中華点点(第13回)

竹内 実
(京都大学名誉教授)

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電子礫・蒼蒼
第13号 2006.7.18   
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【 漢 詩 の 話(つづき) 】
   
写真:桂林市内
(桂林市内)
 
◇ ◇ ◇ ◇

 写真は桂林(けいりん クエイリン)の市内である。ホテルの食堂の窓からみえた。窓の位置は高く、食事をとろうとイスに坐ると、景色はみえないのだった。
 よく知られているように、桂林を流れる灕江(りこう リィチァン)の両岸には、写真のような山々が、にょきにょき突出している。
 流れに山がうつっている写真を探すうち、思いだした。
 灕江に浮んだ船中からは、山はレンズに入りきれず、シャッターを押さなかったのだ。遠景をうつした記憶はあるが、見当らない。
 ここにかかげたのは『現代中国の展開』<NHKブックス>1987年5月、のさしえである。岩下義三氏さつえい。


◇ ◇ ◇ ◇

 前号(第12号、6月19日付)につづき、漢詩についてのべる。
 前号は、拙編著『岩波 漢詩紀行辞典』本文、さいごにかかげた、梁啓超(りょう・けいちょう)の詩にちなむ、笠戸丸(かさどまる)、すなわちカザン号の運命についてのべた。
 梁啓超が台湾に赴くさい、乗船したのが笠戸丸だったが、じつは日露戦争のときのロシアの病院船カザン号で、旅順港に停泊していて、二〇三高地を占領した日本軍の砲撃により沈没したいきさつ、戦後に引き揚げられてからの数奇(すうき)な運命に言及した。


◇ ◇ ◇ ◇

 笠戸丸(カザン号)の運命にふれながら、詩そのものにも偶然の暗合(あんごう)というものが、詩にはあるのにわたしは気づいた。
 詩はよく美しい風景をうたう。逆にいうと、美しい風景をうたった詩は少なくないから、詩はどのように美しいか、読者がなっとくするように、表現しなければならない。
 しかも、詩である以上、抒情がなければならない。
 たまたま読んだ現代詩に、ひどく感心したことがあったのを思いだした。


◇ ◇ ◇ ◇

 思いだしたのは、夜空の美しさをうたった詩である。
 笠戸丸とは関係がないが、とにかく思いだしたのだった。
 作者はケンブリッヂ大学のキャンパスに流れる小川か池にボートをだした。


    楡(にれ)の樹(こ)かげの渕(ふち)に
    泉がわくのではなく
    天空(そら)の虹(にじ)がかかる
    虹は うかぶ水藻(みずも)に
    こまかくもみ碎(くだ)かれ
    水底(みなぞこ)に 虹のような夢が
    沈(しず)み つもる


 河の水面に虹が映って、その虹が、波にもまれてくだかれ、細かな破片になって水底に沈み、水底につもる。
 そして詩人は、この虹を、「夢」だ、というのである。
 「夢」がうたわれると、詩人はつづいて夢を追わなければならない。
 夢をみた詩人が、夢を現実の世界に追うのを、伝統的に「尋夢」(夢をたずねる)といい、これは戯曲や小説の題材となった。


    夢を尋(たずね)ようか?
    棹(さお)をさし
    青い草むらより もっと青いところへと
    ゆっくりさかのぼろう
    ボートにはいっぱいの星くずがたまって
    わたしはきらめく星のなかで
    歌をうたうのだ


 このとき、詩人の想像の世界では、ボートは星空をしずかにすすんでいる。それで星くずがボートにたまったのである。
 しかし、現実の世界では、水面に星空が映じていて、ボートはその水面をすすんでいるのである。
 水面にうかぶ星と夜の空にきらめく星が織(お)りまぜになったイメージが読者の眼にうかぶ。夢幻的である。
 現代詩の第一人者といわれる徐志摩(じょ・しま シュイ・ジー・ムォ)の美しい詩である。
 ここには、とりあえず、詩のなかの二節を訳出した。


◇ ◇ ◇ ◇

 わたしは訳出した二節をずいぶんと賞賛(しょうさん)したが、徐志摩の詩を全文訳出すると、つぎのとおりである。
 詩の題は「さようなら ケンブリッヂ」。


    足音をしのばせて わたしは別れる
    足音をしのばせてきたときのように
    そっと手をふって
     西空の雲に さようなら


    河岸の金(きん)いろの芽の柳は
     夕陽のなかの花嫁(はなよめ)だ
    波にてり映(は)えるあですがたは
     わたしの胸にゆれる
    やわらかな泥(どろ)に生(は)える
     水草(みずくさ)は
    水底(みなそこ)からさしまねき
    流れる河のやさしい波に
     わたしはもはや水草になった


 このあと、すでに訳出した二節がつづく。そして、その二節のあと――


    しかし わたしは歌わない
     そっと別れの笛の音をひびかせ
    草むらの虫も わたしのために沈黙(ちんもく)し
     沈黙がこの夜のケンブリッヂだ!


    そっと わたしは別れる
    そっと わたしがきたときのように
    わたしは思いきりよく起ちあがり
     一きれの雲さえ手にしない


 読者のなかには、原文に関心をよせられるむきもあるかもしれない。
 まず、はじめに訳出した二節の原文はつぎのとおり。――


    那楡樹下的一潭,
      不是清泉,是天上虹,
    揉碎在浮藻間,
      沈殿着彩虹似的夢。
    尋夢? 撑一支長篙
      向青草更青處漫溯,
    満載一船星輝,
      在星輝斑爛裏放歌。


 右の最終行、「爛」のへんは「文」であるが、「火」へんで代用した。
 また「一支」としたところは、原本は「一尺」となっているが、これは誤植としかいいようがないので、改めた。
 原詩をはじめからかかげる。


      再別康橋


    軽軽的我走了,
      正如我軽軽的来;
    我軽軽的招手,
      作別西天的雲彩。


    那河畔的金柳,
      是夕陽裏的新娘;
    波光裏的艶影,
      在我的心頭蕩漾。


    軟泥上的青荇,
      油油的在水底招揺;
    在康河的柔波裏,
      我甘心做一条水草!


 このあとに前掲の二節がきて――


    但我不能放歌,
      悄悄是別離的笙粛;
    夏虫也為我沈黙,
      沈黙是今晩的康橋!


    悄悄的我走了,
      正如我悄悄的来;
    我揮一揮衣袖,
      不帯去一片雲彩。


 いくらかでも中国語をかじったことのある読者には、難しくないだろう。日常の会話で耳にする表現、用語ばかりである。
 中国語を学んで、不満に思ったのは、中国語で読める文章があまり豊富多彩といえないことである。戦後のことで雑誌や単行本は入荷せず、中国でも出版はかぎられていた。大学の図書室には現代文学の蔵書は少なかった。
 しかし、この詩はそういった欲求不満を解消してくれるだろう。中国の現代文学には、こういう世界もあったのだ!!
 日本の詩人でいうと、萩原朔太郎や大手拓次や北原白秋といった詩人に、徐志摩はならべられるとおもう。
 わたしは、この詩の原文を、壁華編『中国現代抒情詩一百首』香港・天地図書有限公司 1987年出版、からとった。
 編者の壁華(へきか ピーホワー)はそれぞれに論評をつけ加えている。日本の新書判ぐらいの大きさ、厚さなので、大学などの中級クラスのテキストにぴったりであるが、いまで入手はむずかしいだろう。
 わたしが原文をうつしながら、意外におもったのは、中国の伝統的な発想を作者が残していることだった。
 たとえば、ボートをオールで漕(こ)ぐのでなく、棹(さお)をさして舟をすすめるとか、袖を揮(ふる)ってとか、こういった表現がいくつかある。
 また、水底の水藻が、やわらかい泥に生(は)えているという想像も、そこまで想像しなくてもよいだろうとおもう。
 この詩は日本の読者のために書かれたのではないから、あまり責(せ)められないが、現代詩人としては民俗的(民間習俗的)な発想と訣別(けつべつ)してもよかったのではないか。
 とはいえ、水上をゆくボートが星のかがやく天空をゆくというイメージはすばらしいと思った。


◇ ◇ ◇ ◇

 ところが、さきごろ、わたしは清朝の詩人が、桂林の名勝をうたった詩に、これと同じ発想を発見した。


◇ ◇ ◇ ◇

 桂林は名勝でしられる。灕江を下(くだ)ってゆくと、この小文のはじめにかかげた写真のように、平地ににょきにょきと山々が突出し、眺めてあきることのない奇勝をみせてくれる。
 わたしが下ったときは、あいにく前日に大雨が降り、河水は濁っていて、山の姿が水面に投影するという景観はみることがきでなっかった(1982年6月3日所見、桂林――陽溯)。
 おそらく清朝のころは、灕江は清く澄んでいたであろう。


    江(こう)興安(こうあん)にいたれば
      水(みず) もっとも きよし
    青山(せいざん) ぞくぞくと
      水中(すいちゅう)に 生(しょう)ず
    あきらかに青山の頂(いただき)
      みえたるに
    船(ふね) 青山の頂に
      ありて ゆく


 清の詩人、袁枚(えんばい)の詩である。題は「桂林より灕江(りこう)を溯(さかのぼ)り興安に至(いた)る」。
 原詩はつぎのとおり。


    江到興安水最清
    青山簇簇水中生
    分明看見青山頂
    船在青山頂上行


 この詩は技巧的であり(ただし複雑な技巧ではない)、しかも抒情(じょじょう)的で、わたしはしばらく、陶然となった。
 船は作者を乗せて、河の水面にうかぶ山の頂上をすすんでゆく。
 山頂が水面で、水面が山頂である。
 山頂と水面が織(お)りなす、別世界、別天地である。
 傑作だとおもった。
 しかし徐志摩がうたった世界にも、わたしは陶然となったのである。


    ボートには星くずがあふれ
    きらめく星のなかで
    歌声をあげよう


といった一節は、袁枚にはなかったものである。
 このとき、もはやボートは天空にあってすべっている。ただし、「ボートは天空にあって‥‥」というのは、わたしがこのように詩の世界を想像したにすぎない。作者はボートは水面をゆくつもりなのかもしれない。しかし、天空の星は、ボートのなかにいっぱいにあふれているのである。すなわち、水面と天空は混然一体なのだ。


◇ ◇ ◇ ◇

 二つの詩はイメージが共通する。
 これは偶然だろうか。
 徐志摩は袁枚の詩を知らなかっただろうか。大衆性、通俗性のある袁枚の詩を徐志摩が読んでいたとしても、不思議ではない。しかし、徐志摩の詩には発想の暗合を越えた、若い世代の叫びがある。たんに袁枚をまねたのではない。
 わたしはたまたま自分が「発見」したことによって徐志摩をおとしめようというのではなく、むしろ、現代の詩人が、古典の詩からヒントをえて、現代的に発想をさらに展開しているのを読み、詩を読むたのしさにひたっているのである。
 また、こういう比較によって、詩を読むおもしろさを読者にも味わってもらいたいのである。 
 (6月24日)

写真:灕江風光
(灕江風光)
 
写真:『中国旅差図册』表紙
中国地図出版社編『中国旅差図册』
同社 2001年1月新二版
 
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