中華点点(第26回)

竹内 実
(京都大学名誉教授)

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電子礫・蒼蒼
第32号 2009.10.03   
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《吉田富夫先生/退休記念/中國學論集》をめぐって

《吉田富夫先生/退休記念/中國學論集》の表紙
《吉田富夫先生/退休記念/中國學論集》の表紙

 吉田富夫先生がいよいよ定年を迎えられた。じつは数年まえ、すでに定年はめぐっておられたのであるが、研究室が佛教大学にあるので、わたしはつい意識していなかった。
温友言先生の署名と落款
温友言先生の署名と落款
 そして2008年3月末日をもって、嘱託教授の職を辞され、研究室をあけわたされた。
 その「お祝い会」ともいうべき集いがあり、わたしは出席した。
 恒例(日本の学界の恒例?)によって高弟の論文集が献呈された。書名はこの拙文の表題に示したとおりであるが、これを揮毫された温友言先生の手跡がみごとなのである。
 扉頁には温先生の署名と落款がある。

 西北大学の書道の教授で画家でもある温友言先生が揮毫を引き受けて下さったというところに、吉田先生の中国との交流と友情がうかがわれよう。扉頁を原寸大でいれるのはムリなので、せめて署名と落款の部分を原寸大でごらんに入れよう。
 吉田富夫先生の“中国学”の気分をこの温友言先生の揮毫は伝えている。
 落款の印もおそらく温先生の自刻にちがいない。

 おもわず、書名の揮毫に話がいったが、書物の全体の構成は第1部、第2部に分かれ、吉田先生の「日記」が巻頭を飾り(1965年10月-66年1月)、あと親しい交友の莫言(ばくげん)、葉広芩(よう・こうきん)、毛丹青(もう・たんせい)、狭間直樹(京大名誉教授)、後藤多聞(NHKプロデューサー)といった人が、回想を語ったのが第1部。
 第2部が論文集である。
 高弟の論文をいちいち紹介するだけの咀嚼(そしゃく)力=理解力がわたしにはない。やむをえず、これは省略、論文の筆者名を以下に掲げる。
  厳 紹璗/劉 再復/張 夢陽/祁 小春/鵜飼光昌/岡本洋之介/中尾弥継/中原健二/小松 謙/氏岡真士/荒木 猛/斎藤希史/若杉邦子/藤田一乘/赤松紀彦/李 冬木/浅野純一/黄 嬡玲/杉谷 有/工藤千夏子/濱田麻矢/萩野脩二/岩佐昌暲/辻田正雄/楠原俊代/中 裕史/松家裕子/黄 當時/木津祐子/三枝裕美/柴田哲雄/北村 稔/徳岡 仁(掲載順)
 「あとがき」(萩野脩二 関西大)によると素案を作成、提案されたのは中原健二(佛教大)先生、これに浅野純一(追手門大)、北村稔(立命館大)、中裕史(南山大)、これらの諸先生が賛成され、萩野先生が中心になって進行された。
 京都の学界に粘着力というものがあるとすれば、まさにその(京都の市民にもみられる)粘着力が発揮されたのである。
 わたしは巻頭の序を依頼されるままに執筆した。
 拙文でも特筆大書したが、佛教大学文学部に中国文学科を立ちあげられたのも吉田先生の数々の業績のなかでも忘れてはならない輝きを示し、その一端は上記諸論文の筆者名にもうかがわれよう。端倪すべからざる論客が輩出している。もとより、これに決断を下した佛教大学の諸先生の理解力、包擁力もみごとだったが。
 編集:吉田富夫先生退休記念中國學論集編集委員会、発行:汲古書院(03)3265-9764 2008年(平成20年)3月1日発行、定価15,000円+税
 
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