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     第56号 2015.08.11発行 by 岡田 充
    安保法制を最優先、訪中断念も
「中国脅威論」封印解いた首相
 安倍政権は、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障法制を衆院で強行採決(7月16日)した。世論の逆風に抗した強行採決によって、内閣と安保法制への支持率は下落し続けている(写真下 各社の調査結果)。そんな中、安倍首相は「封印」してきた「中国脅威論」を、参議院の審議で解き中国への名指し批判を開始した。9月の中国訪問を模索していた安倍がなぜ封印を解いたのか。
 複数の日中関係筋は「安保法制の成立を最優先するため、中国訪問は実現しなくても構わない」と、その理由を説明する。訪中は「安保偏重」という批判を、改善の軌道に乗り始めた対中外交の推進によってかわそうという思惑だったはずだ。しかし、訪中が実現しても支持率回復の保証は全くない。中国側は安倍受け入れを積極的に検討している。だが安倍側近の間では「敗戦国の指導者が謝罪のため訪中した」とする中国側の” 術数”にはまる恐れもあると指摘する。方針転換の経緯を振り返りながら、訪中実現の是非を論じる。
強行採決のツケ
 まず世論調査結果を見て欲しい。安保法制を後押しする「読売」が7月24~26日に行った調査で、内閣支持率は43%と前回調査(7月3~5日)から6ポイント下落し、第2次安倍内閣発足以降で最低を記録。不支持率は49%と前回から9ポイント上昇し、不支持率が支持率を初めて上回った。
 安保関連法案の今国会での成立については、「反対」が64%(前回63%)で「賛成」の26%(同25%)を上回った。安倍は新国立競技場の建設計画を白紙に戻して見直すと決めたが、調査結果を見る限り支持率低下に歯止めはかからなかった。
 TVの最新調査も見よう。TBSが8月1―2の両日行った世論調査で、「支持率」は前回調査より4.6ポイント減の46・1%、「不支持率」は5ポイント増の52・8%と、同社の調査で支持率が初めて逆転する結果となった。安保法制では賛成が30%に対し反対は61%。一方、今月中旬にも再稼働する九州電力・川内原発についても、反対が57%に対し賛成は35%にとどまっている。
 世論の逆風は、決して安保法制の強行採決だけに向けられているのではない。秘密保護法をはじめ、沖縄の琉球新報と沖縄タイムスの2紙を「つぶさないといけない」との発言に代表される報道圧力。さらに原発再開と新国立競技場をめぐる批判など、民主制を根幹から否定する安倍政治全体に向けられている。
批判「封印」の背景
 前号を繰り返すが、安倍は安保法制の衆院審議で「中国の脅威」を名指しで言及するのを徹底して避けた。集団的自衛権行使の導入の理由は「中国と北朝鮮の軍事的脅威」のはずなのに、なぜ本音を隠すのかと誰もが疑問を持ったのではないか。
 その背景について前号では次のように分析した。日中関係は、昨年11月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)北京会合での習近平との初会談以来、2回の首脳会談を経て、関係改善の方向がようやく軌道に乗り始めた。中国を敵視する発言をすれば、車輪はレールから外れてしまう。
 一方、尖閣問題で日中衝突に巻き込まれるのを嫌がるオバマ政権にとって、日中和解は米国の「国益」に叶う。混乱する中東情勢とテロ対処、対ロシア政策で手いっぱいの米国にとって、日中和解は好ましい国際環境をつくる。集団的自衛権の行使容認は実現したいが、日中関係の悪化という「代償」を伴うようなら、米国の「国益」にマイナスになる。米国の「ポチ化」の道を突進する安倍が、中国批判を封印した理由と思惑はここにあった。3回目の首脳会談実が実現すれば、「安保偏重」「安保のジレンマ」という批判を「対中外交も推進している」としてかわせるのではないか、という読みである。
尖閣と南シナ海を列挙
 ところが首相は7月28日、参議院で審議入りするや否や中国批判を開始した。安倍は「我が国を取り巻く安全保障環境はますます厳しさを増しております。東シナ海においては、中国が公船による領海侵入を繰り返しています。南シナ海においては、中国が活動を活発化し、大規模かつ急速な埋め立てや施設の建設を一方的に強行しています」と、名指し批判に転じたのである。
 「中国脅威論」を開始した理由は次の2点であろう。第1は、安保法制と内閣支持率の下落に歯止めがかからないため、法案成立を最優先し世論の同意が得られやすい「中国脅威論」を喧伝する。場合によっては訪中を犠牲にしても構わない。第2は、中国の訪中歓迎の姿勢に変化はないと判断し、訪中によって引き起こされるかもしれない右翼支持層からの批判封じと、首脳会談に向けた「瀬踏み」の思惑である。
 複数の日中関係筋によると、第1の理由については、外務官僚の兼原信克・官房副長官補が訪中に強い反対論を唱えたという。このため、訪中のお膳立てを進めてきた谷内正太郎・内閣官房国家安全保障局長は、兼原と激しい言争いをしたという。7月半ばに訪中したばかりの谷内は、訪中断念も射程に据えた方針転換に参っているだろう。中国側は、谷内を李克強首相と会見させるなど異例の厚遇をした。カウンターパートの楊潔篪・国務委員も、習近平主席から「大目玉を食らう」かもしれない。
丹羽前大使は悲観論
 訪中実現への悲観論も存在する。丹羽宇一郎・日中友好協会会長(前駐中国大使)は7月31日、筆者のインタビューで中国批判について「(9月訪中を希望しながら)名指し批判するのは、中国側の対応を見誤っているのではないか。中国側の反応は厳しく、今のままいけば(首脳会談は)難しい」と述べ、訪中と首脳会談実現に悲観的見通しを明らかにした。
 丹羽は7月19日から22日まで訪中、唐家璇・中日友好協会会長、劉建超・外務次官補ら要人と会談した。丹羽によると、中国側は安倍首相が進める積極的平和主義について「平和路線ではなく、中国包囲網を作る軍国化の道」などと述べ、中国側の対日観は依然と厳しいとした。さらに「中国民衆の対日観も厳しい。習近平氏は北戴河会議でも(訪中受け入れ)の是非を議論するだろう。ただ安倍氏が何の土産も持ってこないということであれば、『おもてなしは出来ない』ということになる」と語った。


戦後秩序を可視化させる
 中国側が積極対応する理由は何か。前号の繰り返しになるが、中国は9月2,3の両日「抗日戦争勝利70周年」の記念行事を大々的に行う。これまでの記念日と異なるのは、第2次大戦の戦勝国首脳を招待し、「敗戦国日本」の安倍首相にも招待状を送ったこと。戦勝国からはロシアのプーチン大統領が出席する予定。
 中国は「安倍談話」について、侵略と植民地支配を謝罪しなくても深い反省を述べればよいと考えているようだ。それより重要なことは、敗戦国の日本代表として安倍に「北京詣で」させることで「勝者と敗者」の戦後秩序を、内外に可視化させる効果を発揮したいのではないか。兼原ら官邸が懸念するのも、訪中によって支持率回復の保証がないうえ、中国側の「術数」にはまれば伝統的な右翼の支持も失ってしまう。
 ただ谷内が訪中の打診をした以上、日本側から訪中断念は言い出しにくい。むしろ中国批判をすることで、中国側から断らせる道を探っているのではないか。14日に予定されている「安倍談話」の内容次第で、中国側が「訪中を歓迎せず」とのサインを送る可能性も否定できない。
長期的にはプラス
 何度も指摘するが、日中関係改善は米国の「国益」にも資する。サイバー攻撃や南シナ海問題を巡って確執が続く米中両国だが、世界経済では利益を共有し、温室排出ガスの規制など地球規模の環境問題でも足並みを揃える。日中関係の改善が軌道に乗れば、東アジアの緊張緩和に資するとして、オバマが評価するのは間違いない。日中関係改善は、日韓関係の好転にもつながり、「ねじれ」を起こしている日米韓の同盟関係の回復にも役立つと米国は踏んでいるはずだ。
 いまの世論の潮流から考えると、中国の脅威をいくら煽っても支持率は回復しないだろう。むしろ訪中を実現し、外交努力によって「日中和解」を印象付けることに成功すれば、世論への波及効果は期待できる。訪中は東アジアの安定にとって長期的にはプラスになるはずだ。
 (了)
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