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     第58号 2015.10.24発行 by 岡田 充
    総統選候補は朱立倫に交代
国民党、分裂回避と議会選対策で
 台湾総統選挙が3ヶ月後(2016年1月16日)に迫る中、劣勢が伝えられる国民党は10月17日、臨時党大会(写真中央が朱立倫)で総統候補を洪秀柱立法院副院長(国会副議長)から、朱立倫主席(新北市長)に入れ替える決定をした。「国民党のホープ」の朱が出馬しても、現段階では野党民主進歩党(民進党)の蔡英文候補の優勢に大変化はない。異例の候補者交代は、総統選と同時に行われる立法委員(国会議員)選挙での惨敗の恐れと、国民党指導部が党分裂に危機感を抱いたからである。「洪引き下ろし」の背景を振り返り、総統選・立法委員選を展望する。
対中政策が一大争点に 
 朱は、臨時党大会で「総統選、立法委員選とも情勢はこれまでになく低迷し、再出発の必要がある」と述べた。交代の理由が、「惨敗回避」にあることを率直に訴え、大会は全会一致で朱を新候補に指名した。朱は候補指名を受けて「党は存亡に危機にあり、存亡を救う大計が必要。だが一つの党を救うだけでなく、国家と社会の基本的価値を救わねばならない」と述べ、国民党は①勤政愛民②民主と法治③両岸の平和-という3つの核心的価値を代表していると強調した。
 その朱はことし5月4日、北京の人民大会堂で習近平・共産党総書記と会談。両岸政策について「両岸が一つの中国に属するという『92年合意』を踏まえ、(国民党政権は)両岸の対決・混乱を協力・交流に転換した。海峡両岸は共に中華民族であり運命共同体だ」と強調した。
  朱発言で注目されたのは「両岸同属一中」(両岸は一つの中国に属する)の部分。この発言に対し、民進党は「朱発言は、馬英九が主張してきた『92合意、1中各表(一つの中国の解釈はそれぞれに委ねる)』を修正し、『両岸は一つの中国に属する』と、中国側が主張する『一中枠組』にすり寄った」と強く批判した。  「英倫対決」となる総統選挙で、蔡英文陣営は「現状維持」を対中政策にした。これに対し朱は、現状を維持するには民進党が「92年コンセンサス」と「一中各表」を受け入れることが前提とし、両岸政策が一大争点になる。朱は台湾紙「聯合報」(10月19日)とのインタビューで、蔡英文が主張する「現状維持」には、蔡が策定した李登輝「両国論」や「台独綱領」も含まれるのではと、論戦の火ぶたを切った。
「一中同表」発言が致命傷 
 さて、洪(写真 7月19日の国民党大会で候補指名を受けスローガンを叫ぶ洪。右後ろが朱立倫)が候補を引きずりおろされた理由を振り返る。民意調査の支持率が20%という低迷に加え、配慮に欠ける言動を連発し、党内外から激しい批判を浴びた。中でも“致命傷”になったのが「一中同表」(一つの中国を同じく表明する)発言である。
 まず対中政策について6月22日、中央評論社のインタビューで、馬英九の「統一せず、独立せず、武力行使せず」の「三不政策」と「92年コンセンサス、一中各表」を批判し、「これらは結局のところ台湾独立」になると述べた。国民党の従来からの主張である「一中各表」(一つの中国を各自解釈で表明)は「歴史的使命を終えた」として「一中同表」を主張したのである。「同表」とは「同じ立場で」という意味だ。
 発言は国民党内を含め「統一という本音の表れ」として批判された。民進党は6月25日の記者会見で「明らかに『一つの中国原則』を支持している。洪秀柱は統一を主張しているのかどうか、説明の義務がある」と批判した。洪発言は失言と言うより、「確信犯」とみられるだけに、ただでさえ人気が低い洪の総統選挙でのマイナスは小さくない。朱指導部は7月になってようやく洪に「一中同表」を封印させた。
党分裂をぎりぎり回避
 配慮に欠ける言動はこれにとどまらない。国民党内にひびを入れる発言を列挙しよう。「一中同表」が対中政策をめぐる「失点」とすれば、こちらは国民党分裂を招来しかねない発言である。
① 洪は6月18日「王金平(立法院長 国民党比例区選出)が引き続き議席を持つ唯一の方法は選挙区から立候補すること」と述べ,王支持者(「本土派」)を刺激した。
② 9月30日,連勝文(連戦名誉主席の息子。昨年の台北市長選挙で惨敗)を副総統候補に推す声があることについて「冗談はやめて。私はそんなバカじゃない」と発言し、国民党内の「連戦派」を敵に回した。
③ 10月2日のラジオで再び対中政策に言及し、馬英九が提起した「92年コンセンサスの段階的任務は終わった」と発言。「一中同表」の考えを繰り返した。「馬英九派」の神経を逆なでしたのは間違いない。
 立候補の届け出締め切りは11月27日。これを過ぎれば候補者のスイッチはできない。「洪おろし」に成功したことで、分裂の危機にあった国民党は、当面その危機をぎりぎりで回避したと言えるだろう。
蔡の優勢に変化はないが
 さて、朱立倫が新北市長の任期途中で「休職」して総統に立候補することについて、有権者はどう受け取っているだろうか。台湾の有線ニュースTVBSの民意調査(10月15日)によると、総統選で誰を支持するかとの質問に対し、新台北市の有権者の答えは、蔡英文47%に対し朱支持は31%。洪支持の24%から見れば、多少は挽回しているものの蔡優勢に大きな変化はないことが読み取れる。市長の任期途中での「休職」という対応がマイナスになったのは明らかだ。またTVBSが10月3日に報じた、国民党の最新の内部民意調査では蔡45%,洪13%だったという。
 台湾選挙に詳しい小笠原欣幸・東京外大準教授は、国民党が洪のまま総統選挙を迎えれば「蔡は最低でも55%の票を得て当選。状況によっては60%も考えられる。洪の得票率はせいぜい35%。下手をすると30%程度で終わる可能性も」と情勢分析している。
 筆者が連載している「海峡両岸論」第53号(2015.05.29)では、陳水扁時代に総統府国家安全会議諮問委員や新聞局長を歴任した葉国興氏とのインタビュー(4月25日)を紹介した。
(http://www.21ccs.jp/ryougan_okada/ryougan_55.html)
 葉は、朱立倫の対応などについて①朱は出馬を否定しているが、結局必ず出馬する②政権交代は言われるほど簡単ではない③総統選と同時に行われる立法院選挙では、国民党と民進党の議席は半々になるーと語った。
 朱の出馬については彼の見立て通りになった。その他の彼の見通しを援用すると、①総統選は最終的には朱が追い上げ、接戦が展開される②立法委選挙では国民党惨敗は避けられ「互角の争い」まで持ちこたえるーということになる。
互角の戦いも
 立法委員選に関する小笠原の分析を続ける。前回2012年選挙での議席配分は113議席のうち、国民党の65議席に対し民進党は40議席と、議席数では国民党が圧勝した。総統選と立法委選挙の同時選挙で注目されるのは、有権者の「分裂投票行動」。総統選は民進党に入れるが、立法委員選では、地縁など地元の利益を代表する議員が多い国民党に投票するという投票行動を指す。
 総統選挙で敗北したうえに立法委員選でも惨敗すれば、民進党による政権運営は盤石になる。敗北をめぐり国民党が分裂すれば、今後の政権復帰の可能性は絶望的になる。洪のままでは、その恐れが現実になりかねない。そんな事態だけは避けたいということだ。
 前回選挙の結果を点検し、分裂投票の実態をみる。前回総統選での馬英九の得票率は51.6%だったが,選挙区の国民党候補の得票率は48.1%と3%の差がある。今回選挙で、選挙区の国民党候補の得票率が5ポイント低下し,民進党が5ポイント上昇すると仮定すれば、選挙区での国民党の議席は44議席から25議席に急落。比例区と原住民枠で議席を取れたとしてもせいぜい43議席程度しか望めない。洪の得票率を35%と仮定した場合、国民党は選挙区で洪の得票率より8ポイント程度上積みしなければならない。
 朱にスイッチすれば、朱の得票率は洪より10%程度の上積みが可能。立法委員の議席も50以上になり、民進党と「互角の戦い」も不可能ではない。総統選については、現段階では蔡の得票率50%に対し朱は45%。親民党の宋楚瑜は5%程度。その場合、選挙戦で蔡側が大きなミスや失点をすれば、蔡と朱の得票率が3%動くだけで「逆転」もありだ。洪おろしに成功した国民党が選挙に向けて団結すれば、同じ保守層が支持基盤の宋の票を食って蔡に肉薄する可能性も残されている。
 台湾政治は「一筋縄」ではいかない。党内規定に基づく候補指名を受けた洪を引きずりおろしたのは論理的には「あり得ない」選択だが、「何でもあり」というこれまでの「伝統」が裏付けられた形。蔡の圧勝が伝えられた台湾総統選は、国民党候補の交代によって台湾選挙らしい熱戦が再現されることになる。
 

 
 (了)
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