<目次へ>
     第42号 2013.12.12発行 by 岡田 充
    海と空の共同管理が狙い
中国の防空識別区設定
 尖閣諸島(中国名 釣魚島)をめぐる日本と中国の領有権争いは、海上から空域へとエスカレートした。中国が11月23日、尖閣上空を含む東シナ海の空域に防空識別圏(ADIZ)を設定したからである。中国のADIZは、日本のそれと大幅に重なる。日本政府は、あらゆる航空機に事前通告を求め「飛行の自由」を妨げるとして、直ちに撤回を要求した。米国も「地域を不安定化させる」「現状を一方的に変更しようとする試み」と強く反発。米軍のB52戦略爆撃機2機が26日、事前通告なしで中国ADIZの空域を飛行するなど「空域の攻防」が始まった。尖閣諸島問題で、中国軍が前面に出たのはこれが初めて、さらに米国もこの問題で初めて当事者になった。バイデン副大統領は12月初め日中韓3国を歴訪し、中国に「深刻な懸念」を表明したものの、日米が揃って「撤回」を要求するとの安倍晋三政権には同調せず、日米の足並みの乱れが露呈した。中国が敢えて挑発的な行動に出たのはなぜか。その論理と狙いをまとめる。
防空能力の体現
 防空識別圏(Air Defense Identification Zone=ADIZ)とは、領空侵犯に備えるため、領空の外側に設定した空域を指す。戦闘機が緊急発進(スクランブル)をするかどうかの基準でもある。安倍首相は国会答弁(11月25日)で「尖閣領空が中国の領空であるかのごとき表示で受け入れられない」と批判した。しかし領空(12カイリ)や領域とは無関係で国際法上の規定はないから、勝手に線引きすることができる。ADIZに入ったからといって、領空侵犯など国際法違反になるわけではない。一国の防空能力の体現とも言え、ADIZを引く以上、早期警戒システムが必要になる。線引きしても「国籍不明機」がADIZに入ったことを察知できなければ、「張子の虎」に過ぎなくなるからだ。
 新たに線引きする側は、近隣国との関係に影響を及ぼさぬよう「相場感」が必要であろう。その意味で中国の線引きは挑発的である。尖閣領有権の主張をいっそう強化するため、日本のADIZと重なるよう意識的に線引きした。「現状変更」の意図は明白だ。日本のメディアは「開戦危機!日米同盟vs.中国空軍」(週刊文春12月12日号)と、相も変わらず過剰な危機感を煽るだけ。中国側の論理と狙いに焦点を絞った報道は極めて少ない。狙いを正確に把握できなければ、過剰反応して事態をこじらせるだけであろう。
 中国国防部の楊于軍報道官は11月26日「日米に中国ADIZをあれこれ言う資格はない」注1と題するインタビューの中で、設定理由を次のように説明している。
 「釣魚島は中国固有の領土であり、島の主権を守る決意と意思は揺るぎない」
 「近年、日本側は日本が設定したADIZに入ったという口実で、頻繁に軍用機を出動させ、東シナ海上空の正常な訓練や哨戒中の中国機を監視し、飛行の自由を妨害している」
 「自ら半世紀も前にADIZを確定した事実を顧みず、被害者の役割を演じ、中国が一方的に設定したADIZを『非常に危険な行動』と非難している」
 さらに「日本側は釣魚島への『実効支配』を漸進的に強化しようとし、昨年は不法にも島を購入する騒ぎを演じて事態を悪化させた。しかし釣魚島の主権が中国に属する事実は変えられない。ADIZを設定に当たって釣魚島をその範囲に入れるのは理の当然である」とした。
「意趣返し」
 中国側の論点を整理しよう。まず第1に、ADIZを先に設定したのは日本側であり、中国の行動は対抗措置であること。第2に、日本側は「危険な行動」と非難しているが、日本側こそADIZに入った中国機を追尾し飛行の自由を妨害していると批判。そして第3は、島の「現状」を先に変更したのは、国有化した日本だという理屈だ。「現状を変更したのは日本だから中国も現状変更する」という主張こそ、ADIZ設定の最大の根拠と言ってよい。海域のみならず空域でも「日本の実行支配」の現状を認めず、これを切り崩そうとする狙いだが、これは最後に詳述する。
 東シナ海でADIZを先に設定したのは日本である。日本のADIZは、朝鮮戦争の勃発に伴い、米軍が1950年代初めに設定した。東アジアで冷戦が始まり、主としてソ連機と中国機の動向を監視するために設定された。当時、日米両国は台湾と国交があり、ADIZは同盟国の共同軍事行動の必要上、敵味方の識別が必要だった。与那国島注2の上空に2010年まで、台湾の防空識別圏が引かれていたのも、米台(日)共同軍事行動に便利だったからであった。米政府が沖縄返還を約束した1969年、米軍のADIZはそのまま日本に引き渡され現在に至っている。引き継がれた時点から、事実上日米による共同運用下にある。つまり米軍と自衛隊の早期警戒管制機(AWACS)が、日本と中国の経済的排他水域(EEZ)を分ける「日中中間線」(中国は非承認)の上空を頻繁に飛行し、中国軍の動向を監視している。
 地図(BBCのHP)をみれば一目瞭然だ。日本のADIZは日中中間線から中国側に大きく張り出していることが分かろう。中国国防部報道官は、ADIZ設定を発表した際(1)中国にとって、初のADIZ設定(2)既に20数カ国が設定しており国連憲章に合致―と説明。「日本のADIZの中国大陸との最近距離は130キロしか離れていない」と指摘。中国のADIZも、沖縄本島から130キロの上空で線引きしたことを明らかにした。確かに地図をみると「日中中間線」(青い点線)を中心線にすると、双方のADIZの面積がほぼ対称的に引かれている。中国の「意趣返し」(報復)の意思が透けて見える。
 さて日本の空自は、日本のADIZに入った中国機に対して、どのぐらいの頻度でスクランブルをかけているのだろうか。防衛省統合幕僚監部(10月9日発表)によると、2013年7―9月期は計80回。日本政府による尖閣諸島国有化以後、中国機に対する発進回数は急増しており、今年1―3月の146回、昨年9―12月の91回に次ぐ過去3番目だったという。統合幕僚監部によると、中国がADIZ設定を発表した当日午後、中国軍の情報収集機2機が、尖閣諸島の北方で日本のADIZに入り、航空自衛隊の戦闘機がスクランブルした。領空侵犯はなかったが、うち1機のTU154は尖閣領空から約40キロまで接近したとされる。
米、ADIZ自体は容認
 尖閣問題で「中立」の立場をとってきた米国は今回、初めて「当事者」となった。下の表を見てほしい。オバマ政権は当初「一方的で挑発的」と強く批判し、事前通告なしにB52戦略爆撃機を飛ばし「日米の対応に隙はない」(米高官)と強い姿勢を示した。しかし、米航空会社による中国への飛行計画提出を容認する見解を発表したあたりから、雲行きが怪しくなった。バイデン副大統領は安倍首相との会談で、力による現状変更は「黙認しない」ことで一致したが、安倍が求める「撤回」には応じなかった。「安倍政権は米国、韓国とともに『対中国包囲網』を一気に形成しようと」(「『包囲網』狙う日本」共同通信11月29日)目論んだものの、米国にはしごを外された格好である。
 特に、バイデンが訪中した4日、ヘーゲル国防長官が「防空圏を設定すること自体は新しくも珍しくもない」と述べる一方「最大の懸念は一方的になされたことだ。賢明なやり方ではない」と、ADIZ設定自体は問題にしない認識を示した意味は大きい。ヘーゲルは(1)事前説明なしの一方的通告(2)ADIZに入るあらゆる航空機に飛行計画提出を要求―などを問題視しているのであって、ADIZ設定自体を問題視しているわけではない姿勢を鮮明にしたのである。
 もしADIZ設定自体を問題にすれば、米軍や日本のADIZの正当性も失われることになってしまう。中国国防省の 楊報道官も11月28日の記者会見で、日本の撤回要求について「1969年に設定した日本がADIZを撤回してほしい。そうすれば中国は44年後に(撤回を)考えられる」と述べている。
 バイデンに同行したワシントン駐在の共同通信記者は次のように訪中を総括する原稿を書いた。
 ―米国としては、世界経済への影響が懸念され、米軍が巻き込まれる恐れのある不測の事態につながりかねない緊張の緩和が最優先事項。バイデン氏は5日、複雑な米中関係においては「具体的かつ実際的な協力が唯一の道だ」と強調した―
 ―米側によると習氏は4日、バイデン氏が主張する緊張緩和の必要性などに理解を表明。中国は空の危機管理メカニズム構築を呼び掛けており、日本が断りにくい「緊張緩和」を名目に防空圏の既成事実化を狙う中国の対応を批判しながらも、防空圏の撤回要求には踏み込まず、運用停止を求めている―
 日本政府や衆参両院の「撤回要求」にもかかわらず、中国のADIZは既成事実化しつつある。撤回を求める安倍政権は苦しい立場に立たされている。中国はそこを突き、海だけでなく空の「危機管理メカニズム」構築に向けて対話攻勢をかけてくるだろう。

中国のADIZに対する日米政府の主な対応は次の通り(日付は現地時間)
月日 大事記
11月23日 中国政府が東シナ海上空にADIZを設定したと発表。ホワイトハウス、ケリー国務長官、ヘーゲル国防長官が声明発表し、中国に強い懸念表明
25 斎木外務事務次官が中国の程永華駐日大使に撤回を要求
26 日本政府の要請に基づき、中国へ飛行計画を出していた国内航空各社が提出を取りやめ。米軍B52戦略爆撃機2機が事前通告なく中国ADIZを飛行
28 自衛隊機が中国に通告せず防空識別圏を飛行したと政府発表
29 中国国防省が、ADIZに入った自衛隊機と米軍機にスクランブルをかけたと発表。米政府は目立った反応を留保したが、小野寺防衛相が否定的見解(30)
米国務省が航空会社による中国への飛行計画提出を容認する見解を発表(30日、飛行計画提出)。日本政府が国際民間航空機関理事会での対応を提案
12月3日 バイデン米副大統領が安倍首相と会談。防空圏設定に「深い懸念」を表明し、危機管理対策を日中に要請。日本の「撤回要求」には応じず
4 バイデン氏が中国の 習近平 国家主席と計5時間半に及ぶ会談をし「深い懸念」を伝達し、ADIZの運用中止や拡大に反対。緊急時の日韓との連絡ルート確立を要請。ヘーゲル米国防長官がワシントンの記者会見で、ADIZ自体は「新しくも珍しくもない」と述べ「最大の懸念は一方的になされたこと。賢明なやり方ではない」と言明。デンプシー統合参謀本部議長は「国際規範では領空に入る予定がある場合のみ事前通告する。全ての航空機に事前通告を求めたことが不安定化させた」と強調
8 韓国がADIZを南方に拡大すると発表。中国の措置への対応で、韓国が中国と管轄権を争う東シナ海の暗礁、離於島(中国名・蘇岩礁)上空を含み、日本と中国が設定するADIZに重なり合う空域が生まれる。日米中三国とも事前説明があったとし、問題視しない姿勢

危機管理メカニズム構築で対話主張
 最後に中国側の論理と狙いをまとめる。まず尖閣に関する中国の基本政策をおさえねばならない。習近平総書記注3は、ことし7月30日、中国共産党政治局の学習会で、海洋権益をめぐる対立について①主権はわが方に属する②領有権争いは棚上する③共同開発する―の3点を挙げた。「両岸論第40号」で詳述したが、習は依然として「領有権争いを棚上げ」し、交渉による解決を呼び掛けているのである。その点は昨年9月の国有化以前も以後も変化はない。問題はいったい何を「棚上げ」するかである。普通は棚上げの対象は「現状」であろう。では尖閣周辺の現状はこの一年、変化しなかっただろうか。ここが最重要ポイントである。第40号で次のように書いた。
 ―「公船の常時接近」の意図は、中国の領有権を実際行動で示すことにあると書いたが、中国側による「実効支配の実績作り」でもあった。別の中国筋は今年春筆者に対し、中国の要求として①日本側が領土問題の存在を認める②不測の事態が起きないよう12カイリ内には双方とも公船を入れないことで合意すべき―と語った。「実効支配しているのは日本」という立場の日本にはとても受け入れられない要求に違いない。しかしこれもやはり、日本の一方的実効支配を否定した、新たな「現状」に基づく要求である。中国のパトロール常態化は、尖閣の「共同管理」が狙いと言ってもよい―
 先に、中国国防部の楊于軍報道官の発言を引用しながら、「中国が海域のみならず空域でも『日本の実行支配』という現状を認めず、これを切り崩そうとする狙い」を指摘した。中国の思惑は、外務省の 秦剛報道局長が11月29日の記者会見注4(写真)で既に明らかにしている。秦は「中国は双方が意思疎通を強化し、共同で飛行の安全を維持するべきだと主張している」と述べ、ADIZを既成事実(現状)として、軍用機同士の不測の事態を回避するための危機管理メカニズムを協議する必要性を挙げた。さらに秦は尖閣諸島問題について「現在の困難は、日本が実質的な協議を避けていることだ」と強調した。中国側は、唐家璇元国務委員が自民党の 山崎拓元副総裁らとの会談(11月27日)でも危機管理メカニズム構築に向けた協議を呼び掛けている。
 日中間の首脳会談と対話が中断している間に、中国は尖閣周辺の海と空での「実効支配の実績作り」を着々と進めている。日本の撤回に応じる可能性はゼロ。米国も既成事実化を前提に、スクランブルなどの運用をしないよう求める方針に転換した。「中国包囲網」という非現実的な政策に傾注している間に、日本の「実効支配」はどんどん浸食されている…。
 中国の狙いは①領有権の主張では妥協せず強硬な姿勢を示す②現状変更によって、交渉で有利な立場に立つ。「危機管理メカニズム」でも、領海12カイリ相互不進入と同様の要求をする可能性がある③日米の反応とレッドラインの探索。可能なら日米の離間を狙う―にまとめられよう。
 中国は20210年の尖閣漁船衝突事件以来、「強制(威圧)外交」(coercive diplomacy)を強めている。この外交は、外交だけでなく経済、民間(デモ)など、持てる資源を総動員しながら、威嚇によって妥協を迫る外交である。武力行使をちらつかせても武力行使をするわけではない。ここは誤解してはならない。心理戦、情報戦を駆使しながら、毎回「チキンゲーム」が仕掛けられる。(一部敬称略)



注1  中国国防網(http://news.mod.gov.cn/headlines/2013-11/26/content_4476393.htm
「钓鱼岛是中国固有领土,中方维护钓鱼岛主权的决心和意志坚定不移。近年来,日方以进入本国防空识别区为由,频繁出动军机跟踪监视在东海上空正常训练、巡逻的中方飞机,严重妨碍飞越自由,极易引发安全事故和意外事件」
「偏偏是日本,罔顾自己早在近半个世纪前就划定防空识别区的事实,反而摆出一副“受欺负”的可怜相,对我进行污蔑攻击,指责中国“单方面”指定防空识别区是“十分危险的行动”」。
企图逐渐加强对钓鱼岛的“实际控制”,并在去年上演了非法“购岛”闹剧,之后又频频放出硬话,制造事端,恶化事态。但是,这些动作丝毫改变不了钓鱼岛主权属于中国的事实。中国划设东海防空识别区,理所当然地要把钓鱼岛包含在内。
注2 海峡両岸論第13号(http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_13.html
注3 海峡両岸論第40号(http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_42.html
注4 中国外交部HP(http://www.fmprc.gov.cn/mfa_chn/fyrbt_602243/t1103989.shtml
 关于中日东海防空识别区有重叠的问题,中方主张双方加强沟通,共同维护飞行安全。至于中日之间在钓鱼岛主权问题上的分歧,中方一贯主张双方通过对话谈判寻找有效管控分歧和解决问题的办法。目前的困难在于日方一直在回避同中方进行实质性谈判,我们希望日方不光把对话停留在口头上,不要只做样子,而应作出实实在在的努力。
上へ