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     第30号 2012.05.28発行 by 岡田 充
    低下した両岸政策の比重
平和協定への言及なし



 台湾の馬英九総統が5月20日、台北の総統府で2期目の総統就任演説(写真 孫文の肖像に向かい宣誓する馬英九=中央社)をした。第1期就任演説と比較しながら、今後4年間の台北の対中政策と両岸関係を展望する。最初に演説内容の特徴を列記しよう。第1は両岸政策を、「柔軟外交による国際空間の拡大」と、「国防による外からの脅威の抑止」と並べて「台湾安全の鉄の三角形」と位置づけた。北京との関係改善に最大の重点を置いた前回と比べれば、両岸政策の比重が低まった感がある。第2は、前回は触れた「大陸との平和協定」には一切言及しなかった。1月の再選直後には、政治協議や平和協定の交渉に入る可能性がささやかれたが、任期中に実現する可能性は遠のいたと言ってよい。第3は、政権発足時に馬が抱いていた「民主」「台湾」「反日」の“3大コンプレックス”からようやく脱却できた-である。この秋に胡錦濤から習金平体制へと移行する北京がこの演説をどう受け止めるか、注意深く見守らねばならない。
一中両区
 まず第1の両岸政策。基本的な大枠に変化はなく、現状維持路線の継続である。前回の演説で馬は①中華民国憲法体制の維持②「不統、不独、不武」の「3不」が台湾の主流民意。「憲法の枠組みの下で、台湾海峡の現状を維持」③「92合意」を基礎に対話の早期回復―をうたった。これに対し今回は第1期を振り返り、「対等、尊厳、互恵」の理念を堅持して、両岸の制度的協議を復活し「16項目の協定に調印し両岸の和解を実現」と、4年を総括した。その上で「一部の民衆はわれわれの大陸政策に疑念を抱いている」とし「中華民国憲法こそ政府が両岸関係をすすめる最高指導原則だ」と強調した。具体的には①「不統、不独、不武」の現状を維持②「92合意、一中各表」の基礎の上で両岸の平和発展を推進③「一中」とは中華民国のことであり、過去20年来の憲法上の両岸定義は「一つの中華民国、二つの地区」(一中両区)という認識だ-とした。
 「一中両区」(海峡両岸論第28号「際立った両岸の深い溝」参照)を記憶しているだろう。呉伯雄・国民党名誉主席が3月22日北京で行った胡錦濤・共産党総書記との会談で、「両岸関係の法的基礎」として初めてこの用語を使った。鄧小平が、香港返還と台湾統一をにらんで打ち出した「一国両制」とわずか一字違いの用語だけに、野党、民主進歩党(民進党)などから「独立主権国家である台湾を一地区として矮小化し、中華民国を消滅させる発言」という批判が浴びせられた。馬の演説をよく読むと、「一中両区」への弁解という印象は拭えない。中華民国憲法に基づく、両岸の現状の説明に他ならないという意味だ。要は「一中各表」の焼き直しである。ある台湾外交筋は、「『一国両区』は演説に入るだろうか」との筆者の質問に、「入らない。言う必要のない意味のないことです。呉は(現役を引退した)名誉主席だし(北京に)リップサービスしただけ」と語っていた。だから演説に登場したのを見て、すこし意外感があった。強調したいのは「一中各表」に基づく現状維持であり、今回は前回に比べると、「中華民国憲法」の枠組みが何度も強調されているのが目立った。
 ここで第2の特徴に移る。今回の演説で全く触れられなかったのが「平和協定」である。前回の演説で馬は「将来われわれは大陸との間で、台湾の国際空間および両岸の平和協定について協議を進める」と明確に述べた。これをどう読むべきか。触れなかったからといって、それが任期中に政治協議や平和協定の話し合いに入らない意思の表明とは言い切れない。しかし馬は、現状維持政策の保持に続いて主権問題について「主権は相互に承認せず、(統)治権は否認し合わない共通認識をうち立ててこそ、双方は安心して前に進める」と指摘した。これは前回演説にはない部分であり、主権問題が関わる相違は今後も棚上げし続けたいという希望の表明であろう。
「同属一中」は出ず 
 演説でもう一点注目されたのが、呉伯雄が胡錦濤に述べた「(両岸)同属一中」という表現である。北京は「一中両区」への態度表明はしていないが、「同属一中」は高く評価した。国務院台湾事務辨公室の楊毅スポークスマンは「双方は両岸が一つの中国に属するという新合意を達成した」と、呉・胡会談を持ち上げている。従って中国側には「馬が演説で同属一中と述べれば一歩前進」と期待する向きもあった。しかし馬は、今回も4年前と同様、「両岸人民は共に中華民族に属する」(両岸人民同属中華民族)という表現を繰り返すにとどまった。
 もうひとつは「統一」。4年前の演説でも「統一」は全く登場せず、「両岸問題の最終解決のカギは、主権争いではなく、生活方式と革新的価値にある」と、「最終解決」という言葉に置き換えられた。そして、「最終解決」に向かう具体的な道のりとして、中国大陸が「自由、民主、均富」の大道を引き続き歩むよう希望するとしたのである。では今回はどうか。馬は「両岸人民は共に中華民族に属する」とした上で「共同の血縁、歴史と文化を持ち、共に孫文を国父と尊敬している」と説明、「自由、民主、均富の建国の理想を忘れない」とした。「最終解決」という言葉は使わずに、大陸は、台湾が行った民主経験に学んで「大陸の政治参加が次第に開放され、人権・法治が日ましに改善され、公民社会が自主的に成長して両岸人民の心理的な距離が縮まるよう心から期待する」と、中国の民主化を促した。
日米関係を重視
 演説の第1の特徴に戻って「両岸政策の比重低下」を少し説明する。冒頭に指摘したが、馬は「両岸が和解し台湾海峡の平和を実現」と「柔軟外交による国際空間の拡大」、「国防による外からの脅威の抑止」を並べて「台湾安全の鉄の三角形」と命名した。平たく言えば、両岸の平和を実現するには、国際空間の拡大を進め、米国からの兵器供与が不可欠という意味である。第1期では、両岸関係の改善に傾注したが、2期目ではより広い環境の中で両岸関係を相対化するという意味であろう。その意味で北京が「鉄の三角形」をどう評価するかは興味深い。
 「柔軟外交による国際空間の拡大」では、米国との関係を第一に挙げ「相互信頼を改めて確立、意思疎通のパイプを太くし、多くの領域で緊密に協力、過去30年で最も堅実な『安全と経済のパートナー関係』を築いた」と書いた。二番目に対日関係。「日本に分館(札幌)を設け、航空、文化、投資領域で重要な成果を挙げ、40年来で最もよい『特別パートナーシップ』を打ち立てた」と自賛した。さらに国際空間の拡大では、世界衛生機関(WHO)へのオブザーバー参加を挙げたほか、今後4年の目標に気候変動、民間航空安全に関する国連関連組織、NGO活動への参加拡大に触れた。WHOについては「両岸関係の進展と国際空間の拡大が、双方の衝突を招かず、むしろ補い合う関係になった」と、両岸関係の改善と「WIN WIN」の関係になったことを誇っている。
 馬は両岸関係に先立つ部分でも、両岸経済協力枠組協定(ECFA)の後続協議を進め、シンガポール、ニュージーランドなどとの経済協力協定を加速し、「8年以内に環太平洋連携協定(TPP)に加入する準備にはいる」と、国際経済協力組織への加入に重点を置く発言をしている。
 米国に続いて日本との良好な関係に触れたのには理由がある。第3の特徴の部分でも説明するが、馬は4年前の就任演説で日本との関係に一切触れず、伝統的な「親台保守団体」やメディアから「反日性格の証拠」などと批判された。今回はそれを意識して日本の比重を高めたということであろう。
 「国防による外からの脅威の抑止」は、米国の兵器供与の継続が、台湾の安全に不可欠という趣旨である。馬政権誕生以来「米国は3度にわたり総計183億ドルの兵器を台湾に供与した。これは質量共に従来の供与を超えた」と誇った。米中の相互依存関係が強まる中で、米国で台湾への武器供与を停止すべきだとする主張が出ているだけに、台湾にとって米国の関与が死活的であることを改めて強調した形だ。
3大コンプレックス
 最後のポイントは、「民主」「台湾」「反日」の“3大コンプレックス”。馬英九は2008年選挙で当選する前から、民主進歩党(民進党)のみならず海外からも「国民党独裁の擁護者」「台湾を捨て中国との統一を目指している」「保釣運動を先導した筋金入りの反日」などのレッテルを張られ、本人もこれを強く意識していたと側近たちは言う。そこで馬はこのレッテルを否定するため4年前の演説では、原稿中に「台湾」を50回も使用し、演説の最後には「台湾民主万歳」と「中華民国万歳」というスローガンで締めくくってみせたのである。今回の演説をみると、「台湾」の使用頻度は約30回に減った。演説の最後は「皆さんありがとう」で終わり、「台湾民主万歳」のスローガンはなくなった。日本絡みの発言は前述の通りだが、4年前の演説草稿に参与したある国民党関係者は「両岸関係と対米関係に忙殺され、日本に言及するのを完全に失念していた」と振り返る。
 二度にわたる政権交代を通じ台湾では「統一か独立か」、「独裁か民主か」、「省籍矛盾」「反日か親日か」などの単純化された二項対立軸は意味を失いつつある。これが筆者の言う「08年効果」(海峡両岸論第26号「奏効した国民党・北京の安定カード」参照)だが、今回の演説をみると、彼が二項対立軸に基づく「三大コンプレックス」からようやく開放されたという印象が残った。そうであるとするなら大変結構なことだ。

(了)
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