中華点点(第28回)

竹内 実
(京都大学名誉教授)

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電子礫・蒼蒼
第34号 2009.12.02   
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拙文集:《竹内実〔中国論〕自選集》の刊行

〔中国論〕自選集 第1巻〈文化大革命〉の表紙 〔中国論〕自選集 第2巻〈うごく中国〉の表紙 〔中国論〕自選集 第3巻〈映像と文学〉 の表紙
第1巻〈文化大革命〉  第2巻〈うごく中国〉 第3巻〈映像と文学〉

 この9月19日〔平成21年〕、拙文集全3巻が刊行を完結して、東京で記念のシンポジゥムがひらかれ、出席した。拙文集とういうのは、つぎのとおりである。
  《竹内実〔中国論〕自選集》
  第1巻〈文化大革命〉 第2巻〈うごく中国〉 第3巻〈映像と文学〉
 はれがましくも、各巻の帯には〈待望久しい〉としるされている。はれがましい、とは感じたが、その後、川西教授が神田のY書店にチラシを持参したところ、書店の若い人が‘‘Tの本は売れる’’と評価したので、10セット、置いてきた、とうかがった。 
 じつは、半月ほどまえに第1巻〈文化大革命〉は出版されていて、ごく近しい方々にはお送りしていた。さっそく蒼蒼社・中村公省社主から〈なつかしい文章に再会した〉というお返事をうけとった。中村社主は当時『現代の眼』におられた。
 ついで、「感無量」と、吉田富夫佛教大名誉教授からのハガキにあった。
 第2巻〈うごく中国〉は新中国成立以後、とくにここ数年の動向をとりあげたが、蒼蒼社で毎年1回刊行中の《中国情報ハンドブック》の巻頭論文の拙文を収録したから、蒼蒼社の存在は(わたしにとって)小さくなかった。
 第3巻はまず映画評を収録したが、これらは〈映画をとおして見た中国〉になっているのに気づいた。映画評を再読すると〈文化大革命〉の実態に、あらためて深刻な認識を迫られた。
 ぜんたいの書名に〈〔中国論〕〉といれて、つまるところ、わたしは〔中国論〕を書いていたのだと思い知らされた。

◇中国での反響
 たまたまアモイ(厦門)大学から呉光輝先生が来日、出版されたばかりの〈文化大革命〉巻を謹呈した。偶然にも来日直前に人民出版社の依頼で、《日本における中国観・中国論》を完成しておられ、そのなかにわたしの〈中国像〉という概念に一章を割(さ)いたといわれた。帰国直前に第2、3巻ができ、謹呈できた。
 この拙文執筆の直前、呉先生から在日の呉先生の友人にe-mailが入り、出版社の求めで、わたしの略歴と写真を(インターネットで取材し)出版社に送った由である。
 中国語版《竹内実文集》の翻訳者・程麻(チョン マア)氏にはまだ送付していない。ここのところ、なにかとあわただしかったからである。

◇日本での反響
 日本では、目下『中国研究』(中国研究所)が書評掲載を承知され、浅野純一先生(追手門大学)が執筆の予定である。浅野先生には災難がふりかかったようなものかもしれない。
 堀内正範氏も日中友好協会の機関紙『日本と中国』に書評を書いて下さって、たぶん現在、編集部に送稿ずみだと思う。日本中国文化交流協会長の辻井喬先生からも書信で感想をいただいた。
 この《自選集》シリーズの拙文で追求したことの継続ともいえる拙著《中国という世界》(岩波新書)についてはさいきん新聞のコラムで、とりあげていただいた。この拙著で、わたしは中国のゆくえとしては、「歓楽に向かう」と一つの結論をだしたが、このコラムの作者(匿名)は、これをそのまま引用しておられるから、いちおう認めていただいたようである。
 以下に、その全文を紹介しよう。

◇「歓楽に向かう」中国
 役人の誕生祝いに部下らが生まれ年の干支(えと)にちなみ黄金のネズミを贈った。喜んだ役人、「もうすぐ誕生日なんだ、丑(うし)年の妻も」。汚職やわいろと切っても切れぬ中国らしいこんな小話がある▼建国からあすで60年。隣国がどこへ行くのか。この壮大な問いに中国文学者の竹内実さんは「歓楽に向かう」と答えている。(『中国という世界』岩波新書)▼国を覆う春節の熱気のように、楽しむことに労を惜しまぬ一面をみるとなるほどと思う。「朋あり遠方より来たる、また楽しからずや」「知者が水を楽しみ、仁者は山を楽しむ」。孔子でさえ、小難しい言葉抜きにすべて「楽しい」の一語で包んでしまっている-これも竹内さんの指摘▼気質なのだろう。冒頭の小話を収めたジョーク集には役人や武将がよく登場する。権威への不満を、笑って晴らすしたたかさ。言論統制や少数民族弾圧を繰り返すのも歴代王朝を倒した民のパワーを知ればこそに違いない▼国内総生産(GDP)は来年日本を抜くとされ、米国とG2時代が迫る。だがそれも1人あたりではぐっと下位。しかも富の偏在ぶりは日本の比でない。腐敗もしぶとい。指導部の悩みは尽きそうにない▼論語では60歳は何を聞いても素直に理解できるという「耳順」。内なる民主化の要請、大国ゆえの国際社会の期待。還暦の中国が聞くべきことはたくさんある。
「愛媛新聞」9月30日〔平成21年〕、コラム「地軸」

 このコラムはいたれりつくせりに書かれていて、著者としてはありがたく拝読させていただいた。が、中国政府に要望する事項はあって、政府の方向に異論がないわけではないとよめる。中国政府にたいし、また中国共産党にたいし、「歓楽に向かって」、それでよいのですか、といっているようである。

◇「中国論」のしめくくり
 3巻にもおよぶ《竹内実〔中国論〕自選集》を書棚において、このさい、自分なりの結論が必要だと思わざるをえない。拙文にしるした観測や予測には当然とはいえミス〈錯誤(さくご)〉が少なくない。ただし、当っている部分もあろう。
 しかし、これら3巻を改めて読みかえす時間がわたしには必要だと思う。わずかずつでも、これらの拙文にたちかえり思考することをつづけよう。
 はたして「結論」が出るかどうか、わからないが。

◇国慶節パレードの印象
 この拙文集にたいし、〈現実の中国〉から〈問い〉をつきつけられた感じがあった。
 10月1日の国慶節パレードの光景である。
 10月10日に、名古屋で日本日中関係学会の大会(年1回)があり、川西重忠先生(桜美林大学)からのお誘いもあって出席し、その席上でも語ったのであるが、国慶節のパレードやその夜の花火大会などは、今後の中国のありようを暗示(あるいは明示)していた。
 この国慶節の光景については、本年度の《ひょうご講座》の講演集に拙文が掲載されるので、ここでは重複を避(さ)け、夜の花火大会の情景についてだけのべる。わたしはこうした光景は北京中央電視台の《大閲兵》と題するDVDで見たのである。北京在住の友人が当日のTV放送を見て感動し、好意から市販のDVDを求めて送って下さったのである。
 これまで天安門広場のパレードは、パレードが終わると、広場の群衆が天安門におしよせ、門の上にならぶ要人(毛沢東が健在だったときは毛沢東)に手をふり、民衆に応じるのが常だった。
 それが、ことしは、天安門上から要人が下に降りてきて、広場の群衆にとけこんだというのである。北京の友人からは、電話があって、友人はその光景を見て(TVで)感激したというのだった。
 しかし、けっきょく降りなかったという説も京都のある研究会でわたしは耳にし(くわしくはここでは省略するが)、わたしはどちらが正しいのか、つきとめたかったのである。
 とどいたDVDは3巻だったが、終わった光景を見ようと、逆に第3巻から見ても見当たらず、第2巻の花火大会がさいごになり、その大会もおわって、天安門上の客人は帰って、けっきょくなにごとも起こらなかった。わたしは失望した。
 画面は広場の歌やおどりをダラダラと放映して、わたしも漠然と見ていたが、突然、画面に胡錦濤や温家宝があらわれ、ニコニコ顔でウイグル族(?)の民族衣裳を着たダンサーを両側にかかえていたのだった! ナゾはついに解(と)けたのだった!

◇国慶節パレードの感想
 日中関係学会大会で配布された学会の機関誌『日中関係』41号(2009年10月1日付)の「巻頭言」拙文は、以下のとおりである。

 日中関係学会のおかげで、桜美林大学北東アジア総合研究所を主宰しておられる川西重忠教授の知遇をえているうち、私の文章を出版するから編集してくれといわれて驚いた。
 なんとなく、そういう企画を匂わせておられたが、青天の霹靂だった。中国社会科学院・文学研究所の程麻氏が北京・文聯出版社から『竹内実文集』全十集を編集刊行され、私は感謝していた。わたしの文章など、価値はない」と反対したのを途中でひっこめたのは、程氏の学術的な態度に胸をうたれたからである。
 このたび、川西教授の提案にわたしが謙遜して辞退しなかったのも、客観的に存在する自分を否定しても、文章を書いた責任は消えないことに気づいているからである。自分がハッキリしないまま、中国=チュウゴク=禹域について考えていることは、これらの拙文にあらわれていよう。
 《竹内実「中国論」自選集》という、このシリーズの名称も、まずわたしが思いついたものを川西教授はじめ、そのまわりの方々の意見によって修正したにすぎない。
 全三冊の第一冊は、いまだにわたしの内心にくすぶっている「文化大革命」にちなむ拙文を集め、第二冊は「うごく中国」として、そのときどきの動向を眺め、第三冊はこの二つの山脈にはさまれた谷間の平地のような映画評、魯迅論、風土論、人物論をあつめ、「映像と文学」とした。このなかの「魯迅と柔石」は一九三〇年代の文化運動のありようについて一石(柔石ではない、一石)を投じたと自負している。 
 この三冊をうけつぐ模索は、すでに刊行の『コオロギと革命』(PHP新書)、『中国という世界』(岩波新書)にその端緒をのべているが、これによって、《自選集》が古くなったともいえない。
 第一冊『文化大革命』をポツンと出版し、第二冊、第三冊がややおくれると知ったとき、泥濘(でいねい)に足をとられる予感がした。文化大革命について、疑問を抱きながら答えが見つからないでいるからである。
 じつは、この小文を書くのと並行して読んだ唐亜明『ビートルズを知らなかった紅衛兵』(岩波同時代ライブラリー)に、当事者と研究者のあいだの溝、厳安生『陶晶孫―その数奇な生涯』(岩波)に、研究者のあいだの溝を気づかされた。とはいえ、わたしは自分の小さな研究の穴からとびだすことはできないだろう。
 いま、日本のニュース(TV)は天安門広場の軍事パレードを放映しているが―。
(十月一日 記)

 以上が、「巻頭言」の拙文である。天安門広場の光景はわずかではあったが、日本のTVニュースで見ていた。それがDVDでほぼぜんたいを見ることができた。
 国慶節の光景(DVDによる)から感じたわたしの感想と分析はつぎのとおりである。

◇国慶節の情景からの感想と分析
 国慶節の情景からなにかの結論をひきだすとすれば、つぎのようになろう。
1)わたしがこだわった要人たちが広場の群衆にとけこむ光景は、中国の現状についての中国共産党が抱いている危機意識があらわれたものであろう。
2)この危機的な状況をどう克服しようとしているのか、DVDからただちに解答はひきだせないが、〈指導者が広場の群衆にとけこんだ〉光景をもって民衆に訴えようとしていることはたしかである。
3)中国共産党は、いまわたしが思いついた表現でいうと、「国民政党」になろうとしている。つまり階級政党としてなにかにたいし闘争しようとは考えていない。すでに「和諧社会」(和解的社会)というスローガンをかかげているが、これは守ろうとしている。
4)中間階級を育成、発展させようとしている。国民ぜんたいに教養と順法精神が普及することをねがい、党や政府の方針についても(多少の批判はみとめ)、批判的な市民層と提携しようとしている。すなわち、中共党員はすでに気分的には都市の市民層の意識を生活上の主流としている。
5)かつて、中国共産党がとなえた極左的な思想傾向(イデオロギー)について、党としては批判的でも、これに神経質に批判を加えず、むしろ総体的に吸収し、一種の「国民精神」を形成しようとしている。たとえば毛沢東思想についても、そうである。この場合、儒教、佛教、キリスト教、イスラム教と毛沢東思想を対立させずすべてを包容しようとしている。
6)ただし、政党としての中国共産党には権威をみとめ、かるがるしく批判したり、否定することは許さない。社会の安定のためには中央に、すなわち中国共産党に権威があるべきだという観念は継続している。いいたくないが、強権発動は慎重ではあるが、回避しないだろう。
7)民衆の福祉をはかることは無視しない(ただし、制度化は困難だろう)。
以上のような枠組(わくぐ)みによって「国家」としての発展を維持しようとしている。
(十一月三日 記)

◇拙文集の構成など
 ちなみに拙文集の構成その他は以下のとおりである。
 総シリーズの名称:《竹内実〔中国論〕自選集 全3巻
  第1巻〈文化大革命〉    ¥3,619+税
  第2巻〈うごく中国〉     ¥4,572+税
  第3巻〈映像と文学〉     ¥4,000+税
   発行・販売:〒229-0006 神奈川県相模原市淵野辺4-16-1 PFCキャンパス内
           桜美林大学 北東アジア総合研究所 
           TEL&FAX:042-704-7030  E-mail:n-e-a@obirin.ac.jp

ちなみにパレードのDVDは下記のとおり余項科先生の解説と報告と合わせて上映を実施し好評だった
◆国慶節パレードDVD上映◆ 
解説と報告:余項科 (同志社大学嘱託) 
報告:文革と毛沢東と孔子 竹内 実
11月28日(土曜日)2時~4時30分
主催:現代中国研究会 問い合わせ:立命館大学 北村稔研究室 TEL:075-231-8004
場所:京都市下京区四条烏丸(からすま)角 三井住友ビル4階 佛教大学四条センター    

 
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