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     第25号 2011.11.29発行 by 岡田 充
    総統選に危機感募らせる北京
民進党の政権復帰に警鐘


 北京が接戦の続く台湾総統選挙に強い危機感を持ち始めた。台湾の各種世論調査で、民主進歩党(民進党)の蔡英文が、再選を目指す国民党の馬英九を追い上げ、形勢逆転の可能性が出てきたためである。馬の再選は北京にとって両岸関係にとどまらない戦略的な意味を持つ。中国外交にとって当面の最優先課題のひとつである。選挙結果は、安全保障でアジア関与を強める対米関係に直接影響し、それに付随して日中関係にも波及する。さらに東シナ海や南シナ海など地域全体の情勢も巻き込み、胡錦濤から習近平への権力移行にともなう人事配置にも微妙な影を落とすかもしれない。北京の焦燥感は、台湾政策のキーマン、王毅・国務院台湾事務辨公室主任が、民進党の政権復帰に強い警鐘を鳴らした発言によく表れている。台湾有権者向けと見られる発言は、果たしてに影響力を与えるパワーを持つだろうか。
「4つの不容認」
 王毅は11月半ば、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に出席する胡錦濤に同行しハワイを訪問。11日ホノルルで行われた胡錦濤と台湾元副総統の連戦会談に立ち会った後、14―16日には日本を訪問し玄葉光一郎外相(14日)、前原誠司・民主党政調会長(15日)らと相次いで会談した。そして16日深夜北京に戻り、翌17日には早朝便で重慶に飛び、2011年「重慶台湾名品博覧会」に「突然」(台湾紙「旺報」)出席した。王は博覧会の開幕式で「一つの中国」をめぐる「92合意の否定は容認しない」など「4つの不容認」を発表注1(写真は「中国台湾網」)した。発言のポイントは、民進党が存在自体を否定する「92合意」にあるが、その他の3点は「両岸関係の逆行は容認せず」「台湾海峡の平和発展で得たものを失うことを容認せず」「両岸民衆の福祉が破壊されるのを容認せず」である。
 この4点は同格ではない。次のように逆説的に読み込むべきだろう。第1点の「92合意」が否定されれば、「両岸関係は逆行し」「平和発展で得たものを失い」「民衆の福祉は破壊される」という意味だ。つまり「92合意」受け入れこそ全ての前提条件であり、民進党が政権に復帰すれば「両岸関係は逆行し」「平和発展で得たものを失い」「民衆の福祉は破壊される」。言葉遣いはともかく、民進党の政権復帰に警鐘を鳴らした事実上の威嚇といってよい。王はこの演説でも「大陸は台湾総統選に干渉しない」との基本的立場を繰り返した。1996年選挙での「文攻武嚇」と、2000年の台独への警告が、逆効果となったことから学習した北京は、2008年選挙では選挙に介入する印象を与える発言を一切控え、日米を通じた「間接圧力」という「洗練された」政策に転換した。しかし「4つの不容認」は、2012年1月14日に迫った次期総統選に向けた「介入」であり、馬再選に強い危機感を抱いているかがうかがえる。
中間票向けシグナル
 王毅は演説の中で、APEC首脳会議での胡・連会談の内容を紹介した。胡が「『92合意』は両岸が対話し協議を進める必要条件であり、両岸の平和発展の政治的基礎である。従って台湾海峡の情勢の安定を維持し、台湾同胞の福祉のために双方は必ず92合意を堅持し擁護しなければならない」という「明確なシグナル」を送ったと解説した。ではこのシグナルは誰に向けたものか。先の旺報は「今回の選挙では与野党の票の優劣はつけられず、最後のカギを握るのは少数の中間票である。従って、(「4つの不容認」の)シグナルの対象は中間選挙民とブルー系有権者だ。ブルー系有権者が団結(「棄宋保馬」宋楚瑜を捨て馬英九を守る)し、中間選挙民が両岸関係を意識すれば、馬は再選される」と分析している。
 ここで王毅の日本での動静をすこし振りかえろう。玄葉は、王に対し台湾を「不可分の領土」と位置付ける中国の立場を尊重するとし「当事者間の話し合いによる平和的解決を期待する立場に変わりはない」と述べたという(共同電)。また前原との会談で王は、馬英九政権と交流が進んでいる状況を説明した上で「両岸関係の平和的発展に対し支持を得たい」と強調した(共同電)。前原は、国交正常化40周年を迎える来年訪中する意向を伝えたという。王が現外相と前外相に会った理由は、前原会談での「両岸関係の平和的発展に対し支持を得たい」という発言に凝縮されている。重慶で発表した「4つの不容認」と同様、民進党が政権復帰すれば、両岸の協議と交流がストップしかねないとの危機意識を伝えること。そして、日本にも平和発展を進める現状の枠組みを支持してもらうこと。次いで可能なら、国民党政権の継続を希望する意思を表明して欲しいということであろう。
日本の影響力行使に期待?
 では日本は、両岸関係にどのような影響力を持ち得るのか。検討に値する興味深い課題である。両岸関係が改善されたことによるプラスの効果は比較的分かりやすい。例えば日本と台湾はことし9月「日台投資協定」締結にこぎ着けた。これは両岸が昨年締結した「経済協力枠組み協定」(ECFA)の波及効果である。仮に両岸関係が緊張していれば、台湾が国交のない日本との間で経済協定を締結することを黙認するだろうか。「台独の試み」として横やりを入れる可能性は十分あるだろう。その意味では両岸関係が日中、日台関係と連動していること、過去3年半の関係改善が東アジアの国際関係に、良性互動と「共通利益」(WIN・WIN)をもたらしたことは率直に評価すべきであろう。
 日本政府が、総統選に向け影響力を行使した最新の例を挙げたい。2007年12月28日、北京で日中首脳会談が行われた。会談後の記者会見で、福田康夫が温家宝に向かって、翌年3月の総統選挙で、民進党が計画していた「台湾名での国連加盟の賛否を問う」住民投票について、初めて「不支持」を言明したのである。中国側も予期していなかった発言。横で聞いていた温家宝も、福田に顔を向けて思わずほほ笑みかけた。
 北京は当時、住民投票を「台湾独立の試み」と強く警戒。米ブッシュ政権を通じ、投票反対を働き掛けてきた。ライス米国務長官も12月21日、住民投票を「挑発的な政策」と明確な反対を表明。フランスなど欧州諸国も不支持を公表する中で、主要国では日本だけが態度表明を避けてきた。その日本が意外にも反対を表明してくれたのだから、北京の喜びは想像に余りある。当時、福田発言について書いた評論注2 の一部を再録する。

―台湾の将来を決定する主な要因は三つある。軍事力を背景に現状維持に利益を見いだす米国。経済一体化をてこに統一を目指す中国。そして強まる台湾人意識をバックに独自性を維持しようとする台湾の三者である。三者間のバランスが、台湾海峡の安定を維持する。中国側も台湾人意識の強まりに配慮し、台湾政策を調整してきた。ひと言でいえば、「統一」は強調せず、米国と同様「現状維持」に力点を移す政策だ。中国は東アジアで、米国と協調しながら北朝鮮核問題に対応し、台湾が米中対立の「火種」にならないよう、現状維持に共通利益を見いだしている。
 現状維持政策は、台湾に直接圧力をかけず、米国など西側を通じて影響力を行使する政策とセットだ。台湾への軍事的威嚇が台湾有権者の反発を買い、逆効果になったことの反省からである。その意味で、米国と並び日本の態度表明は、現状維持枠組みに大きな意味がある。福田発言は「台湾包囲網」を狭める援護射撃になる。冷静に考えれば、日本にとっても現状維持以外の選択肢はないのだが、これを台湾側がどう受け止めるのかは別問題である。総統選と住民投票に表れる台湾人の意思を冷静に見守ろう。―


「柳の下のドジョウ」
 中国側が12月の野田初訪中の際、福田発言同様の「柳の下のドジョウ」を狙っていると考えるのは、深読み過ぎだろうか。温家宝は18日バリ島で野田と短時間会った際注3、訪中の意向について「日中関係の前向きなシグナル」と歓迎。「来年が日中国交正常化から40周年となることを踏まえ、幅広い分野での関係強化の重要性を強調し、野田も戦略的互恵関係の深化に取り組む考えを示した」という。ただ訪中時期が総統選の直前だけに、北京が台湾総統選の形勢を逆転させる何らかの発言を引き出したいと考えて不思議ではない。しかし「92合意」や「4つの不容認」というキーワードは、そのまま使えるわけはない。
 日本は表向き、両岸で対話と交流が進み、緊張が緩和したことを評価し歓迎している。中国側の言う「両岸の平和発展」である。日米間では05年2月19日の日米安全保障協議委員会で、「台湾海峡を巡る問題の対話を通じた平和的解決」と、台湾を初めて「共通戦略目標」に入れた。(さらに今年6月更新された共通戦略目標は、馬英九政権と中国の良好な関係を評価しつつ、中台問題の「対話を通じた平和的解決」を促し、中国の武力行使をけん制した)。 両岸の平和発展は「共通戦略目標」の精神と矛盾しないから、「平和発展を評価し歓迎する」ことは無理な要求ではないだろう。さらに一歩踏み込んで「平和発展の現状が将来も継続され、地域の平和・安定に寄与する」ことを表明できるかどうか。「ドジョウ」のギリギリの選択になるだろう。(敬称略)




 
1 「兩岸関鍵期 王毅提四個不容」(「旺報」11月18日)
2 岡田充「日本の支持で台湾包囲」(「共同通信」07年12月28日)
3 「年内訪中を伝達」(「共同通信」11月18日 ヌサドゥア電)

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