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     第55号 2015.07.23発行 by 岡田 充
    安保と外交の取引は奏功するか
支持急落で訪中探る安倍政権
 安倍政権は、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障法制を、衆院特別委員会と本会議で(7月16日)強行採決した。メディア各社の世論調査(写真下、NHKの調査結果)で、安倍政権支持率の急落と、安保法制反対が過半数を占める中での強行採決だった。「世論包囲網」が強まる中、安倍晋三首相が9月初めの中国訪問の可能性を探り始めた。「安保偏重」という批判を、改善の軌道を進み始めた対中外交の推進によってかわそうという思惑が透けて見える。訪中実現には、戦後70周年の安倍談話について中国側の理解を得るハードルがあるものの、中国側は安倍受け入れを積極的に検討している。安保と日中の「取引」は奏功するか。
世論の逆風押し切り
 まず次の世論調査結果を見て欲しい。「朝日」が7月14日付けで報じた最新の世論調査によると、安倍内閣支持率は「支持」39%に対し、「不支持」は前回調査より5ポイン増の42%に。一方、安保法制の「賛成」は26%に対し、「反対」56%と過半数を占めた。安保法制推進の姿勢の「読売」ですら7月3-5日に行った調査で、「反対」が50%に達し、「賛成」36%を大幅に上回った。「ナベツネ」にとっては「思わぬ」結果だったろう。この結果「産経」を除く全紙で、安保法制反対が過半数を占めることになった。
 高支持率を誇ってきた安倍にとっては、世論の逆風は第1次安倍政権(2006~2007年)の失墜を想起させる事態であろう。衆院委員会の強行採決の後、記者の「ぶら下がり」に応じた安倍の顔は、委員会突破を喜ぶ晴れ晴れとした表情どころか、急病を理由に辞職した時を思い起させるような疲れ切った顔色だった。
 逆風は、決して安保法制の強行採決だけに向けられているのではない。秘密保護法をはじめ、沖縄の琉球新報と沖縄タイムスの2紙を「つぶさないといけない」との発言に代表される報道圧力。さらに新国立競技場の設計と予算をめぐる批判など、民主制の根幹を揺るがす安倍政治全体に向けられていると考えるべきである。
中国批判封印の思惑
 「海峡両岸論」の前号で書いたように、安倍は安保法制の国会答弁で「中国の脅威」を名指しで言及するのを徹底して避けた。集団的自衛権行使の導入の理由は、「中国と北朝鮮の軍事的脅威」のはずなのに、なぜ本音を隠すのかと問うた。日中関係は、昨年11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)北京会合での習近平との初会談以来、2回の首脳会談を経て、関係改善の方向がようやく軌道に乗り始めた。中国を敵視する発言をすれば、車輪はレールから外れてしまう。
 一方、尖閣問題で日中衝突に巻き込まれるのを嫌がるオバマ政権にとって、日中和解は米国の「国益」に叶う。混乱する中東情勢とテロ対処、対ロシア政策で手いっぱいの米国にとって日中和解は好ましい国際環境をつくる。集団的自衛権の行使容認は実現したいが、日中関係の悪化という「代償」を伴うようなら、米国の「国益」にマイナスになる。米国の「ポチ化」の道を突進する安倍が、中国批判を封印した理由と思惑はここにあった。9月初めの訪中による3回目の首脳会談実が実現すれば、「安保偏重」「安保のジレンマ」という批判を「対中外交も推進」としてかわせるのではないか、という読みである。
中国も積極対応
 前置きが長くなった。安倍訪中は実現するかどうかの分析に移る。結論から言えば訪中は、日中首脳の思惑と相互利益に叶うから実現する、というのが筆者の見立てである。安倍の外交ブレーン、谷内正太郎・国家安全保障局長は16日に中国を訪問し、李克強首相、常万全・国防相らと会談し、トップ交流の重要性で一致した。中国外交に影響力を持つ在京中国筋の見方を紹介する。
 同筋は「もし来るとなれば、首相の面子をつぶすことはしない。恥をかかせることはしない」と述べ、積極対応する中国側の立場を説明した。その理由として同筋は「デリケートな時期に来るとなれば、互いにうまく処理しなければならない。首相に恥をかかせるようなことはしない。(そんなことをすれば)国際社会から批判を浴びる。(昨年11月の安倍・習近平会談での)4項目合意以来のよい流れを維持・強化したい」と述べた。
 訪中実現の「変数」となる戦後70周年の首相談話については「中国は具体的な注文はつけていない」としつつ①戦争責任と戦争の性格を明らかにすべき②歴史認識を出さないとすればおかしい―などと述べ、「侵略と植民地支配」への「謝罪」を明示するよう期待を表明した。談話が閣議決定を経ない「首相の談話」になる可能性については「どんな形をとるにせよ、政府を代表する談話と受け止める」と述べ、首相周辺が中国、韓国の批判を和らげるために考慮したとみられる対応には、左右されない姿勢を示した
 「談話」内容について、米議会演説や5月のバンドン会議の演説内容から判断し「想定範囲内」の内容になるだろうと述べた。「先の大戦への深い反省」を表明しつつも「侵略」の表現を避け「謝罪」をしなかった内容を踏襲するという意味であろう。
 安倍の中国批判封印について「(安保法制が尖閣を含む)南西諸島をめぐり、中国に対抗しているのは明らか。安倍首相が気を付けて答弁しているのをちゃんと観察している。無用の緊張を避け、中日関係重視の姿勢をみせている」と評価しつつも「日本は安保と経済のねじれを起こしているのでは」と、安保重視の姿勢に注文をつけた。
相互利益に合致 
 中国側が積極対応する理由は何か。中国は9月2,3の両日「抗日戦争勝利70周年」の記念行事を大々的に行う。これまでの記念日と異なるのは、第2次大戦の戦勝国首脳を招待し、「敗戦国日本」の安倍首相にも招待状を送ったこと。習近平・国家主席は9月に米国を初公式訪問し、国連総会にも出席の予定だ。このスケジュールから判断すると、首相の訪中は3日以降、習訪米までの間ということになる。ドイツのメルケル首相は5月、ロシアが主催した「対独戦勝70周年式典」には欠席したものの、翌日にロシアを訪問したことに倣ったのではないか。
 何度も指摘するが、日中関係改善は米国の「国益」にも資する。サイバー攻撃や南シナ海問題を巡って確執が続く米中両国だが、世界経済では利益を共有し、温室排出ガスの規制など地球規模の環境問題でも足並みを揃える。日中関係の改善が軌道に乗れば、東アジアの緊張緩和に資するとして、オバマが評価するのは間違いない。
 読者も気づいたと思うが、日中両国の思惑で一致するのは、米国への「配慮」。日中米の三角形からみえる構図を、「海峡両岸論」第48号「安保のワナをどう断ち切るか」(2014.07.30発行)から引用する。
 「日中が米国を『引っ張り合う』構図が見え、バランサーとしての米国の価値を高めている。米国は日中のバランスをとりながら三角形を規定する役割を演じ続けることができる。三角形の米中の辺の比重が高まり、冷戦期のように日米同盟だけが日米中の三角形を規定できる時代ではない」。
歴史と尖閣の溝
 安保法制で失った国民の信頼を日中関係の改善によって取り戻す―。「安保と外交の取引」の試みは成功するだろうか。訪中が実現し習近平と握手するだけでは、日中関係の真の改善とはいえない。昨年の首脳会談で獲得した成果を一歩進め、新たな前進をしなければ、国民の信頼回復にはつながらない。(写真左 国会前での反安倍デモ)両国間に横たわる懸案が、歴史認識と尖閣問題であることは言うまでもない。
 昨年の首脳会談に先立ち、「シェルパ」役を務めた谷地正太郎・内閣官房国家安全保障局長は、楊潔篪・国務委員との間で、この懸案について「4項目合意文書」を発表し、首脳会談への道筋をつけた。合意文書のうち、歴史と尖閣をめぐる合意文書の第2項と第3項の全文を紹介する。
 「2、双方は、歴史を直視し、未来に向かうという精神に従い、両国関係に影響する政治的困難を克服することで若干の認識の一致をみた」。
 「3、双方は、尖閣諸島など東シナ海の海域において近年、緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた」。ゴチック部分は、合意内容のキモである。
 4項目合意に基づき、初の首脳会談が開かれた。会談での具体的な合意は、尖閣海域と空域での不測の事態を回避するための「海上連絡メカニズム」に向けた協議推進だった。日本外務省の発表によると、首脳会談で安倍が「歴代内閣の歴史認識を引き継いでいる。積極的平和主義の下、世界の平和と安定に貢献する」と述べたのに対し、習は「日本が平和的な発展の道を歩み、慎重な軍事・安全保障政策を取るよう望む」と、双方が意見を述べ合うだけで、溝は埋まらなかった。
盧溝橋訪問のチャンス
 第3の首脳会談が実現した場合、歴史認識と尖閣の溝を埋める新たな「メカニズム」で合意しなければ「前進」とは言えない。会談ごとに成果のハードルは高くなる。まして「安保と外交の取引」で国民の信頼を回復する保証はないとみるべきだ。それだけ強行採決の代償は大きい。
 今回の谷地訪中で、首脳会談の合意ができるわけではない。中国側は「安倍談話」に対する中国世論の反応をみながら、8月中旬ごろに谷地訪中を再度促すとみられる。
 谷地は第1次安倍内閣の際、外務次官として安倍訪中を実現させ、小泉純一郎首相の靖国訪問で凍り付いた両国関係の再構築にこぎ着けた。さらに2008年の福田康夫首相と胡錦濤前主席の首脳会談で「戦略的互恵関係」のキーワードを編み出す。同年の「東シナ海ガス田開発」合意を達成した際には、「将来は尖閣周辺での共同開発もあり得る」と日本外交筋に語ったとされる。安倍内閣の「寿命」から考えると、谷内工作は今回が最後の舞台になる可能性が高い。
 メルケル独首相は今回の訪ロの際、プーチン大統領と「無名戦士の墓」を訪ね、独ソ戦で戦死した旧ソ連軍の兵士のために献花した(写真上 無名戦士の墓で献花するメルケル、プーチン両氏)。先の中国筋にその感想を尋ねると次のように答えた。「安倍さんも(日中戦争の発端になった)盧溝橋と抗日戦争記念館に行っているんですよ」。確かに2001年10月、安倍は第1次小泉内閣の官房副長官として、小泉に同行し抗日戦争記念館を訪問している。
 安倍がメルケルと同様、抗日戦争記念館に行き献花すれば「歴代内閣の歴史認識を引き継いでいる」という発言を行動で示す大きな効果がある。もし盧溝橋訪問がアジェンダになれば、安倍にとって、このチャンスを生かすか、それとも右派支持層を慮って止めるかの岐路に立たされることになる。
 (了)
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