中華点点(第4回)

竹内 実
(京都大学名誉教授)

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電子礫・蒼蒼
第4号 2004.11.15   
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こおろぎの話(2)
   
 

 
 秋の夜長に虫の鳴き声をきく。
 秋なのだな、としみじみ感じる。
 まさにこれは日本的な情緒(じょうちょ)である。
 そのこおろぎをたたかわせるのは、残酷なようだが、これをたのしむ遊びがあること、そしてそれのことについて物語があることは前回にのべた。
 こおろぎの遊びは唐王朝にはじまったという。玄宗皇帝(第六代)は闘鶏が好きで、強い鶏を献上したものは官職にありつき、官職にありつけなくとも自由に宮中に出入できた。そこで、わたしたちも、とばかり後宮の宮女たちは、こおろぎをたたかわせるようになった、というのである。
 鶏ばかりでなく、牛、虎、狗(イヌ)、鴨、うずら、九官鳥なども、たたかわせたといわれる。
 虎は、サーカスで飼育し訓練して、芸としてやらせたのである。鴨はあひるのことかもしれない。九官鳥がたたかうというのは意外であるが、やはりたたかったようだ。そして、こおろぎ。
 中華民国の時代は、かなりさかんだったようである。一つの文化だった。戦争がつづくなか、しばらく忘れられ、改革と開放で生活に余裕ができたせいか、また、はやるようになった。

                       ◇      ◇     ◇

 こおろぎの生命はみじかい。
 かれらが相撲をとる期間は、
  −秋分(しゅうぶん・旧暦八月の下半月)から二ヵ月。
   とくにその後半、
でしかない。
 そこで、こおろぎは、それより以前に準備しなければならない。
 二十四節句でいうと「処暑」(しょしょ)から「白露」(はくろ)までのあいだである。
 ことしでいうと、八月二十三日から九月七日までのあいだに、採集、発見しなければならなかったということになる。
 わずか二週間ほどのあいだである。
 すでにのべたように、こおろぎのいのちは短いが、しかしそのかがやかしい戦歴は飼い主の誇りであるから、その雄姿とともに残しておきたいのだろう、図鑑というか、図録というか、出版されている。
 たまたま本棚にあった『蟋蟀将軍図譜』をひらくと、百匹ばかりの”将軍”の肖像がならんでいた。
 四年ほどまえに出版されたものだ。編者は辺文華(ピェン・ウェン・ホワァ)。上海科学技術出版社。
 説明にはとくべつな用語もまじっていて、完全に理解するのはむずかしい。「たかがこおろぎ」といえない、マニアのうちこみがわかる。「されどこおろぎ」。
 二、三紹介しよう。
 いずれも、たしかに強かっただろうとおもわせる面(つら)がまえだ。
 ◇反搭篤(これは相撲のような、しこ名●●●だろう。説明はない) p.22
 一九九八年、山東省寧津で生まれた。陳関宏さんが九月五日、蘇能文さんのところで選んだ(寧津はこおろぎを採集したひとが集まるまちである。蘇氏は寧津のこおろぎのおろし●●●だろうか)。
 この虫は濃い紫色で、しかも燒(や)きがはいっている。[原文「此虫深紫色烙」]。
 黒い肌で、頭は藍色、「反搭」[未詳]で黒い黄金色のハネ[「烏金翅」]。
 鳴き声はすこしかすれる。
 六本の足は太くたくましく、黒い筋のはいった赤い歯牙をもつ。
 特色は「反搭」であることで、「督○」[未詳]は二重で異相、複眼、あごが両方とも突出し、くび、歯牙の色はいずれもきちんとしている[「項色、牙色均配正」]。
 秋分のまえに勝負をはじめ、すべて、さいしょの一口、二口で勝った。
 出場重量は四〇点。
 相手をつかまえて放さず、そのままひっぱって勝った。
 五回、出場したが、太腿がちぎれ引退[「封盆」]。
 ◇金線黄 p.39
 一九九七年、山東省寧津で生まれた。楊龍祥さんが八月二十三日、柴胡店で買い求めた。
 この虫はあたまは琥珀(こはく)色で、あたまのいただきはまっ黒、あたまのてっぺんの線はあかるい黄色、ひたいに金色の横線がはいっている。
 首すじは濃い藍色、古金色[未詳]のハネ。
 白い六本の足にはいっぱいの黄褐色のまだら。
 すぐれた点は一筋のみごとな短い闘線があることで、欠点は二本の尾の角度がひらきすぎていること。
 秋分をすぎてから勝負をはじめ、出場重量は三七点。[点はグラムか]
 たたかうたびに、まず鳴いて威勢を示し、歯でかみあってから敵をやぶるまで、しだいに口に重さをくわえていく。四回勝負した。
 ◇紫青 p.68
 一九九七年、山東省楽陵で生まれた。張暁鳴さんが八月十六日、慶雲で買い求めた。
 この虫はあたまの星が濃いコーヒー色で、ひたいに線が一本、やや波うっている。白い脳線のはしはうすい紫色、うなじは黒色[「正青色」]、黒い金色のハネ。白い六本の足の爪はうぶ毛がはえ、爪のさきのハサミ[「反鉗」]はうすい黄色。
 特色ははじめみたときは、全身一つの色であるが、くわしくみていくと三色の紫で、歯牙のおおいは大馬門[未詳]である。
 秋分から勝負をはじめ、出場重量は三六点。
 たたかうとき、口は猛烈で、つかみかかってはなさず、二、三回、噛みついて敵をやぶる。五回出場。

                       ◇      ◇     ◇

 こうしたこおろぎがガブリと噛みあってたたかうとき、さまざまな手口がある。
 ◇重噛口(じゅう・こうこう)
一方だけが強いのではなく、双方がつよくたけだけしいばあい。ガブリとお互いに噛(か)みあったらさいご、はなれない。人間がひきわけようにも手のだしようがない。
これは双方とも死ぬ。めったにない相撲。
 ◇智噛口(ち・こうこう) 快噛口(かい・しこう)
まず一口(ひとくち)噛み、すぐ離れる。
遠くまではなれて静かに相手をうかがい、機(き)をみてパッととびかかり勝を占める。静かなること処女のごとく、動けば脱兎(だっと)のごとし。
 ◇奇功噛口(きこう・こうこう)
もろにぶつかって相手の弱点をみぬく。相手の頭のうしろの首すじ、ふともものつけね、腹などにガブリと噛みついて勝つ。
あるいはじぶんのふとももで相手をけとばしたり、ヒゲをくるくるふりまわして相手の眼をくらまし、東をうつとみせて西をうち、勝つ。
 ◇穏噛口(おん・こうこう) 
おちつきのあるたたかい方で、じっと相手のでかたを待っている。相手が攻めてくると不意をついて、ゆっくりと進み、ガブリと噛みつく。相手が痛がって逃げても深追いせず、羽根をこすりあわせて鳴き、得意でいる。中国でいう「自鳴得意」(ツーミン ドオイー)とはこのことである。

                       ◇      ◇     ◇

 所蔵のビデオをみるとこ、おろぎは善戦、苦戦、よく健闘しているが、じっさいにわたしが北京や杭州でこころみたときは跳んで逃げたりして、手間どった。
 前回、魯迅(ろ・じん 1881−1936)に話をすすめるつもりとのべた。そのあと、たまたま『図鑑』をとりだしたところ”将軍”たちのつらがまえもなかなかで、ぜひかれらをみてやってほしいとおもい、もう一回、こおろぎそのものを紹介したしだいである。
 本稿を執筆しながら長編小説をよんだ。三十一歳の女流作家の自伝的作品で、性愛描写が評判になったという。『上海ベイビー』(原題・・上海宝貝。宝貝=ハオペイはたからもの、子供をいう。したがってベイビー)。
 性愛描写がどんなものか気になったが、いまの上海の若い世代の生活に、もしかして、こおろぎとか回顧趣味のようなものがありはしないか、ともおもったからである。
 いま、印刷所で印刷中の拙著がある。『中国−欲望の経済学』蒼蒼社。
 この原稿がインターネットに掲載されているころには出版されているだろうが、これに『金瓶梅』が、というより、この小説の主人公、西門慶が登場する。この男がなかなかの「色豪」(しきごう)なのだ。
 『ベイビー』は主人公の女流作家の性体験をのべていて、相手は同棲中の中国人男性、そしてさらにもうひとりドイツ人のエリート商社マンが顔をだす。
 性愛描写は中国の小説もここまできたかと思わせたが、小説の意図は現代の若い世代の生態を描写することにあったようで、けっきょくこおろぎは登場せず、主人公は電子ゲームに耽(ふけ)るだけである。時代は変わった。
 「ホワイトカラー」(白領)とか、「パーティ」(派対)とかがでてくる。こおろぎの相撲も、むかしに時計の針をもどせば、時代の先端をゆくパーティの催しだったろう。           (十月九日 しるす)


 そして本稿送付のあと何日かして作者の衛慧(ウェイ・ホェイ)さんが京都をたずね、毛丹生(もう・たんせい)氏の紹介で夕食をともにした。仏教大学の吉田富夫教授もいっしょだった。もう一冊の小説『衛慧みたいにクレイジー』(講談社)の訳者・泉京霞(いずみ・きょうか)さんが同行してなにかと世話をやいていた。
 衛慧さんはお母さんを連れてきていて、お母さんは毛沢東の大ファンで、眼をかがやかせて毛沢東への親近感を語った。                                   (十一月十日 追記)