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     第43号 2014.02.26発行 by 岡田 充
    特区作り日中台で共同利用・管理を
尖閣、国家の海から人の海へ
 尖閣諸島(中国名 釣魚島)をめぐって火がついた日中間の領土ナショナリズムは、軍事衝突の危険をはらむ「安保のジレンマ」へと発展しつつある。日本側について言えば、安倍晋三首相は靖国神社参拝(2013年12月26日 写真は27日付「東京新聞」)以来、高支持率を背景に「躁状態」をいっそう募らせ、「戦後レジームからの脱却」路線を突っ走る。安倍外交は中国、韓国のみならず米国からも厳しい批判を浴びているのに、本人はむしろ「孤高」を誇っているように見える。大手メディアも権力監視任務を放棄し安倍路線と共振している。NHK会長は就任会見(1月25日)で、尖閣、竹島(韓国名 独島)について「政府が『右』と言っているのに我々が『左』と言うわけにはいかない」と公然と言いのけた。安倍とその周辺による国家主義言動を観察すると、満州事変(柳条湖事件)から戦争の道を突っ走った時代がフラッシュバックする。そんな危うさを知りながら、傍観者の立場に甘んじるわけにはいくまい。2年前に上梓した拙著「尖閣諸島問題 領土ナショナリズムの魔力」の中で筆者は、ナショナリズムの魔力を解くには「国家と主権の価値を相対化する以外にない」と説いた。尖閣周辺海域を豊かな生活圏としてきた歴史から、国家主権と領土を相対化する想像力を持つことを強調したのである。そこで本稿では、国家の観念に縛られ「ゼロ以下の価値」しかない尖閣諸島を、沖縄・石垣、台湾・宜蘭、中国・福建省の三自治体で構成する「特区」に利用・管理を委ねる試案を紹介する。国家の海を人の海に戻す試みでもある。
首脳会談の意味ない-霞が関官僚
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 試案の紹介を前に、日中両国の政府当局者が現状打開をどう展望しているのか紹介する。まず中国事情に通じた霞が関官僚。正月明けに久しぶりに会った官僚の言葉を聞いて少しびっくりした。「領土問題の存在を認めるべきだという中国の主張に応じる用意はないのか」との問いに対し「中国の経済成長の伸びは鈍化しても、国力はまだ上向きで強い。国力が強いときは敵わない。交渉をやれば負けるからやらない」と答えたからである。
 さらに彼は「中国側の狙いは尖閣の共同管理にある。領土問題の存在を認めるべきというが、領土と主権は国家にとって50年、百年を見据えた大事だ。簡単に譲れません」と付け加えた。領土問題の存在を認める余地は全くないというのだ。首脳会談の見通しについてはさらに厳しい。「2010年の漁船衝突事件の際、船長を結局起訴猶予にした。これは当時の菅直人首相が、12月の横浜APEC首脳会合で日中首脳会談を実現するための処理だった。しかし首脳会談をやっても(関係は改善せず)、意味がなかったではないか」と述べる。
 日中間では13年6月、密かに訪中した谷内正太郎・内閣府参与(現国家安全保障局長)が、中国側に「外交上の問題が存在することは認める」との「妥協策」を示したが、中国側はそれでは領土問題を認めたことにはならないとして決裂したとされる。中国側と「領土問題」について話し合える時期について官僚は「共産党から人心はどんどん離れていっており、いつまで体制が持つか。北方領土をめぐる日ロ交渉もそうだが、ソ連が崩壊してロシアが弱かったから交渉に入れた」と述べ、中国の国力が低下した時が対中交渉の好機とみる。この官僚の認識は、安倍内閣の現段階における基本的な対中政策とみてよいだろう。「対話のドアは開いている」としつつも、対話は急がない。中国の「強硬姿勢」を逆手にとり、軍事力強化や憲法解釈の変更を通して「強いニッポン」を虚飾する路線である。
靖国参拝で信頼失われた-中国外交筋
 中国政府の見方はどうか。中国の程永華・駐日大使は1月20日、都内の大学でのシンポジウムで靖国参拝について「日中関係にとって致命的な打撃。最後のレッドラインを踏み越えた」と厳しく批判した。在京の中国外交筋は、中国の立場を次のように説明する。「安倍首相に対する中国側の信頼は失われた。今後どうするかは日本側の問題」と述べるともに、今秋北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合など、国際会議での首脳会談実現には否定的な見方である。
 外交筋は、13年10月から12月20日の岸田外相・程永華会談の間、日中経済協会の訪中や湖南省長の訪日、青年交流の再開があったことを挙げながら「関係回復の勢いがあった。日本政府もそれを知っていたはず」と語り、靖国参拝が関係修復の障害になったことを強調した。さらに中国側が「島の問題で、緊急対応など連絡システムのための協議を再開するのを模索している矢先だった」とも明かし、「安倍首相は対話のドアは常に開いていると言うが、実際行動で自らドアを閉ざした」と批判した。
 中国の尖閣政策については「中国に領土的野心があり、尖閣を奪い次は沖縄というのは妄想」と述べ、「日中国交正常化以来40年間、棚上げの堅持にあり今も変化していない」と、棚上げを強調する。ただし棚上げすべき現状は「過去のものではなく、海監の船が常時パトロールする現状」としていることに注意を払う必要がある。中国が目指しているのが、尖閣の「共同管理」にあることがわかる。海峡両岸論第40号「中国公船の接近の意図は何か」(http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_42.html)で触れた通りである。双方の政府当局者の認識を聞くと、首脳会談再開など「夢のまた夢」という気すらしてくる。
「強力な軍隊持ち中国と対峙」首相側近
 冒頭で、日中関係は軍事衝突の危険をはらむ「安保のジレンマ」に発展しつつあると書いた。日中関係の改善ではなく「安保のジレンマ」を自ら望んでいるとしか言いようのない発言が安倍側近から飛び出した。米紙「ウォールストリート・ジャーナル」(日本語ネット版)は2月19日、安倍政権で経済政策の中心的な役割を担う本田悦朗・内閣府参与のインタビューを掲載した。同紙は次のように書く。
 -(本田氏は)「アベノミクス」の背後にナショナリスト的な目標があることを隠そうとしない。同氏は、日本が力強い経済を必要としているのは、賃金上昇と生活向上のほかに、より強力な軍隊を持って中国に対峙できるようにするためだと語った。同氏は中国に「深刻な脅威を感じている」としている-
 「安保のジレンマ」とは、対立する二つの国家の一方が、相手側からの攻撃を抑止するため軍事力を増大・強化させると、相手側もそれに対抗して軍備を増強させ、抑止効果が失われ、結果的には軍事衝突の恐れが増すことを意味する。現在の日中対立は尖閣「国有化」に始まる。外交交渉の基本は、対立するテーマについて議論を重ねながら、そこから共通利益を探り妥協の道を探ることにある。本田は、「強力な軍隊を持って中国と対峙する」ことが問題解決の道と言いたいのだろうか。「国力が強いときは敵わない。交渉をやれば負けるからやらない」と語った霞ヶ関官僚の発言と通底している。日中関係を「安保のジレンマ」に引きずり込もうとする主張だ。観念の世界でのパワーゲーム、底が透けて見える安っぽい「戦略論」でもある。
 政権中枢にいる人物が、平気でこうした発言をするのも驚きだが、霞ヶ関の官僚が外交交渉に傾注するどころか、首脳会談の必要性を否定するのも尋常ではない。本来は外交で問題解決に当たらねばならない外交官の不作為は、犯罪的ですらある。先の「ウォールストリート・ジャーナル」は、続けて次のように報じる。
 -(本田は)第2次大戦中の神風特攻隊の「自己犠牲」について語りながら、涙ぐんだ。 
 昨年12月の安倍首相による靖国神社参拝については、特攻隊員など戦争で死んだ数百万の兵士たちを追悼するために、首相が参拝したことを喜んでいるとし、「誰かがこれをしなければならなかった」と語った。その上で、「私は首相の勇気を高く評価する」と述べた-
 靖国に参拝した安倍の本音がよく分かる。
「一島各表」で主権棚上げを
 本題の試案に入りたい。対話の糸口すら見つからない日中関係の現状からみれば「荒唐無稽」や「空想の産物」「血迷ったか」まで、ネガティブな反応ばかりが想定される。しかし想像力とは、今は見えない遠くにあるものを引き寄せて見えるようにする力である。国家を主体とする旧い国際政治の枠組みをいったんバラバラにしないと、新しい出口は見つからない。国家主権も領土も絶対的で排他的概念と見なされているからだ。
【目的】
 日本と中国の公船しか近寄れない尖閣は、「ゼロ以下の価値」しかない海の孤島である。主権を巡る不毛な争いは衝突の危険性すらはらんでいる。衝突の危険を取り除き、「ゼロ」を「プラスに転化し、この海域を共通の生活圏としてきた人びとが、境界を越えて利益を得る枠組みを作るのが目的である。
【概要】
 尖閣諸島の利用と管理を日本、中国、台湾に属する三自治体ないし、これら自治体で作る民間組織(基金)に委ねる。自治体ないし民間組織に授権するのは国家だから、それぞれが主張する「主権」の主張は相互に否認されない。その意味では新たな「棚上げ」であり、「一島各表」(島の主権は各方が表明)と言ってもよい。運用は国家の手から離れるため、三者とも既存の領海に関する国内法の「適用除外」措置が必要になる。その上で、目的に沿うよう「海洋平和特別区」などの名称で「特区」の指定を考慮する。自治体は、日本は沖縄県石垣島市、台湾は宜蘭県が適当。中国は福建省福州市、あるいは福清市沖の新経済開発区「平潭総合実験区」でもよい。その選定は授権する国に委ねる。
 【共同管理の策定】
 ここからがプラスへの転化になる。自治体で作る「特区」が共同管理計画を策定する。資金は3自治体の均等負担とするほか、民間拠出も検討する。衝突の危険を除去する目的に沿い、島の12カイリおよび接続水域内は、巡視船や海上監視船、軍艦などの公船は原則として立ち入り禁止とする。境界管理は「特区」が自主的に行い、基本的には非武装地帯とする。
 【利用計画】
基本調査 尖閣諸島の地理、水質、資源、気象、生態系調査を実施する。日本の旧沖縄開発庁は1979年5月28-6月7日まで、魚釣島で初の「学術調査」(写真上 79年5月23日、魚釣島の仮設ヘリポートに向かう海上保安庁のヘリ)を実施した。当時は中国側が「日中平和友好条約の際の了解に反する」(筆者注=「実効支配の強化」と受け取られた)として遺憾の意を表明し、外交問題になった。この時の調査結果を基に、三者からなる「特区」が、新たな本格的調査を実施する。
その結果を受け、資源保護と開発の二つのカテゴリーに分ける。生態系の維持=資源保護を優先し、開発は観光を含め慎重に行う。開発については、2008年6月に日中間で合意した「東シナ海ガス田開発」の再起動がポイントになろう。この合意に参画した関係筋は、尖閣領海内でガス田を共同開発する「合意の第2ステップ」に移行すべきだと主張している。同筋は「領有権を棚上げして共同開発するのは、鄧小平の考えの具現化。当時外務次官だった谷内正太郎も当時は『将来はそうすべきだ』と言っていたという。しかし実際に共同探査を始め開発・生産までには数十年を要する。

中国、台湾とも反対しない
 このアイデアはあくまで試案であり、問題提起の域を出ないことをお断りしておく。法律をはじめ外交、海洋問題、気象、観光、石油・ガス資源などの専門家がより綿密な検討を重ねて肉付けをしていただき、実現に向けた努力に期待したい。近代国際法は万能ではない。20世紀型の法概念に縛られるのではなく、実態優先の立場から関係者の利益につながる解釈と運用が必要だ。
 試案を考える上で、中国と台湾の両岸関係の発展から多くの啓発を受けた。「一島各表」もそうである。中台間では「一つの中国」という国家主権に関わる対立を、「一中各表」という「92年合意」によって事実上棚上げした。「92年合意」は両岸の交流窓口機関同士の当局者が1992年、香港での実務協議で達成した。中国側はその内容を「『一つの中国』原則を堅持する」ことで合意と主張。これに対し台湾の理解は「『一つの中国』の解釈は(中台)各自にゆだねる」(各自解釈)というもの。「玉虫色」の解釈なのだが、ミソは「一つの中国」の原則で合意したことにある。ここでいう「一つの中国」とは実在しない架空の「国家」であることに気付くだろう。
 「一国二制度」もそうだ。「一国家一政府」という国際法の原則に縛られない、融通無碍な思考方法から生み出された妥協である。この「マジック」は、尖閣にも応用できると考えたのである。台湾の馬英九総統は12年9月に提案した「東シナ海平和イニシアチブ」は「領土と主権は分割できないが、天然資源は分けることができる」として、争いを棚上げし台日中の三者対話と協議を通して、資源の共同開発を構想している。中国の習近平・国家主席も13年7月「領土争いの棚上げ」と「共同開発」を基本原則とする政策を改めて提示した。中台とも「棚上げ」と「共同利用・開発」を進める特区には反対しないはずである。実現に立ちはだかる高く厚い壁は、安倍政権である。(敬称略)
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