中華点点(第33回)

竹内 実
(京都大学名誉教授)

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電子礫・蒼蒼
第50号 2012.06.07
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ロンゴといろはカルタ―ひとつの思いつき

 一昨年夏の猛暑に倒れ、病床に臥した。それから体調がすぐれず、一進一退をくりかえし、家族にもめいわくをかけている。
 ときおりは講義を依頼され、やむをえず引受けたが、ことしの一月末には、ロッコツ(肋骨)がバラバラになるような痛みだった。それで社会的な活動は遠慮させていただくことにした。
 個人的な事情だから、いちいち宣伝するわけにもゆかず、あちこちにご迷惑をおかけしている。お詫びしたい。
 そういう半病人的ななかで、『桑兪』(そうゆ)という年二回刊の冊子に執筆を依頼され、思いついたことを記した。
 『桑兪』は桑の樹と楡(にれ)の樹にちなむ命名のようで、発刊の趣旨は、「じっくり読んでいただく刊行物でありたい」、とのべられている。
 冊子巻末の刊行の趣旨は無署名なので、刊行を主宰されているお方についてもくわしくはわからない。
 発行元の「和久伝」(わくでん)さんについても、わからない。というより、執筆者は和久伝という日本料理のお店について、発行元の宣伝になるような記事は執筆しないでほしいと釘をさされたので、これ以上は記しようがない。そして同じ筆者は二度以上、依頼されないのだという。
 拙稿は二回の連載になったが、<ロンゴといろはカルタの関係>というのはあまりにもとっぴな思いつきなので、第一回の原稿提出後、とくにおねがいして、「つづき」を書かせていただいたのである。
 第一回の拙稿は、思いつきを思いつきとしてのべたにとどまり、愛着(あいちゃく)はあるが、この≪中華点点≫に再録は避け、第二回の「つづき」を掲載したい。
 『桑兪』という冊子の独創性に敬意をあらわす気もちもある。
 この欄の読者には『桑兪』の気分を味わっていただきたく、本欄恒例の表紙をかかげ、さらに本文の一、二ページ見開(みひら)きもかかげ、つぎに本文にはいることにする。

 
◇ ◇ ◇ ◇
 

『桑兪』(そうゆ)表紙
『桑兪』(そうゆ)表紙

『桑兪』(そうゆ)本文
『桑兪』(そうゆ)本文(クリックすると拡大画像が開きます)



ロンゴといろはカルタ(つづき)
 このごろロンゴをひろい読みしていて、このむかしのコーシの言行録が、江戸時代のいろはカルタと共通するところがあるのに気づいた(ロンゴは『論語』、コーシは孔子。たびたび引用するのでついカナ書きにした)。
 コーシは二千五百年ほど以前のひとで、いろはカルタは、二百年以前のものである。時代もちがえば国もちがう。この両者に共通性があるのは不思議だったが、たとえば、



 ※負(お)うた子に教えられ
というのは、ロンゴの、



 ◇後生、畏(おそ)るべし                     (子(し)罕(かん)第九 二三)
 〇後生可畏也!



のもじりではないかと疑ったのがきっかけで、さらにロンゴをめくってみると、たしかにある種の共通性が感じられた(※印はカルタからの引用。◇はロンゴ訓(くん)読(どく)文からの引用。○は漢字原文)。
 「後生」はあとから生まれた世代。弟子を教えたコーシが、このようなおどろきを、自分より若い弟子に発していようとは知らなかった(はじめて、ロンゴを読んだとき)。
 いろはカルタの絵札では、父親の背に負われて川の浅瀬をわたる子が、父親の肩ごしに前方を指さしていた。なるほど、あとから生まれた子が父親に教えている。
 こういった、わかりやすいたとえことわざがいろはカルタにあって、子どもに人生訓や処世訓を教えていたわけである。ところがよみ札のなかに子どもごころに、どうにもわからない一枚があった。



 ※犬も歩けば棒に当(あた)る



である。
 絵札は犬の頭上に棒がふりおろされていた。棒をもった人物は描かれていなかったが、つぎの瞬間、犬が悲鳴をあげるだろうと予測できる。しかし、犬がなぜ叩かれるのか。絵札は説明していない。
 ながねんの疑問を思いだし、ロンゴをめくったが、悲鳴をあげる犬と棒についてのエピソードは見あたらなかった。
 ふと思いついたのは、江戸幕府の第五代将軍、徳川綱(つな)吉(よし)によって発令された「生(しょう)類(るい)憐(あわれ)みの令(れい)」である。
 子宝に恵まれなかった綱吉は仏教の殺(せっ)生(しょう)戒(かい)を守り、生きた魚や鳥の売買を禁じた。さらに自分の生まれが戌(いぬ)年(どし)であったことから、犬を保護尊重するよう命じた。美々(びび)しく着飾られた犬が輿(こし)にのせられ、市中をねり歩き、通行人は土下座(どげざ)を強制された。江戸の庶民はかげで綱吉を犬(いぬ)公(く)方(ぼう)とののしった。
 この法令は貞享四(一六八七)年から綱吉死去の宝永六(一七〇九)年まで二十余年にわたってたびたび発令された。
 冷静に考えれば、全国(たとえ江戸市中だけとしても)の犬をすべて保護することは不可能である。役人のいないところで、うろうろする犬もいて、石をぶつけられたり、棒で叩かれたりして悲鳴をあげて逃げる犬がめずらしくなかったにちがいない。「犬も歩けば」の歩くはそうした犬のうろうろするさまをつたえている。
 いろはカルタには江戸を中心とするもの(江戸系)と京都・大阪を中心とするもの(上方(かみがた)系)の二大系統があって、「犬も歩けば棒に当る」は江戸系である(時田昌瑞『岩波いろはカルタ辞典』岩波書店 二〇〇四年十一月)。
 著者の時田昌瑞によれば、このよみ札は、「あてもなく歩く犬もときに幸運にであうことがある、という解釈もある」という。絵札も子どもが犬をなでている絵と棒で叩かれる絵の二種類がある。
 「生類憐みの令」から二十年ほどたって、石(いし)田(だ)梅(ばい)岩(がん)が京都で「心学」をとなえた(享保十四年 一七二九)。
 これは儒教、仏教、神道といった枠(わく)にとらわれず、世間を渡るために庶民が心(こころ)得(え)るべき指針を教えた。おそらく、それまでの儒教、仏教、神道の区別にとらわれずに人生訓、処世訓を説いているのと共通する文化水準があって、しだいに、カルタになったのだろう。
 いろはカルタは「心学」の啓蒙の教科書、大衆版だったといえよう。
 最近ではほとんど体験しなくなったが、「放(ほう)屁(ひ)」についてのエチケットはきびしい。いろはカルタでは戦前までの江戸系の定番で、開放的にとりあげている。



 ※屁(へ)をひって尻つぼめ



 「失敗したあとで、とり繕(つくろ)ったりごまかしたりするたとえ」と『辞典』に解釈され、着物をめくって高くもちあげた尻(しり)から臭気を放っているすがたが絵札には描かれている。まさにロンゴにぴったり一致する。放屁した本人はしらばっくれていても、子どものことで、ついには白(はく)状(じょう)してあやまるのがつねだった。



 ◇小人の過つや、必(かな)らず文(かざ)る                (子張第十九 八) 



 心学の流行と前後して、飢饉対策として、さつま芋の普及が奨励され、当時は高価だった砂糖にかわる甘味の食品として愛好されつつあった。江戸に近い川越の宿では輪切りにして煮つめた和菓子が考案され、いまも伝わる。
 コーシはひとの過失を見のがすことができない性格だったようで、しばしば「過ち」に言及している。



 ◇過(あやま)てば則ち改むるに憚(はばか)ることなかれ   (学而第一 八、子罕第九 二五)
 〇過則勿憚改!



 ◇過ちて改めざる、これを過(あやま)ちという             (衛霊公第十五 三〇)
 〇過而不改、是謂過矣!



 過ちを改めたらどうなるか。コーシは道徳的に向上することを求めるから、過失を承認することを善とするが、いろはカルタは、



 ※身からでた錆(さび)
 ※泣き面(つら)に蜂



と、あっけらかんといいすてる。



 「三十にして立つ」というように、コーシは三十歳になって塾をひらき門人を教えた(いろはカルタにはこのことはない)。



 ◇三十にして立つ                               (為政第二 四)
 〇三十而立!



 教科書もなく、コーシはむかしからのしきたりをしらべ、そのしきたりを尊重するよう門人に求めた。ああだ、こうだと議論をし、結論を教えたのではない。これをカルタでは、



 ※論より証(しょう)拠(こ)



といい、ロンゴはこういっている。



 ◇述べて作らず                              (述而第七 一)
 ○述而不作!



 「述べる」とは講義すること、「作らず」とは創作しないこと。証拠のあることをありのままに語ったのである。
 コーシが教えたのは礼(れい)と楽(がく)だった。礼は王朝の先祖の廟(びょう)の祭祀のしきたりで楽はそのさいに演奏される音楽である。
 礼楽を重んじ、それ以外の俗っぽい信仰はコーシには言及しなかった。俗っぽい信仰で祭る神々は鬼(き)神(しん)といった。



 ◇鬼神はこれを敬(けい)して遠(とお)ざく                   (雍也第六 二二)
 〇敬鬼神而遠之!



 「鬼」は死者の亡霊。われわれがいうオニ(鬼)ではない。カルタは、



 ※鰯(いわし)のあたまも信心から



と信仰の対象が鰯のあたまであることは指摘しても、信仰そのものは本人に委(ゆだ)ねている。コーシのいう「敬して遠ざく」である。
 コーシはさらに仁、忠、恕(じょ)を説いた。
 仁はおもいやり、忠は友人にまごころで接すること、恕は人の無作法などを許すこと。儒教の根本精神である。カルタはいう。



 ※わが身をつめって(つねって)ひとの痛さを知れ



 自分の身におきかえて、他人の苦痛を思いやることが必要だというのである。絵札は他人の水田に流れる水路を自分の田に流す農民の姿である(前掲書)。
 これはロンゴのつぎのコトバからきている。

 ◇己の欲せざるところ 人に施(ほどこ)すことなかれ
                            (顔淵第十二 二、衛霊公第十五 二四)
 〇己所不欲、勿施於人!

 衛霊公篇では、コーシは「恕」の精神としてこれを説いているが、コーシの根本思想としては、仁も恕もこのことをいっているのだと思われる
 カルタのこのよみ札は、ロンゴのみごとな和訳である。
 カルタにはまだまだロンゴに共通するものがある。たとえば、



 ※急がばまわれ
 ※負けるが勝ち



 これなどはロンゴのつぎのコトバを下敷きにして、わたしたちによくあるせっかち病を戒(いまし)めている。



 ◇過ぎたるはなお及ばざるがごとし                   (先進第十一 十六)
 〇過猶不及也!



 門人のなかでも重きをなしている子(し)貢(こう)が、門人の中の子(し)張(ちょう)と子夏のふたりのうち、どちらがすぐれているか、とコーシにたずねたのにたいし、子張はやりすぎ、子夏は足りない、とコーシは答えた。それでは子張のほうがすぐれているのですか、と子貢がたずねると、コーシは上に引用したように答えたのである。



 ロンゴといろはカルタの共通性については、まだまだ語るべき余地があるが、つぎのカルタのよみ札の戒めに従って、いったん筆をおこう。



 ※ロンゴよみのロンゴしらず(上方系)



 
◇ ◇ ◇ ◇
 

≪あとがき≫
 第一回=『桑兪』九号=平成23年12月1日。 第二回=平成24年6月1日。 発行=桑兪 和久伝。 出版事務局=606・0821 京都市左京区下鴨宮崎町128-60 TEL 075(702)1100 FAX 075(702)2221 (≪桑兪≫の表紙=原寸では幅15.6cm×たて23cm。)
 
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