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     第29号 2012.05.15発行 by 岡田 充
    日米でずれる中国観
対中協調と「棄台論」


 台頭する中国をめぐり日米間でずれが目立ってきた。特に日米双方の言論空間で顕著である。ことしは東アジアの国際政治が一変した1972年から40年の節目に当たる。40年前、ニクソン米大統領の訪中(写真 バンクーバー・オペラ「Nixon in China」=2010年3月=のポスター)で、敵対する米国と中国が和解。沖縄返還に続いて、日本は台湾と断交し中国と国交を正常化した。台湾と中国が尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有を主張し始めたのも、沖縄返還を含む東アジアの地殻変動と無関係ではない。この40年、日米安保の中身も大きく変化した。「ソ連の脅威」から日本列島を防衛する目的から、「中国の台頭」を意識しアジア太平洋全域を防衛範囲に拡大した同盟への変質である。問題は「台頭する」中国をどう認識するかだ。日本のメディアには、40年前、中国を味方に引き込みソ連を封じ込めたように、日米同盟強化によって中国包囲網を敷くべきだという言説が支配的だ。しかし米国では、有力な元政府当局者から、米国の優位性の喪失を所与の事実として受け止め、中国と外交、経済を含めた総合的な協調関係を模索しようとする議論が提起されている。
 ここでは、将来の米中関係を先取りした論文を紹介しながら、対中観をめぐる日米のずれを明らかにしたい。日本の好戦的な人々が期待する「米中衝突」は、決して必然ではない。むしろ対中協調路線は、次第に有力な政策選択肢として浮上するだろう。対中協調で最大の障害は台湾問題だが、学者や元政府当局者らから「台湾放棄論」(「棄台論」)が出ていることも併せて紹介する。
脅威が前提
 まず日本の言論空間での対中観をみよう。ひと言で説明するなら、中国の軍事拡張主義を日米同盟の強化によって包囲すべしという主張である。この前提には「中国は脅威」という認識がある。これは一部の週刊・月刊誌にかぎらず全国紙など主要メディアでも支配的といってよい。それを端的にみせたのが4月30日、ワシントンで発表されたオバマ大統領と野田佳彦首相による日米共同声明に関する報道である。「未来に向けた共通ビジョン」と題する共同声明などには①南西諸島への自衛隊の機動的配備を目指した「動的防衛力」と、アジア太平洋重視の米戦略の連動②グアム、北マリアナ諸島に日米共同訓練場を整備し共同訓練を実施③アジア諸国に巡視艇などの装備供与―が盛りこまれた。この声明をある全国メディアは、「対中『包囲網』急ピッチ」という見出しで「オバマ米政権は軍事・経済両面で台頭する中国を念頭に、アジア太平洋地域を『最優先』する方針を打ち出し、『対中包囲網』形成を急ピッチで進めている」と解説した。(5月1日 共同ワシントン電)。
 重要なことは、オバマ政権の「アジア重視戦略」は、米軍がアジア太平洋で軍事プレゼンスを増強することを意味するわけではない。財政的に余裕のない米国に代わって日本に軍事負担を肩代わりさせることにある。「戦略シフト」の背景には、確かに中国の「軍事的台頭」がある。中国が軍事力を強化しているのは紛れもない事実だ。だがそれをもって中国が尖閣や沖縄など日本の領土を奪い、台湾に武力行使し、東アジアで米国と軍事覇権争いを展開すると断定するなら、論理の飛躍というものであろう。
 もうひとつ例を挙げる。石原慎太郎・東京都知事が4月のワシントンの講演で「政府にほえづらかかせてやる」と、尖閣諸島の3島を、埼玉の地主から買い取るとブチあげた。中国を「支那」と言ってはばからない老人の「たわ言」は無視したいが、そうもいかない。全国紙など主要メディアが、その是非を真正面から論じているからである。募金活動を始めれば、全国の賛同者から寄付金が集まっているというから、今のところ彼の思惑通りに事は進んでいる。
 彼のシナリオはだいたい次のようなものだろう。まず買収に先だって測量を名目に念願の上陸を果たす。中国、台湾の領土ナショナリズムを刺激し、北京などで抗議デモが始まるのは当然折り込んでいる。中国・台湾・香港の民族派が抗議船を出して、海上でにらみ合いになってもいいし、漁業監視船や公船ならもっとよろしい。彼の目的は、領土問題で日中関係を緊張させ、中国の脅威を煽って「平和ボケした日本人に国土防衛の意識」を覚醒させることにある。原発再稼働や消費増税など、喫緊のテーマを押しのけて領土問題を永田町最大の争点にする。大阪市長の陰に隠れ、存在感が薄かった自分にもようやくスポットライトが当たる。「老骨にむち打ち、お国のために最後のご奉公をする」と、「新党」結成を射程にいれてもいい。都知事選出馬に当たっての究極の「後出しジャンケン」が、また繰り返される-。
 2010年9月の尖閣沖の漁船衝突事件以来、日本メディアには中国脅威論があふれかえっている。北朝鮮が衛星と主張するのは「ロケット」などではなくあくまでも「ミサイル」だし、「中国政府がなりふり構わず尖閣を奪いにきている」と、中国の侵略が目前に迫っているかのような見出しが週刊誌に躍る。中国、北朝鮮の言論統制を嗤えない感情的な言説が支配するようになった。その軸は右方向にずれる一方である。
欧米の再生
 それとは対照的にここで紹介するのは、総合的な視点から対中論を展開した理性的な論文である。筆者は、米カーター政権で国家安全問題担当補佐官を務めたズビグニュー・ブレジンスキー。米外交専門誌「フォーリン・アフェアーズ」(写真)に寄稿した「アジアとのバランスを保ち、欧米世界の強化を-激動時代における米大戦略」注1 。両岸論28号では「棄台論」として紹介したが、題名を読んで分かるように、米国や西欧など欧米世界の影響力の再生を問題意識の中心に据えた、骨太なグランド・ストラテジーである。
 まず論文の要旨を簡単に紹介しよう。繰り返すが主な問題意識は、衰退する米欧など西側の影響力の維持と再生にある。そのためにブレジンスキーは、ロシアとトルコという東西の中間に位置する勢力をEUに統合して、強力な欧米世界の再構築の起動力にしようと考える。ソ連・東欧を専門にする戦略家だけに、西欧と宗教的・歴史的な求心力を異にするロシア・トルコとの統合が容易ではないことはよく知っている。そして東アジアでは、中国との衝突を回避するため、中国の東アジアでの歴史的・地政学的影響力を認めた上で、米国は東アジアでの紛争回避のためのバランサー役になるべきと主張。日米関係の強化を対中包囲網とせず、日中の和解を進めて日米中の協調的三角形の形成が必要と説く。米中間のトゲである台湾問題については、鄧小平の「一国二制度」方式による中台統一を今後10年程度の間に考慮せざるを得ないと、大胆に提言している。台湾にとっては聞き捨てならない「棄台論」である。ただこうした主張はブレジンスキーに限らない。他の有力な国際政治学者から「台湾防衛のような最重要ではない関与については従来の政策を見直し、台湾から手を引くことも考慮すべき」(チャールズ・グレーザー・米ジョージ・ワシントン大教授の「中国台頭は戦争につながるのか?」注2 などの主張が目立っている。中国の大国化と、両岸の和解・交流による緊張緩和という新状況によって、米国のアジア戦略の中で台湾の比重が軽くなっているためであろう。続いて論文の中心となる「複雑なアジア」の内容を、テーマごとに箇条書きにしよう。翻訳の責任は筆者にある。
【対中評価-イデオロギー論争の自制を】
  • …中国は、自分のイデオロギー上の教義を普遍的なものとして主張してはいないし、米国もまたイデオロギーを対中関係の争点にしないよう注意してきた。双方は国際政治の舞台で「建設的パートナー」と位置づけている。米国は中国の人権侵害に批判的だが、中国の社会・経済システムにその原因があるとみなさぬよう配慮してきた。
  • …もし米国が対中懸念を強め、自信過剰の中国と政治的対立の道に陥るなら、ワシントンは、北京の成功が抑圧体制のおかげであり、米国経済に打撃を与えているとみなす。一方北京はこうした米国のメッセージを、中国の体制弱体化や粉砕を意図したものとみなすだろう。さらに中国は、米国など西側に敵対的な途上国に対し、欧米の優位性排撃に成功したと強調しアピールする。双方はイデオロギー論争を自制すべきである。
【米国の役割-バランサー役を】
  • …米国はアジアで、地域のバランサー役を果たすべきだ。紛争調停や力の均衡を図ることによって、アジア諸国が地域覇権をめぐり争うことを回避するよう助けるべき。
  • …そのため極東大陸で安定を維持してきた中国の歴史的、地政学的役割を尊重すべきである。中国と共に地域の安定に向けた対話に関与することは、米中対立の危険性を減少させるだけでなく、中国と日本、中国とインド、さらには中央アジア諸国の天然資源と独立国家の地位をめぐる中ロ間の判断ミスを減らすことができる。
  • …米国は、非アジア国家である米国の直接的な軍事力によってアジアの安定が確保できなくなっていることを認識すべき。米国が(軍事力で)安定を強化するなら、コストの高い戦争に追いやり自滅することになる。
  • …もし米国が、インドやベトナムと反中国軍事同盟を形成し、反中国のために日本を軍事化すれば、双方に極めて危険な敵意を増幅する。米国のアジア外交の基本原則は、日本と韓国への(防衛)義務を維持しつつ、中国をめぐるアジア諸国の戦争に巻き込まれるのを避けることである。
【日米中三角関係】
  • …日米関係は特に重要であり、米日中三角協調関係を共に進展させる「跳躍台」にすべき。この三角形は、中国が地域で存在感を増すことによって生まれる戦略的懸念に対応する枠組みだ。中日関係を深化させる努力は東アジアの安定の出発点となる。
  • …中日の和解はより包括的な米中協力関係を促進する助けとなる。中国は米国の対日コミットメントが確固としたものであり、日米の絆は深く本物であること、日本の安全保障が米国に直接依存していることをよく知っている。そして中国との紛争が、双方にとって破滅的であることを知れば、東京も米国の対中関与が間接的に日本の安全保障に役立つことが分かろう。
  • …中国は、米国の日本に対する安全保障上の支援を脅威と見なすべきではないし、日本もまた米中協調関係の深まりを、日本の不利益と考えるべきではない。米日中の三角関係を深化させれば、人民元が事実上第3の国際通貨になるかもしれないという東京の懸念を和らげることができる。中国を既存の国際システムに取り込むことによって、中国の将来への米国の不安を緩和できる。
【新たな対中政策】(全文)
 このような地域的調整が進み、米中二国間関係が拡大するなら、米中間の三つの敏感な問題を平和的に解決しなければならない。第一は近い将来に、2番目は今後数年のうちに、そして三番目はおそらく今後10年程度内に-。
 最初は、米国は中国の領海すれすれで行っている偵察活動と、米海軍による中国の排他的経済水域(EEZ)内での定期的な監視活動を見直すべきである。これらは北京にとって挑発的である。逆ならばワシントンにとって挑発であるように。さらに米軍用機による偵察活動は思わぬ衝突を招きかねない。中国空軍が戦闘機を発進させ、時には米軍機に挑発するからである。
 第2に中国の軍事力強化は、当然ながら米国の日本や韓国に対する安全保障上の懸念を引き起こす。だから米中は、それぞれの軍事計画を話し合う定期的協議を設置するべきである。
 3番目。台湾の将来の地位は、両国間で最も議論を呼ぶテーマである。ワシントンは台湾を主権国家としては扱わず、中国と台湾は一つの国の一部であるという北京の主張に同意している。しかし同時に、米国は台湾に武器輸出している。米国の兵器によって守られている台湾は、北京の敵意を増幅しており、米中の長期的な関係調整の上でこの問題を処理しなければならない。最終的な解決は、鄧小平の「一国二制度」方式に倣った「一国多制度」が、台湾の終局的な中国との再統合の基礎になるかもしれない。その中では台湾と中国は、政治、社会、軍事(特に人民解放軍の台湾駐留の排除)面でそれぞれ独自の制度下に置かれる。
 どのような方式になるかはともかく、中国の大国化と、台湾と大陸の関係拡大の中で、台湾が中国とのより公的な関係をいつまでも拒否できるとは考えられない。
キッシンジャーの対中観
 どうだろう。「リベラルな理想論」という印象から、「アジアを知らない新孤立主義」「対中投降論」などさまざまな受け止め方があるに違いない。ただ、日本のメディアでは最近、こうした論文を目にする機会が少なくなった。ブレジンスキー論文を(1)中国の軍事増強(2)日米中の協調的トライアングル(3)中台統一-の3点に絞って論じる。
 まず(1)中国の軍事増強について彼は「米国の日本や韓国に対する安全保障上の懸念を引き起こすのは当然」と書くものの、軍事増強への評価や目的・意図については詳述していない。そこで、40年前の米中和解の立役者、ヘンリー・キッシンジャー(写真 wikipedia)に登場願おう。「フォーリン・アフェアーズ」(3/4月号)に彼が寄稿した論文「米中関係の将来」注3 を引用する。
 彼はまず米中関係の「現状」を次のように書く。米中間では戦略・経済問題で協議する枠組みができ軍事交流も再開されたが、「協力関係が進むと同時に対立も増えている」。米中双方に、お互いを敵視するグループがいて、彼らは「優位性を求める両国間の対立は避けられず、既に入っているとみなしている」。そして米国「タカ派」は、中国が①米国を西太平洋から追い出す②アジアを中国の経済・外交利益に追従する排他的なブロックを形成する-ことを長期的に追求していると見ている(p45)。このあたりは「好戦的都知事」と共通の認識である。一方、中国側にも、米国を「傷ついた超大国」と見るとともに「ワシントンの確固とした目標は、軍事力の配備と条約上の約束を通じて、中国の台頭を抑え込み、中華帝国としての歴史的役割を演じるのを阻止すること」とみる勢力がいると指摘する(p46)。
 続いて中国の軍事増強を次のように評価する。「中国の軍事増強は異常な動きとは言えない。世界第二位の経済大国で世界最大の資源輸入国が、その経済力を軍事力に転化しないのは不自然であろう。問題は軍事増強が果てしなく行われるのか、その目的は何かである」と書く。その上で、米国が中国のあらゆる軍事能力の向上を敵対的にみるなら、その目的をめぐって双方は果てしない論争に巻き込まれると警告。中国に対しても「際限のない軍備競争が招く結果を充分に認識すべきだ」と、自重を促している(p48)。
 中国が近隣諸国を軍事支配しようとしているとの見方に対しては、中国の帝国的拡張は、歴史的には軍事的征服によってではなく、ゆっくりとした浸透によって行われたと指摘。北はロシアと国境を接し、東には米国と軍事同盟を結ぶ日本と韓国があり、ベトナムとインドは南にいると書き「軍事的征服ができる地勢にはない。むしろ中国のほうが包囲されていると懸念している」としている。
 さらに、中国が軍事支配を自制する別の理由として①沿海と内陸の格差拡大②一人っ子政策に伴う少子高齢社会の到来で、大家族主義に根ざした伝統文化が挑戦を受ける-など、国内の社会・政治問題への対応がより重要になることを挙げた(p49)。最後に「中国の台頭は、軍事増強の結果というより、米国が競争的優位性を失った結果である」とし、将来の関係については「相手側の行動を警戒すべきものと考えず、国際関係における普通の行動とみなすべき」という結論を導き出した(p55)。
 彼の中国認識と対照的なのが日本の中国脅威論。中国のネットに溢れるナショナリズム的言辞を読んで「中国は尖閣諸島だけでなく沖縄も奪おうと狙っている」「東シナ海と南シナ海を内海化し、第一列島線から第二列島線に出て、米艦船のアクセス拒否能力を高めようとしている」。これに「中国軍部の台頭」を加え、さらに「南西諸島の抑止力を強化」すれば、「動的防衛力」が何を目指しているのかが理解できる。米国タカ派の見立てに近い認識である。歴史と地政学を踏まえたキッシンジャーの中国観は説得力がある。特に、米中双方の複数の相互イメージを相対化する視点は重要である。
日米中対話に積極姿勢
 ブレジンスキー論文に戻ろう。第2の論点「日米中の協調的トライアングル」。冷戦時代の「ゼロサム思考」から脱却して、「WIN WIN」の関係をいかにして日米中三者でつくるかという提案である。中国を敵視し、日米で中国包囲網を構築しようとする立場からはこうした発想は生まれない。まず摩擦が絶えない日中関係について「(日中)和解は、包括的な米中協力関係を促進する一助になる」と書いた。そして日米同盟に対する中国の認識として「中国は、日米の絆が深く本物であること、日本の安全保障が直接米国に依存していることをよく知っている」とし、「中国との紛争が、双方にとって破滅的であることを知れば、東京も米国の対中関与が間接的に日本の安全保障に役立つことが分かろう」と、日中双方に理性的な判断を促している。
 「言うは易し」の感がないわけではない。しかし、中国政府が5月4日「盲目の人権活動家」陳光誠の出国を容認した例をみても、対話の重要性が分かる。米中両国はちょうど北京で「戦略・経済対話」を開催中だった。中国は人権問題が米中間の火種となり、結果的にオバマ政権を追いつめれば、対中強硬派で知られる共和党ロムニー候補に「塩を送る」ことになると計算したのではないか。米中戦略対話の最中だったことが、比較的スムーズな処理につながった面は否定できまい。
 ブレジンスキーが提唱する日米中の「協調的トライアングル」もわずかだが光が差している。玄葉光一郎外相は1月24日の第180回国会の外交演説で「日本,米国,中国三か国の戦略的な対話と協調が,地域の平和と安定のためにこれまでになく重要な時期にあり,既に存在する日中韓,日米韓,日米豪,日米印といった枠組みに加え,昨年提唱した日米中の対話を立ち上げたいと考えています」と述べた。
 中国側の姿勢はどうか。日本では中国が「日米VS中国」の図式を嫌っているため、積極的ではないとの見方が主流だが、そうとも言えない。2011年1月末の米中首脳会談の直後、中国外交部のある当局者は筆者に「この地域の多国間安保の枠組みを協議する動きが10年以内に出てきそうだ。楽観的とみられるかもしれないが、日米同盟や米韓同盟だけでなく、この地域(東アジアと東南アジア)の安保枠組みを作らねばという議論が米国から出る」と語った。「首脳会談の共同声明にもヒントはあるか」と質問すると「首脳会談でそれを意味する発言があったということだ」と答えた。この時は、「多国間安保対話」という表現だったが、6月25日ホノルルで開かれた第1回「米中アジア太平洋協議」の後、彼の表現は「中、日、米のトライアングル」へと変化した。双方はアジア太平洋における双方の利益と対立について率直に意見交換したとし「10年後のアジア太平洋の安全保障における展望も話し合った。われわれは中国、日本、米国のトライアングルの対話も射程に入れている」と踏み込む。「アジアの多国間安保枠組みを『3者』でやるという意味か?」と聞き返すと「そうだ。トライアングル以上の大きな枠組みを考えているわけではない」という返事が戻ってきた。
 昨年の米中首脳会談以降、米中間でトライアングル対話が取り上げられ、中国も積極的に検討していることを裏付ける話である。日米中の外交チャンネルで調整が続けられてきたとみてよいだろう。日本外交筋は「中国外交部でも意見が割れている」と見るが、米中両国は来年、軍事対話を新たにスタートさせる。米中対話は着実に進展しており、対立局面ばかりをみると実相を失いかねない。予想以上に早く日米中の安保対話の枠組みが実現する可能性は否定できない。
刺激的な統一論
 最後に検討するのは、(3)中台統一である。ブレジンスキー論文では最も刺激的で、論議を呼ぶ内容だ。「両岸論28号」注4 でも紹介したように、馬英九は3月27日、アーミテージ米元国務副長官ら米国のアジア専門家と会見した際、「棄台論」に反対した米識者にわざわざ謝意を表明している。
 ブレジンスキーは、具体的に①中国領海・領空近くでの偵察活動の停止②米中軍事定期協議③「一国二制度」方式による統一-の三点を提案。さらにタイムテーブルとして①は「近い将来」②は「今後数年内」③は「10年程度以内」と明示した。その条件として彼は「地域的調整の進展」と「米中二国間関係の拡大」を挙げる。交渉には相手があり、中国側の対応や米国の指導者交代など変数は多い。①の偵察活動の停止は、2001年4月、海南島上空で起きた米海軍電子偵察機と中国戦闘機の空中衝突事件を意識している。ブレジンスキーはこうした偵察活動を「北京にとっては挑発的である。逆ならばワシントンにとって挑発であるように」と率直に認め、「米軍用機による偵察活動は思わぬ衝突を招きかねない」と警告する。中国軍機が米本土すれすれに偵察活動をすれば、米国の世論は放置しないだろう。中国軍艦が公海である第2列島線近くに展開しても日本メディアが大騒ぎするのだから、推して知るべし。②の軍事定期協議は、相互の軍事計画を話し合うのがミソ。中国側の情報開示と一層の透明性がポイントになる。
 論議を呼ぶのはなんと言っても③中台統一である。ブレジンスキーは、米国が台湾は中国の一部であるという北京の主張に同意しているのに、台湾へ武器輸出して「北京の敵意を増幅している」と書く。そして「米中の長期的な関係調整の上でこの問題を処理しなければならない」とした。台湾に防衛的兵器の供与を約束した「台湾関係法」に言及していないが、同法の見直しを示唆したものである。そして終局的には、中国と台湾が政治、社会、軍事各面でそれぞれ独自性を維持しながら統一する「一国二制度」の採用を提起するのである。
 もちろん米政府のアイデアではないが、台湾では大きな反響を呼んだ。アーミテージ米元国務副長官らとともに3月末に訪台したべーダー・元ホワイトハウス国家安全保障会議・アジア上級部長は、同27日台北で開かれた「台北フォーラム」で講演注5 。記者の質問に答え、「棄台論」は主流意見ではないとした上で「台湾の将来はワシントンではなく、台湾人自身が決めること」と答えた。彼はワシントンの台湾政策として、台湾関係法に加え、武器売却問題を最終的に解決するとした1982年の「8・17共同声明」の順守を強調。両岸は意見の不一致を平和的に解決してほしいと述べ「時間がたてば問題はより容易に解決する」と付け加えた。当面、ワシントンの台湾政策に変更がないことを強調する内容だが、「より容易に解決する」という表現は微妙な含みを感じる。台北、北京のいずれをも刺激しないよう気遣った慎重な言い回しではある。
西欧的な思考方法
 ブレジンスキーの主張は、最終的な平和統一を狙う北京の考え方とほぼ一致する。北京の一部の本音を代弁するのが南方朔(香港「亜洲週刊」主筆)の「明報」注6 に寄稿した評論である。彼はこの論文の影響力は極めて大きいとした上で「米国の平和的“棄台促統論”の幕を正式に開いた。率直に言えば、平和発展政策をとる北京が、ブレジンスキーと似通った主張をするのは時間の問題である」と書く。そして「米国が台湾関係法をいつ放棄するかは確定していないが、そう遠くではなかろう。もし台湾が実務的で、誠実な対応をとろうとするなら、両岸の終局問題に誠実に向き合うべきである」と主張した。馬英九政権が渋る平和協定や軍事信頼醸成措置を実現させ、台湾関係法の放棄に道筋をつけたい北京の本音が透ける。
 ただ米政府が、無条件で中国領空・領海付近での偵察活動を停止し、台湾関係法の放棄を決断する可能性は極めて低い。繰り返すが、「棄台論」が出る背景は、中国の大国化と両岸の緊張緩和という新状況である。特に、台湾海峡では戦争の可能性は限りなくゼロに近づいている。胡錦濤が提起した「平和発展論」は、中国との統一を嫌う台湾人の意識を、交流・協力を通じて変える息の長い戦略である。ブレジンスキーは、米国が同意した「一つの中国」政策に戻って、台湾関係法の放棄や最終的な統一を論理的に帰結させようとするが、これは実態(de fact)ではなく、法律(de jure)理念を先行させる西欧的思考である。理念先行から問題解決を目指しても、台湾人は反発するだけである。一国二制度や平和発展など、実態重視から生みだされたアイデアを、両岸の双方がゆっくりと紡ぎ出す以外に解決法はない。(敬称略)

(了)
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1 Zbigniew Brzezinski「Balancing the East, Upgrading the West U.S. Grand Strategy in an Age of Upheaval」(「Foreign Affairs」January/February 2012)
2 Charles Glaser 「Will China's Rise Lead to War? Why Realism Does Not Mean Pessimism 」(「Foreign Affairs」March/April 2011)
3 Henry A. Kissinger「The Future of U.S.-Chinese Relations Conflict Is a Choice, Not a Necessity」(「Foreign Affairs」March/April 2012)
4 両岸関係論第28号「際立った両岸の深い溝 『一国両区』をどう読むか」(http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_30.html
5 「美學者:台灣前途台灣人決定 美前國安會東亞事務資深主任貝德指出 棄台論是非主流説法」(「旺報」2012年3月28日)
http://news.want-daily.com/News/Content.aspx?id=0&yyyymmdd=20120328&k=
17915aed7bb9a81196139f84ceafb832&h=c6f057b86584942e415435ffb1fa93d4&nid=K@20120328@N0055.001
)
6 「南方朔:兩岸關係由熱而冷的警號」(「明報」2012年4月10日)
http://www.chinareviewnews.com/doc/1020/7/0/1/102070104.html?coluid=7&kindid=0&docid=102070104

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