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     第76号 2017.03.06発行 by 岡田 充
    南シナ海を「共同の庭」に
識別圏に反対と中国学者
 南シナ海紛争をめぐる仲裁裁判所の裁定を受け、中国は一体どんな南シナ海政策を展開するのだろう。南沙(英語名 スプラトリー)諸島の埋め立て地の軍事基地化は継続するのか。フィリピン、ベトナムなど当事国や東南アジア諸国連合(ASEAN)との関係をどう進めるのか―。南シナ海問題は、米中関係だけでなく中国と周辺国の安全保障の在り方を左右す
る変数である。中国の南シナ海問題の第一人者、中国南海研究院の呉士存院長(写真 筆者撮影)が来日中の2月11日、中国が目指す南シナ海政策について聞いた。呉氏は、米中衝突を回避するため米国に頻繁な自由航行作戦を控えるよう求める一方、中国側も過剰な軍事拠点化を抑制すべきと主張。南シナ海での防空識別圏(ADIZ)設定を支持しないとも語った。将来展望については、資源・環境保護を沿岸国と協力して進め、「共同の庭」にしたいと提唱した。中国にも自制を求める踏み込んだ発言は、北京指導部と同氏のパイプから見て、中国が政策を見直したのではないかとの観測も出ている。南シナ海政策を概括・展望した同氏の「中国と南沙紛争」(花伝社 翻訳 朱建栄東洋学園大教授)は、4月半ばに出版される。
李首相の提唱がヒント
 「共同の庭」構想について呉氏は、李克強首相が2014年11月ミャンマーのネピドーでの中国・ASEAN首脳会議で、南シナ海を「平和、友好、協力の海」とする演説からヒントを得たと述べた。その上で①領有権紛争は二国間協議で解決②安全保障と平和の枠組みは、中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)全体で構築―の基本方針に基づき「南シナ海の平和と安定は、中国とASEANの間で決める。これが最大の沿岸国の中国の責任だ」とした。
 「共同の庭」における具体的な協力について、国連海洋法第123条(閉鎖海又は半閉鎖海に面した国の間の協力規定)に基づき、海洋環境の保護と生物資源の持続可能な利用のため「南シナ海沿岸国協力メカニズム」を策定。サンゴ礁の修復、漁業資源の保護と生物多様性などの分野で協力を進めるとしている。呉氏は「相互信頼関係を増強するだけでなく衝突の危険性を薄め、南シナ海を関係国の『共同の庭』という運命共同体の形成に役立つ」と強調した。
 習近平・共産党総書記は2013年7月、領有権紛争を処理する基本方針として「①主権は我々にある②紛争の棚上げ③共同開発―の3点を主張した。「この方針に変化はないか」との質問に呉氏は「これは1980年代に鄧小平が釣魚島(日本名 尖閣諸島)問題について提起したもので、新しい提案ではないものの、中国はこの方針に基づき紛争を処理している」と述べ、紛争の「落としどころ」は共同開発にあると表明した。
 「共同の庭」構想に対する周辺国の態度について、「シンガポールの英字メディアが(構想を)報道すると、ベトナム、インドネシア、ブルネイなど各国学者から歓迎された」と述べた。呉氏は昨年8月、フィリピンのラモス元大統領が香港を訪問、中国全人代外事委員会の傅瑩主任委員との会談にも参加している。同氏は「会談では、フィリピンが提訴した仲裁裁判所の決定を受けた二国間関係のほか、ラモスが北京に行った場合の議題について意見交換した。共同の庭の話はしなかった」と述べた。ラモス会談を受け、フィリピンのドゥテルテ大統領が10月末訪中し、中国の経済支援を引き出すとともに、事実上紛争を棚上げする方針を表明している。
軍事拠点化抑制、軍も反対せず
 呉氏はトランプ当選後の11月ワシントンを訪問し、新政権の対中、対アジア政策を探るため、ホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)や米国務省スタッフと意見交換したことも明らかにした。呉氏は国際政治問題の月刊誌「世界知識」1月号に「南シナ海情勢の不確実性は依然として強まる」と題する論文を寄稿。「中米駆け引きの深層には、新旧両大国間の構造的矛盾、海の覇権、東アジアの秩序の主導権争いがある」と位置付けた。トランプ政権の南シナ海政策については「初期には軍事力を強化して中国の影響力をそぐ動きにでる」と見る一方、米国との「新型大国関係」の枠組みの下で、両者間の新軍事関係構築の必要を説いている。
 中米関係については、マティス米国防長官が2月来日し、紛争の外交解決を強調したことを評価。米中衝突を避けるため、米国は自由航行作戦の頻繁な実施を控える一方、中国側も過剰な軍事拠点化を抑制すべきと、注目すべき提案をした。「この主張に解放軍はどのような反応をしているか」との質問に同氏は「昨年10月、北京の香山論壇(フォーラム)で説明したが、反対はなかった」と答えた。同氏は、「(軍事拠点化については)習近平主席が15年10月、軍事化するつもりはないとオバマ前米大統領に伝えている」とも述べた。問題は軍事拠点化の内容だが、呉氏は「最低限の防衛的兵器の配備は必要だが、攻撃兵器の配備はすべきではないという趣旨だと思う」と述べた。
 シンクタンク戦略国際問題研究所(CSIS)は2月23日、南沙諸島の人工島3か所に、地対空ミサイルを格納できる施設を建造していると発表している。フィリピンのヤサイ外は「挑発的であり、抗議も辞さない」と批判。中国側は。ヤサイ発言は両国の共通認識に反すると反論している。呉院長の発言からみれば、中国側は「最低限の防衛的兵器の配備」と考えているとみられる。
 香山論壇は、解放軍のシンクタンク中国軍事科学院が2006年から毎年1回「国際安保協力とアジア太平洋地域の安保」について意見交換するフォーラム。中国国防省は2014年から同論壇を「セカンドトラック」から「1・5トラック」に「格上げ」した。呉氏はフォーラムで、南シナ海の防空識別圏(ADIZ)設定は避けるべきとも提言したという。軍内には「推進すべきと言う主張があることは知っているが、大きい声にはなっていない」と語った。
稲田防衛相発言に注目
 呉院長(写真 筆者のインタビューに応じる呉院長 南海研究院HPから)は、「世界知識」の論文で、「日本と台湾の南シナ海政策の変化は新変数になった」と指摘。日本は米国の支持と自らの政治・軍事大国化という野心の下で、「米国が主導する航行の自由作戦に参加し、フィリピン、ベトナムへの資金援助と武器供与をしている」と警戒感を露わにした。
 稲田朋美防衛相は2月のマティス米国防長官との会談で「海上自衛隊を南シナ海の航行の自由作戦に参加させる考えはない」と言明した。呉氏は「稲田防衛相の発言に注目している」と述べ、昨年9月稲田氏が訪米、CSISで講演した際は「航行の自由」作戦を支持し「海上自衛隊と米海軍の共同巡航訓練を通じて南シナ海への関与を強めると述べている」と批判した。一方で「マティス長官は比較的理性的な人物。訪日では、南シナ海問題の外交による解決を主張した。トランプ政権が航行の自由作戦に日本の参加を求めなかったため、稲田の発言内容も変わったのだ。彼女は米側の言う通りにする人物」と述べた。
 呉院長は、笹川平和財団と南京大学、南海研究院が共同主催する東シナ海の安全に関するシンポジウム(非公開)に出席するため来日。シンポジウムには、日本側は東大、阪大のほか防衛大、海上自衛隊幹部学校、航空自衛隊、内閣国家安全保障局のメンバーが参加。中国側は北京大、清華大、南京大の学者らが参加した。(一部敬称略)
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