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     第34号 2013.02.11発行 by 岡田 充
    領土の魔力を解き放つために
―尖閣問題とメディアの責任―
 「無人の孤島」をめぐる危険で不毛な争いを、後世のひとびとは一体どのように位置付けるだろうか。大げさに言えば、日々歴史を刻んでいるわれわれはその歴史的責任を負っている。それを自覚しながら筆を進めたい。尖閣諸島(中国名:釣魚島)問題を、ふたつの思考カテゴリーに分けて考えてみる。第一は国家間の争い、政府間の外交問題というカテゴリーである。政府はもちろん、メディアや研究者がこの問題を論じるとき、多くの場合はこの領域での「勝敗」を論じる。「盗られる」「外交敗北」など、勝敗の論理が意識を支配し読者にも同様の意識が刷り込まれていく。この土俵では、尖閣は常に「わが国固有の領土」であり続ける。日本も中国も同じである。領土は国家と主権の根幹をなす絶対的存在とみなされるから、あらゆる譲歩や妥協は「敗北」を意味する。力ずくでこれを守る論理が正当化され、勢いを得る。これが「領土ナショナリズムの魔力」である。かつてアジア諸国に対する侵略戦争や植民地化は、「欧米列強に権益を奪われる」という被害者意識をバネに、その行為を正当化し、歯止めを失った。メディアや研究者の大半は、戦争推進の共犯者であった。
 もう一つのカテゴリーは、生活者の立場から領土問題を捉える論理である。われわれは、中国を挑発し強硬姿勢を引き出すことによって、日中対立の争点作りをした石原慎太郎・前東京都知事の術数にすっかりはまってしまった。しかし生活者の立場から冷静に考えれば、少子高齢化や雇用環境の激変に伴って忍び寄る雇用問題や貧困、原発再稼働に消費者増税、普天間基地の移転問題こそ生活と生命にかかわる大事であり、無人の孤島をめぐる争いは主要な問題ではない。国家・政府の論理は、生活者を意図的に縛り左右することができる。問題は生活者の側が、国家・政府間の論理を乗り超え、変えることができるかどうかである。ここで重要なのは世論形成に影響力を持つマスメディアである。国家と生活者を媒介するから「媒体」と呼ぶ。ここでは第2次安倍内閣誕生後の尖閣問題の現状を主として国際関係から概観する。さらに「領土ナショナリズムの魔力」に囚われ、状況を読み誤る日本のマスメディア報道を点検したい。生活者の強さは、境界を超え向こう側の生活者と意識を共有できることにある。危険で不毛な争いを止め日中関係をリセットするためにも、メディア報道をより厳しい目で見つめ直す必要がある。

(Ⅰ)日中関係の現状
 尖閣国有化をめぐる「疾風怒濤」は、2012年12月の総選挙での自民党大勝と第2次安倍晋三内閣の誕生によってようやく過ぎ去ったようにみえる。特に2013年1月25日、安倍首相「特使」の山口那津男・公明党代表と習近平・中国共産党総書記の会談が実現し(写真 会談を報じる中国各紙)、日中間に対話の機運が出始めた。今後は中断状態の日中ハイレベル会談の再開につながるかどうかが、外交上の焦点となる。多くのメディアの政治部原稿は、日中関係について安倍首相のベトナムなど東南アジア歴訪(1月)と2月の訪米を、「中国包囲網」の一環として位置付ける構図を描いてきた。メディアは足元が透けて見えるような安っぽい「戦略論」が大好きだ。日中関係を打開し改善するには、二国間の相互信頼関係を基礎にした対話と協議が不可欠なことは自明の理であろう。中国を「包囲」することによって一体なにを勝ち取ろうというのだろう。「ガイアツ」が強ければ強いほど中国の姿勢は強硬になるだけである。安倍政権が頼みとする米オバマ政権の主要な関心は、中国包囲網の形成などにはない。日中対立が不測の事態を招来し、武力衝突に発展するのを止めさせること。それこそが米政権の関心事である。日中対立に巻き込まれて、日米安保条約第5条が適用される事態は最悪のシナリオだ。
1,対日関係改善に意欲―習近平
まず北京の人民大会堂で行われた習・山口会談の内容を振り返り、中国側の安倍政権に対する姿勢を整理しよう。データは主として共同通信の報道に基づく。他のソースの場合は明記する。
 「安倍晋三首相にくれぐれもよろしくお伝えください。(第1次安倍内閣当時の)2006年に関係改善へ貢献された首相を高く評価しています」。公明党の発表によると、習は居住まいを正した山口にこう切り出した。尖閣国有化を断行した野田前首相と比べれば、中国側の安倍への期待がいかに強いかがわかる。尖閣問題について習は「対話と協議によって解決していく努力が重要」と表明し、対日関係改善に強い意欲を示した。昨年来、海域だけでなく航空機による「領空侵犯」が始まっただけに、「対話と協議」を呼びかけた習発言に、意外感を持つ向きもあるかもしれない。
 会談での双方のやりとりを整理すると次のようになる。
(習)日中首脳会談を「真剣に検討する」と言明。
(習)歴史問題に関し「慎重に処理してもらいたい」と注文をつける。
(双方)「戦略的互恵関係」の推進で一致。
 山口はこの場で携行した安倍親書を習に手渡した。親書にはなにが書かれていたか。同日付の新華社電によると、安倍は「日中関係は最も重要な2国間関係の一つ」とし「両国はアジア太平洋地域や世界平和の発展に対し、共同責任を持っている」「私は大局に立脚して発展に向け日中の戦略的互恵関係を推進したい」と書いたという。
 繰り返すが、習は、首脳会談を検討し対話と協議で関係改善に意欲を示し、関係改善のキーワードとして、第1次安倍内閣当時に日中間で合意した「戦略的互恵関係」を使った。これは当時の谷知外務次官らの造語である。谷地は今回の安倍内閣で内閣府参与に就任した。中国側がいかに安倍政権に期待しているかがうかがえる。
2,中国が「2原則」、広げた間口
 安倍政権誕生直後、筆者はある中国外交筋に尖閣問題に対する中国側の原則的な立場を聞いた。昨年9月以来の中国側の主張を筆者が整理し直し①国有化の撤回②領土争いの存在の承認③尖閣の共同管理―の3点にまとめて質問した。同筋はすこし考えた後、中国の原則的立場として次の二点を挙げた。
 第一は島の主権は中国にある。
 第二に日中関係の大局を重視する。
 これを聞いて、すこし拍子抜けした覚えがある。安倍は選挙中から尖閣への「公務員常駐」や自衛隊の国防軍化など、中国を意識したタカ派路線を打ち出していたから、中国側も対日交渉前には「言い値」をつり上げるのではと踏んでいたからである。しかしこの2原則をよくみると、筆者が整理した中国側の主張に反しないばかりでなく、極めて間口の広い原則であることがわかる。「安倍を相手に関係改善の糸口を探っているのは本気だ」と受け取ってよいだろう。
 中国側は、野田政権が解散総選挙に打って出た後から、在日中国人学者を中国に呼ぶなどして対日戦略・戦術の調整を始めた。日中関係筋によると、野田政権による国有化決定後、胡錦濤は中国外交の責任者である戴秉国国務委員と楊潔篪外相を呼び、激しく叱責したという。2012年8月末北京での出来事を覚えている人はあまりいないと思う。山口壮外務副大臣が28日、野田首相の親書を携行して訪中し31日に戴秉国と会談した。関係筋によると、この場で山口は戴に対し「国有化反対で政府を説得する」と述べたという。この「口約束」を、戴が過剰に期待して報告したことが叱責の理由だった。その山口は元外務官僚。専門は北米だが、中国大使館で1等書記官を勤めた経験がある。「上司」の玄葉前外相との関係が悪く、戴と会った際は在北京大使館員ら随員を「人払い」して、戴と「差し」で会ったという。「効を焦ったのでは」と消息筋はみる。
 このエピソードが、その後の対日戦略調整に、どの程度影響したのは分からない。外交筋が挙げた2点の対日政策の原則から習発言を読み込むと、関係改善に真剣に取り組もうという意思が透けて見える。この2原則は今後の中国の動向を読む上で重要な意味をもつ。
3,中国のレッドライン
 公明党の山口訪中に戻そう。山口は習会談の前日の24日、中国共産党の王家瑞・中央対外連絡部長と会談した。王は尖閣問題で「棚上げにすることで中日友好が保たれてきた。今の指導者が解決できないとすれば後の世代に解決を託すこともある」と、棚上げを提案した。山口は訪中直前の21日夜、仙台で「将来世代に解決を委ねるのは、当面の不測の事態を回避する方法だ」と述べ、「棚上げ」を主張して政府与党内に波紋を広げた。その後山口は発言をトーンダウンさせたが、発言は山口の「本音」であり、習会談実現に向けた「善意」のシグナルと考えるべきだ。山口は、王に対し棚上げには触れず「大局観に立って冷静に対処すべきだ」と答えている。
 日中関係筋によると、王家瑞は尖閣問題で中国が譲れない一線(レッドライン)として日本側が①軍隊(自衛隊・警察・海上保安庁)の常駐②気象台、灯台などの構築物の設置③船だまりの建設-の3点を挙げたという。一方、習は山口会談で、歴史問題について「慎重に処理を」と注文を付けた。慰安婦問題に関する河野談話や村山談話の見直しもさることながら、中国側が注目しているのは、靖国神社参拝。ある中国要人は最近「春の例大祭に参拝すれば、日中関係はダメになる」と述べたという。
4,海域から海空域に立体化 
 山口訪中を機に対話機運が出てきたのとは対照的に、日中台のメディアは、尖閣諸島周辺での緊張の高まりを相も変わらず大々的に報じてきた。いまにも戦争が始まるかのように。日本側の報道から「緊張」と「危機」の動きをトレースしよう。
 中国の国家海洋局は、尖閣国有化以降、海洋監視船を尖閣の日本領海内に接近させ、「領海侵犯」は、国有化から年末までに20回に及んだ(海上保安庁発表)。さらに12月13日午前、魚釣島の南約15キロの日本領空で、国家海洋局所属のプロペラ機「Y12」1機(写真 NHKから)が「領空侵犯」しているのを日本の巡視船が発見。これに対し、航空自衛隊のF15戦闘機8機とE2C早期警戒機1機が緊急発進(スクランブル)したが、到着時には中国機は領空から出ていたという。防衛省統合幕僚監部によると、1958年の統計開始後、中国機の領空侵犯は初めて。自衛隊のレーダーは捕捉できなかったという。森本敏防衛相は「中国が尖閣諸島の領有権を誇示しようとしたのではないか」とコメントし、外務省の河相周夫事務次官は、中国の韓志強・臨時代理大使を外務省に呼び厳重抗議した。藤村修官房長官は記者団に「極めて遺憾。主権の侵害に対しては断固として対応する」と述べた。
 さらに12月22日と24、25、26の3日連続で、国家海洋局所属のプロペラ機「Y12」が尖閣領空北約100キロの防空識別圏(DIZ)まで近づいたため、航空自衛隊戦闘機が緊急発進した。領空侵犯はなかった。自衛隊のレーダーが捕捉したという。日本側の対応に対し、中国外務省の華春瑩副報道局長は25日の記者会見で「(中国側の)航空機はこれまで東シナ海の上空で定期的なパトロールを実施してきた。日本側に対し厳正な(抗議の)申し入れを行った。日本側の意図に注意を払っていく」と、空自の対応を警戒する姿勢を示した。
 同機は13年1月5日にも接近。さらに10日昼ごろ、中国軍の偵察機など10機(亜洲週刊1月13日付)が東シナ海にある日本のIDZに入ったのを航空自衛隊が確認し、那覇基地からF15戦闘機が緊急発進した。領空侵犯はなかった。共同通信によると、中国航空機は戦闘機J7やJ10などだったという。防衛省は訓練目的の飛行とみており「特異なケースではない」として公表はしていない。このほか、小野寺五典防衛相の、中国機が警告を無視して領空侵犯を継続すれば「えい光弾で警告する」という発言(15日)が、中国側から「戦闘行為と見なす」という強い反発を買った。
5,疑似緊張あおり防衛費増額
 中国側が従来の海域接近に加え、空域での航空機接近に戦術をエスカレートしたことで、日中摩擦が「立体化」したのは間違いない。ただ12月13日の「領空侵犯」を除けば、中国戦闘機を含めた「接近」は、日中中間線の中国寄りに引かれた「IDZ」に入ったケースばかり。尖閣上空から100キロ以上離れた空域であり、空自が言うように多くは訓練と偵察が目的で「特異なケースではない」。ただ摩擦の「立体化」によって、偶発的事故や衝突の可能性が高まったことは確かである。
 空域に拡大した中国側の意図をまとめよう。中国の主権を補強する実際行動であり、日本側の実効支配強化をけん制する狙いがあるほか(1)日本側のレーダー監視能力のテスト(2)誕生したばかりの安倍政権の反応を探る(3)心理戦―の3点が指摘できる。東洋学園大の朱建栄教授は「チキンゲーム」と表現した。
 しかし日中双方の一部メディアによる過剰な報道が、軍備増強の口実に利用されていることにも注意を払った方がよい。特に安倍政権は13年度予算で防衛費増額を決めており、こうした「疑似緊張」報道が、増額の背中を押している。軍事力保持の目的のひとつは、相手側の攻撃を思いとどまらせる抑止効果にある。しかし相手側の意図や能力を読み間違えれば、双方が不断に軍事力を増強して抑止効果が失われる「安保のジレンマ」に陥る。日中関係の現状をみるとまさにこのジレンマを地でいく危なさを感じる。

(Ⅱ)メディア報道の検証
 中国では、伝統的な公式メディアを「党の喉であり舌である」と呼ぶ。党・政府の宣伝機関であり代弁者という意味だ。だから中国には、日本のように国家や政府から独立したメディアは存在しないという結論が導き出される。ここまではいい。では日本のメディアは、独立した組織だから「政府の代弁者ではない」と、逆説的に言えるか。尖閣問題では「領土ナショナリズムの魔力」にとり憑かれた報道や、首をかしげざるを得ない読み間違いが目立つ。ここでは幾つかの具体例を挙げながら、メディア報道を検証する。
1,「融和姿勢」の読み間違え
 まず習近平・山口会談の報道をとりあげる。繰り返しになるが、尖閣諸島周辺では航空機による「領空侵犯」が始まった直後だっただけに、習近平が「対話と協議」を呼びかけたことに「意外感」抱いた記者が多かったようだ。ある大手メディアの北京特派員もその意外感を共有し、習が「融和姿勢」を示した背景について次のように解説した。
 「対日関係改善への意欲を示した背景には、平和的な外交を進める姿勢をアピールし、日中対立や南シナ海の領有権問題を受けて国際社会で高まった『中国脅威論』を沈静化させる狙い」。
 ここまではまだいい。しかしこの後はいただけない。
 「米国は最近、尖閣問題で中国に対する自制要求を強めている。中国は、米国と日本などによる対中包囲網が形成されることを警戒しているとみられ、米国の目を意識して融和のシグナルを発した可能性がある。 中国外務省はクリントン米国務長官が中国をけん制する発言をしたことに反発し『強い不満と断固とした反対』を表明。これに対し、米国務省のヌランド報道官は『米国に懸念を示すよりも 日本政府と対話を通じて問題解決に取り組むべきだ』と述べ、対話による解決を促していた」。
 この解説を要約する。
 「米国の対中けん制の強化と日米の包囲網形成への恐れが、中国の融和姿勢を引き出した」
ここで問題になるのは①米国の対中けん制強化②日米による包囲網の形成③融和姿勢-という三つの認識に、具体的根拠はあるかどうかである。習発言を「融和姿勢」と位置付けるのは正しいのか。さらに「対中けん制強化」の根拠として「クリントン米国務長官の発言」を挙げているが、それは果たして事実か。もし読み違いに基づく認識なら、「融和姿勢」を引き出した背景という物語の構図は崩れてしまう。読み違いは「独り歩き」し、新たな読み違いを再生産する悪循環に陥る。クリントン発言をめぐる報道は重要だから、後で検証する。
2,「融和姿勢」と監視の継続は矛盾するか
 新たな読み違いが「融和姿勢」という認識である。先に挙げた「2原則」をもう一度読み返す。
1,島の主権は中国にある。
2,日中関係の大局を重視する。
 読み下すと「中国は主権では譲らないが、尖閣問題を含む個別の問題は日中関係という大局には影響させない」という意味である。言い換えるなら「強硬」と「融和」の同居だ。首脳会談も実現していない段階で、主権で「融和姿勢」などを見せれば、国内世論の袋だたきに遭うだけだ。
 習・山口会談後の1月30日、中国の海洋監視船3隻が「領海侵犯」した。翌31日付「朝日」朝刊は、政治面で「中国、やめぬ侵入 尖閣、山口代表訪中後も」の記事で「尖閣をめぐる中国側の姿勢は何ら変わらないようだ」と書いた。さすがに「融和姿勢」とは書いてはいないが、意味するところは同じだ。習が「積極的な雰囲気を作ることが大事」と表明したにもかかわらず、侵入が続いていることを疑問視する。この疑問を、記事は「習氏の発言と国家海洋局の活動の食い違い」と位置付け、菅官房長官の定例会見で「食い違い」について質問し「因果関係は測りかねる」という回答を引き出し記事を締めくくった。尖閣をめぐり中国の党内、政府内に亀裂が存在し、それが「矛盾した」行動として表れているという見立てをほのかに伝えようとする意図が読める。
 すこし事実関係を振り返る。中国は1月10日の全国海洋工作会議で、13年も尖閣周辺での国家海洋局によるパトロールの常態化を堅持することを確認した。国家海洋局はこれまでもパトロール常態化を繰り返しているから、この公式会議であらためてその方針を確認したのである。海洋監視船をいつ、どのような形で「侵入」させるかは、政治判断と密接にかかわる、2原則を踏まえれば尖閣問題で双方が一定の了解に達するまで「立体化」したパトロールは続けることになる。なにも「矛盾していない」のである。
3,日米外相会談のミスリード
 先の北京特派員が「対中けん制強化」の根拠として挙げた「クリントン米国務長官の発言」を俎上に乗せる。(写真 外務省HP)
 「中国の尖閣接近『反対』 米国務長官、外相に明言」。朝日新聞が1月19日付の夕刊一面で、ワシントンで行われた岸田文雄外相とクリントン長官の日米首脳会談記事の見出しである。これを読めば、米国が同盟国である日本に見方し、海だけでなく空からも日本の領域を侵そうとする中国の挑発行動に反対する立場を明言したと読者は受け取るだろう。
『朝日』は両者のやりとりについて次のように書く。
 「尖閣問題で岸田氏は『尖閣の領有権は譲歩しない』と表明。クリントン氏は『論争を平和的な手段で解決するよう促したい』と日中両国に冷静な対応を求めた。
 その上でクリントン氏は日米安保条約に基づく米国の防衛義務を認め、『日本の施政権を損なおうとするいかなる一方的な行為にも反対する』と明言した」
 年のせいか疑い深くなり、朝日記事の基になったとみられる米国務省のHPを当たってみた。
(http://www.state.gov/secretary/rm/2013/01/203050.htm)
 朝日が引用したクリントン発言は、会談後の共同記者会見の冒頭発言に出てくる。英語の原文の後に( )で邦訳を付けた。
(1)「With regard to regional security, I reiterated longstanding American policy on the Senkaku Islands and our treaty obligations.」(地域の安全保障問題について言うなら、私は尖閣諸島に対する長期にわたる米国の政策とわれわれの条約上の義務について繰り返した)
(2)「As I’ve said many times before, although the United States does not take a position on the ultimate sovereignty of the islands, we acknowledge they are under the administration of Japan and we oppose any unilateral actions that would seek to undermine Japanese administration」(前から何度も言っているように、米国は同諸島の究極的な主権については特定の立場をとらないが、日本政府の施政下にあると認識し、日本の施政を損なうようないかなる一方的行動に反対する)
(3)「and we urge all parties to take steps to prevent incidents and manage disagreements through peaceful means」(さらに、全ての関係者が偶発事を防ぎ、平和的手段によって食い違いを処理するよう求める)
4,順序を入れ替える詐術
 クリントン発言のどこがニュースなのか検討しよう。1972年の沖縄返還協定で沖縄への施政権を日本に返還して以来、米政府の尖閣に対する原則は①主権については特定の立場をとらない②日本の施政下にある-の二点である。クリントン発言の(1)の部分は、再度その立場を繰り返し述べたと言っているにすぎないからニュースではない。「日経」は「日米安保条約の適用範囲だと強調」と書いているが、「強調」などしていない。この部分にニュース性はない。踏み込みすぎだ。デスクが気付かぬはずはないが…
 最大のポイントは(2)の「日本の施政を損なうようないかなる一方的行動に反対する」という部分である。「朝日」だけでなく他の主要紙もこの部分をニュースとして見出しにとった。産経は「中国が公船や軍用機による領海侵犯など挑発行為を活発化させていることについて、『日本の安全を脅かすいかなる一方的行為にも反対するとの考えを表明』」と書いた。だがクリントンが「中国が公船や軍用機による領海侵犯など挑発行為を活発化させていることについて」と明示的に発言していないのは(2)を読めば明白であろう。これは意図的誤報と言ってよい。
 「一方的行動に反対する」という発言は何を意味するのか。中国の領空侵犯など「挑発行為」を指していると読み込むのは自然である。筆者が現場にいれば、やはり「けん制」と書くと思う。ただしクリントンはその直後に(3)「全ての関係者が偶発事を防ぎ、平和的手段によって食い違いを処理するよう求める」と「結論」を述べる。このくだりは日本にも向けられた発言だ。だから、より正確に書くとすれば「けん制と取れる発言をするとともに、関係国が平和的な話し合いで解決するよう求めた」あたりではないか。けん制は、同盟関係にある日本へのリップサービスであろう。
 日本語であれ英語、中国語であれ、最も強調したい部分は最後にもってくるのが常である。冒頭に紹介した「朝日」記事は、(2)と(3)を“意図的”に入れ替えているのがわかろう。これは禁じ手だ。「一方的行為に反対」という部分を強調するために、あえて順序を入れ替えたのだろう。現場がそうしたのか、それとも東京のデスクが変えたのかは分からないが、「詐術」といってよい。
 なぜそこまで操作する必要があるのか。それこそが問題である。冒頭、日本のメディアは、中国のメディアと違い「政府の代弁者ではない」と言い切れるかと反問した。領土問題に関する限り、多くの日本のメディアは「領土ナショナリズムの魔力」に縛られ、外務省と政府の代弁者と化している。「報道の自由がない」中国メディアを笑えない一例である。
 「いやクリントン発言はやはり中国の挑発への強いけん制だ。だからこそ中国外務省は声明を出したのではないか」という反論が出そうだ。確かに、中国外務省は翌20日夕方になって、クリントン発言に「強い不満と断固とした反対」する秦剛報道官談話を発表している。声明は「釣魚島をめぐる問題で米国は歴史上の逃れられない責任がある」とし「米国が釣魚島の問題に責任ある態度で対応し、言行を慎むよう促す」と求めている。しかし声明が当日ではなく、翌日になってから出ていることを考えると、中国はクリントン発言の真意を読み込むのに時間をかけたか、当初はそれほど重視しなかったのではないか。ただ、発言が日本のメディアで大きく報じられた結果「対中包囲で日米協調」というイメージが独り歩きするのを封じる狙いだったのではないかと考えられる。
5,「棚上げ」が本音の米政府
 米中関係についていえば、ヒラリー・クリントンと後任のケリー国務長官の間に「温度差」があるのは否めない。しかしオバマ政権の対中政策の基本に大きい変化があるわけではない。ケリーの国務長官就任に当たっての上院外交委員会公聴会(1月24日)での発言を見よう。「(同氏は)『中国との関係強化は米国にとって重要』と強調し、オバマ政権が掲げるアジア最優先戦略の成否は米中関係が握るとの認識を示した」(ワシントン共同電)。記事は続けて「ケリー氏は、北朝鮮の核問題でも中国の協力が必要と指摘。アジア優先戦略の推進により、米国が対中包囲網を築いているといった不要な反発を招かないようにしたいと述べ、アジア地域の米軍増強についても今後慎重に検討する考えを示した」と書く。
 もうひとつは、尖閣に関するオバマ政権の「本音」をのぞかせたワシントン・ポスト紙の社説を引用しよう。「領土問題で緊迫する日中関係」と題する1月26日の社説について、やはり共同電は「尖閣棚上げ支援を 米紙、オバマ政権に促す」との見出しで次のように書いた。じっくり読んでほしい。
-【ワシントン共同】26日付の米有力紙ワシントン・ポストは社説で、沖縄県・尖閣諸島をめぐる日本と中国の対立を取り上げ、米国が軍事衝突に巻き込まれる可能性を指摘、2月の安倍晋三首相の訪米を念頭に、オバマ政権の支援で「尖閣問題を棚上げ状態に戻す」ことが望ましいと訴えた。
 同紙は領有権の主張を「数十年間棚上げしてきた」中国が、昨年の日本政府による尖閣国有化で「扇動行為の口実を得た」と経緯を説明。
 領海や領空侵犯を繰り返す中国の「挑発的で危険な行動」を批判的に伝える一方、防衛費増額を目指す安倍首相が政権を握った日本の政治状況にも懸念を示した。
 また尖閣は日米安保条約の適用対象と公言することにより、中国の抑止を狙った米政府がリスクも抱え込んだと分析。有事に至れば、オバマ大統領は日本を軍事支援するかどうかの「選択を迫られかねない」と警鐘を鳴らした。-

(Ⅲ)ゼロ以下の価値を如何に上げるか
 長々とマスメディアの報道を俎上にのせたのは次のような理由からである。領土と主権争いは、国家対国家の土俵と法理からは答えはみつからない。領土も主権も近代国際法では排他的概念だから、対立する双方の主張は永遠に交わらない。一方、尖閣諸島周辺を漁場としてきた沖縄、台湾の漁民という生活者の論理からこの問題を考えれば、巡視船や航空機しか近寄れない島は「ゼロ以下」の価値しかない。では生活者の土俵から、「ゼロ以下」の価値をいかにして上げるか。国家・政府間の論理を乗り超え、変えるには世論形成に影響力を持つマスメディアの役割を抜きには考えられない。排他的概念は交わらないが、「棚上げ」によって問題を見えないようにすることはできるし、その下で「ウィンウィン」の関係を探り、構築することも可能である。
 こう書けば難しそうに見えるかもしれないが、日中間ではこれまでも同様の合意がある。例えば2000年に発効した中国との「漁業協定」や08年の「ガス田開発協定」は、排他的経済水域(EEZ)の「線引き」争いを棚上げした結果であった。この時、尖閣の主権はEEZの中間線の陰に隠れ見えないように「工夫」された。2010年の中国漁船衝突事件の後、中国との「棚上げ」を全面否定した民主党政権の責任は重い。
1,馬提案と棚上げに学ぶ
将来を展望する上で、台湾の馬英九総統が12年8月提案した「東シナ海平和イニシアチブ」は有意義である。馬は「主権は分割できないが資源は共有可能」として、主権争いを棚上げし対話による解決を主張する。対話の内容は(1)平和的対話、互恵的協議(2)資源共有、協力開発―の2段階に分け、第1段階では、日台、中台、日中の三種類の2者協議を開始し、最終段階では日中台の3者協議を想定している。
なぜ台湾からこうした提案が出てきたか。国際社会に台湾の存在をアピールする意図はもちろんあるが、それだけではない。中国と台湾の両岸の間には、主権をめぐる深刻な対立がある。だが馬政権が2008年に誕生して以来、双方は主権争いを棚上げすることによって関係を改善し、平和的環境を築くことに成功した。主権問題を棚上げする際、見つけた便法が「一つの中国」をめぐる「92年合意」である。合意は両岸の交流窓口機関同士の当局者が92年、香港での実務協議で達成したとされる。その内容について中国側は「両岸は『一つの中国』原則を堅持する」ことで合意したと主張。これに対し台湾の理解は「『一つの中国』の解釈は(中台)各自にゆだねる」(一中各表)。「玉虫色」の解釈なのだが、ミソは「一つの中国」の原則で合意したことにある。
よく考えれば、この「一つの中国」とは、実在しない架空の「国家」であることに気付くはずだ。まるで国家が「幻想共同体」であることを了解し合ったようにみえないか。「一国二制度」というアイデアもそうだ。「一国家一政府」という近代国際法の排他的主権論には縛られない融通無碍な思考である。生活者の論理が、国家の論理を乗り越えた一つの例といってよい。これを中国の「統一戦略」と皮相的に見てはならない。中国も台湾も台湾の将来については、法律論ではなく実態論からその是非を判断している。幻想共同体としての「一つの中国」が、北京と台湾のいずれの利益にもならなければ、法的な「統一」は選択しない。
2,「一島各表」に「非武装・海洋保護区」
 領土対立を乗り越えるには、主権と領土を相対化する必要がある。「92年合意」のマジックは、尖閣など領土問題にも応用可能だ。習近平・山口会談は「戦略的互恵関係」への回帰で合意した。問題はその中身である。日中対立が先鋭化した昨秋以来、台湾からはさまざまなアイデアが出てきた。
 台湾交通大学の陳光興教授は「主権を掲げることでは解決できない。争議地域を『境界交流圏』や『近隣住民生活圏』『非武装エリア』に変えることで紛争を解決する。『東アジア共同体』の下で領土問題を解消し、武装を解除する。同時に日本と韓国の米軍基地撤去を呼び掛けることだ」(「沖縄タイムス」2012年10月26日付)と問題提起した。いずれも、尖閣を含む地域に、境界を超えた経済・生活圏を築きそこから共通利益を模索しようという構想である。
 また12年12月19日、台北で行われた台湾日本研究学会などが主催した座談会で、林鈺祥・元立法委員(国会議員)は、日中の和解のためには「92年合意」のような新しいキーワードが必要だと指摘。日中間では、問題処理のため、争いを棚上げし「一島各表」で合意すべきだと持論を展開した。(12月20日「旺報」)。林は日中双方がそれぞれの領有権の主張を否定せず、尖閣周辺を「非武装地帯」にした上で「海洋生態保護区」として、海洋資源を保護すべきだと提案した。日本ではこうしたアイデアがほとんど紹介されていないのは残念だ。
 再び日本のマスメディアの報道に戻る。武力衝突の危機がささやかれていた9月28日、作家の大江健三郎氏ら1200人を超える市民が「『領土問題』の悪循環を止めよう!」と題する緊急アピールを出した。これに対し、中国知識人から10月4日「中日関係に理性を取り戻そう」という呼応声明が届いたのである。わずか一週間、しかも600人を超える署名入りである。女性作家の崔衛平氏(写真 日本映画大学HP)や人権活動家の胡佳氏など、当局の監視下に置かれている知識人もいる。中国の世論はもうひとつではない。さまざまな声が境界を超えてわれわれの耳に届くようになった。境界を超えて文化と人がつながり、共有された意識が広がると、偏狭な国家主義は溶かされていくのだ。
3,日中メディアの奇妙な相似
 興味深いことがひとつある。中国側アピールを中国の新聞、テレビ、雑誌が一切報道しなかったのと同様、日本の全国メディアは日本側アピールを一切無視したのである。中国、韓国、台湾メディアが大きく報道したにもかかわらず、だ。日本メディアは、中国のアピールが出ると、さすがに崔衛平らとのインタビュー記事などを掲載したが、中国のアピールが「日本の呼応声明」だった事実を伏せるメディアすらあった。
 尖閣問題をめぐる中国メディアと日本のメディアの奇妙な相似性はいったい、何に起因するのだろうか。このナゾを解明することこそ、領土ナショナリズムの魔力を解くカギである。
 中国側声明の中心人物、崔衛平は、国際交流基金の招きで1月に初来日し、29日には法政大客員学術研究員の及川淳子氏と公開の対談を行った。会場からの質問をまとめた及川は、中国メディアはなぜ声明の発表を報道しなかったのかと問う。崔は「私は“敏感人士”だから」と、茶目っ気たっぷりに答え100人近くで埋まった会場を沸かせた後「署名活動が問題だったのだと思います。政府の統治方法は人と人の関係を分断することだから」。そして第二の原因として、領土問題を経済、文化に影響させてはならないと主張するなど事実上、政府批判をしたことを挙げた。及川は、日本のメディアがなぜ日本側声明を無視したかとも聞くのだが、その答えを出す責任はわれわれにある。
 答えのヒントになる興味深い記事を紹介してこの稿を終えたい。
 1月28日付「朝日」オピニオン欄に掲載された「風」というコラムである。同紙の中国総局長の署名入り記事の見出しは「南方週末 真のメディア価値ある前進」。広州の南方週末紙の新年号原稿が、共産党市宣伝部によって大幅に改ざんされたものの、記者の強い抗議と抵抗で事前検閲がなくなったことを讃える内容。ここまでは同感、全く異議はない。しかし結論部分が笑わせる。総局長氏は、中国大学生から中国メディアの現状についてインタビューを受けた際、『はたして(中国に)真のメディアが存在するのか』と逆に学生に尋ねた」と書き、続いて
 -広州から北京に戻った私は、学生たちに自分の不明をわび、訂正した。
「中国には立派なメディアが存在する。真のジャーナリストもたくさんいる」-
 南方週末の記者を讃える善意を疑っているのではない。日本のメディアは立派で、真のジャーナリストもたくさんいるというのだろうか。中国メディアの現状を「存在する」「存在しない」などと思うままに規定するこの傲慢さ。領土ナショナリズムの虜になっていることを自覚せず、ひたすら国家と政府の論理からしか論じることができず、代弁者と化している「我が身」をまず、顧みるべきではないか。(一部敬称略) 
(了)
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