逆耳順耳(電子版第8回)

矢吹 晋
(21世紀中国総研ディレクター、横浜市立大学名誉教授)


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電子礫・蒼蒼
第8号 2005.9.15   
[注]蒼蒼社版『蒼蒼』からの連載です。蒼蒼社版の「逆耳順耳」は蒼蒼社のホームページで読めます。 蒼蒼 目次へ >>


甦るthe Documents of Iriki (入来文書) (その2)
   

 U.朝河貫一と『入来文書』

 東大史料編纂所は一九九八年に朝河没後五〇周年を記念して企画展「入来文書の世界」を行った。その記念講演「入来文書と薩摩渋谷氏」注9(於東京大学山上会館)において、入来町[現薩摩川内市]出身の中世史家山口隼正(史料編纂所教授を経て、現在長崎大学教授)は、朝河貫一と入来院文書との関係を詳しく解説してくれた。長い引用になるが、入来院文書の発見から史料編纂所の所蔵に至るまでの古文書の運命をこれほど的確に説明した資料はほかにない。

写真:薩摩國絵図
薩摩國絵図

 「そもそも入来院文書の存在が脚光を浴びたのは、近代日本が生んだ最大の国際的歴史家で、米国イェール大学教授となった朝河貫一氏が代表作『入来文書』を出してからである」。「一九一九年の帰国中、東京の史料編纂所で『薩藩旧記雑録』所収の入来院文書に着目、これを日欧封建制比較研究の最適な素材として選び、はるばる現地入来に赴き独自に原本調査を行った。史料編纂所として未調査の地である」。「朝河氏はイェール大学在職中の一九一七〜一九年に日本中世史研究のために史料編纂所に留学した。その最後の年、一九年六月に一週間余り現地入来村(当時)に滞在し、麓の入来院家(当主入来院重光氏。重尚氏の父)や村役場に通って入来院文書や清色亀鑑などを調査、筆写などに努めた。ただ系図などの調査の余裕はなく、現地の識者に筆写を依頼した。その三カ月後、九月に横浜港から帰米、以後ふたたび故国日本の土を踏むことはなかった」。「一九二五年、日本文『入来文書』の印刷が完了した。日本イェール大学会会長大久保利武氏(利通の子で利謙の父)の世話により、三秀舎で印刷した。この日本文『入来文書』には、編年順に文書一五五点が配列されているが、入来院文書のみならず、寺尾文書、岡元文書や清色亀鑑も収録し、それに薩藩旧記雑録から入来関係文書を抽出している。付録として、入来院氏系譜など系図類を収録する」。「そして一九二九年春、英文The Documents of Irikiも完成し、日英両文(合冊)の形でイェール大学出版会とオックスフォード大学出版会から発行された」。「史料編纂所が初めて入来に史料採訪したのは、一九二五年龍粛(りょうすすむ)編纂官一行が実施したときである(龍氏はのち所長)」。

 「終戦直後、一九四八年八月に朝河貫一氏は米国で没したが、一九五〇年代前半になると、朝河氏とその著書『入来文書』に対して再評価の気運が高まる」。「一九五四年二月、東京において朝河貫一著書刊行委員会が設立され、委員長に松方三郎氏(正義の子息)がなり、松方氏自身が現地入来を訪れたりして、いよいよ『入来文書』再刊(増補)の運びとなった。同年秋、九州大学の竹内理三氏、秀村選三氏や史料編纂所の阿部善雄氏らが現地入来町を訪れ、入来院文書など原本史料を調査する」。「一九五五年一月、入来院文書をはじめ岡元家文書、寺尾家文書は、現地入来町麓を離れ、史料編纂所に移送(借入)された。史料編纂所では、早速、佐藤進一氏たちが委員として再刊(増補)の作業に取りかかり、同年一〇月、研究発表会で佐藤氏が「入来文書の研究」を行い、翌一一月、史料展覧会で入来院家文書、寺尾家文書、岡元家文書を展示している。同年一二月、ついに『入来文書』として英訳付き(復刻)で再刊本が出された」。「この再刊本において日本文(古文書翻刻)の部分は、朝河氏による初刊本が編年順であったのに対して、入来院本家のみでなく、入来町内の諸家(岡元家、寺尾家、庶流入来院家、田中家)ごとに文書を配列して、『旧記雑録』などからの分は入来関係文書として総括し、総体的に文書を増補し、念のために文書表題の下に初刊本における配列番号を付けている。そして、この再刊本には新たに西岡虎之助氏、宝月圭吾氏、竹内理三氏の論説が添えられている」。「『入来文書』が再刊された後、寺尾家文書と岡元家文書は、入来町の所蔵者に戻ったが、その後、寺尾家文書は中世文書、近世文書、それに祁答院旧記いずれも鹿児島大学附属図書館に譲渡され(一九六三年)、岡元家文書は鹿児島県歴史資料センター黎明館に譲渡されている(一九七二年)。そして一九六六年、ついに入来院文書(および清色亀鑑)は当主入来院重尚氏から史料編纂所に譲渡(購入)されている。ここに『入来文書』の主体たる入来院家文書、寺尾家文書、岡元家文書は、いずれも現地入来町を離れてしまった」。

 ここで念のために、日本の大学図書館の朝河貫一The Documents of Iriki各版をどのように所蔵しているか、念のために確認しておこう。朝河貫一編The Documents of Irikiのバージョンには以下の六種の版本注10がある。六種の版本および『近世入来文書』の所蔵状況は注11のごとくである。



注9.余談だが、引用の最後の一文には、入来町出身の歴史家山口の感慨が込められているように感じられる。なお講演の後半部分は「薩摩渋谷氏研究の一視点----入来文書と薩摩渋谷氏」『東京大学史料編纂所研究紀要』第10号、2000年3月に所収。
注10 The Documents of Iriki各版の図書館所蔵状況
各版の出版年 図書館数
A.1929 The documents of Iriki, Yale Original [英文、和文] 7
B.1974 The documents of Iriki, Reprint by Greenwood Press [英文、和文] 7
C.1955入来文書 / 日本学術振興会 [英文、和文] 59
D.1957入來文書 / 日本学術振興会 55年版に同じ [英文、和文] 11
E.1967 入來文書 / 日本学術振興会 新訂 [英文なし、和文のみ] 31
F.2000入来文書 / 紀伊国屋版 55年学振版のリプリント版 [英文、和文] 28
G 1981年阿部善雄、古川常深、本田親虎編『近世入来文書』東大出版会 [英文なし、和文のみ] 65

注11-A The Documents of Iriki, 1929の所蔵図書館は、以下の7図書館にすぎない。1.九大図 2.九大法 3.交流基金本部図 4.筑大 5.東大史料図書 6.日文研 7.立大、である。注11-B The Documents of Iriki, 1929の英文第二版(一九七四年版)の所蔵図書館は、以下の7図書館にすぎない。1. ICU図 2.関外大 3.慶大三田 4.国文研書庫 5.上智大市図 6.日文研 7.龍大深図、である。二九年原版は都合14部が所蔵されている。注11-C 一九五五年学振版は59図書館が所蔵している。注11-D 一九五七年学振再版は11図書館が所蔵している。学振版は都合70図書館が所蔵している。後述の紀伊国屋版を含めると、都合98図書館である。注11-E 一九六七年新訂版[和文のみ、英文なし]は31図書館が所蔵している。注11-F 二〇〇〇年紀伊国屋版は28図書館が所蔵している。注11-G 一九八一年阿部善雄、古川常深、本田親虎編『近世入来文書』東大出版会は65図書館が所蔵している。
                                                                 [次号に続く]

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