中華点点(第3回)

竹内 実
(京都大学名誉教授)

プロフィール>>
電子礫・蒼蒼
第3号 2004.9.15   
蒼蒼 目次へ >>


こおろぎの話(1)
   
 

 夏もおわろうとしている。酷暑、猛暑、烈暑がつづいたが、つぎの節句は重陽だ。
 秋がくる。
 こおろぎの季節である。
 蟋蟀  シ・シュワァイ
 黒褐色の胴体、二枚のはねをすりあわせて音色をだす。オスはよくたたかう。
 これは中国の字典の説明で、日本の字典にはよくたたかう、という説明はないはずである。
 たたかうは中国語では「闘」トウ。
 こおろぎのたたかいは「闘蟋蟀」。こおろぎの相撲(すもう)。喧嘩。
 ツヅレサセコオロギとエンマコオロギの二種が日本にいるが、たたかうのはツヅレサセのほうで、わたしのいえの庭でまいとし鳴くのはエンマ(閻魔だろう)である。
 名前に似あわず(といいたい)エンマコオロギはたたかわないのだ。
 しばらくまえ、北京と杭州にながく(といっても一年半と半年)滞在した。こおろぎを飼って角力をやらせた。
 まるい皿のようなものを準備する。輪になったアクリルの柵でかこってやる。わたしは小さなバケツに砂、土をいれた。角力なら土俵、決闘ならリングだ。
 リングに二匹、いれてやる。さっそく、噛みつきあい、こずきあい、おしあい、ひきずりあい・・・かとおもったが、あてが外れた。
 お互いに相手を無視する。
 まるで、とりあわない。
 形勢観望しているのか、相手の存在をみとめながらすぐにかかってゆかない。めいめい自分の円運動をして、バケツの内側をまわている。すれちがっても、相手の鼻を自分の鼻で嗅ぐようなしぐさ。それから淡々と別れる。
 観ているひとは、しだいにもの足りなく感じる。もっと派手にやってくれ。
 そこで筆をとりだす。さきは筆の穂ではない。鼠のヒゲが一本、すっとはめてあるだけで、そのヒゲのさきで、こおろぎのあたまや顔をつついてやる。
 と、突如、二匹はあたまをぶっつけ、「とりくみ」をはじめる。口で相手を噛み、あと足がせりあがってくる。「ふんばっているな」とわかる。すぐ、パッと離れ、またもや空白の時間がながれる。
 やがて再び、頭を相手におしつけ、噛みあいをはじめる。一方が逃げだす。勝負がついた。
 さてまた、つぎの一試合であるが、こんどはやる気まんまんの一匹が自分のほうから相手にぶつかってゆく(ばあいがある)。
 そういうばあい、相手も好戦的で、敢然とむかえうち、噛みつく。
 とっくみあったまま(噛みあったまま)ずるずると移動するが、土俵、あるいはリングはアクリルでかこまれているから、場外乱斗というふうにはならない。
 こうした場面を描いたのが、ここにかかげたある絵本の第一ページである。
         
                       ◇      ◇     ◇

 絵の中央の人物は明王朝の皇帝である。こおろぎに相撲をとらせようと、つついている。
 絵本はこおろぎをめぐるものがたりである。
 あらすじをのべよう。
 この皇帝はこおろぎの相撲が大好きだった。
 それと知って、ある県の知事がこおろぎを一匹、献上した。光沢があって、強い。
 皇帝はおおいに喜ばれた。
 それでお側の用人たちが(おそらく宦官)知事に、まいとし献上せよと命じた。知事は県下のある村の村長に責任をおしつけた。ぜったいに勝つこおろぎを探してこい。口下手( くちべた )な村長は断ろうにも断れない。とにかく、けんめいに探した。
 期限がきたが、こおろぎは弱々しいものしかみつからず、県庁にでむいた村長は、百叩きにあった。県といっても、日本の県ほど大きくなく、むかしの郡ほどの大きさである。
 村長の女房は村はずれの巫( みこ)のところへいって、災難をうちあけた。巫はすだれのむこうから、紙の巻物をポイとさしだした。
 家にかえって巻物をひろげた。
 絵がかいてあった。
 寺、がまがえる、こおろぎ。
 寺は村はずれの大仏閣だった。村長はさっそく大仏閣にゆき、裏山を歩きまわったが、みつからない。夕暮れちかく、草むらからがまがえるがとびだした。おいかけると草むらにとびこんだ。草むらをかきわけたところ、こおろぎがいた。つかまえようとしたが、石のすきまにはいりこんだ。
 あとからかけつけた女房と子どももいっしょに手をつくしたが、こおろぎはでてこない。石のすきまに水をそそいで、やっとでてきた。
 大きくて、黒いあたま、黄金色(きんいろ)のはね。
 よろこんだ村長は家にもちかえり、鉢にいれ蓋をした。それから用事をおもいだし、外出した。
 留守番をしていた子どもは、こおろぎがみたくなった。鉢をとりだして蓋(ふた)をあけた。とたんに、こおろぎがとびだした。
 あわてて子どもはとびかかった。こおろぎはつぶれてバラバラになった。子どもは泣きだし、母親はお父さんがかえってきたら、おしおきしてもらうからね、と叱った。子どもは家の外に逃げた。父親がかえってきて話をきき、立腹して子どもを探したが姿がない。
 ようやく井戸のなかに浮かんでいるのをみつけた。夜もおそくなって、子どもは息をふきかえした。
 夜があけた。村長はふと、こおろぎの鳴き声をききつけた。部屋じゅう探すと、小さなこおろぎが壁にとまって鳴いている。そして、村長の袖におちた。はねに梅の花のような模様があり、あたまは四角い棺のようである。民間の習慣としてなきがらをいれる棺はりっぱなほどよい。この形容はほめているのだ。
 村にこおろぎの相撲でめしをくっている男がいた。試合にカネをかけさせるのだ。
 男のところへゆき、飼っているなかでいちばん強いこおろぎとたたかわせたところ、小さいながら善戦して勝った。そこへ、大きなおんどりがはいってきて、こおろぎをつつこうとした。こおろぎはとびあがって、おんどりのトサカにとびつき噛んだ。おんどりは逃げた。
 これなら合格だ。村長は県知事のもとに持参した。はじめは信じなかった知事も、ためしに試合をさせてみると、ほかのこおろぎにつぎつぎに勝ち、さいごにはおんどりにも勝ったので、破顔一笑、村長に褒美をあたえた。県知事はこおろぎを省の巡撫(じゅんぶ:長官)に献じ、巡撫は黄金製の虫籠ににいれて皇帝に献上した。
 皇帝が試合をさせてみると連戦連勝、ついには宮中の音楽にあわせて羽根をふるわせて踊りだした。
 皇帝は大喜びした。関係者すべてに賞をさずけ、村長も「秀才」(しゅうさい:国家試験、第一段階の合格者の称号)になった。
 やがてこおろぎは宮中で死んだという噂がつたえられ、村長の子どもはすっかり元気になった。こおろぎが死んだのを悲しむ村長に子どもはいった。
 「あれはボクだったんだ。井戸にとびこんだら、こおろぎになっていた。いっしょうけんめい闘った。いま、たましいがもどった」

 およみになった方もおられよう。清朝、山東省川のひと、蒲松齢(ほ・しょうれい 1640−1715)の著で、こういうお化けの話をあつめた『聊斎志異(りょうさいしい)』の「促織(こおろぎ)」の話である。 


 絵本の画家は李老十と李建麗。それぞれ1957、52年生まれ。『中国童話精選―蟋蟀的故事』人民美術出版社1996年4月出版。

                       ◇      ◇     ◇

 さて、こおろぎの相撲をみていて感じるのは「時間はのびちぢみする」ということである。じっさいに、これの観客になってもらうとよいのだが、(わたしは秘蔵のビデオでみていただくが)、こおろぎが相手を無視したり、にげまわったりしているとタイクツになり、時間を長くかんじ、噛みついて押したりひきずったりすると、時間は短い。
 このような趣旨を、こおろぎのビデオを上演したあと、のべたところ、ドイツに語に「長い時間」という表現があり、これはタイクツ(退屈)だとか、つまらないという意味で、逆に「短い時間」というと、緊張とかおもしろいという意味だと小川侃先生(京大教授)から教示をうけた。   

 Langweilig ←→ Kurzweilig

 そこでわたしは、考えるのであるが、ひとはしばしば「長い時間」にタイクツし、「短い時間」に興奮し、これが人生の華であり人生の目的だと考える。はたして、そうだろうか。
 本稿執筆の前日、アテネ・オリンピックが終了し、メダル獲得の興奮がまだ消えていない。これはたしか多くのひとが生きる価値を認める話題にことかかない。
 しかし、しばしば拍手喝采をあてにしてとっぴな行動にでるひとがいる。そのようなばあいでも、あえて拍手喝采のおこらないよう自制することのほうが、むしろ勇気を必要としよう。
 オリンピックの選手でいえば、練習中の時間は「長い時間」だ。この「長い時間」がなければアテネの「短い時間」はない。この両者は連続している。
 しかし、連続しない二種類の時間もあるはずなのである。「長い時間」の価値を認め、これを生きようとしたひとに、文学者、魯迅(ろ・じん 1881−1936)がいる。次回になおしるしたい。

 【後記】
 こおろぎの相撲については雑誌『中国語』の[後記]コラム「中華悠悠」に執筆したことがあり(2003年9、10月号)、重複する箇所があります。ご了承下さい。