<目次へ>
     第33号 2012.09.20発行 by 岡田 充
    国有化と棚上げは均衡するか?
危険水域に入った尖閣紛争

 日中間の対立・緊張を狙って放たれた「矢」は、尖閣諸島(中国名 釣魚島)の「国有化」(9月11日)という「的」に命中した。中国は15日、6隻もの漁業監視船を日本領海や接続水域に出入りさせ国有化に抗議する意思を鮮明にし、中国全土では40年前の日中国交正常化以来、最大規模の抗議デモ(写真 重慶で日の丸を燃やす群集)が発生した。「918柳条湖事件」を境にデモの一部は暴徒化し、日系スーパーや工場を襲撃・略奪する行動が相次いだ。TV・新聞は連日、日本料理店や日本車を喜々として攻撃・破壊する暴徒の姿を映し出している。これをみれば誰もが不快感を抱くだろう。同時に暴徒を放置する中国当局への不信と憎悪が募り結局、中国脅威論という固定観念に収斂する。この固定観念に導くことこそ、石原慎太郎・東京都知事が描いたシナリオの核である。シナリオ通り事態は悪化し、尖閣紛争は危険水域に入った。進行している事態を、デモや衝突という暴力的な光景から近視眼的に捉えてはならない。その原因は誰が作ったのかを忘れるべきではない。中国は「国有化」に対して、「棚上げ」方針を破棄したかのような強硬姿勢を見せている。中国はなぜ国有化
に反対するのか。強硬姿勢は戦略変更なのか。落としどころはどこかなど、中国側の論理に焦点をあてる。
好戦的論調
 まず次の文章を読んでいただきたい。
「いよいよ中国が、本気で尖閣諸島を奪おうとしている。6隻もの海洋監視船が尖閣諸島沖に襲来し、日本領海を侵犯した。近く漁業監視船が漁船を伴って大挙して尖閣周辺に押し寄せ、一部は不法上陸するとの情報さえある。『開戦前夜』といっても過言ではない」。
 中国の海洋監視船が尖閣に押し寄せた翌15日の産経新聞のコラム「産経抄」の一部である。コラムは続いて「ど素人の商社会長を中国大使にした罪は万死に値する。大使車の日の丸をひきちぎられても泣き寝入り同然の対応しかできなかったのは、日本人の恥だ。首相は、挑発行為を続ける中国政府に抗議して無能大使を召還すべきだ」と書いた。「開戦前夜」と書くほど状況が切迫しているなら、開戦を阻止するための論陣を張るのが言論機関の責任というべきだ。「いよいよ本気で奪おうとしている」という認識といい、日本側の「弱腰」をあげつらう表現といい、「こちらもやり返せ」と言わんばかりの好戦的論調。日中戦争前夜の新聞を彷彿とさせるようなメディアの体質はほとんど変わっていない。
 この記事を読めば、読者は今にも戦争が始まりかねないと受け止めるのではないか。日本と中国の間には紛争処理に関する基本原則がある。40年前の9月29日、日中国交正常化の際に調印した共同声明で「全ての紛争を平和的手段により解決し、武力又は武力による威嚇に訴えない」ことを確認した。これは日中双方が拘束される共通理念である。メディアだけに責任を負わせるのは酷かもしれない。なぜなら野田首相自身が7月26日、衆院本会議で「わが国の領土、領海で不法行為が発生した場合は、必要に応じて自衛隊を用いることを含め、政府全体で毅然と対応する」と述べているからである。「一般論」という弁解を後に付け加えたが、紛争相手からみれば「衣の下から鎧がのぞく」に等しい発言である。中国外務省は翌27日に「無責任な発言に強烈な不満を表明」する談話を発表した。
国家による初の作為
 中国はなぜこれほど「国有化」に強く反対するのか。問題の国有化は、日本政府が9月11日、魚釣島、南小島、北小島の3島を20億5千万円で購入する売買契約を地権者と交わした法的行為のことである。石原が都の購入計画を発表した4月以来、日本政府がとった初めての「国家による作為」である。日本側からみれば、単なる国内法に基づく所有権の移転。「国家による作為」であるにしても、「日本の主権のありようにいかなる変更を意味しないから、外交問題になるはずはない」という認識である。一般論としてはうなずける主張である。断っておくが、日本政府は「国有化」という用語は使っていない。「所有権の取得・保有」であり、国有化はメディア用語である。中国語にすると、「国有化」の「化」は現状の変更を意味するととられかねないためであろう。中国が「民主化」という言葉を嫌うのも同様の理由である。
 では「取得・保有」の理由は何か。藤村官房長官は10日午後の記者会見で「尖閣諸島における航行安全業務を適切に実施しつつ、尖閣諸島の長期にわたる平穏かつ安定的な維持・管理を図るため」(首相官邸HP)と説明した。前段では「我が国の固有の領土であることは、歴史的にも国際法上も疑いがなく、現に我が国はこれを有効に支配している。したがって解決すべき領有権の問題はそもそも存在しない」という基本的立場を繰り返すのを忘れていない。
 次に中国側の論理をみる。野田首相は9月9日、APEC首脳会議で訪問していたロシア極東ウラジオストクで胡錦濤主席と立ち話した。中国側(外交部HP)によると、胡は、日本側によるいかなる「島購入」もすべて不法、無効なもので断固反対と述べ「日本側は事態の重大性を十分に認識しなければならず、誤った決定をせず、中国側とともに、中日関係発展の大局を守るべき」と国有化を強く警告した。ところが翌10日、国有化が発表される。北京からみると国家元首の警告が、翌日に簡単に無視されたことになる。さらに野田が正式に国有化方針を発表したのが、日中戦争勃発した「7月7日」だったことも中国側の神経を逆なでした。
「棚上げ」合意を否定
 在京の中国外交筋はこの間の事情について「日本の新聞に5月、国有化の方針が伝わった。このため中国の領土主権が損なわれるとして6月に開かれた中日戦略対話で『国有化してはならない』と主張した」と説明する。また「都が買うより国有化のほうがよいのでは」との問いに「都知事のようなやり方はだめだが、国有化以外の方法がないのかどうか中国側への明確な説明はなかった。双方が共に妥当な解決方法を見つける努力しないうちに踏み切った」と、日本側の説明不足を挙げた。さらに胡錦濤の「事態の重大性を十分に認識し、誤った決定をしないよう」との発言を挙げ、「発言全体を読めば、日本側は中国の対応が読めたはずだ」と、極めてタイミングが悪かったと指摘する。事態が沈静化するまで、国有化決定を遅らせる選択はなかったのか。
 中国外交筋が指摘したのは、国有化それ自体より日本政府の対応のまずさである。だが中国は、国有化自身とそれを取り巻く状況を問題にしている。温家宝首相は10日、北京の外交学院で講演し「主権と領土の問題で絶対に半歩も譲らない」と述べ、対抗措置を示唆。中国外務省も同日、歴史的経緯や主張を盛りこんだ「外務省声明」を出した。2年前の漁船衝突事件の時は声明を出していない。中国側が深刻に受け止めていることを示している。
 反対の論理は二つ。第一に日本側が「棚上げ」を破棄したと受け止めたこと。つまり「国有化」によって「棚上げ」という微妙なバランスが崩れたという認識である。この点は今後も後を引く問題だから、声明をそのまま引用する。声明は、国交正常化と平和友好条約締結交渉を振り返りながら「両国の先輩指導者は大局に目を向け、『釣魚島問題をそのままにし、今後の解決に待つ』ことで重要な了解と共通認識〈合意〉に達した。~中略~日本当局が両国の当時の共通認識をあくまで否定し、すべてを帳消しにするなら、釣魚島の情勢はどのようにして安定を保てるのか。中日関係は今後どのようにして順調に発展させられるのか」と、疑問を投げかける。つまり日本側が一方的に「棚上げ」を破棄したという認識である。先の外交筋は「2010年の漁船事件で、日本側はこの合意を認めず、船長を逮捕、送検、拘留延長した。今回も同様」とみる。
 第二は、国有化は「(石原ら)『右翼勢力』による挑発を看過、容認した結果」であり、国が「島購入」に乗り出すための「地ならしをした」とみる不信感である。本来土地の所有権と主権は次元の異なる概念だ。前に書いたように、中国人が島を購入しても日本の主権には直接影響しない。日中間に相互信頼関係があれば、これほど問題はこじれなかったはずだ。実は過去にも似たケースがあった。日本政府は2002年10月、この3島を密かに地権者から年2200万円で賃借した。翌年1月メディア報道で発覚すると、中国は外務次官が日本大使を呼び「一方的行為は不法かつ無効であり受け入れられない」と強く抗議した。台湾も抗議し外交問題に発展したが、約1週間で沈静化している。
 北京からみると国有化は、中国を刺激することを狙った石原挑発の延長線上にあったという強い不信である。8月末国有化の説明のため北京を訪れた山口壮外務副大臣は9月13日の記者会見で、国有化について「なぜもっと事前に説明を重ねなかったのか、自戒の念も込めて思っている」と述べ、中国側への事前説明が不足していたことを認めた。信頼関係の欠如に加え、説明不足では相手側を怒らせるのは自明であろう。
自衛隊常駐を検討
 中国の懸念はまだある。国有化の後、灯台改修や船舶停泊施設などの施設整備や自衛隊の常駐を進めるのではないかという疑念である。共同通信の報道によると、野田首相は当初、施設整備を進める案に乗り気だった。しかし8月中旬に外務省から「施設整備に踏み切れば中国は一線を越える」との報告が上がり、何も手を付けない方針に変わったという。「読売」(9月12日朝刊)の報道もそれを裏付ける。野田内閣は当初、尖閣の活用計画案としてA案「現状維持」B案「環境保護策」C案「灯台改修」D案「船だまり」E案「海洋資源の調査」H案「自衛隊常駐」の「8段階案」のシナリオを作成。8月30日、首相官邸で詰めの協議をしたところ、野田首相が「何もしないわけにはいかない」と石原の意向に配慮する発言をしたため、玄葉外相が説得に当たったという。
自民党総裁選挙では、候補者の多くが中国を念頭に、領土保全や憲法改正など「タカ派」発言で声を揃えた。安倍元首相は15日のテレビ番組で「公務員が島に常駐することも含め検討すべきだ」と、尖閣諸島の実効支配を強めるよう主張。町村信孝元外相も「日米関係の再構築や自衛隊、海上保安庁の能力向上などトータルで実効支配を進めるべきだ」と強調した。次の首相は自民党から選ばれる可能性が高い。中国側は、日本政府は国有化に続いて、実効支配の強化策を次々に打ち出すのではないかという疑念を抱き続けている。
「両岸論32号」でも書いたように、領有権争いで強い立場にあるのは「実効支配」している側である。国有化は、係争国からすれば実効支配の「維持」ではなく「強化」に映る。「強化」という作為に出た印象を与えれば、係争の相手側から反発を買い鎮静化していた問題を再燃させるだけである。今回の紛争再燃は、実効支配を「強化」する作為に出たと受け取られたためである。慎まねばならない。
強制外交が始まった
 続いて中国側の強硬姿勢を分析する。われわれの主な関心は「中国は本気で尖閣諸島を奪おうとしているのでは」という点にあるだろう。日中双方のメディアは、武力衝突発生の恐れすら指摘しているから、懸念は当然である。海洋監視船が一度に6隻も領海には入り、「1000隻もの漁船が向かっている」と報じられると、中国の「本気度」がうかがわれ不気味さが募る。しかしそのことだけで「武力衝突も辞さない」と受け止めるのはあまりにもナイーブ過ぎるというものだ。国内世論向けのパフォーマンスから、心理的揺さぶり、日本世論の変化を促す意図など多様な解釈が可能であり、「本気で奪おうとしている」明白な根拠にはならない。2年前の漁船衝突事件の中国側対応を見れば分かるが、中国政府の対応は、彼らなりの論理と順序に従った整合性があることを忘れてはならない。
 中国政府は国有化発表の10日、釣魚島と所属島嶼に定めた中国領海の基点となる「領海基線」をまず公布した。続いてニューヨークの国連本部で13日、李保東国連大使が、尖閣諸島の周辺海域を「領海」とする基点、基線の座標と海図を、潘基文国連事務総長に提出。さらに16日、中国外務省は東シナ海の海洋権益をめぐり、沿岸から200カイリを超える海域に大陸棚の拡張を求める大陸棚境界画定案を、国連の大陸棚限界委員会に提出すると発表した。拡張が認められれば200カイリ外でも海底資源の開発権を主張できる。
 尖閣諸島を国有化した日本政府の「法的作為」に対応する中国政府の「法的作為」だ。同じレベルで対抗措置をとるという論理が読み取れるだろう。先の中国外務省声明は、結論部分で二つのことを述べている。第1に、領土主権の侵害は座視せず、日本が我を通すなら重大な結果は日本側が引き受けねばならないという脅し。そして第2に、「棚上げ」という共通認識と了解事項に立ち返り、交渉によって係争を解決するよう求める対話路線。
 まさにアメとムチを駆使して日本側に妥協をせまる中国一流の外交である。いわゆる「強制外交」(coercive diplomacy)と考えるべきだろう。外交をはじめ経済、民間(デモ)など持てる資源を総動員しながら威嚇によって妥協を迫る外交で、武力行使をちらつかせても武力行使をするわけではない。チキンゲームである。この点、日本の「愛国主義者」たちは、その意図を曲解している。
新たな作為を警戒
 最後は中国の今後の出方。日本側が国有化を取り消すことはあり得ないにしても、いずれこの問題をめぐり対話を復活させなければ状況は打開できず、関係は冷え込む一方だ。双方とも指導部の交代期に入り、野田―胡時代は間もなく終わる。10月の第18回党大会から来年3月の全人代で、習近平体制が名実共にスタート。日本も総選挙を経て新政権が誕生する。新指導部の最大の課題が関係修復になる。ちょうど安倍内閣が誕生した2006年、まず訪中し関係を修復したのと同じである。


日中漁業協定に基づく暫定措置水域
全漁連ホームページより

 繰り返すが、中国が警戒するのは、日本側が灯台改修や船舶停泊施設などの施設整備を行い、実効支配を再強化することである。国有化の理由について藤村官房長官は10日の記者会見で「航行安全業務を適切に実施」を挙げた。中国側はあまり注目していないが、航行安全上必要なら灯台改修や船舶停泊施設を設置できる、という含みがあるとみるのは深読みだろうか。
 先の外交筋は「灯台の維持・修理など日本側が新たな行動に出れば、中国が船を出すのは分かっているはず。新たな施設を日本側が造り、双方が取り返しのつかないことにならぬようストップさせねばならない。武力衝突を避けるため、政府間で打開の道を探るべき」と警告している。中国側は当面、これ以上構築物を作らせず、「棚上げ」の黙約に日本を戻そうとしている。そのためにデモや監視船の「侵犯」、経済制裁はこれで終わりではなく、波状的にやるだろう。外交筋も「中国の反発が終われば、問題も過去のものになると理解しているのではないか」と述べ、「反復攻撃」を示唆する。ただ「漁船1000隻」という心理戦に乗ってはならない。中国漁船は、尖閣のすぐ北にある日中漁業協定に基づく暫定措置水域(上の図表参照)で、これまでも合法的な漁をしており、この数は1000どころか数千隻に上る。
 領土問題ほどナショナリズムを刺激する厄介な代物はない。戦争の多くは領土が発端だった。日本と中国は2008年6月、東シナ海のガス田開発で合意する協定に調印。協定に基づく条約交渉は2010年に始まったが、漁船衝突事件で延期されたままである。協定には明示的には明示的にはうたわれていないものの、根底にあるのが尖閣問題だ。日本が主張する排他的経済水域(EEZ)の線引きの起点は尖閣である。4年前の合意は尖閣を目立たせない「知恵」を絞った結果だった。合意によって日中関係は改善された。長い間緊張関係が続いた台湾海峡でも、馬英九政権誕生で中台関係が好転、日米中台の四角関係は「ウィン・ウィン」の関係になった。これこそ日中双方が維持すべき大局であろう。日中関係の悪化で、この関係が「ゼロサム」に陥る恐れがある。
 本稿は本来、尖閣をめぐって沖縄と台湾から、国家と境界の枠組みを越え生活者と生活圏の視点から資源共有の新思考を提起していることを書くつもりだった。稿を改めて紹介したい。重層的な視点から問題を見つめ直すことで、紛争の島から新しい姿がみえるかもしれない。(一部敬称略)


(了)
上に戻る




上へ