逆耳順耳(電子版第19回)

矢吹 晋
(21世紀中国総研ディレクター、横浜市立大学名誉教授)


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電子礫・蒼蒼
第21号 2007.11.20   
[注]蒼蒼社版『蒼蒼』からの連載です。蒼蒼社版の「逆耳順耳」は蒼蒼社のホームページで読めます。 蒼蒼 目次へ >>


朝河の「食べた辞書」は英英辞書—朝河桜伝説の解剖
 
   
 朝河貫一(1873~1948)の没後まもなく、ダートマス大学以来最も親しい学友の一人であったジョージ・クラークは、英文による朝河略伝を書いたが、そのなかに次の一節がある。
The legend of the Asakawa Cherry Tree
K would memorize two pages of the English-Japanese dictionary daily, then literally “devour” the pages, a practice in those days not uncommon. When the last pages were gone and only the covers were left they were buried by K at the foot of a cherry tree on the school campus. The tree was known as the Asakawa Cherry Tree.
                    by George. G. Clark, Classmate of 1899, Dartmouth College
 ここでEnglish-Japanese dictionary とは間違いであり、実は後述のように、English-English dictionary である。

 阿部善雄『最後の日本人』(岩波書店、1983年9月)は、貫一の中学時代の逸話としてこう書いている。「彼は英和辞書を毎日2頁ずつ暗記した。そして暗誦したものは、一枚ずつ食べるか破り捨てていき、ある日、ついにカバーだけになったので、それを校庭の西隅の若桜の根元に埋めたのであった。貫一は皆に「辞書食い」というあだ名を奉られてしまった。このことは、朝河自身ダートマス大学時代の旧友たちにも、問われるままに語ったことがあるらしい。母校の中学校では、その桜の木を「朝河ざくら」とよぶようになった(岩波版、8~9ページ)。


 では、朝河の覚えた辞書、あるいは食べた辞書とは、どんな辞書であったのか。それを考証してみよう。
 この話題に関連する逸話を『最後の日本人』から拾うと、三つ指摘できるように思われる。
 第一は、16歳、安積中学3年生の朝河が同校の校友会誌『花の栞』(1890年8~9号)に書いた「記臆論」という「翻訳」である。そのなかで彼は学習における記臆の重要性を次のように強調している。この一文の原文は不明であるが、内容から判断して原文は英文ではなく、漢文のように察せられる。推測だが、二本松藩の漢文素読教育はその水準の高さにおいて全国的に有名であった。これは素読・暗記の重要性を説いた漢文教育マニュアルのように思われる。それを朝河は英語学習に応用したのではないか。
 第二は、貫一の卒業式の「事件」である。1892年3月24日、中学校の第4回卒業式が大講堂で行われた。首席卒業の朝河は総代として答辞を読んだが、それは流暢な英語の演説であった。「来賓たちの誰もがあっけにとられ、列席していたイギリス人教師のハリファックスは、その見事な英語を称賛して」、「やがて世界はこの人を知るであろうと語ったといわれる」(阿部8ページ)。
 ここから18歳の朝河の英語スピーチ能力とともに、その教師がイギリス人のネイティブ・スピーカーであった事実を確認できる。
 第三は、朝河に英語を教えたハリファックスが、朝河の卒業した年に解雇される事件が生じたとき、朝河は福島県議会に建白書を書いて、ネイティブ・スピーカーによる英語教育のメリットをこう強調している。「本国の語なるをもって、その語数を知ること多きは勿論。穏当なる語の使用法に明らかなるは勿論。日本人が最も必要にて最も困難なる前置詞の用法。会話に俗語、礼儀上の斟酌、略語を知れるは勿論。朗読会話の発音よきは勿論。同じく拍子の程よきは勿論、円滑自在なるは勿論。作文につき、前に申せしごとき愚なきは勿論。何よりも最も必要なることにて、凡ての事に関する一大利益あり。欧人に接しおれば、白皙人種のコモンセンスを知るを得る」(復刻版、K.Asakawa’s Pocket Dictionary, 朝河顕彰協会編、2007年、15ページ)。
 この「建白書」から分かることは、朝河の英語力の水準の高さである。特に会話や発音を強調していることが分かる。


 ではこのような英語表現力を身につけるために朝河の用いた辞書は、どんなものであったか。それを考証してみよう。最も重要な手がかりは、『福島民報』(1949年1月26日付)に掲げられた浜田四郎(安積中学出身、三越元常務)の証言である。浜田は7期、1895年卒であり、朝河の3年後輩であるから、同世代の人物である。曰く、
 「朝河君は...英語は在校中群れを抜き、学生用のナッタルポケットという和文のついてない辞書を読みこなしたのだから大したものだ...」
 この記事でキーワードは「ナッタル」と「ポケット」と「和文のついてない辞書」の三語である。このキーワードを手がかりに推測してみよう。


 ナットールの英語辞書について、早川勇教授(人間環境大学)は、『辞書編纂のダイナミズム』(辞遊社、2001年)は、次のように書いている。


まずナットールという人物について
「ナットール(Peter Austin Nuttal)は辞書編纂家であるが、英国においてはそれ程重要な辞書編纂家として認められていないようで、その経歴はほとんど分からない。Mathews (1933), Hulbert (1968)などでも全く言及はない。The Dictionary of National Biography にも掲載されていない。筆者の研究で分かつたことは、ナットールはラテン語研究者で、学生向けの註入リラテン語テキストを編纂していることと、博士号を取得している点くらいである」。


イギリスの辞書編纂の二つの潮流
 イングランドの辞書編纂には二つの潮流がある。
 「一つはアカデミックな辞書編纂の流れである。難解語を収録する初期の英語辞書編纂にその源があるが、実質的にはジョンソン辞書(1755)に始まる。18世紀後半から19世紀前半には,ジョンソン辞書を訂正したり不備を補ったり増補したりするものが現れた。この流れはNew English Dictionaryにおいて完結する」 。
 「イングランドには、もう一つプラクティカルな辞書編纂の流れがある。その源の一つはベイリー辞書(1721)である。18世紀において一般の人々が最も利用した辞書である。もう一つの源はカージー辞書(1702)の学習辞典である。この辞書の著者名は J.K.と記されるだけである。彼は1708年に難解語を中心とする本格的な辞書をJ. Kerseyという本名で発表した。彼が1702年において著者名を頭文字のみで示したのは、当時、学習辞典の編纂が一流の仕事とは認められていなかったことの反映であると思われる。一般大衆や学習者の日常的利用を念頭においた辞書編纂の流れは18世紀後半において明確になる。フェニング、エンティック、ベイリーらがその中心にある。この流れのなかにナットールを入れることはできるが、上記の編纂者たちからナットールが直接の影響を受けたということではない。この流れは19世紀中頃には無視できないものとなるが、伝統的な英語辞書史においてはほとんど触れられることはなかった」。


明治初期の日本人と英和辞書
 「19世紀に英和辞典の編纂を目論んだ日本人は、ジョンソン辞書には目もくれなかつた。彼等はアカデミックな学界では無視されていたナットール辞書などを利用した。ジョンソン辞書はアカデミックな世界に属し、オウグルビーやナットールの辞書は中産階級および一般庶民の世界に属していた。その違いは、定義のみならず引用や挿絵にはっきりと現れている。ジョンソン辞書では、定義は細分化され、引用はシェイクスピアを初めとする代表的作家から採られ、挿絵はない。実用を旨とする辞書においては、定義や用例は簡潔なものがほとんどで、多くの挿絵が組み込まれる。このようなイギリス言語界における二重構造との係わりにおいて明治初期英和辞典の編集をとらえない限り、実相は浮き彫りにされない」(199~200ページ)。


 以上の早川教授の記述から、明治初期の日本人が興味を抱いて導入に努めたものがプラクティカルなものであって、アカデミックなものではなかったことを理解できよう。近代化のために英語で書かれた文献を可能なかぎり早く吸収し、欧米人とコミュニケートしようとした彼らにとって、これは当然の選択であったと見てよい。


朝河の場合は「英和」辞書ではなく、「英英」辞書
 ここでもう一度浜田四郎のキーワードは「ナッタル」と「ポケット」と「和文のついてない辞書」の三語を想起しつつ、この条件に適合する「ナットールの英英辞書」を調べてみよう。


 早川はナットールの編纂した辞書を、出版順に、次のように列挙している。ただし朝河の中学卒業は1892年3月であるから、この時期までの辞書を調べることにする。単に**cmとあるのは本の縦の長さを示す。
  1. 1840 A Classical and Archaeological Dictionary of the Manners, Customs, Laws, Institutions, Arts, etc. of the Celebrated Nations of Antiquity, and of the Middle Ages (London: Printed for Whittaker and Co.; T. Tegg; Duncan and Malcolm, xxiv +678pp. 21.5× 13.0cm)
  2. 1855 Walker’s Pronouncing Dictionary (In which the accentuation, orthography, and pronunciation of the English language are distinctly shown...A New edition ... London : G. Routledge and Co. xxxii +256pp. 16.6 ×10.3cm) *ウォーカー辞書を基礎とする。恐らく1866年に改訂され、1868,1872,1873,1875年に増刷、20世紀に入っても売られた。
  3. 1855 S. Johnson: A Dictionary of the English Language (A New edition adapted to the present state of English literature…by P. A. Nuttal, London) *ジョンソン辞書を利用しやすくしたもの。
  4. 1856 Webster’s Pronouncing Dictionary of English Language (London: Routledge, Warne, & Routledge. 203pp. 15cm) ウエブスター辞書をcritically revisedした。1859,1862(新版),1866,1870年にも増刷。
  5. 1861 Craig’s Universal Dictionary (New Edition. Revised by P. A. Nuttall. Supplement by P. A. Nutall.) *クレーグ辞書の改訂と補遺、1863-64年にも出版された。
  6. 1861 Routledge’s Diamond Dictionary of the English Languages (Adapted to the present state of English literature, in which every word is defined with precision and brevity, and the accentuation and orthography clearly shown. London: G. Routledge & Sons. 632pp. 9cm) *1882年にDesk Dictionaryと書名を替えた。


    図1
    Routledge’s Diamond Dictionary of the English Languages 1861
    図2
    Routledge’s Diamond Dictionary of the English Languages 1861
    (Adapted to the present state of English literature, in which every word is defined with precision and brevity, and the accentuation and orthography clearly shown. London: G. Routledge & Sons. 632pp. 9cm) *1882年にDesk Dictionaryと書名を替えた。

    図3英和
    上掲辞書の英和袖珍版の一例
    ナットル原著、棚橋一郎訳編『英和双解字典』丸善商社刊行、早川著から引用。
    Routledge’s Diamond Dictionary of the English Languages 1861 (Adapted to the present state of English literature, in which every word is defined with precision and brevity, and the accentuation and orthography clearly shown. London: G. Routledge & Sons. 632pp. 9cm) *1882年にDesk Dictionaryと書名を替えた。




  7. 1863 The Standard Pronouncing Dictionary of the English Language (Based On the labours of Worcester, Richardson, Webster, Goodrich, Johnson, Walker, Craig, Ogilvie, Trench and other eminent lexicographers, comprising many thousand new words which modern literature, science, art, and fashion have called into existence. London: Routledge, Frederick Warne & Co.xxxii+896pp.18.0×12.5cm) *百科事典的性格も兼ね備え、ハンディーで値段の割に各種の語を収録しているが、語源への言及はない。1864, 1867, 1869年に増刷。
  8. 1866 Walker’s Pronouncing Dictionary of the English Language ( With Webster’s definitions, and Worcester's improvements, and the most recent technical terms used in the arts and sciences..Thoroughly remodeled by P. Austin Nuttall, LL.D. London and New York: Frederick Warne and Co.iv+284pp.15.1×10.1cm) *1855年版を改訂したものと推測される。
  9. 1869 Dictionary of Scientific Terms (London: Strahan & Co. xviii+325pp. 18.5cm) *1878,1885年にも増刷。
  10. 1873 Routledge’s Pronouncing Dictionary of the English Language (Founded on the labours of Walker, Webster, Worcester, Craig, Ogilvie, and other distinguished orthologists, and enriched with many thousand modern words connected with science, literature, and art. London, New York: George Routledge and Sons. xi+ 756pp. 11.3×7,3cm) *1863年に出版した辞書の書名を替え、版を組替えた。



  11. 1876 Nuttall’s Spelling Bee Guide ( Condensed from Nuttall's Standard Pronouncing Dictionary “Warne's edition,".… .London. 9cm)
  12. 1882 Routledge’s Desk Dictionary of the English Language (Adapted to the present state of English literature,....London: George Routledge and Sons,vii+632pp. 9cm) *1861年出版のDiamond Dictionaryが書名を替えた。日本では翻刻版が汽関社の印刷で1888年に出たが,この1882年版が種本だと思われる。
  13. ⑬ 1886 Nuttall’s Standard Dictionary of the English Language (Based on the labours of the most eminent lexicographers. New Edition. Revised, extended and throughout by the Rev. James Wood. London and NewYork : Frederick Warne and Co.xii+816pp.19.1×13.4cm)*773頁から各種附録、約10万語を収録する。1863年版をウッドが改訂したもので,1887,1888,1889,1890,1892,1894,1895,1914,1926年にも増刷された。日本では1888, 1897年に丸善から翻刻版が出た。
  14. 1887 The Standard Pronouncing Dictionary of the English Language (With a dictionary appendix comprising I Foreign and classical words and phrases. II Abbreviations used in writing and printing. III A selection of familiar sayings. By J.H. Murray, etc. London: George Routledge and Sons. Xi+820pp.20cm) *1863の年版に附録をつけた。
  15. 1887 Nuttal’s Bijou Dictionary of the English Language (Compiled from the authorities of Johnson, Sheridan, Walker Worcester etc. Edited by Alexander Charles Ewald. London and New York: Frederick Warne and Co. 640pp. 8.8×6.lcm)*出版年不明。日本では1887年に丸善出版社から、1899年に共益商社から翻刻版が出た。
  16. 1888 The Standard Pronouncing Dictionary of the English Language (Revised by W.J. Gordon. London: George Routledge and Sons. Xi+820pp.20cm)*1863年のゴードンによる改定版で、1929年に増刷された。1888年に丸善が販売元となり日本でも売られた。
  17. 1890 Nuttal’s Dictionary of the English Language (Based on the principles and labors of Webster and other eminent lexicographers and authorities of America and Europe. New Edition, Revised, extended and improved by the Rev. James Wood and Thomas P.P Peabody. New York: Hurst & Co.ix+914pp. 21.5cm) * The Standard Pronouncing Dictionaryのアメリカ版とも言えるもので、1895年にも増刷された。
  18. 1892 The Standard Pronouncing Dictionary of the English Language (New Edition. Revised by J. H. Murray, etc. London: George Routledge and Sons, xi+ 756pp. 20cm) *1863年のマレーによる改訂版である。1897年に増刷された。
 「ナットールが辞書編察において目指したものは英語辞書の大衆化である。ジョンソンやウォーカーやウェブスターの辞書を極度に簡約化し,一般大衆や学生が利用できるものとした。それゆえ、彼の辞書は増刷や改訂を重ね、かなりの販売数を伸ばした。このナットールの辞書を明治初期の英学者が取り上げた。結果的に、彼の辞書は明治初期から中期の英和辞書に甚大な影響を与えた」。
 早川教授の列挙した英英辞書を判型を基準として分類してみよう。


縦の長さ 辞書番号とそのページ
(1)袖珍本 911cm 語彙は約2.3万語
超小型本 632ページ、⑩756ページ、⑪ページ数不明、⑫632ページ、⑮640ページ
(2)ポケット 15 16cm 語彙は約2.3万語
B6(小型本、文庫判) 256ページ、④203ページ、⑧284ページ
発音を明記して初学者に好適
(3)中型辞書
B6
1820cm ①678ページ、⑦896ページ、⑨325ページ、⑬816ページ、⑭820ページ、⑯820ページ、⑰914ページ、⑱756ページ
Standardな辞書だが、暗記に不向き


 以上のように分類して見ると、それぞれの特徴が明確になってくる。(3) 中型辞書に分類されたB6判辞書は、語彙数約20万であり、これは中学生が暗記するには、容量が大きすぎるであろう。
 (1) 袖珍本と(2) ポケット版は、語彙数はほとんど同じである。判型を小さくした分だけページ数が約2倍に増えている。
 この両者を比べると、(1) 袖珍本は、携帯には便利だが、発音の指示はない。
 (2)には発音が示してあり、初学者が用いるには、(1)よりふさわしいと思われる。ここで想起したいのは、朝河が会話や発音を強調していた事実である。


 このように検討してくると、朝河の用いた辞書は、②④⑧と推測できるであろう。②と⑧は版本の違いである。②⑧と④の異同は明らかではないが、④は有名なウェブスター辞書であり、もしこれならば、あえてナットール版と呼称せず、ウェブスター辞書と呼ぶのがより常識的であろう。ページ数もやや少ない。こうして、版数を重ねた②こそが「朝河の用いた辞書」に比定できることになる。
 今回、顕彰協会が復刻したものは、xxiv+本文264ページ、計288ページである。中扉のタイトルは、②とまったく同じだが、出版年は明記されていない。序文の日付は「1867年ロンドン」と書かれているが、これは早川教授の指摘した「1968年に改定された」という記述に照応するものであろう。
 ここで(1)袖珍本と(2)ポケット版との語彙数を比較してみると、ほとんど同じであることが分かる。(2)ポケット版を二つ折りすると、(1)袖珍本になり、ページ数は倍増する。こうして両者大きな違いは、語彙数ではなく、発音の指示の有無だけになる。

(1)袖珍本、超小型本 (2)ポケットB6(小型本、文庫判)
219ページ、 87-88ページ、
footboyからforegroundまで footboyからforegroundまで
36words 32words
7ページ、 2-3ページ、
acceptanceからaccordantまで acceptanceからaccordantまで
30words 33words


 こうして、いわゆるナットール版を3種類に分けて、語彙数とページ数の大きさから、中型辞書を排除し、まず袖珍本とポケットB6版にしぼる。そのうえで、発音を指示した辞書かどうかで、袖珍本を排除し、残ったポケットB6版が「朝河の食べた辞書」であろうという推定が可能になる。
 冒頭に戻るが、ジョージ・クラークや阿部善雄が英和辞典と書いた根拠は、何であったか。これは朝河貫一の一周忌を記して出された竹内松治「若き日の面影」(『早稲田学報』1949年10月20日、第3巻第9号)に依拠したものである。竹内は二本松出身、朝河と同郷であり、安積中学では同級、東京専門学校でも同窓であった。朝河発竹内宛て書簡は、『書簡集』にも3通収められている。それゆえ「同級生の証言」として重みをもつ。しかし、竹内は、安積中学を中途で退学し、東京の錦城学校に転校している。つまり、朝河が実際に「辞書食い」を行った当時のことを直接的に知りうる状況にはなかった。竹内はさらにこう書いた。「朝河の語学の力は教授たちに舌を巻かせた。その筈である。彼は中学在校中に英和辞典をAからZまで全部暗記してしまい、卒業式の答辞は英語でやってのけたというほどであった。また中学を卒えた日に教科書を焼いてしまつた。全部頭にはいっているから残しておく必要はないというのだった」。クラークも阿部善雄もこの記述に依拠したわけだ。しかしながら、この件については、むしろ4年後輩の浜田四郎の証言がより具体的であり、信憑性に富むことになる。
 なお、『早稲田学報』同号は「朝河記念特集号」であり、竹内のほか、姉崎正治、岡村千曳、小松芳喬、島田孝一、脇本本次郎が回想記を記している。これはクラークのもとに送られ、アメリカ在住の北川牧師によって英訳され、クラークはそれをもとに朝河の追悼記事を書いたのであった。その英訳部分を含めて、クラーク関係の資料はダートマス大学図書館「クラーク文書」に残されていた。今回の訪米の際に依頼したコピーが届いてようやく確認できたわけである。
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