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     第32号 2012.08.21発行 by 岡田 充
    領土は空洞化する国のシンボル
傾聴に値する馬英九提案
 真っ青に広がる空の下に浮かぶ緑の島が、テレビ画面いっぱいに広がった。尖閣諸島(中国名・釣魚島)の魚釣島だ。白い巡視船がひとまわり小さい船の行く手を阻もうとする。美しい島で繰り広げられた騒ぎは、まるでゲームの中の「戦争ごっこ」だった。彼らが争っているものは一体何なのだろう。尖閣をめぐる領有権争いは8月15日、香港の「保釣行動委員会」の抗議船が魚釣島に到着(写真はANAニュースから)。上陸した7人を含む14人が入管難民法違反容疑で逮捕される事態に発展した。14人は2日後の17日強制送還されたが、日本側も19日地方議員ら10人が対抗して島に上陸、中国各地で日本抗議デモが起きるなど、双方の対応はエスカレートした。上陸や処分の是非を論じる前に、明確にしておきたいことがある。それはゲームの発端が、石原慎太郎・東京都知事の購入計画と、野田政権による国有化方針にあった点である。知事の思惑通り、事態は領土ナショナリズムを刺激し対応がエスカレートする悪循環に陥っている。領土問題という絶対的な性格をもつテーマでは、勇ましい議論が必ず勢いを持つ。「領土を盗られてもいいのか」という幼稚な問いに答えるのは簡単ではない。論理というより情緒だからだが、これこそが領土ナショナリズムのやっかいなところである。リベラルを任じる識者や政治家の声は小さくかすみがちだ。だがここで踏ん張らなければ悪循環は断てない。
 尖閣問題を前回(「両岸論31号」)書ききれなかった別の角度から論じたい。第1は、経済グローバル化が進み、国家主権が減衰する中での領土問題の意味。続いて「実効支配」という文脈で考えれば、問題の所在がより鮮明化すること。ここから結論的に言えることは(1)実効支配している側が強い立場にあることを自覚し、いたずらに実効支配を強化してはならない(2)争いは棚上げするほかはなく、関係者が共に利益を享有できる共同開発・共同利用など「ウィン・ウィン」関係を模索―である。台湾の馬英九総統は8月5日、この結論とほぼ同様の「東シナ海平和提案」を発表した。中国からは肯定的反応を得たものの、事前に説明した日本側からは「反応がなかった」という。傾聴に値するこの提案を無視してはならない。

国家が可視化される
 香港活動家の船が魚釣島に接近するまでの様子をみると、海上保安庁の巡視船は行く手を遮って体当たりするなど上陸阻止の構えをみせた。しかしその後は、「深追い」せず上陸へと「誘い込んだ」ようにも見えた。事前に上陸していた約30名の沖縄県警の捜査員が、「待ってました」とばかり逮捕したこともその印象を深めた。島に上陸したメンバーは、中国と台湾の国旗を掲げて「自国領」であることを誇示。普段はみえない「国家」というものが、このときばかりは旗と逮捕という光景に凝縮される。見えにくい国家の「可視化」こそが、尖閣を含む領土問題の本質である。石原ら国権主義者の狙いもここにある。
 日本側は14人の活動家を、入管難民法の「不法上陸」と「不法入国」を適用して逮捕した。船に積んだレンガなどを巡視船に投げつけ抵抗したものの、「公務執行妨害」の適用など、刑法上の司法手続きは見送った。都知事は「日本の弱腰外交。シナにへつらう情けない姿」(「朝日」8月18日朝刊)といつものように罵倒した。東京都は購入に向けた上陸許可を予定通り申請するが、国が拒否すれば政界再編成も絡みながら新たな展開に発展するかもしれない。
 メディアの反応を振りかえる。長野県の「信濃毎日新聞」は、上陸当日(8月16日付朝刊)の社会面で、石垣市の中山義隆市長が「ふざけるなよ」と独り言を漏らしたことや、「国はしっかり守って」という地元漁民の反応を大見出しで伝えた。さらに東京都幹部の話として「今回のようなことがあればあるほど、都が購入して実効支配を強化すべきだとの声が高まる」というコメントも伝えた。いずれも共同通信配信の記事である。政府の応援団と化したマス・メディアの姿がここにある。ことの発端は頭の片隅に追いやり、「魚釣島の攻防」という近視眼的な図式の中で、「日本を守れ」という被害者意識を駆り立てるのである。ある民放テレビはニュースでわざわざ「日本の固有の領土である、尖閣諸島へ上陸しましたと」アナウンサーが叫んでいた。戦争動員に協力した戦前の体質とほとんど違いはないのだ。
 騒ぎ直前の8月10日、韓国の李明博大統領が竹島(韓国名・独島)に上陸した。この時も大手メディアは「禁じ手に出た」と大合唱で非難したのだが、彼の上陸を冷静に考えれば、領土問題がもつある種の幼児性と、彼我の関係を相対的にみつめ直す「クッション」の役割を果たしたかもしれない。多くの市民にとって領土問題は今、自分たちの生活が直接関わる喫緊の課題ではない。それは韓国も中国も同じであろう。日本では、消費増税法案が国会を通過し、生活防衛こそ最大のテーマ。デフレ下で消費が落ち込めば、消費税の「逆進効果」が、ワーキングプアーの生活を直撃する。行き詰まった政党政治と間接民主主義への失望は、政治アパシーを拡大再生産し、グロテスクな「第3極」への期待度が高まる。
 政府間の表面的な対立をよそに、日本と中国、韓国との経済相互依存は深まり、年内にはFTA交渉がスタートする。ただ領土問題と日本の政局で雲行きはあやしい。国境を越えるグローバル経済は、主権国家と政府の力を否応なく減衰させている。成長を左右する為替相場や金融政策は、一国政府が自由に決定することはできない時代になった。国家が産業政策から個人の生死まで管理できたのはとっくに過ぎ去った昔話である。このように国家と政府の力が弱り空洞化が進んでも、領土は国家のシンボルであり続ける。戦前のような強力な国家再興を夢見るひとたちが、領土という抗いがたいテーマを争点化させようとする理由もここにある。

内部矛盾の転嫁
 李明博の竹島訪問は「石原効果」である。一見強気にみえるこの二人だが、よくみればその勇ましさは、「強さ」の象徴ではなく、「弱さ」の表れであることがわかる。李の場合、政権末期でレームダック化したことに加え、実兄の逮捕で一層苦しい立場に追い込まれている。石原は、政治、経済、社会のあらゆる領域で目立つ日本の「停滞と弱さ」をバネにナショナリズムを煽り、体制批判を強める。「弱さ」「内部矛盾」を外部に転嫁するという意味で李と同様と言ってよい。
 領土の帰属を決定するには①譲歩②棚上げ③戦争-の三つしかない。だが戦争という高いリスクとコストを払ってだれが島を争うだろうか。領有権争いで強いのは「実効支配」を握っている側である。尖閣問題をめぐる日本側の目標は「実効支配の維持」だろう。今回の騒ぎでも14人を国内法に基づき司法・行政処理をし、日本の実効支配を内外に示した。中国も台湾も「固有の領土」と主張しているが、実効支配に挑戦しているわけではない。竹島、北方領土の実効支配にわれわれが挑戦しているわけではないのと同じである。挑戦すれば、戦争を覚悟しなければならないからである。
 一方、実効支配を「強化」すると、係争の相手側の強い反発を招く。幾つか例を挙げる。
1978年4月 100隻を超す中国漁船が尖閣に押し寄せた。この年8月に調印された日中平和友好条約をめぐり、数ヶ月前から自民党内で条約反対論が噴出。自民党総務会では、魚釣島でのヘリポート建設など「実効支配の強化策」が決議され、これに対する抗議の意思表明とみられた。
96年9月、香港抗議船が尖閣周辺領海に入り、活動家数人が海に飛び込み1名が水死した。2ヶ月前の7月、日本の右翼団体「日本青年社」が、北小島に灯台を設置(石原氏が支援)したことへの抗議だった。
2010年9月 中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突。海保は中国人船長を公務執行妨害で逮捕。中国政府が、拘留延長に強く反発し両国関係が険悪化した。これは、04年3月、今回同様島に上陸して入管難民法違反容疑で現行犯逮捕れた中国人活動家7人が2日後に釈放されたのに、日本側が起訴に持ち込もうとしたことが、「実効支配の強化」ととらえられた。
 尖閣購入は、係争国からすれば実効支配の「維持」ではなく「強化」に映ることを意識すべきである。繰り返すが、領土問題で立場が強いのは実効支配している側である。「強化」の作為に出たという印象を与えれば、係争の相手側から反発を買い鎮静化していた問題を燃え上がらせるだけである。実効支配の「強化」は慎まねばならない。21世紀初頭の先進国では、領土とは空洞化する国家のシンボルにすぎず、領土をめぐり国際関係を緊張させるのは、歴史に学ばない愚である。逆に武力で「実効支配」に挑戦するのはもっと厳しい。かりに一時的に領土を奪ったとしても、多くの国から非難を浴び制裁を覚悟しなければならない。中国のように共産党の一党支配が揺らぎ、安定に黄信号が灯っている国であれば、制裁は鈍る経済成長の足を引っ張り、統治の危機に拍車をかける。

棚上げと共同利益の追求
 冒頭で紹介したように、台湾の馬英九は5日台北で「東シナ海平和イニシアチブ(提案)」(東海和平倡議)を発表した。提案は5項目からなるが、簡単にまとめれば「領土争いの棚上げと共同利益の追求」であり、そのために東シナ海「行動規範」の策定を提唱している。もちろん「釣魚台(尖閣諸島)は歴史的、地理的、国際法的にも中華民国の固有の領土である」とした上での提案であることは言うまでもない。台湾は1971年春、中国政府より半年も早く領有権を主張した「兄貴分」である。日中間の争いばかりが目立ち影が薄いが、中国の領有権解釈も「台湾本島に付属する島嶼」(「中国共産党新聞網」8月16日)であり、日本の台湾統治時代の行政区画は「台北州」に所属した。
 さて馬提案は(1)自らを抑制して対立をエスカレートしない(2)争いを棚上げして、対話のチャンネルを放棄しない(3)国際法を順守し争いを平和的に処理(4)コンセンサスを求め、東シナ海における行動基準を定める(5)東シナ海の資源を共同開発するメカニズムを構築―の5項目。
 中国は公式コメントは出していないが、台湾政策の実務上の責任者である王毅・国務院台湾辨公室主任は「その内容は大陸と接近している」(「中国時報」8月9日)と述べた。2010年9月の漁船衝突以来、日本では「中国がとろうとしている」とする見方が一定の説得力を持ち始めているが、中国の基本政策は依然として「棚上げと現状維持」なのだ。さらに中国人民大学の時殷弘教授は「(提案は)建設的、合理的、時宜にかなっている」と評価「いずれもが一方的に現状を変えない」ことが強調されれば、危険を避け衝突を抑える上で、もっと効果的だと述べた。(「中央社」8月5日)。
 台湾野党、民主進歩党の反応もめずらしく肯定的である。同党スポークスマンの林俊憲は15日「この問題で両岸協力はすべきではない」とした上で、馬英九提案について「これは民進党の主張であり、総統が(今になって)民進党の過去の主張を採用したからといって、決して遅過ぎはしない」(「聯合晩報」8月15日)と評価した。台湾や日本では「親中派の馬が、尖閣で北京と合作しようとしている」という疑念が絶えず、今回の騒ぎでも中華民国国旗が持ち込まれた。ただ今回は、台湾当局は香港抗議船の台湾寄港を一切拒否したことを付け加えておく。
 台湾の尖閣基本政策ともいうべき馬提案は、ベスト・タイミングで発表された。仮に今回の事件発生後に発表されれば、「棚上げ論」に対しては、「軟弱」から「両岸合作」までさまざまな批判を浴び、弁解を強いられたに違いない。世論調査では野田政権より低い支持しかない馬政権だが、彼は「親中派」ではない。「どちらかと言えば親米で反共」(李登輝元総統)である。日本に対抗して両岸協力を進め、自ら米国カードを失う愚は避けるであろう。
 提案は、対話と協調を理性的に呼び掛けるのだが、これは台湾が「中心」ではなく「周辺」に位置するがゆえに提起できたと思う。対立の「中心」にいる東京と北京は、お互いを非難することに精力を集中し、理性的に問題を処理する知恵を絞る余裕はない。尖閣領有権を主張しながらも「周辺」に位置する台湾は、問題の核心を適確に把握し具体的対応策を客観的に提起できる位置にいるのだ。いずれ提案が「日の目」を見る時がくる。日本が「反応しなかった」のは、棚上げが「領土問題は存在しない」という官僚の論理に抵触するからに他ならない。
 馬の「東シナ海における行動基準」は興味深い提案だが、現段階での明文化は難しそうだ。日中間では96年の香港活動家死亡を受け「領海侵犯しても逮捕せず追い返し、日本側の島上陸も認めない」という暗黙の了解があったとされる。日中双方ともこの「了解」を否定するが、遡って事実関係をみれば、了解が存在したと言うほうに説得力がある。明文化できない暗黙の了解には相互の信頼関係が必要である。いま日中間にはその信頼関係が欠如している。
 われわれは間もなく、日台断交と日中国交40周年という、戦後東アジア史を転換させた節目の時を迎える。当時は、与野党を問わず政治家が官僚をリードし、官僚もまたそれに応えて時代を動かした。しかしそれをなつかしがっていても意味はない。官僚的発想だけでは「もつれた糸」はほどけず、突破口は開けないことは間違いない。(一部敬称略)

(了)
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