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     第26号 2012.02.06発行 by 岡田 充
    奏効した国民党・北京の安定カード
馬英九再選の背景を探る


 この連載を始めて3年。馬英九の両岸政策に対する台湾有権者(1800万人)の判断が初めて下った。大接戦が予想された1月14日の総統選挙は、国民党の馬英九が、野党、民主進歩党(民進党)の蔡英文を破り再選された。蔡は前回選挙より4ポイント増やし得票率で45・6%と、馬を6ポイント(約80万票)差まで追い上げたが、及ばなかった(左下表=中時電子報作成)。総統選挙は総統と与党の対中政策と、中国に対する評価が比較的素直に表れる選挙である。その意味で再選は、1800万有権者が経済を中心に対中関係を大幅に改善したことを評価し、両岸関係の安定を選択した結果と言ってよいだろう。勝敗を分けた背景を両岸関係の枠組み変化から分析し、米中、日中関係など国際関係への波及を含め今後4年を展望したい。
旧モデルの失効
 台湾問題といえば、「枕詞」のように付く言葉がある。「統一か独立か」に「独裁か民主か」、外省人と本省人の「省籍矛盾」などの二項対立軸である。これらは戦後の台湾内政と、冷戦終結後に登場した李登輝・陳水扁時代の両岸関係を分析するモデルだった。この対立軸を単純化すれば次のようになる。(1)国民党と中国「統一=独裁=外省人」(2)民進党と台湾本土派「独立=民主=本省人」という図式である。これに日本への政治的姿勢を示す「反日か親日か」を加えると、二つに分断された台湾民意が、きれいに図式化されてみえる。初の直接住民投票による総統選挙が行われた1996年、中国が台湾にミサイル発射演習を行って以来、多くの日本メディアはこの図式に基づいて台湾問題を伝え、論じてきた。
 しかしこのモデルは08年総統選挙で馬英九が当選してから意味を失うのである。なぜなら対立軸の根幹をなす「統一と独立」について、馬英九と胡錦濤が「現状維持」に転換することで足並みを揃えたからである。馬は「統一せず、独立せず、武力を使わず」の「三不政策」を掲げ、胡錦濤も「(台湾の)現状は分裂していない」(筆者注=現状は容認するという意味)との認識を明確にした。もちろん中国は統一を究極の目標としているが、20~30年の中期政策として「統一」に替えて「平和発展」を据えたのである。これに対し民進党は前回選挙で、台湾名で国連に加盟する是非を問う住民投票を提起するなど、相変わらず古いモデルの「独立路線」で臨み自滅した。
 他の対立軸はどうだろう。自由な選挙で二度にわたり政権交代を実現した台湾で「独裁か民主か」の対立はなくなったことは言うまでもない。「省籍矛盾」についても、台湾では既に第四世代が誕生し、省籍を超えた融合が進んでいる。08年選挙で「少数派」の外省人の馬が当選した事実は、「省籍矛盾」が既に対立軸ではない証明である。逆に「省籍矛盾」を選挙に利用すれば、有権者から厳しい指弾を浴びる時代になった。
「08年効果」のパラダイム
 ではこれら古いモデルに代わる新たな枠組みとは何か。馬政権の誕生以来、台湾海峡には過去60数年来初めて平和的な環境が訪れた。対話と交流が格段に進み週558便もの航空機が両岸を結んでいる。自由貿易協定(FTA)に相当する「経済協力枠組み協定」(ECFA)が調印され、計16の協定・合意が成立した。「国共内戦」を法的に終わらせる平和協定こそ結ばれていないが、両者の関係は実体的には友好的で平和的と言っていい。つまり現状の基調は「対立と緊張」ではなく、「対話と協調」に変化した。これが「2008年効果」注1 という新たなパラダイムである。
 この枠組みが有効だとするなら、民進党は政権交代しても「対話と協調」の現状を壊さないという安心感を有権者に与えねばならない。これは民進党にとってかなり高いハードルである。その理由は第1に、民進党は国民党と中国を「統一=独裁=外省人」という古いモデルで批判し、台湾の「非中国化」を進めることで成長してきた政党だからである。敵対する相手と「対話と協調」するには新たな論理構築が必要であり、その論理を党と支持者に納得させねばならない。第2の理由は「対話と協調」のカードは北京が握っている。民進党が「対話と協調」を希望しても、北京が要求する「92年合意」を飲まねば、いつでも対話を打ち切れる。北京が「対話と協調」の“解釈権”を握っているのである。台湾海峡をミサイルが飛び交う緊張を望む有権者は少ない。国民党と北京は「08効果」による安定カードを握った。
 選挙の大勢が判明すると、馬は選挙事務所で両手を高く挙げながら「最も重要なことは両岸政策の正しさが支持されたこと」と勝因を強調した。一方の蔡英文は、篠つく大雨の中、涙を流す支持者に向かって「民進党は両岸政策を改めて反省しなければならない」と語った。双方とも、勝敗を分けた争点が「両岸政策」だったことを認めるのである。蔡英文は1月28日、故郷の屏東県で、中国や国民党を含む大環境の変化に対応できなかったと述べると共に、今後の民進党の課題として①対案を提出②選挙対策組織の改編③大環境への対応―注2 を挙げた。
平和協定のジレンマ
 ここで今後も尾を引くキーワード「92合意」に触れる。これは、両岸交流窓口機関の当局者が1992年、香港での実務協議で達したとされる合意を指す。中国側は「両岸は『一つの中国』原則を堅持する」ことで合意したと主張。一方台湾側は「『一つの中国』の解釈は(中台)各自にゆだねる」(各自解釈)という合意だったと見解が分かれる。しかし両者は争いを棚上げし、「玉虫色」の解釈を認めるのである。
 蔡英文も「08効果」をよく理解していたはずだ。台湾では当面、「統一」の選択肢はないが、「独立」もまた日米の支持は得られない。「現状維持」以外の選択肢はないと言ってよい。今回は全プレーヤーが現状維持で足並みを揃えた初の選挙だった。そこで国民党と北京は馬と蔡の間に線を引き、蔡に「台湾独立」のレッテルを貼る戦術にでた。その一線こそが「92合意」である。馬も蔡も「中華民国(台湾)は主権独立国家」という認識で大きな差があるわけではない。この認識を北京は「独台」というカテゴリーに入れるのだが、「92合意」を受け入れれば「一つの中国」を認めたと判断し、受け入れない蔡に「台独」のレッテルを貼ったのである。
 では馬勝利は、台湾有権者が「92合意」と「一中原則」を支持したことを意味するだろうか。この評価こそ、今後4年で最大の争点になる政治協議と平和協定をめぐって、北京の出方と台湾の反応を見極めるカギを握っている。選挙当夜の中国国務院台湾事務弁公室(国台弁)の談話は示唆に富んでいる。談話注3 は中国の台湾政策の正しさが証明されたとし、北京が「台湾独立」反対と「92合意」堅持を共通の基礎に「両岸関係の平和的発展の新しい局面をさらに開き、中華民族の偉大な復興のために共に力を尽くすことを願う」とした。「92合意」が支持されたかどうかには踏み込んでいない。ただ「平和的発展の新しい局面」という表現で、政治対話・平和協定を進めようとする意気込みを滲ませた。
 中国共産党はこの秋に開く予定の第18回党大会で、総書記が胡錦濤から習近平へ交代する。台湾政策は、胡錦濤の10年間で進めた政策の中で最も成功した政策の一つであろう。それだけに胡の任期内に、政治協議と平和協定調印を実現させようと焦る動きが表面化して不思議はない。一方、馬政権内にも、2期目の任期内に必ず平和協定に調印するとし、胡の総書記退任前の2012年夏が「ベスト・タイミング」とする当局者がいることを付け加えておく。
 しかし「平和協定」注4 への台湾内部の抵抗感は根強い。馬は昨年10月①国内民意の高度の支持②国家の必要③国会による監督―の3条件下で、今後10年内に協定調印を慎重に検討すると言明。野党側が反発すると、協定調印を推進する前に住民投票にかけると述べた。発言後の世論調査(TVBS)で、馬支持率は一気に6ポイントも下落した。平和協定が住民投票を通過する可能性は極めて低い。馬がこの約束と手続きを順守する限り、任期内に調印できる可能性はゼロに等しい。平和協定は北京、台北の双方にとってジレンマになる。
4つの不容認
 台湾民意の動向を選挙結果から分析する。蔡英文は、支持が強い南部で思うように票を伸ばせなかった。民進党関係者注5 によると、南部6市県の票を陳水扁が再選された2004年選挙と比較すると、約15万票減らした。台南市、高雄、屏東など蔡の地盤では目標の半分程度の票しか出なかったという。棄権による投票率の低下について同関係者は「北部で仕事をしている南部出身者が故郷に戻らず、初の選挙権を得た青年有権者が学期末テストで棄権したためではないか」と分析する。しかし、今回のように大接戦が予想され、政権奪還の可能性が現実味を帯びる選挙では、民進党支持者は「燃える」はずだから、その説明は腑に落ちない。


台湾総統選挙の結果(投票率74.38%(前回75.56%)
候補者 得票数 得票率
馬英九 敦義 6,891,139 51.60%
蔡英文 蘇嘉全 6,093,578 45.63%
宋楚瑜 林瑞雄 369,588 2.77%


 選挙直前、王毅・国台弁主任が発表した「4つの不容認」注6 は、北京による「安定カード」であり、ソフトな選挙介入だった。内容は「92合意」否定は容認できないとした上で、否定するなら「両岸関係は逆行」「台湾海峡の平和発展で得たものを失う」「両岸民衆の福祉が破壊される」である。長栄集団の張栄発総裁ら台湾財界人が、投票日直前「92合意」支持を続々と表明したのは、国民党による「経済カード」「安定カード」であった。こうしてみると、民進党政権になれば、平和と対話・協調が失われるという「安定カード」が一定の効果を発揮したとみてよいだろう。

今回の選挙結果からみた特徴を列挙すると次のようになる。
重視されなかった「初の女性総統」注7民進党系の「台湾太平洋発展協会」が投票3日前に行った「民意調査」で、28・6%が「初の女性総統」という訴えを「考慮した」が、66.7%は「しなかった」
財界の「92合意」支持は反発招く。同協会の調査によると、財界人の「92合意」支持発言への支持は28%。反対は48・9%。
「棄保効果」(宋を捨て馬を守る)はあった。第3の候補者、親民党の宋楚瑜の得票率は2・8%にとどまったが、同時に行われた立法院(国会)選挙比例区の親民党の得票率は5・5%。親民党を含む与党側支持者が「死票」を嫌って総統選では馬に投じた「棄保効果」は2・7%だった。
「台独」票は10% 立法院選挙比例区(不分区)の台湾団結連盟得票率は10%。民進党の得票率(34・6%)を合わせれば、ほぼ蔡の得票率になる。「台独」支持は約10%とみてよい。
 ▽  高まる世論調査の確度 従来の世論調査では、「緑」支持率は実際より、3~5ポイント低く出ていた。しかし今回の各種調査をみると、緑支持票はかなり素直に数字に表れた。従来の「げた履き」加算は再検討が必要
これらを総合して判断すると、有権者は両岸関係の安定と平和を選択したが、「九二合意」と「一つの中国」を支持したとまでは言えない。

日本にもチャンス
 勝因である「安定」を国際関係の中で考えると、その意味はより際立つ。胡錦濤とオバマ米大統領は選挙結果に胸をなで下ろしたに違いない。米政権が1月発表した新軍事戦略は、中国の軍事力拡大のけん制が主眼。米国が台湾に武器輸出を新たに行えば、米中対立の最大の火種になりかねない。第1期の馬政権時代、米国は2度にわたって台湾への武器供与を発表したが、中国は対米軍事交流停止という型通りの対抗措置をとったものの、台湾批判は一切控えた。民進党政権なら厳しい台湾批判に転じるだろう。
 
 ことし国交正常化40年を迎える日中関係への波及はどうか。日本と台湾は昨年9月「日台投資協定」を締結した。これは「経済協力枠組み協定」(ECFA)の波及効果である。円高に苦しむ日本の製造業は、台湾企業と提携し大陸に進出する動きを加速、これが日台投資協定締結につながる。両岸関係が緊張すれば、北京が日台投資協定を「台湾独立の試み」として非難し横やりを入れる可能性は否定できない。このほか、世界保健機関(WHO)オブザーバー参加や、北京と台北が互いに承認国の「切り崩し」をする争いを止める「外交休戦」など、台湾の外交メリットはかなりある。台湾紙は選挙直後から、シンガポールとのFTA交渉に続き、ニュージーランド注8 とも締結交渉に入ると報じており、北京の反応が注目される。このように両岸関係は米中、日中、日台関係と連動し、東アジアの安定と良好な国際関係のカギであることが分かろう。両岸関係の安定は、日台関係の実質的な進展にも有利であることは、この4年間の経験が物語っている。
 蔡英文は敗北したが、得票率は前回比4ポイント増やし、同時に行われた立法院(国会)選挙でも民進党は、着実に得票率を伸ばした(右上表=中時電子報)。政権奪還の失敗は、謝長廷・元行政院長ら、国民党独裁時代に民主化を要求した「美麗島世代」が終わったことを鮮明にした。蔡英文は党主席を引責辞任するが、彼女を含めた若い世代による世代交代と、両岸関係の新たなパラダイムに対応できる対中政策の再構築が急務である。(文中敬称略)=本稿は「世界」2012年3月号に執筆した拙稿を大幅に加筆・差し替えた内容である。





 
1 海峡両岸論第23号「両岸の現状はどう変化したか」参照
2 「中央通信」(1月28日)
3 国務院台湾事務弁公室 http://www.gwytb.gov.cn/wyly/201201/t20120115_2248402.htm
4  海峡両岸論24号「民意カードで自縄自縛」参照
5  「緑:南部投票率低 北2都太楽観」(「自由時報」1月16日)
6 海峡両岸論第25号「総統選に危機感募らせる北京」参照 
7  「回避両岸問題 緑営敗選主因」(「旺報」1月19日)
8  「選後発酵…台紐FTA」(「聯合報」1月19日)

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