中華点点(第31回)

竹内 実
(京都大学名誉教授)

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電子礫・蒼蒼
第40号 2010.11.15   
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書評《日中旅行史30年 1949-1979》


『日中旅行史30年』の表紙
『日中旅行史30年』の表紙
著者:大谷育平(西日本日中旅行社 代表取締役社長)
出版:白帝社(171-0014東京都豊島区池袋2-65-1 
TEL03-3986-3271 2010年10月1日出版 定価3800円+税)


◇友人との出会い

 しばらくごぶさたしていたU氏から電話があり、本日、時間があるなら会いたいとのことだった。団地のすぐそばの郵便ポストが目印の、いつもの場所で会うことにした。
 思うにそれは上記(表紙のサシエ)の本をわたしに手渡すこと、それとおそらく著者からの依頼(書評かなにかでとりあげてくれ)をわたしに告げるためだった。U氏は、かつてこの本の著者にお世話になったと、つけ加えたような気がするが、しばらく時間がかかるかもしれないと、郵便ポストの近くに停車したU氏のクルマのなかでU氏に約束して別れた。
 U氏は著者が“資料的なもの”といっておられたとつけ加えたが、謙遜の辞(じ)ではなく、たしかに資料集成のようなところがあって、本の最初の目次をパラパラと見て、なるほどと思った。
 心あたりの年代のところをあけても、著者が旅行社として取扱わなかった中国旅行は、この本には出てこない。
 しかし、当時(1950-60年代)は、中国旅行といえば“日中旅行社”ときまっていたようで、大規模な旅行団の記事は、たいていでてくる。


 
◇ ◇ ◇ ◇
 


◇巻頭の記念写真

 巻頭に、毛沢東、劉少奇、周恩来、鄧小平、彭真ら中国共産党の指導者と、訪中した四百数十名の「日中青年友好大交流」に参加した日本の学生たちの記念写真が3ページにわたって掲載されている。
 わたしは虫メガネでこれらの指導者の顔を確認したが、これは1965年8月26日、北京の人民大会堂で撮影されたもので、この翌年に〈文革〉すなわち〈プロレタリア文化大革命〉が始まっていることを考えると、これは貴重な資料だといえよう。
 〈まえがき〉によると、著者が日中旅行社につとめていたのは1978-1989年だったというから、この写真の大交流は、著者は目撃されていない。横に細長い9×55センチの記念写真を当時の関係者から見せられ、本書の編集出版を決意されたのだという。


 
◇ ◇ ◇ ◇
 

◇“斉了会”の普及

 このころは日本の外務省は中国旅行のための旅券発行を正式に実施しなかったので、外務省との闘争が中国行を決心した学生たちの苦心するところとなったようである。
 学生たちは旅行のあと斉了(チイラ)会を結成した。バスで、「乗るひとがそろった」という「斉了(チイラ)」が会の名前になった。この会の名をいまも耳にすることがある。成果があったわけだ。
そのうち、日本共産党と中国共産党のあいだが険悪になり、本書にも〈日本共産党の妨害により、訪中を取りやめたグループ〉というのが14団体あがっている(174ページ)。
 こういうことを知ったからといって、どういうこともないだろうが、本書はたしかに“資料集”であることがわかる。
 

 
◇ ◇ ◇ ◇
 

◇わたしの訪中

 わたしは1960年に野間宏さんを団長とする日本文学代表団のメンバーに加えられ(どういうわけで加えられたか、いまもわからないが)、5月31日出発―7月5日帰国したのだった。
 好奇心から本書の1960年のあたりをひくと、これが出ているのでおどろいた。
 6月6日に陳毅副総理と会見している。このときわたしはなんの心の準備もなく口火を切ったが、そのときの自分の発言を自分の文章にしなかったところ、同行のほかの方の文章にとりこまれた記憶がある。
 そのうち樺美智子さんの死が伝えられ、都立大学教授だった竹内好(よしみ)氏が辞職したというニュースも北京で聞き、同じ大学に勤務して、同じ研究室(といえるほどの部屋はなかったが)に属していたわたしは動揺した。
けっきょくそのままズルズルと籍をおいてしまった。


 
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◇文革のさいのトラブル

 1966年には〈文革〉が発生し、日本ではさまざまな観測がおこなわれ、日中友好運動も二つに分裂した。わたしは友好協会にも文化交流協会にも縁(えん)がない立場だったが、まるで無関係というわけでもなかった。
 本書の〈1967年〉の項目に〈善隣会館事件起きる〉としるされている事件にしても、こまかいことがわたしに伝わるはずもなかったが、心を痛めた。


 
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◇“資料集”ということ

 そこでわたしは思った(思っているということでもある)。 
 “資料集”である本書が、わたしにそれなりのこれだけの思い出をよみがえらせるのだから、まだまだ多くの人が、本書をめくって思い出すことがあるのではないか。 
とにかく蒼蒼社で連載している《中華点点》に、〈書評〉を掲載すべきではないか、と。
 さて執筆をはじめると、思いは乱(みだ)れてまとまりのないものになった。この本はなかなかどうして貴重な本であるということだけは保証したい。
 (平成22年11月2日夜/11月9日午後 記)
 
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