中華点点(第21回)

竹内 実
(京都大学名誉教授)

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電子礫・蒼蒼
第22号 2008.01.27   
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北京オリンピックと日中関係

「福娃娃」(フーワーワ、福ちゃん)
「福娃娃」(フーワーワ、福ちゃん)


 いただいた年賀状のなかに、北京オリンピックのマスコット「福娃娃」(フーワーワ、福ちゃん)があった。北京在住のYさんからで、「これから北京はどのように変ってしまうのでしょうか」と書き添えられていた。たいへんな様(さま)変(がわ)りのようだった。
 とはいえ、オリンピックのメインスタジアムは北京の中軸線上に建設されている。この「中軸線」に注目すると、変りながらも変らないものがあるように思われる。


 
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◇中軸線ということ

  中軸線というのは、目には見えないが、北京城の中心を貫(つらぬ)く軸線(じくせん)のことで、南北に一(ひと)すじ、とおっているのである。
 かつては北京城は城壁につつまれていた。外側の外城の正門(すなわち南側の中央の門)永定門(えいていもん ユンティンメン)にはじまり、南から北へ、いまも残る箭楼(せんろう チエンロウ)、正陽門(せいようもん チヨンヤンメン)、天安門(てんあんもん ティエンアンメン)、午門(ごもん ウーメン)をとおって、故宮の裏(うら)門、神武門(しんぶもん シェンウーメン)、さらに景山(けいざん ジンシャン)の万寿亭をとおりぬけ、鼓楼(ころう グゥロウ)、鐘楼(しょうろう チュウンロウ)にいたる線である。全長8キロ。



紫禁城の皇城(宮城を囲む) 紫禁城の宮城
紫禁城の皇城の図 紫禁城の宮城の図
260ページ 261ページ
陳平『雕画棟ー古代居住文化』江蘇戸籍文化出版社 二〇〇二年三月


◇中軸線の原点/オリンピック・メインスタジアムの位置
 鐘楼の北に中軸線の原点として、「中心之台」と刻んだ石碑が、かつてはおかれていた。大天寿万寧寺に安置されていたのであるが、いまは石碑も寺も失(うしな)われて、ない。(拙著『北京』文春文庫、26~29、142ページ)。


 永定門にはじまる中軸線は「中心之台」を北端として終っている。そして、中軸線を少し西にずれて、「旧鼓楼大街」が北へつづくが、北三環路からは、あらためて「鼓楼外大街」が北へ伸び、これが中軸線となっている。すなわち、鐘楼でいったん切れた中軸線は復活し、北へ伸びているのである。
 そして、オリンピック公園の中心を貫いて、五環路につき当り、終る。
 これが21世紀の新しい中軸線を形成し、線のすぐ東側にメインスタジアム、西側にややはなれてタテにならぶ競技場が3、おかれることになっている。目下、工事中である。


◇中軸線の美学

 中軸線にわたしがこだわるのは、中軸線があってはじめて、北京の壮大な宮殿や建物は配置が左右対称となり、バランス(つりあい)のとれた左右均整の美観をひとびとに感じさせている、と思うからである。
 宮殿にかぎらない。四合院にも中軸線がある。中央と左右、これを整然と配置するのが、その美学である。
 すなわち、北京オリンピックのスタジアムも、配置にあたって中軸線を維持し、それによって、暗黙のうちに、伝統をかかげ、国家の威信を主張しているのである。
 ちなみに、われわれの美学は、茶の場の道具のおき方にもみられるように、わざとこれを外(はず)す。




北京オリンピック会場の中軸線
北京オリンピック会場の地図
『北京奥運場館旅游交通図-場館篇』 中国地図出版社 二〇〇七年七月



 
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◇さいきんの中国研究書(日本研究も)

 年賀状と前後して、北京から本が届いた。到着順に記すと、
  (1)林振江『首脳外交―従中日関係為研究視角』新華出版社 2008.1
  (2)山田晃三『《白毛女》在日本』文化芸術出版社 2007.11
  (3)程 麻『零(ゼロ)距離の日本』人民文学出版社 2007.9
  (4)劉震雲『我叫劉躍進』長江文芸出版社 2007.11
    (3)と(4)は去年、いただいていたが、ここにまとめて紹介する。


 
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『首脳外交―従中日関係為研究視角』の表紙

(1)林振江『首脳外交―従中日関係為研究視角』新華出版社
 著者がこのテーマを選んだのは、日中関係の冷えこみがつづいていたときだった。
 安倍晋三首相に変って、突然の首相の訪中により「氷がとけた」。
 テーマのえらび方が図星(ずぼし)だったといえる。
 著者は、このときの両国の微妙な関係を「中国方面也没有対這様的態度做進一歩的深究。双方採取了明智的現実主義的做法」と論評している(130ページ)。正(まさ)しくそのとおりだと思う。
 著者は学術書としての品位を保持しながら、日中問題の現実にとりくむ姿勢をみせているのである。


『《白毛女》在日本』の表紙

(2)山田晃三『《白毛女》在日本』文化芸術出版社 
 『白毛女』は中国でも忘れられつつあるように思われる。本書によって中国における『白毛女』誕生のいきさつばかりでなく、これの映画化に当っての日本側関係者の聞き書きが残ることになった。たいへんな業績で貴重である。
 いまから考えると、延安(えんあん)でこれが生まれたのは、民族化、大衆化の方向を指向するばかりでなく、日本の戦中、戦後の論壇で流行した、いわゆる「近代の超克」につうじる模索(もさく)もあったのではないかと思われる。
 著者の自序は『白毛女』誕生の原点としての民間の伝統的行事、風習をとりあげて紹介しており、中国文化論としても出色のものである。これが「チュウゴク」というものである。もとより、民族化とか大衆文化とかとなえても、ただそれだけでは、なにも生まれないのはいうまでもない。


『零(ゼロ)距離の日本』の表紙

(3)程 麻『零(ゼロ)距離の日本』人民文学出版社
 著者は、拙文をあつめた『竹内実文集』全10冊、文聯書店刊、を発案し、編集、翻訳にわたって推進していただいた方である。『文集』はとくに文化を論じた第6巻、『文化大革命観察』が売れゆきがよく、いまでは全巻揃わない。目下、出版社に交渉中。
 その著者が(折にふれての文章は拝読していた)、日本論という分野に手を染(そ)めておられようとは、わたしは知らなかったから、これを送っていただいたときは驚きもし、喜びもした。
 日本人独特の思考法や交際方法について、中国の読者にたいし、ていねいに説明する姿勢に感銘をうけた。


『我叫劉躍進』の表紙

(4)劉震雲『我叫劉躍進』長江文芸出版社
 署名を訳すと、『わしは劉躍進である』となろうか。
 著者の文章は独特である。おもわず場面の展開にひきこまれてしまう。
 映画化の企画もすすんでいるというが、映画としても成功するだろう。
 庶民の誰も彼もがここに登場する人物のようだとも思われないといいたいが、ではほかにどんな人間がいるのですかと反問がされそうである。登場人物は、道徳とか約束とかに無縁(むえん)の人間ばかりである。その裏をかく人間がいるのである。
 数日前の夜、日本のテレビの海外動向紹介の番組を見ていると、中国のコーナーにとつぜん、女性が画面に登場し、「わたしはこの番組には無関係ですが、いまから二時間前、夫が不倫(ふりん)をしているのがわかりました」としゃべりはじめた。
 夫はその番組のキャスターで、無言のまま妻をみつめていたが、何人ものスタッフが女性をとりまき、中央のマイクの壇からひき放した。女性は「わたしの話を聞いて下さい」といっていたが、泣きわめくといった態度ではなかった。
 日本語の説明によると、女性はこの局のアナウンサーで、「国家の」(とあったようだが不確実である)報道活動を妨害したとして、逮捕されたという。
 じつは、劉震雲の前作『ケータイ』(訳題は仮訳。原題は『手機』〈携帯電話〉)が、テレビの人気番組のキャスターを主人公にしていて、わたしは、読後の感想として、いくら小説でも面白すぎると思ったのであるが、現実生活の一コマをテレビで見たので、ここに補足する(1月21日記)


 
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『コオロギと革命の中国』の表紙


◇拙著『コオロギと革命の中国』PHP新書(800円+税)

 じつは「易断」のはじめの原稿では、「我田引水」になるが、と断って、近刊予定のこの拙著に言及していた。しかし考え直し、校正のさい、この部分を削ると電話したところ、たまたま電話をうけた中村社主が電話の向うで爆笑し、抱腹絶倒(ほうふくぜっとう)だった。
 その後、見本刷りが届いたので、謹呈した。FAXが返ってきた。コオロギとテンソク(纏足)の部分が褒めてあった。コオロギの部分は、かつてこの『蒼蒼』に連載していたから、社主はなつかしかったのだろうが、テンソクの部分はわたし宛の妹の手紙の引用である。
 以前、ある大学で学生の論文評価をめぐって、某先生と対立したことがある。
 「ではどういう論文ならAを与えるのですか」と尋ねると、「(岩波書店の)『思想』に載(の)るような論文だ」という返事がかえってきた。
 残念ながら、コオロギやテンソクの話が、『思想』に掲載されるはずはない。しかし、そういい切ってしまうと、拙著の売れゆきにひびくかも知れないから、これはこれでイミがあるつもりだ、と記しておこう。


 
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◇日中関係
 以下に「日中関係」について述べよう。
 年末に福田首相の訪中があった。これは日中関係重視のあらわれ(あるいは、日中関係を重視していると日本にしらせようとするあらわれ)だといえよう。
 今年はまったくの凪(なぎ)で平穏無事とはいかないだろうが、大局的には波風がたたないだろう。日本のナショナリズム→憲法改正のうごきは、ここのところめだたないとはいえ、日本の政治家が自ら墓穴を掘るような行為をしないよう望むばかりである。




 
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 「日中関係」という以上、「中国」の現状をしっかり把握しなければならない。
 かつては中国を世界の生産工場とみるばかりで、「消費市場」へ変身する可能性に気がつかなかったが、いまは「公害大国」、「大気汚染」の側面がやかましく、とくに北京が指摘される。
 経済の活性化で、80年代のはじめごろから北京の人口が増加し、クルマがふえて、88年には40万台をこえ、その10年後の98年には140万台にたっした。
 北京市では98年から毎日、大気汚染情報をだすようになった。そして成果はあがっているというが、わたしは昨年10月末、北京に到着した翌日、スモッグを見た(07年10月24日所見)。
その後も11月24日には「相当にひどい大気汚染」がみられたという。
はらだ おさむ氏の似顔絵
はらだ おさむ氏の似顔絵
 クルマは07年6月に、東京をおいこして300万台となり、1日千台以上のペースでいまも増加しつつある。
 以上、スモッグとクルマの台数については、〈はらだ おさむ「中国ビジネスえとせとら」(28)、『日本ミシンタイムス』08年1月1日号〉――はらだ氏寄贈による)
















 
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 オリンピック開催までに大気汚染をどのように除去するかの、みものである。
 しかし、99年10月1日の建国50周年の国慶節にあたっては、1カ月まえから人工雨を降らせ、散水車を日に数回も走らせ、周辺の工事もストップさせ、久しぶりの青空、すがすがしい北京をつくりだしたという(はらだ、前掲による)。
 こんども絶大な政治力を発揮するだろう。
 昨晩、日本のテレビに北京市長代理が登場し、開会までの工事に万全を期したいと述べていた(1月21日記)


 
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 2月23日(土)には関西日中関係学会・会長安井三吉先生の企画による「新春講演会」で講演を予定。演題は〈北京「五輪」と日中関係〉。史桂芳先生(女性)の〈北京最新事情―オリンピックを迎える北京の人々〉も。中華会館第二会議室、2時開場。会館の電話(078)・392・2711阪急西宮北口。終わって懇親会(会費5,000円)。参加申しこみは日中関係学会事務局。電話(078)331・3855 ファックス(078)331・9530。 
 (11月15日記す)
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