず「92合意は本来存在しない名詞」として受け入れを拒否。両岸の交流は現在、92年とは比較できないほど活発で広範囲にわたり、「公権力」が対応しなければならない課題が増えているとし、「新しい枠組み」を構築すべきだと主張した。ここでまた「92合意」が登場する。08年選挙に向けて「赤」と「藍」は「統一」は言わずに現状維持路線に転換した。北京はその際一つ条件を付けた。「一つの中国」原則で妥
協していないという姿勢を内外に示すためである。その条件が「92年合意」である。もう一度おさらいすると、中国の対台湾交流窓口機関、海峡両岸関係協会と台湾の海峡交流基金会の当局者が1992年、香港での実務協議で達したとされる合意。中国側は「両岸は『一つの中国』原則を堅持する」ことで合意したと主張。これに対し国民党は「『一つの中国』の解釈は(中台)各自にゆだねる」(各自解釈)という共通認識だと主張し「玉虫色」の解釈が可能である。「92合意」という用語は、蘇起・前総統府国家安全会議秘書長が命名した。蘇は「双方のやりとりの中で評述されたもので、署名されて文献ではない」としつつも①双方とも和解の意思を持っていた②双方の立場に一定の共通点があった③相互信頼が確立されたーと、その意義を説明注5する。
 蔡は「92合意」を受け入れることはできない。「92合意」の否定は党是であり、これを無視すれば「緑」の基礎票が揺らいでしまうからである。「92合意など存在しない」という立場の李登輝注6は24日「否定したからといって中国との交流が困難になるわけではない。92年に制定された両岸人民関係条例でビジネスは可能」と蔡支持を表明。一方陳水扁事務所の前主任の陳淞山注7は「蔡は両岸の敵意を解く機会をまた失った」と批判した。陳水扁は在任中、「92合意」の用語こそ使わなかったものの、「92精神」「92香港会談」という言葉で応えたことがある。
ECFAでは譲歩
 一方、ECFA(写真左上は、2010年住民投票を呼び掛けた民進党のポスター)について蔡は「政策決定を透明にし、立法院に十分な監督の機会を与えることが民主的なメカニズム。ECFAに伴う問題の処理で、台湾の利益を保証すれば、ECFAへの疑念は低減する」と、否定しない姿勢を示した。今年初めにはECFA廃止を主張し、政権に復帰したら住民投票で是非を問うと公言していたから、かなりの譲歩といってよいだろう。蔡発言を解釈すれば、「92合意」では「緑」の基本姿勢を守り、ECFAでは、「対話と協調」の現状に配慮したと言えるだろう。
 蔡発言への反応をみる。まず国民党は23日発表した声明注8で、ECFAでの態度変更について「ECFAを受け入れた正しい政策を歓迎する」と皮肉った後(1)蔡は中華民国体制と中華民国憲法への態度表明を避けた(2)両岸の安定した交流と平和発展の基礎となった「92合意」を認めなかった-と批判した。「藍」陣営が、現状維持をめぐる「緑」との違いを「92合意」と「中華民国体制」の2点に置いていることが分かろう。蔡はやはりことし「中華民国は亡命政権」と発言して「亡命政権の総統を目指すのか?」などと、ひんしゅくを買った。一方、「赤」の反応は予想以上に早かった。国務院台湾事務辨公室スポークスマンは翌24日の記者会見注9で「民進党は『1辺1国論』と『台独』の立場を変えておらず、『92合意』の拒否を、大陸は受け入れられない」と批判した。
現状に2つの変化
 そこで「08効果」はどのように「現状」を変えたのか、改めて整理する。第1に両岸関係は「対立と緊張」から「対話と協調」に変化した。第2は「台独」と「統一」という選択は当面困難になった。それは再び「対立と緊張」に戻ることを意味するからである。国民党が主張する「92合意」と「中華民国体制」の承認は、「独台」と「台独」の間に一線を引く意味がある。2期8年に及ぶ民進党施政下で「緑」は、この2つの間を揺れ動き、使い分けをした。国際社会には「独台」で臨み、内部では「台独」を強調した。最後は「台独」の道を進み自滅するのである。
 米国、中国、台湾という台湾問題の主要プレーヤーのうち、台湾が持つ最大の武器は「民意」である。北京もワシントンも民意を無視して台湾に自己の政策を強要できない。では台湾の民意は、「08効果」による「現状」の変化をどのように理解しているのだろうか。ふたつの世論調査結果を紹介する。第1は先に引用した「TVBS」の調査。「92合意」の内容について「知らない」が78%、「知っている」はわずかに22%だった。ただ「『一つの中国』の解釈は(中台)各自にゆだねる」を意味する「各自解釈」を認めるかと質問内容を変えると、37%は「同意」で、「同意しない」が30%、「知らない」が32%と大きく割れた。また両岸の現状については、「友好的」との回答が40%と、「敵対的」の32%を上回った。
 この数字から何が読めるだろう。第一に「92合意」の内容について一般民衆はほとんど知らないため、「92合意」をシンボル化して総統選挙の争点とするのは難しいかもしれない。第二に両岸の現状については「友好的」と受け止めている有権者が多く、「対話と協調」が主潮流になったと考えてよいだろう。ちなみに陳水扁時代は「敵対的」の回答が平均すれば5割弱、「友好的」は3割弱だったから、その差は明白である。

両候補のイメージ
独立 現状維持 統一
馬英九 5.30% 42.80% 33.60%
蔡英文 38.30% 37.40% 3.20%
「遠見民意調査センター」

 もう一つは、馬と蔡という候補者イメージに関する「遠見民調センター」が8月22日に発表した調査。支持率ではないが、どちらが「現状維持」の守り手と考えられているかを判断する上で参考になる。現状維持イメージで、馬が5ポイントほど上回ったのは現職の強みかもしれない。馬の「統一」イメージが33%を越え、蔡の「独立」イメージが38%もあるのは、両党への固定観念が依然として強いことをうかがわせる。現状維持とは保守的な概念である。だから現状維持を主張するリーダーたちの公約の表現をよく読めば、「~しない」「~せず」など、必ず否定形をとることに気が付くだろう。古くは、クリントン元米大統領が1998年6月上海で行った「台湾独立を支持しない」など「三つのノー」から陳水扁の「5不」、馬英九の「3不」まで、全て否定形で表現されている。
「民主化」「省籍矛盾」を無効化
 最後に「08効果」が、台湾内政に及ぼした変化をとりあげる。単純化すれば「民主化」と、外省人と本省人の「省籍矛盾」という二つの対立軸の無効化である。民主化については多言を要しないだろう。かつて日本の植民地だった台湾と韓国では、米国との軍事同盟下で、独裁政権が維持された。経済成長と共に中間層が育ち、70年代後半から80年代後半にかけ「開発独裁」に反対する激しい民主化運動が燃えさかる。その対立軸が「独裁と民主」だが、台湾では政治制度の民主化は96年総統選でほぼ出来上がり、2000年と08年の2回の政権交代によって一層の成熟を見た。韓国でも金大中、盧武鉉という「民主化」を担ったリーダーに代わり、08年大統領選挙で財界人の李明博が当選した。「東アジアの火薬庫」がほぼ同時期に「ポスト民主化」の時代に入ったのは興味深い。台湾と朝鮮半島が、水面下で共振し合っているようにみえる。
 台湾でも「民主化」は運動の旗頭にはならなくなった。ひとつ例を挙げる。08年11月、総統機密費の横領などで収監された陳水扁が裁判所に連行された際、手錠をかけられた両手を高く上げ「政治迫害、冤罪」と叫んだ。これを見て「既視感」 を持った台湾人はかなりいたはずだ。それは国民党独裁時代、言論・結社の自由がなく多くの野党指導者が弾圧を受けた「政治受難者」の姿である。しかし権力の分散と選挙による政権交代が保証された時代に、「政治受難者」を装ってもなかなか共感は得られない。時代錯誤というものであろう。「ポスト民主化」時代の争点作りは難しい。多くの先進国で政策の選択の幅が狭まり、政党の差が明確でなくなったことはそれを表している。
敵失の定理
 民進党では世代交代が進む。昨年暮れの台北市長選挙で敗退した蘇貞昌は、陳水扁、謝長廷(元党主席)と並び、台湾民主化運動の出発点ともいえる1979年の「美麗島事件」の被告弁護士を務め、86年の党結成に参加した「第1世代」。彼ら「美麗島」世代のリーダーは、自分たちを国民党独裁の受難者と規定し、濃淡はあれ台湾独立ナショナリズムと分かちがたい政治傾向がある。これに対し蔡英文は、英国留学組の学者出身。李登輝政権末期に「2国論」策定に参与したが、イデオロギーにとらわれず、美麗島世代に比べてより現実的な見方をする。注10
 台湾に特徴的な対立軸だった「外省人」と「本省人」の対立軸も、次第に無効化している。「外省人」の馬英九が当選したことは、主要な争点ではなくなったことを示している。省籍矛盾を煽れば、逆効果になる可能性すらあろう。
 ポスト民主化時代の一騎打ち選挙に、特徴的な点を挙げる。それは「敵失の定理」である。二つの勢力の力が拮抗している条件下では、「勝者は敵失によって決まる」。2000年選挙は国民党の分裂という敵失が、陳水扁に「漁夫の利」を与えた。08年は、陳水扁のダーティイメージと日米からも支持を失った「台独」路線が、馬英九を当選させた。リーダーの優れた資質より、「いかに失敗が少ないか」が主要な選択基準となる。これは日本も米国も同じである。(了)




 
1 「民進党」HP(http://www.dpp.org.tw/news_content.php?sn=5261
2 台湾TVBS「民意調査中心」(http://www1.tvbs.com.tw/FILE_DB/PCH/201108/mcq69ajqc7.pdf
3 岡田充「台湾海峡の「現状維持」とは何か─反国家分裂法にみる中国の姿勢変化」(立命館大「政策科学」13巻1号 2005年10月)171頁に「反国家分裂法」の全文
http://www.ps.ritsumei.ac.jp/assoc/policy_science/131/131_15_okada.pdf
4 「中国台湾網」(http://news.ifeng.com/taiwan/200803/0303_18_422773.shtml
5 蘇起「92合意 両岸和解のカギ」(「中国時報」2011年8月26日付)
6 「聯合報」(2011年8月25日)
7 同上
8 「国民党」HP(http://www.kmt.org.tw/hc.aspx?id=32&aid=6328
9 国務院台湾事務辧公室HP(http://www.gwytb.gov.cn/wyly/201108/t20110824_2008279.htm
10 「海峡両岸論第18号」(http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_18.html

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