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     第73号 2016.12.22発行 by 岡田 充
    脅威論から生まれた排外主義
再論「日本ボメ」現象
 やはり一筋縄ではいかない人物だ。ドナルド・トランプ米次期大統領が12月2日、国交のない台湾の蔡英文総統と電話会談し(写真 台湾総統府HP)世界をアッと言わせた。米台断交(1979年)以来、歴代大統領が貫いてきた一つの中国政策をトランプが見直すとの憶測を呼んだためだ。続いて11日にはFOX・TVのインタビューで「貿易などで合意できなければ、なぜ『一つの中国』に縛られる必要があるのか」と述べ、「一中政策」を対中取引カードに使う可能性を示唆した。北京は「強く懸念」(外交部報道官)と不快感を示したものの、大統領就任前の発言とあって正面からのトランプ批判は避けている。その一方、電話会談については「台湾側がやった小賢しい動き」(王毅外相)と矛先を蔡政権に向けた。台湾では、北京が台湾国交国への切り崩し工作に出ることへの警戒が高まる。トランプ発言で波乱含みになった米中台関係は今後、どんな展開をみせるだろうか。
台湾の国防強化がテーマに
 トランプの外交政策はよく分からない点が多い。慣例を破り意表を突くスタイルに、メディアをはじめ北京、台北、ワシントン各政権も振り回されている。まだ大統領就任前だから、どこまで「真剣に」付き合うべきなのか見極めは難しい。起伏の大きい米中関係の中では安定してきた台湾問題に「大胆に手を突っ込む」とは、正直に言って想定外だった。
 トランプ登場は、国際政治における米国の歴史的変化を象徴している。第一に、米一極支配構造の終末と多極化である。トランプのスローガンは「偉大な米国を取り戻す」だが、それは「米帝国の凋落」という現実の裏返しの表現にほかならない。第二は米一国で解決できない問題はますます多くなる。「イデオロギー外交」に代わり、「他極」との間で「取引外交」を展開せざるを得ない。他極とは中国をはじめロシア、EUである。日本は米国の陰に存在する脇役の地位に置かれる。台湾と同様、取引外交のカードになる可能性もある。
 電話会談を振り返ろう。台湾総統府の発表によると、会話は十数分に及んだ。挨拶を交わした後「将来の政策の重点、特に国内経済の発展と国防強化を促し、よりよい生活と安全保障に資するよう意見交換した」という。テーマは経済と国防であった。米国は1979年の台湾断交直後に「台湾関係法」を成立させ、「防衛的兵器」を台湾に供与し続けてきた。「国防強化」が話し合われたからには、武器供与の継続を保証するだけでなく、オバマ政権より大量の兵器を売却する方針を伝えた可能性もある。武器売却は、米軍産複合体の利益であり、同時に「米国第一」にも叶う。
 トランプが慣例を破った思惑は何か。中国の「核心利益」中の核心である台湾カードを使い、北京を揺さぶりその反応をうかがいながら「取引外交」を有利に進める狙いがあるのは間違いない。大統領就任前の「一私人」に過ぎないから、外交上の責任を問われることはない。「際どいエッジボールを打った」(環球時報)と見るべきだ。過剰反応は禁物であろう。
米国防権限法案で米台軍事協力
 あまり大きく報じられていないが、米上下両院を8日通過した2017会計年度の国防予算を決める国防権限法案は重要な意味を持つ。イラクやアフガニスタンでのテロ対策に関わる費用などを加え、総額が約6190億ドル(約70兆円)と、巨額さに目を奪われてはいけない。法案は、従来禁止していた台湾とのハイレベル軍事交流に道を開く内容が盛り込まれた。これにより、台湾国防部長はペンタゴンを正門から堂々と訪問できるようになる。また米国の「環太平洋合同演習」(リムパック)への台湾参加も可能となり、日米台の軍事協力にも道が開かれる。
 偶然のタイミングだが、トランプのカード外交はがぜんリアリティを持ってしまった。トランプも就任後に有効なカードとして使う可能性がある。中国国防省は9日「中国の内政に干渉し、台湾海峡の安定を損ない、中国の主権と安全面の利益を損なうもので、最終的に米国自身の利益も損なう」と「断固反対」の声明を出している。
計算された行動
 トランプ陣営には、伝統的な「反共主義者」や「親台湾」ロビストが多い。トランプは電話会談について「一、二時間前に連絡を受けた」ととぼけるが、お膳立ては彼らがした。まず8月、トランプチームのアドバイザーになったエドウィン・フュルナー。保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」創設者の一人で、台湾からの多額の寄付で知られ台湾訪問も20回を超える。運輸長官に任命された台湾出身のイレーン・チャオ(趙小蘭=元労働長官)も同財団にいた。蔡は10月に訪台したフュルナーと会談し、トランプ当選後すぐ祝電を打つのである。
 「ネオコン」のチェイニー元副大統領補佐官を務めたスティーブン・イェーツの名前も挙がる。同財団出身で、電話会談直後に台湾を訪問し蔡と会談した。さらに、共和党の重鎮ドール元上院議員はこの半年、トランプ選対事務所や政権移行チームに台湾との関係強化を促す働き掛けをしたという(ニューヨーク・タイムズ)。電話会談が周到に準備され、彼の発言も「外交無知」からではなく、計算された内容と受け止めていい。
 トランプは電話会談に続き4日、ツイッターに「(中国は)南シナ海に巨大な軍事施設を建設していいかとわれわれに尋ねたか?」と、南シナ海問題に初めて触れた。さらに「米企業の競争を困難にする通貨切り下げや、米国製品に重い関税をかけることに了解を求めたか」とも書き、通商政策でも対中強硬姿勢をみせた。そして11日のFOX・TVのインタビュー。中国の人民元政策や南シナ海での軍事拠点建設を批判し、これらと「一つの中国政策」を「取引」する姿勢をみせたのである。
主権は取引できない―北京
 電話会談では、驚く程冷静な対応を見せた北京だが、TVインタビューの内容が明らかになると、沈黙を破った。国営新華社通信は12日「主権問題を取引することなどどうしてできようか」と題する論評で「主権問題は踏み越えることのできないレッドライン」と、強く反発。トランプの名指しは控えながら「取引と商売から主権を語るのは、無邪気ではなく無知にほかならない」と断じ、「ハワイを取引できないのと同じように、主権問題はやはり取引や売買(の対象として)を論じない方がよい」と書いた。ハラワタが煮えくり返るような怒りを抑えているのが伝わる。
 トランプの「本気度」は、台湾の国際政治専門家も迷わせている。馬英九政権時代に総統府秘書長を勤めた蘇起・台北フォーラム会長(写真 wikipedia)は11日付け「聯合報」に「協調と競争が併存する米中関係を、台湾カードを使って競争を主にするなら、世界は予測のできない動揺期に入る」と、警鐘を鳴らした。蘇は1995年の李登輝訪米と今回の件を比較しながら、習近平が江沢民と異なり「自制」している背景として、中国の大国化と政権基盤の安定を挙げている。
 反共主義者といっても、今は1950年代の「赤狩り」時代ではない。米国最大の貿易相手国にして、世界経済を引っ張る中国に対し「反共イデオロギー」が無意味なことは、不動産取引に長けたビジネスマンであれば「百も承知」のはず。大統領就任前には中国を揺さぶったが、就任後は「一つの中国政策」という従来の方針を踏襲するのではないかと「楽観的」にみるのが常識的だろう。
 次期駐中国大使に、習近平と親交があるアイオワ州のテリー・ブランスタッド知事を起用したこと、トランプ陣営の経済政策アドバイザーに、中国が大株主の投資会社ブラックストーングループのスティーブン・シュワルツマンが就任したことも、「楽観的常識論」を補強する材料である。しかし彼の支離滅裂な行動パターンをみると、予断はできない。
国交国への切り崩しもー台北
 最後に台湾の対応を振り返る。台湾は、取引外交のカードにされただけなのだろうか。米シンクタンクの戦略国際問題研究センター(CSIS)の中国専門家、ボニー・グレーザーは「台湾を北朝鮮問題での取引カードにするのはよくない」(多維新聞「トランプは台湾を米中談判のカードにすべきではない」)と主張する。彼女は、米中間の三つの共同声明と「台湾関係法」に基づく「一つの中国政策」が「多方面で米国の利益になってきた」と、政策継続の必要を強調する。その上で、米台間ではFTA(自由貿易協定)を調印すべきだとし、「それは台湾の大陸経済依存度を減少させるためではない。台湾が経済繁栄し、アジア太平洋地域の経済に融合させることが、米国の利益になるからだ」と提言した。トランプが「米国第一」を強調することを意識した発言であろう。
台湾総統府によると、蔡英文は8日「米外交政策委員会」のメンバーと会談した際、「台米関係も両岸関係もアジア太平洋地域の安定にとって共に重要であり、台湾はこの二つを同等に重視している」と語った。両岸関係の重要性を強調したのは、電話会談の波紋がこれ以上広がり、両岸関係にマイナスにならぬようとの配慮である。
 蔡は1月中米グアテマラを訪問する予定で、訪問前後の米国経由を模索するだろう。大統領に就任するトランプの対応次第では中国が反発する可能性がある。米新政権の最初の「リトマス試験紙」になるかもしれない。台湾と国交を持つ国は23か国。馬英九前政権時代、北京は「外交休戦」として、これらの国への切り崩しはしなかった。「一つの中国」を認めない蔡政権に対しては「聴其言、看其行」(言動を見守る)とし「観察」を続けてきた。しかし北京が観察期間を終わらせ、中南米に多い台湾国交国への切り崩しを開始する可能性がある。
兵器供与は安全保障になるか?
 電話会談に批判的な台湾識者はどうみているのだろう。政治評論家の陳淞山(写真 同氏のfacebookから)は、メールマガジン「美麗島電子報」(12月10日付)の「蔡英文・トランプのホットラインのツケは誰が払うのか?」と題した論評で「米国製兵器の大量購入は、米国の国家利益のために台湾を犠牲にする行為。両岸関係を発展させることこそ、台湾にとって真の政治的保証ではないのか」と批判した。彼は、陳水扁元総統が退任後に陳水扁事務所主任を務めた人物である。
 陳は「台湾はなぜ、米中大国による取引ゲームの駒になることを望むのか?」と問題提起、「それは(蔡政権が)親米遠中政策という選択がもたらした結果」と批判した。そして米国製兵器の供与について「大量の米国兵器購入は、台湾関係法に基づき軍事的保護を台湾に提供することになるのか?それは政治的期待と幻想にすぎない」と断じるのである。
 両岸関係は、馬英九政権の下で主権争いを事実上棚上げすることによって大幅に改善し、台湾海峡の平和と安定を保つ基礎にもなった。安定した両岸関係は、米中をはじめ日中、日台の重層的な二国間関係にとっても安定要因だった。トランプが就任前とはいえ、台湾問題をカードに中国を揺さぶることが出来たのは、蔡英文登場に伴い両岸にすきま風が吹いたからからである。両岸関係が良好であれば、台湾問題に手を突っ込む余地はない。トランプ時代に備え、日中関係も早期改善の必要があるだろう。
(了)
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