逆耳順耳(電子版第2回)

矢吹 晋
(21世紀中国総研ディレクター、横浜市立大学名誉教授)


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電子礫・蒼蒼
第2号 2004.7.15   
[注]蒼蒼社版『蒼蒼』からの連載です。蒼蒼社版の「逆耳順耳」は蒼蒼社のホームページで読めます。 蒼蒼 目次へ >>


許介鱗、村田忠禧編『現代中国治国論』

皮之不存、毛将焉附----経済的統合の進む過程で政治の独立はありうるのか


 許介鱗、村田忠禧編『現代中国治国論』(勉誠出版、2004年7月、2500円)が出版された機会にこの本を紹介したい。この本は「蔣介石から胡錦濤まで、歴代首脳の功罪を評価し、中国の行方を見定める」ことを意図して編集された。もともとは許介鱗教授(台湾大学元法学院長、現在台湾日本綜合研究所所長)が主宰して昨年10月に台湾大学で開いたシンポジウムの記録が許介鱗編『評比両岸最高領導』(台北、文英堂出版社、2004年3月、新台幣250元)として中国語で出版され、これを底本として日本語版を編集したものである。

評論の対象として選ばれた政治家と執筆者の一覧は、次の通りである。
T開国編
蔣介石---中国統一の敗北者、国際政治の大魔術師」(許介鱗)、
毛沢東「革命における成功と建設における誤りの原因」(李海文)、
U改革編
蒋経国「台湾経済発展の父」(Jay Taylor)、
「ケ小平---改革開放で中国を再生させた旗手」(矢吹晋)、
V継承編
「李登輝---価値観と政治的功罪」(劉進慶)、
「時代に求められた過渡期の指導者」(朱建栄)、
W開拓編
「陳水扁---台湾の未来を切り拓けるか」(許介鱗)、
「胡錦濤---新しい政治スタイルは実現するか」(村田忠禧)。
 
 台湾海峡両岸の4代にわたる8人の最高指導者を対比させて、品定めをしようという企画が許介鱗さんから提案されたとき、私は正直言ってどんなシンポジウムになるのか、その結末を予想できなかった。畏敬する許介鱗教授のお誘いなので、ともかく台北に出向いた次第である。私に与えられた課題はケ小平論であり、たまたま旧著の『ケ小平』が講談社学術文庫に収める話が出て、部分修正の原稿をつくったばかりなので、その一部を流用すると、ケ小平の功罪論は比較的容易にまとめることができようという打算もあった。
 さてわれわれ日本からのグループ3名(劉進慶、村田忠禧、矢吹)の3名が台北桃園空港に着くと、許介鱗教授ご夫妻が出迎えてくれ、空港でしばらく談笑するうちに、北京から香港経由の李海文女史(元中共中央党史研究室、現『百年潮』副編集長)が到着し、なにやら同窓会が始まりそうな雲行き。宿舎は福華文教会館であり、これはビジネスホテル級ではあるが、研究者の宿泊にふさわしい設備は完備していて、快適だ。つまり普通の高さの机があり、テーブルランプが明るく、パソコンはブロードバンド接続といった条件だが、如何に豪華ホテルでも、このような設備がきちんとしていない部屋は使いにくい。さらに温水プールさえあるから、長期滞在にも向いている。
 シンポジウムは無事に済んだが、この間いくつかのハプニングがあったが、最も大きなものは、朱建栄教授の入国ビザが拒否されたことであった。ピンチヒッターの役は難しいが、時間塞ぎ程度ならできないこともあるまいといったお許しを得て、村田忠禧教授と矢吹が即席で江沢民の功罪を論評した(意外や意外、私が即席で拙い中国語で話した部分のほうが、中国語原稿を用意して読み上げたものより、分かりやすく、印象的であったというのが許介鱗教授の採点であるから、努力が直ちに評価されるとは限らない。何がどのように評価されるか、本人の思惑通りには進まないのがこの世の常だ。いわんや政治家の生涯に点数をつけよう、とは何たる蛮勇か!
 実は、シンポジウム前後には、私は許介鱗教授の真意をほとんど理解していなかった。シンポジウム2カ月後に、たまたま台北に再度招待されて、両岸関係について釈迦に説法のような講演を依頼された。なぜこの問題について日本人の私が話す必要があるのか。その意図を確かめる過程で、そして日本語版の『現代中国治国論』に寄せた許介鱗教授の「はじめに」を読んでようやく、台湾知識人をめぐる問題状況を理解したのである。
 曰く「突然、インスピレーションが閃いた。台湾海峡の両岸を挟む中国大陸と台湾の政治指導者を比較してみてはどうかと。なぜならばこのようなきわどい企画はわれわれのようなNPO民間ボランティア組織でなければできないからだ。私が住む台湾には、政府機関または政府の外部組織からの資金援助で成立した研究所、シンクタンク、財団などたくさんあるが、そんな機構では公開的に台湾と大陸のトップリーダーをアセスメントすることはまずないだろう。なぜならば、当局の逆鱗に触れることは禁物だからである。しかしわれわれのような民間のちっぽけなポランティア組織は、その活動に自発性、先駆性、批判性を発揮して、相当の勇気と求知欲をもって、低迷する時代を直視する意思を有している」。
 然り。許介鱗研究所なくしては、このような「きわどい企画」は不可能なのだ。だからこそ老いてなお若い精神をもつ許介鱗さんが挑戦したわけだ。
 「中国の政治体制を見てみると、どうやら幾千年もの伝統文化に根ざす新しい民主集中型指導体制が創造されつつあるように見える。そこにはアヘン戦争以来の百数十年の植民地化の危機をどうにかして乗り切ってきた中国政治の苦難の軌跡の止揚が実りつつあるようだ。党や国家の指導部に権力を集中するトップリーダーのグループが、ポリティカルマンとしての長い見習い期間を経て厳選されていく過程に、最も適切に反映されているように見える」。
 大陸の状況をこのように認識することは、日本から見ると、ほとんど常識であろうが、戒厳令から解放されてまもなく、北京の天安門事件を遠望し、旧ソ連解体の「蘇東波」を見てきた台湾の知識人からすると、これはほとんど大陸の現状の「新発見」なのだ。否、日本でも依然として中国崩壊論の亡霊はさまよっている。これまで骨の髄まで反共教育を受けてきた台湾の人々が一夜にして新状況に適応できるものではなく、二重、三重の意味でアイデンティティ・クライシスに陥っているとみていい。彼らはいまようやく海峡の対岸で起こっている高度成長に伴う中国の変化という現実を色眼鏡なしに認めようとし始めた。しかしこれには当然反発も根強い。大陸の発展について台湾内部での「共識」さえむずかしいのが現状だ。いわんや海峡両岸における「共識」になると、なおさら困難な課題であろう。
 翻って「台湾の民主主義はアメリカン・デモクラシーのコピーを理想としており、形の上では政党政治と公民選挙によって一人の最高指導者が決められるが、この最高指導者にほとんどの政治支配層の人事が独占されてしまっている。ところが台湾の存在と安全保障については、全くアメリカ次第で決められるし、深刻な課題である大陸問題の解決または台湾独立問題の選択にも、アメリカ頼み以外に救いの道がないように見える。つまり台湾には「他力本願」で祈る以外に生存の道が残されていないようだ」。
 冷戦体制が続いていた状況では、まさに台湾海峡を第7艦隊が定期的にパトロールしていた事実が示すように、「アメリカ次第」であり、「アメリカ頼み」がすべてであった。しかし、ポスト冷戦体制下において、この状況は大きく変わりつつある。ベルリンの壁が崩壊して以後10数年、EUの東方拡大が日々進展しているた現実を見た目で、東アジア世界を眺めると、やはり大きな地殻変動を感じないわけにはいかない。なによりも大陸経済の市場経済への移行にともない、両岸の経済関係には地滑り的な変化が生じている。この経済的現実をあえて軽視し、無視する論者によっていま台湾独立論が声高に叫ばれている。
 私が台湾問題における「政治と経済の股裂け」現象を見るたびに、想起するのは次の8文字である。
 「皮之不存、毛将焉附」。
 皮が残らないならば、毛はどこに付くのか、の意だ。
 ここで「皮」とは経済である。「毛」とは政治である。経済が日々一体化を深めている状況のなかで、政治だけが空虚な、実現の条件をまるで欠いた独立論をがなりたてる。
 なぜか。私の理解では、これはほとんど「気休めの独立論」「癒しの独立論」である。
 このような空疎な議論が台湾で広まっているのか。いくつかの条件が重なるが、大陸側の高圧的な台湾政策がこれを助長してきたことはいうまでもない。ミサイル演習に象徴されるような、誤った高圧政策が台湾の人々に、無用の恐怖心を与え、実現不可能な「独立教」の宣伝普及を助けていることになる。この状況を直視しつつ、一石を投じたのが許介鱗シンポジウムであった。この点を私は不覚にも、日本語版を手にしてようやく再認識した次第である。