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     第31号 2012.07.31発行 by 岡田 充
    「固有領土」の虚構捨て大局を
尖閣を目くらましにするな
 われわれは彼の「掌のひら」で踊っている。不愉快だが認めねばならない。彼とは石原慎太郎・東京都知事。ワシントンでぶちあげた尖閣諸島(中国名・釣魚島)=写真は東京都庁HPから=購入計画のことである。野田政権が進める消費増税案をめぐって政党政治が機能不全に陥り、増税案と大飯原発再稼働で世論が二分されているまさにその時、外敵を求める彼一流の手法は奏効した。決して新しい手法ではない。われわれの意識の中には「敵対型ナショナリズム」が「腑に落ちる」土壌がある。軍事力をバックに「横暴さ」をむき出しにする中国への不安。出口を失った2大政党に代わり、強いリーダーが率いる「第3極」への茫漠とした期待感。外交と内政が抱える重石を一気に取り除いてくれそうな、そんな「魔力」に期待をかける心理的土壌が確かにある。
 だが尖閣をはじめとする領土問題は、喫緊の重大テーマではない。原発再稼働、消費増税という生命と生活に直結する争点と比べれば、答えは自ずと明らかであろう。「目くらまし」である。にもかかわらず、購入計画に3ヶ月で13億円の寄付金が集まった。さらに国有化へ政府を動かし、台湾の遊漁船や中国の漁業監視船が領海に入るなど、日中関係は思惑通り緊張した。都知事の思惑と狙いをおさえ、事態の経過を振り返える。さらに「領土問題は存在しない」という虚構に基づく政府の認識は無益どころか、有害であることを歴史的経過を踏まえながら考えたい。日中関係と日台関係の変化は、両岸関係にとっても大きな変数である。
緊張激化と新党が狙い           
 そもそも一地方自治体が、自治体と直接の利害関係のない離島を購入するのは妥当ではない。ましてその行為が中国と台湾との外交関係に直接影響するとなれば、国家主権にかかわるから自治体の仕事ではない。間もなく80歳を迎えるこの老人の狙いと思惑を整理しよう。知事がワシントンで保守系のシンクタンク「ヘリテージ財団」で50分弱の講演をしたのは4月16日。都庁のHPにある動画をみると、彼は「中国とか朝鮮からみると、目の前に日本列島があってすごく邪魔」と指摘し、こうした地政学的な条件に置かれた日本にとって「主要矛盾」と言い切った。両国が日本の「主要敵」だという意味である。その上で、国に代わって「東京が尖閣を守ります」と、購入計画を明らかにする。演説前段では、持論の改憲と核開発を主張するのだが、ここでは踏み込まない。最初から敵視している国とは外交交渉などできまい。軍事力で勝負をつけようとする軍国主義者の面目躍如といったところか。
 それはともかく購入計画の問題点を洗い出す。都が購入する論理を、石原演説に沿ってまとめれば(1)尖閣は日本の固有領土(2)中国が日本の実効支配をぶっ壊そうとしている(3)本当は国が買い上げるべきだが、国が買い上げると「シナ」が怒るから都が守るーというものである。言うまでもないが「主権」と土地の「所有権」は異なる概念である。しかし所有権移転は、実効支配の強化を直接的には意味しない。せいぜい中国の購入を阻止する意味はあるが、百歩譲って胡錦濤が購入しても日本の主権に変化はない。また「国が買い上げるべき」というなら、7月7日に国有化の意思を示した段階で、目的は達成されたのだから、購入計画をおろすのが筋だが、そうはしていない。
 そうすると彼の思惑・狙いは別にあると考えるべきだ。第1に、領土問題で日中関係を緊張させ中国の脅威を煽って「平和ボケした日本人に防衛意識」を覚醒させること。第2は内政上の狙い。原発再稼働や消費増税など喫緊のテーマを押しのけ、領土問題が永田町だけでなく世論で沸騰すれば、大阪市長の陰で存在感が薄まる一方の自分にもようやくライトが当たる。「老骨にむち打ち、お国のために最後のご奉公をする」と、新党結成を射程に入れる。経済低迷が続き政党政治は袋小路。終身雇用に年功序列という伝統的な社会秩序が崩壊し、将来不安は募る一方。こんな閉塞感に覆われている時に元気なのが、老人や大阪市長がぶち上げる敵対型ナショナリズムである。ナチスの手法でもあったが、金融危機に揺れるフランスやギリシャでも、移民排撃を叫ぶ右翼が勢力を伸ばした。
思惑通りの展開
 次に購入計画発表後の経過を振りかえる。石原の期待通り、日中関係が緊張し「領土ナショナリズム」が次第に高まっていく過程が見事に具現されている。都内のある大学で5月中旬、約150人の学生に「中国によい印象をもつか」と聞いた。周りを気にしながら遠慮がちに手を挙げたのは1割弱。約8割の学生が「悪印象」を抱いていると答えた。これをみても、思惑は奏効したと言わざるを得ない。経過のデータは、主として共同通信の報道に基づく。
6月5日 都議会定例会の所信表明で石原は「国に代わって日本の実効支配を強化すべく、島の特長を生かした活用方法を検討していく」「国の無為のまま荒廃した島々をよみがえらせることで国土保全にもつなげていく。外国資本が国の土地を買い占めている中で、一刻も早く島々の権利を個人から公の所有へ切り替える必要がある」と意図を説明。
6月10日 購入を支持する民主党の森岡洋一郎、自民党の下村博文ら衆院議員6人が漁船で魚釣島の周辺を航行、灯台や島の地形などを視察。視察は右翼団体「頑張れ日本」が主催する「集団漁業活動」の一環で、都議や石垣市職員、内外メディアなど計約120人が参加。
7月5日 石垣市の仲間均市議ら2人が北小島に上陸
7月4日 台湾の保釣運動(釣魚島を守る)活動家が乗った遊漁船「全家福」が、魚釣島周辺から日本領海に入り、魚釣島の沖約600メートルまで近づく。同船に随伴した台湾の海巡防署の巡視船4隻も領海に入り、領海から離れる際日本の接続水域内で、石垣海上保安部の巡視船「みずき」に台湾の巡視船が接触。台湾活動家は中国の国旗「五星紅旗」を持っていたという。

 これが国有化方針(7月7日)までの「第一ステージ」の経過である。石原は購入計画を発表しただけで、政府は具体的行動に出たわけではないから、中国は不快感こそ表明したが、抑制された対応に終始した。むしろ丹羽大使が英紙「フィナンシャル・タイムズ」とのインタビューで、購入計画に反対を明言したことで、日本政府内の足並みの乱れが露呈した。
続いて「第2ステージ」。
7月7日 野田首相が「尖閣は歴史上も国際法的にもわが国固有の領土であることは間違いない。有効に支配しており、領土問題や領有権の問題は存在していない」と述べ、国有化方針を表明。
同日  中国外務省が国有化方針に「日本側のいかなる一方的な措置も不法で無効」「中国政府は引き続き必要な措置を取り、断固として主権を守る」とする報道官談話。
同日  台湾の馬英九総統が、日台関係について「現在最も友好的な状態だが、国家主権などの立場では少しも譲ることはできない」と言明。
7月9日 米国務省高官が共同通信に対し、国有化方針について「尖閣諸島は(日本防衛義務を定めた)日米安保条約5条の適用対象」と言明。高官は「尖閣諸島は日本の施政権下にある」と述べる一方「米国は尖閣諸島の最終的な主権について(特定の)立場は取らない」と、従来の方針を表明し「平和的手段による解決を期待」と言明。
7月11日未明 尖閣諸島久場島の西北西約22キロで、中国の漁業監視船3隻が領海に入ったのを海上保安庁の巡視船が確認。中国船の領海侵入は今年3月以来で、佐々江外務事務次官が、程永華駐日中国大使に抗議。

ヘリポートに漁船避難港             
 政府の国有化方針で、日中双方の対応が次第にエスカレートしていることが分かる。中国漁業監視船の行動が、国有化への対抗措置であり「黙ってはいない」という日本向けの示威であるのは明白であろう。2010年9月の漁船衝突事件の際もそうだったが、お互いの対応がエスカレートしていく事態を放置するのは危険である。武力衝突という不測の事態だけは回避しなければならない。そこで今後予想されるシナリオを描いてみる。
 野田首相が国有化に動いたことで、「ほえずらかかせてやる」という石原の当初の思いは達成された。ただ寄付金が13億円も集まったのは彼にも意外だったかもしれない。評論家の櫻井よしこ氏のように「一億二千五百万人の日本人の祖国や国土への想いであれば」「遙かに超える額になってほしい」(『正論』8月号)と欲張る人もいる。もし石原がこの寄付金で購入しなければ「裏切り行為」になる。だから「国有化が筋」と言いながら、都が購入する方針は変更できない。逆に手足を縛られたのだ。
 価格を決定するには上陸調査が必要である。都は8月にも調査を開始する意向だが、問題は政府がこれを認めるかであろう。都の購入であれ国有化であれ、それに向けて公権力による実際行動がとられれば、「第3ステージ」に入る。「危険水域」である。政府は都の調査申請について「上陸の必要性や所有者の意向、平穏で安定的な維持、管理などを総合的に勘案し判断する」(7月13日 藤村修官房長官)と、あいまい姿勢だ。申請がない今の段階で、手の内をさらけだすわけにはいかない。中国向けカードだからである。
 しかし政府が申請を却下すれば、批判の矛先は石原にではなく政府に向くだろう。タイミングもあるが、政府との摩擦が起きれば起きるほど、彼に有利に働く。領土ナショナリズムのやっかいなところだ。挑発の経緯などすっかり忘れ、「対立図式」の中で、勝敗だけが「観客」の関心の的となり目的化されてしまう。10月にも開かれる中国共産党第18回党大会や日本の国会解散・総選挙など、双方の政治的な節目で、都知事はどのような手を打つのだろうか。お得意の灯台再建設をはじめ、台風避難用の施設に自衛隊の監視レーダー建設まで、可能な限り早く地上構築物を造って「実効支配を強化」することに言及するかもしれない。その度に彼が政府と衝突すれば、第二の「思惑」である「新党立ち上げ」が具体化していく可能性が出る。
 ちなみに1978年の日中平和条約交渉をめぐる議論の際、自民党総務会は3月24日に尖閣問題で「わが国固有の領土として、より実効ある支配権を確立するため政府が何らかの措置をとるべき」とする決議を採択。具体的には(1)ヘリポート(2)漁船用の緊急避難港(3)気象施設(4)人間の配置-を挙げたという(『読売』1978年3月25日朝刊)。この記事によれば、総務会では「竹島の二の舞になる」「既成事実を示すべき」などの意見が相次いだ。それから30年以上が経過した今も、「領土ナショナリズム」を煽る基本的なの思考に全く変化はない。やれやれである。
係争認め実態論で              
 ここで領有問題と日中関係に論点を移したい。第一は「日本領土であることに争う余地はない」かである。政府の公式見解は「固有の領土であることは、歴史的にも国際法上も疑いがなく、有効に支配している。領有権問題は存在しない」というものである。第二に「中国が尖閣を奪い取ろうとしている」という認識は正しいかどうか。そして最後は「日中関係の大局」である。
 第一の「固有の領土」を考える上で、重要なのは丹羽駐中国大使の「計画が実行されれば日中関係は重大な危機に陥る」と警告した発言である。外務省は「領土問題は存在しないという政府の立場と異なり、中国にとの間に領土問題があると受け取られかねない」と大使を注意、都知事が更迭を要求した発言である。7月15日には玄場外相が一時帰国した大使に「日本の立場を正確に伝えるよう」訓令したという。
 「領土問題は存在しない」とする日本政府の建前について論じる。格好の例は、2年前の中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突事件である。船長逮捕に抗議する中国に対し、政府は「日本の法律にのっとって粛々と対応する」と繰り返した。領土問題は存在しないから、あくまでも国内法で処理し、中国の主張は一切聞かず外交問題としてとりあわないという意味である。
 だが船長は現行犯逮捕ではなかった。拘束から逮捕まで13時間もかかったのは、逮捕容疑を公務執行妨害にするか、違法操業にして国外退去させるか、「中国の対応」を想定しながら、検討に時間がかかったからである。これを「政治判断」と言わないでなんというのか。外交問題に発展しかねないという認識があるからこそ、日本政府は1990年代から、尖閣諸島付近への立ち入りを制限してきた。領土問題は存在しないという虚構の建前にしがみついた結果が、中国の強硬姿勢に対し外交上の対応がとれず船長釈放という「外交敗北」につながったのではなかったか。丹羽の懸念は正しい。購入計画は日中関係を緊張させるのが目的だから「重大な危機に遭遇」しないよう処理するのが大使の職務である。法律論(De Jure)ではなく実態論(De Facto)に立脚しなければ外交はできない。
 領有権について言えば、国際法上は日本の主張に理がある。しかし外務省の「固有の領土であることは、歴史的にも疑いがない」という主張には異議がある。中国と台湾が領有権を主張しているのは事実であり、少なくとも係争があることは認めるべきであろう。宮本雄二・前中国大使が「領有を日本が確信しているからといって、中国と『紛争がない』というのは事実をみていない」(『朝日』7月7日「日中40年『傷』広げぬために」)と主張するように、政府内にも「係争地」であることを認めるべきだという声が前からある。丹羽更迭論はこの声が主流になる前に芽を摘もうという試みであろう。
「棚上げ」が常識              
 次の文章をじっくり読んでほしい。「尖閣諸島の領有権問題は(1972年の国交正常化や78年の日中平和条約調印の際にも問題になったが)いわゆる『触れないでおこう』方式で処理されてきた。つまり、日中双方とも領土主権を主張し、現実に“論争”が存在することを認めながら、この問題を留保し、将来の解決に待つことで日中政府間の了解がついた。それは共同声明や条約上の文書にはなっていないが、政府対政府のれっきとした“約束ごと”であることは間違いない」。これは1979年5月31日付け読売新聞社説「尖閣問題を紛争のタネにするな」の一部である。沖縄開発庁が同月28日から魚釣島で行った「学術調査」の一環として、島に仮ヘリポートを建設したことについて「(平和)条約発行後一年もたたないのに、ヘリポートをつくり調査団を派遣するのは、わざわざ実効支配を誇示しようとするものと受け取られかねない」と、日本政府の行動をたしなめる内容である。対中批判の急先鋒となっている同紙も、かつては至極まともな紙面をつくっていた。
 それはともかく、いわゆる棚上げ論についての日本政府の公式見解は「日本が合意した事実はない」というものである。これは2年前の漁船衝突事件の時の、前原誠司・外相の国会答弁だが、それは事実だろうか?72年の国交正常化に先立ち、周恩来が「しばらく取り上げないでおこう」と提案し、日本側も同意したのが最初とされる。さらに79年8月12日の日中平和条約調印の2日前、北京で鄧小平(写真はWikipedia)が園田直外相と会談「釣魚島問題、大陸棚の問題などは今、引っ張り出す必要はない。ちょっと横において、それから落ち着いて討論し、双方が受け入れられる方法をゆっくりと相談すればよい」(「北京週報」2004年No34)と提言した。これに対し園田が何と答えたか、残念ながら外務省の公文書は解禁されていない。ただ園田は翌79年7月10日の閣議で、尖閣周辺の石油開発について「領有権は別として、中国との共同開発を進めたいと述べた(『読売』七月10日夕刊)。
 この発言や読売報道は、当時の外務省や主要ディアの認識が「棚上げで合意」と解釈していたことを裏付ける。さて国有化についての外務省の認識はどのようなものか。ある高官は「個人的見解」として、2002年の政府借り上げが「最もよかった」と振りかえる。仮に国会議員から国政調査権をたてに上陸許可を求められれば拒否できないが、「借り上げていれば、地主がちょっと、と言い訳できた」という。とするなら国有化すれば、国政調査権で上陸申請がでれば拒否できないことになる。高官に、中国は本気で奪おうとしているのかと問うと「このままいけば中国がとってこようとするかもしれない」と、慎重ながらも、石原知事と同様の認識を示し「尖閣を差し上げれば、次は与那国や沖縄本島まで差し上げることになるが、それでもいいのかと聞けば、多くの人は黙ってしまうだろう」と付け加えた。領土ナショナリズムの浸透ぶりがうかがえる。
あやしい固有論               
 領有権に関する歴史的経緯からの中国と台湾の主張にもそれなりの理はある。まず尖閣諸島の地理。八重山列島北方の5島(魚釣島、南小島、北小島、大正島=赤尾嶼、久場島=黄尾嶼)からなり東西約3キロ、南北約1キロに及ぶ。最も西の魚釣島が面積約3・8平方キロと最大。今回、東京都が購入の対象としたのは、大宮の地主が所有する魚釣島、南小島、北小島の3島。都は6月8日になってその地主の妹が所有する久場島も購入すると発表した。米軍は、沖縄返還後も大正島、久場島を射爆場として「排他的管理区域」にしてきたが、1978年以来、米軍からは使用通告はないという。このあたりの事情は豊下楢彦・関西学院大教授の論文(岩波『世界』8月号)に詳しい。一読をすすめたい。
 さて領有権をめぐる日本と中台の主張を概観しよう。明治政府は日清戦争中の1895年1月に沖縄県・石垣に編入する閣議決定をした。その後日本人が入植し、カツオ節の生産などに従事したが1940年ごろから無人島に。第2次大戦後は、沖縄などの南西諸島とともに米施政権下に入った。2002年10月、日本政府(総務省)は大宮の地主と貸借契約を結んだ。
 一方、中国側の主張はこうだ。(1)中国の大陸棚にあり明朝時代から海上防衛区域だった(2)台湾に付属する島嶼であり、沖縄との境界は赤尾嶼(大正島)と久米島の間(3)日本は日清戦争の最中に島を奪ったーなど。中国は1992年2月、諸島を中国領と記載する領海法を制定。台湾もほぼ同じ主張をして2004年年1月、宜蘭県に土地登記した。
 もうすこし細かく歴史的経緯をみれば、中台の主張にも理があることがわかる。尖閣は、明治政府にとって、琉球割譲から台湾領有に至る南方への領土拡張の一環と位置付けてよいだろう。もちろん国際法上の「合法性」はある。だが中国・台湾からみれば、日清戦争で日本の勝利が確実になった段階での「尖閣編入」は、「どさくさに紛れて奪った」という論拠のひとつとなる。英、独、仏、露など帝国列強に次々と領土を奪われ、弱体化の一途をたどっていた当時の清朝にとって、尖閣のような無人の小島に関心を寄せる余裕はなかったはずだ。
 もうひとつ史実を挙げる。明治政府は、琉球藩を沖縄県にした「第2次琉球処分」の翌年の1880年10月、清朝に対し宮古、八重山を清朝に割譲する「分島案」を提示した。結局清朝側が拒否したから、実現はしなかったが、明治政府の沖縄(琉球)に対する「固有意識」とはどんなものかを考えさせる。固有とは何か。広辞苑によると「もとより」「自然に」という意味だが、せいぜい117年前(1895年)のことにすぎない。「固有の領土で、領有権問題は存在しない」という立場からは、相手の主張に耳を傾ける姿勢はうまれない。係争があることを認めた上で、歴史共同研究と併行して、中国、台湾と共同研究・調査を始めてはどうか。
 前出の読売社説「尖閣問題を紛争のタネにするな」は「調査が必要なら、事前に中国と話し合い、共同調査でもやる方法はなかったか」と提案し、いずれ尖閣周辺で海底資源の開発をやらざるを得ないのだから「“小さな岩”で争うより、こうした遠大な事業で日中両国が協力する方向に、双方の雰囲気を高めていくことが大事」と強調している。大局をみつめた大人の主張である。
現状維持以外ない
 海洋権益拡大とともに軍事力を強化する中国に対する周辺諸国の警戒感は強い。日本では、2年前の漁船衝突事件で中国側が強硬姿勢で臨んだことから「中国が尖閣を奪い取ろうとしている」という見方がかなりリアリティをもっている。果たしてそうか、漁船衝突事件の検証が必要である。事件は泥酔状態だった中国漁船船長の「暴走行為」というのが実相だが、メディアは「漁船を装った軍の工作船だった」などの虚報を垂れ流し、今もそれを信じる読者がいる。
ポイントは、船長逮捕と送検・拘留延長が、「前例」を踏襲していなかったため、中国側に意外感を生み、強硬な対抗措置を引き出したことにある。「ボタンの掛け違え」である。「前例」とは、小泉政権時代の2004年3月、尖閣諸島に上陸した7人の中国人活動家を入管難民法で逮捕した事件。小泉は2日後に7人を釈放した際「日中関係に悪影響を与えないように大局的に判断した」と述べたのである。この「前例」から、中国側は逮捕したとしても送検せずに釈放されるだろうとの見通しをたてたが外れ、強硬な対応措置を重ねていった。日本側が「棚上げ」をやめ、実効支配を強化しようとしていると受け止めたのである。民主党代表選挙が加熱した時期でもあり、菅内閣が節目で「大局」を踏まえた政策判断を回避したのも一因だった。
 「中国が武力で奪いとろうとしている」という主張に明確な根拠はない。「オオカミがくる」というアジテーションが有効な「土壌」と「空気」が醸成されていることを、まず自覚しなければならない。衝突事件後も中国の基本政策は「棚上げ」である。警戒しなければならないのは、2年前の事件のように「ボタンの掛け違い」から、お互いが出方を見誤り、思わぬ衝突に発展する恐れである。尖閣問題は日本、中国、台湾の3者が領有権を主張している以上、「棚上げ」以外の選択肢はない。日本が実効支配しているのだから、現状維持は日本にとって何のマイナスにはならない。中国軍の活発な動きに対抗して、日本側でも軍拡強化の動きが目立ってきた。政府は衝突事件を追い風に、与那国島に陸自派遣を決めるなど尖閣をにらんだ南西諸島の防衛態勢強化を加速している。「安全保障のジレンマ」のモデルをみるようだ。
 日中両国は4年前、東シナ海の排他的経済水域(EEZ)の線引き争いを棚上げし、ガス田の共同開発で合意した。合意の根底にあるのが尖閣問題だ。日中双方が主張するEEZの線引きの起点が尖閣だからである。尖閣を目立たせない「知恵」を絞った結果であり、この合意によって日中関係は改善された。合意は日本の尖閣実効支配を事実上認め、領土問題を棚上げする意味がある。しかし漁船衝突事件でガス田開発交渉は延期された。都知事の挑発が功を奏し、双方の対立がエスカレートすれば、交渉再開など夢のまた夢である。
 両国間では国交正常化以来、貿易量は300倍にも増えた。6月から円と人民元の直接取引が始まり、年内には日中韓の自由貿易協定(FTA)交渉もスタートする。対立は目立たぬよう棚上げし、中国との相互依存関係の深化という大局に目を向けること。これ以外に出口はない。(一部敬称略)

尖閣諸島(釣魚島)大事記
1895年(明治28)1月 明治政府が沖縄県に編入。その後日本人が入植、カツオ節の生産などに従事したが1940年ごろから無人島に
同年4 下関(中国名 馬関条約)で台湾を割譲
1945 第2次世界大戦後、 沖縄などの南西諸島とともに米施政権下に入り、大正島(赤尾嶼)と久場島(黄尾嶼)は米軍射爆場に(78年以来、米軍の使用通告なし)
681011 日・台・韓の海洋専門家が、国連アジア極東経済委員会(ECAFE)の協力で東シナ海の海底調査を実施
1969年5月 ECAFEの調査結果としてペルシャ湾にも匹敵する豊富な石油資源埋蔵の可能性指摘。 台湾は同年、石油採掘権を米ガルフ石油に与え「国旗」の「青天白日旗」を諸島に掲揚
1971年6月 台湾外交部が声明で尖閣諸島の領有権を主張。同月の沖縄返還協定の署名を経て、同年12月には中国も外交部声明で領有権を主張
中国メディアは同年、沖縄返還区域に尖閣諸島が含まれていることを非難。(米政府は「主権を表明する立場ではない」)同年4月ワシントンで中国・台湾系米国人らが「釣魚島を守れ」(保釣)などと日本大使館にデモ72年の沖縄返還まで保釣運動が展開された
729 日中国交正常化交渉で日中双方が問題を棚上げ
1978年4月 自民党内で日中平和条約締結に反対論が噴出。尖閣諸島に中国漁船100隻が押し寄せ、一部が領海内に。
同年8 12日の日中平和条約調印に先立ち、鄧小平が園田直外相と会談、「釣魚島問題、大陸棚の問題などは今、引っ張り出す必要はない。ちょっと横において、それから落ち着いて討論し、双方が受け入れられる方法をゆっくりと相談すればよい」と“棚上げ”論展開。
7810 日中平和友好条約の批准書交換のため来日した鄧小平が「問題を棚上げし、次世代の知恵に任そう」と言明
1992年2月 中国が同諸島を中国領と記載する領海法を制定。台湾は2004年1月、諸島を宜蘭県に土地登記
1995年ごろ 中国側が日中中間線の境界付近1.5 4km で、天然ガス田の開発を本格化。99年に「平湖」で生産を開始した。日本側が抗議したが採掘施設の建設を続行
1996年2月 日本政府が、尖閣諸島を日本領の西端とする200カイリ排他的経済水域(EEZ)を線引き、中国海岸線との中間に「日中中間線」設定。中国が主張する沖縄トラフによる大陸棚境界線と対立
同年7 日本の右翼団体「日本青年社」が北小島に灯台を設置(石原慎太郎が支援)
。これに抗議して香港、台湾などで抗議運動が広がり、9月に香港抗議船が領海に入り活動家数人が海に飛び込み1 名が水死
1997年5月 西村真悟衆院議員らが上陸。中国や台湾が日本に抗議
2002年10月 日本政府が魚釣島など3島を埼玉の地主から賃借
2003年8月 中国が東シナ海の日中中間線付近の春暁で米、英、オランダの石油開発会社と開発契約に調印、059月に「天外天」での生産を開始。日本側は0468日、中川昭一経済産業相が日本側の資源が「ストローのように吸い取られかねない」と中国側に抗議したことを明らかに
2003年8月 東京都内の政治団体が上陸
2004年3月 中国人活動家7人が上陸。沖縄県警が入管難民法違反容疑で現行犯逮捕、2日後に釈放
2010年9月 周辺の日本領海内で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突。海保は中国人船長を逮捕、中国政府が猛反発し両国関係が悪化
2012年3月 日本政府が尖閣諸島周辺を含む39の無人島の名称を確定。中国も対抗措置として島の名称を公表


(注)本稿はメールマガジン「オルタ」2012年7月号所収の原稿に加筆し差し替えたものである。
(了)
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