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     第45号 2014.04.17発行 by 岡田 充
    政党政治を拒否した台湾学生
立法院占拠からみえる新地平
 台湾立法院(国会)を占拠していた大学生たちは4月11日、23日間にわたる占拠を自主的に解き、実力排除に伴う最悪のシナリオは回避された。彼らの主張は明快である。馬英九政権が中国と署名した両岸のサービス貿易協定を、国民党が強行採決したことへの怒りであり協定の再審議要求だった。学生は、両岸交渉を監督する条例制定を先行する王金平・立法院長(国会議長)の妥協案を受け入れたが、提起したものはそれにとどまらない。第一に、今回の運動を国民党(藍)と民主進歩党(緑)の二大政党の対立軸から分析するのは正しくない。逆に間接民主制では彼らの主張と利益は代表できないと考えたからこそ、「公民運動」という直接民主に訴えたのである。代議政治の行き詰まりは、工業化と民主制を達成した多くのポストモダン国家が直面している共通課題であり、日本も他人事ではない。第二に、学生たちの主張を「統一か独立か」の「統独問題」から論じるのも正しくない。彼らを支持する勢力の中には確かに「独立派」がいる。目の前の「敵」は国民党であり「台湾を呑み込もうとする中国」だからだ。しかし学生たちが透視したその先にある「敵」は、弱肉強食の「新自由主義」であった。立法院占拠は、グローバル化と「ポストモダン」が同時進行する世界潮流に一石を投じた。
「解放区」
 立法院周辺はさながら「解放区」だった。学生が撤退方針を決めた直後の4月8日、立法院の中に入った。路上に直接敷かれた寝具にテント。少し汗ばむ初夏の陽気の中、ガジュマルの樹の下で青空集会が開かれている。辺りのビルの壁には馬英九を茶化したマンガや、国民党批判のスローガンがびっしり。文化大革命中の「大字報」や落書きを見るようだ。各所に「STOP 語るのは『サービス貿易協定』だけ 政党を論じるのは止めよう」と印刷された小さなステッカーが貼られている。政党主導ではないこの運動を象徴している。原発再稼働反対にテーマを絞った「金曜デモ」を思い出す人もいるだろう。
 議場に入る幾つかの門は、学生や若者が入り口を「自主警備」し、その奥を警官と機動隊員がガードしている。「二重権力」(写真下)が可視化されている風景だ。「日本の記者」と告げ身分証明書を見せると、あっさり中に入ることが出来た。「21世紀中国総研」の矢吹晋ディレクター(横浜市立大名誉教授)も一緒だ。自主管理のボランティアによると、医師と看護師と弁護士、新聞記者の出入りは自由に許可しているという。空調が回復したせいか、汗くささや悪臭は一切ない。議場の横の部屋は機動隊員のたまり場になっている。中では帽子をあみだに被った警察官が、弁当をかき込んでいる。その横の廊下を黒いTシャツの占拠学生が忙しそうに行き来する。取り締まり側と棲み分けする「ゆるーい空気」。立法院の周囲には警察が作ったバリケードが築かれているものの、近くのマンションの住民だろう。ベビーカーを押した母親がバリケードの横から自由に出入りしている。台湾の政治文化の一端である。
 香港から駆けつけた27歳のボランティア青年に話を聞いた。彼は約1000名の学生が3月23日、隣接する行政院に突入しようとして機動隊に実力排除され100名が負傷したニュースを聞いて、居ても立ってもいられず台湾に駆けつけた。香港では日系企業に勤務していたがクビになったばかりの「プータロー」。「すべて中国が悪いと言っているわけではありません。馬英九政府が強行採決したことが問題」「占拠という学生の行動は違法だけど、非暴力に徹し中は秩序が保たれています」。そして、台湾では混乱が満ちているように見えるが「正直言ってうらやましい」とも付け加えた。それはそうだろう。手の届かないところにあった政治が、いまや自分の手で触れることができ、さらにそれを動かせる実感が得られたのだから。1989年、北京の天安門広場を埋め尽くした学生と若者も、つかの間だったがその実感と解放感を味わったはずだ。しかし「祭り」はいつか終わる…  
「馬王対立」に乗じた学生
 ここで立法院占拠までの経過をすこし振り返ろう。3月17日、立法院の委員会で国民党議員が「サービス貿易協定は審査期限の3か月を過ぎたため、審査済みとみなす」として審議打ち切りを採決した。この間約30秒。これに対し翌18日「不透明な密室協定」として、台湾大と清華大を中心とする約200名の学生デモが立法院に押しかけた。学生たちは窓のひとつが空いているのを見つけ、そこから乱入した。これが始まりだった。
 どの国でも国会が占拠されれば、直ちに強制排除するだろう。ではなぜ、23日間も占拠が可能だったのか。それにはこの協定をめぐる馬英九総統と王金平・立法院長の「馬王対立」があった。話は2013年9月に遡る。馬英九は、民進党の有力議員の裁判をめぐって王金平が「司法介入した」として、王の国民党籍を剥奪、国民党の内紛が一気に噴出する。これに対し王は、国民党籍の維持を求める仮処分を申請。台北地方法院(地裁)はこれを認めたため、王は任期満了(2016年)まで院長職にとどまることになり、国民党内紛は沈潜しつつ現在に至っている。
 対立の背景にあったのが「サービス貿易協定」。中国と台湾は昨年6月21日、経済協力枠組協定(ECFA)の後続協議としてこの協定に調印した。協定の概要は(1)台湾は中国に対し通信、病院、旅行、運輸、金融など64項目の市場を開放(2)中国側は台湾に、世界貿易機関(WTO)加盟国に対する条件以上の80項目の市場を開放する-というものだった。ところが、開放の対象となる業界や野党の民進党から、彼らの意見を聞かないまま「密室」で決定されたとして反対の声が上がる。さらに国民党立法委員の3分の2が、協定に「反対ないし態度保留」し野党に呼応するのである。
 この結果、協定は王院長の差配の下で逐条審議されることになり、議会承認の目途が立たなくなった。野党に「過剰な気遣い」をする王に馬が「業を煮やした」のだ。昨年9月台北でインタビューした江丙坤・海峡両岸基金会理事長(国民党副主席)は、立法院の審議が進まないことに馬が不満を抱いていたのでは、と問うと「その通りだ。王は(過半数を占める国民党の)多数を尊重しない。乱闘があっても警官を導入しないし…ということなのでしょう」と答えた(海峡両岸論第41号)。普通なら、占拠に対し強制排除を命令するはずの立法院長が、逆に学生に「同情」した裏にはそんな事情があった。
占拠3日後の3月21日、馬は王院長と江宜樺行政院長(首相)との協議を要求。しかし王は出席を拒否し、逆に馬に対し「民意に耳を傾け、与野党の合意を促す」よう要求する始末。さらに王は4月6日、議場を初めて訪れ学生に慰労の言葉をかけながら、両岸交渉を監督する条例制定をまず先行審議して、協定は審議し直すとの学生の要求をほぼ受け入れる妥協案を提示。学生側も「実質的な結果を得た」と評価し撤退を決定した。これが国民党の内紛と、立法院占拠の経緯である。立法院の審議は再開されたが、サービス貿易協定が6月初めに会期末を迎える今期立法院で通過する可能性はゼロ。9月に始まる新会期は、11月末の統一地方選を控えているだけに国民党も協定を争点化することは避けるだろう。年内通過の見通しは全くない。
中小企業への打撃懸念
 さて、協定のどこが問題なのか。占拠した組織の一つ「黒色島国青年陣線」の行動宣言注ⅰから彼らの声を拾ってみよう。台湾が市場開放する業種には雑貨店、ファストフード、パン屋、文具店、理髪店、広告デザイン、印刷業など台湾の衣食住すべてに関わる64業種がリストに上がっている。彼らの懸念をざっとまとめると(1)中小企業への打撃(2)人材の中国流出(3)言論侵害―の3点に絞られる。台湾の就業人口のうち約6割はサービス業に従事、企業のうち従業員5名以下の「零細企業」が全体の85%を占める。中国の大手企業の参入によって、零細企業が圧迫され打撃を受けるという懸念を抱くのは当然であろう。特に、中国の大企業は、原料から販売までをすべて一つの企業で行う「一条竜」のモデルで進出する可能性があり、台湾の零細企業は中国の中・大企業に太刀打ちできない。
 次いで「人材流出」。台湾は中国で病院を設立することができる。そうすると台湾の医師、看護師が中国に行き、台湾はその分人材を失う。台湾人が受ける医療サービスの品質も低下するという意味だ。「言論侵害」の主張は、異なる体制の経済一体化がもたらす不安の表明である。彼らは「中国の印刷業・出版業が台湾に進出して大半のシェアを占めれば、言論統制された出版物が出版され、台湾における言論の自由を阻害する恐れがある」「中国の通信業が台湾に進出すれば、台湾人の個人情報・行動や消費履歴・戸籍データなどが中国に漏れる恐れがあり、台湾の国家安全が脅かされる」と指摘する。ヒト、モノ、カネが自由に移動する経済グローバル化のマイナス面が網羅されている。
 両岸経済の一体化は今始まったわけではない。しかし過度の経済一体化は、台湾の安全保障を危うくするとの視点から、李登輝総統は1996年、中国への投資を抑制する「戒急用忍」政策と、東南アジアに投資先を分散する「南進政策」を採用したが効果は全くなかった。逆に2000年から始まる陳水扁政権時代、台湾IT産業は対中投資を加速し、台湾の対外投資の4割が中国大陸向けとなった。100万人を超す台湾ビジネスマンが台湾に常駐し始めたのも民進党時代であった。政治の力ではコントロールできなくなった経済グローバル化が、台湾海峡の両岸をどう覆っていったかの例である。
両岸接近の反作用
 協定は必ずしも、台湾にすべてマイナスをもたらすわけではない。だが学生たちは「市場を中国に開放すれば、台湾経済はますます中国に依存し台湾は経済主体性を失う。中国が台湾経済を支配し、台湾が中国から離れられなくなれば政治上も中国に依存する」と主張する。単純化すれば、経済一体化は統一を促進するという懸念である。中国も胡錦濤時代から台湾への武力威嚇をやめ、台湾民意を重視する政策に転換した。経済一体化が進めば統一に資するという「以経促統」の自信からである。
 立法院占拠は違法行為だが、民意の半数近い支持を得ていたことは、彼らの主張がそれなりに説得力を持っていたことを示している。占拠から10日後の3月28日の「中時電子報」注ⅱは世論調査結果として「支持、反対ともに46%」と報じた。彼らが大衆的な共感を得た理由は何か。海峡両岸では2月に南京で、中国と台湾の両岸主管官庁のトップ会談が実現した。この会談を受けて、ことし10月秋に北京で開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、馬英九と習近平の初首脳会談が実現するのではとの観測がメディアで大きく報じられる。微妙な「現状維持」のバランスが崩れるのではと感じる台湾人が増えたことは容易に想像がつく。
 両岸接近の「反作用」とは言えないだろうか。馬政権誕生後、「三通」が解禁され、いまや毎日100便もの直行便が両岸を結ぶ。台湾観光地で、中国観光客が群れを成す風景は日常に溶け込んでいる。交流の深まりは一体何をもたらすか。陳水扁政権時代の元政府高官は「交流が深まれば深まるほど、台湾共同体意識が芽生え、お互いの差が目立って見えるようになる」とみる。彼の分析に少し耳を傾けよう。
 「両岸関係のカギはかつて『統独問題』だった。しかし、独立とは抽象的観念で具体性はなかった。現在は別の問題が表れている。両岸の交流が深まれば深まるほど、双方の差と相違が目立つこと。その相違とは統独問題ではない。台湾は民主、自由、開放的な社会。一方、大陸は大きく進歩したが、まだ複雑な環境にある。台湾は小さく軽い。両岸の社会と思想・観念の相違が目立ち始めたのだ」。交流による両岸の接近が、むしろ台湾共同体意識を強め、両岸の人びとの意識差を
広げた側面に光を当てるのである。
敵視ではなく、連帯求める学生
 興味深いことは、学生たちは今回の運動を元高官と同様「統独問題」ではないと強調していることである。先に引用した「黒色島国青年陣線」(写真FACEBOOKのロゴ の行動宣言は次のように書く。
 「サービス貿易協定の本質は、世界貿易機関(WTO)自由貿易協定(FTA)、環太平洋経済連携協定(TPP)と同じである。この国家間の協議は、どれも国家が人民の保護を放棄することにある。サービス貿易協定は、中国と台湾が統一するか独立するか、統一派か独立派かという問題ではなく、少数の大資本家が無数の小農民と労働者と小商工業者を飲み込んでしまう階級問題であり、さらにすべての台湾青年の未来を過酷なものにする生存問題である」
 別の組織の声も紹介する。台北では2013年3月9日、台湾電力が建設中の第四原発に反対する「10万人」のデモが行われた。このデモを主導したのが「緑色公民行動連盟」。3月29日の声明「選択権を奪回する」注ⅲは次のように書く。
 「緑色公民行動連盟は過去数年、中国大陸のさまざまな領域の民間組織と意義ある交流と協力をしてきた。その中で、お互いが異なる政治的歴史的文脈を持つことを理解するとともに、中国大陸特有の政治経済状況下で、彼らの努力と活力が、民主国家の陣営に入ったと自負する台湾にとっても意義深い啓発と学習が得られた。呼びかけたいのは、中国政府の侵入を警戒すると同時に、中国社会と市民への敵視は誇張すべきではないということだ。中国のさまざまな側面を理解することによってのみ、両岸人民にとって適切な関係および今後の方向を見つけることが出来る」
 どうだろう。これを読めば、直接行動の矛先が単に中国との協定に向いているだけではないことが分かろう。グローバル化が進行する中で、国家・地域が「経済自立」を維持することは極めて難しい時代に入った。それだけに彼らの主張は、グローバル化が国境を溶解させている本質に迫ろうとする問題提起でもある。
 「緑色公民行動連盟」の声明は、逆に国家・地域の「主体性を守る」ことを強調するのではなく、中国の様々な民間団体と連携する中で出口を探ろうとする。まだ鮮明ではないものの、大資本に対し海峡両岸の弱者が手を携え対抗するという構図が生まれれば、北京と台北にとっては「統独問題」以上にやっかいである。国境を越えるのは資本だけではない。弱者同士の連携も国境を越えていく。この意識こそ占拠を通じて学生たちが獲得した新たな認識の地平である。
民主に替わる言葉はないのか
 現実政治に話を戻す。野党、民主進歩党は台湾のTPP参加を支持しているが、学生たちはサービス貿易協定も同じであることを見抜いている。占拠中、民進党の蘇貞昌主席の人気は下降した。先の「中時電子報」の世論調査では、73%が馬英九に不満を抱いている結果が出たが、蘇への不満も「55%」と高い数字となった。その蘇は党主席選挙には出馬せず、次期総統選の最有力候補である蔡英文の主席就任が確実になった。
 学生の直接行動で国民党は大きな打撃を受け、11月の統一地方選での敗北は避けられまい。もともと実現の可能性が高いわけではなかった馬英九と習近平の首脳会談は、ほぼなくなった。民進党は、統一地方選では相対的優位に立ったが、学生たちは二大政党制の枠組み自体に疑問符を突きつけたのだから、2016年の総統選で優位に立ったとは言えない。特に総統選では必ず最大の争点となる「対中政策」をめぐり、党内コンセンサスは得られておらず、依然として同党の桎梏になる可能性がある。国民党は次期総統最有力候補である朱立倫・新北市長をふくめ「馬英九離れ」が加速するだろう。同時に「第3極」を模索する動きが始まる。「緑」の側では、反核運動をリードしてきた林義雄・元民進党主席を巻き込んだ「新党」の動きが注目されそうだ。しかし「第3極」が政党政治の枠組みの中に収斂すれば、「線香花火」に終わる可能性が高い。日本でも政党は、理念と政策を中心に動いているのではなく、「議員バッジ製造マシン」と化していることに皆気づいている。政党政治は窒息しかけている。
 立法院占拠は、街頭行動という直接民主に訴えた点で「アラブの春」をはじめ、タイ反政府運動、ウクライナ政変と通底するものがある。そこで語られる言葉はいつも「民主を守れ」のスローガンだ。立法院占拠を支持する側も、批判する勢力も「正義の御旗」である「民主」という言葉を奪い合う。多義的でさんざん消費尽くされ、スカスカの中身しかない「民主」という言葉の有効性そのものが問われているのに。立法院の議場に入ってから、もどかしい思いが頭から離れなかった。それは、今起きている状況を鮮明に切り取る言葉が見つからないもどかしさである。「民主」に替わる言葉が見つからないもどかしさだ。
(一部敬称略)
 
ⅰ (facebook.com/lslandnationyouth/notes)
ⅱ (http://www.chinatimes.com/newspapers/20140328001943-260102)
ⅲ (gcaa.org.tw/post.php?aid=400)
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