逆耳順耳(電子版第21回)

矢吹 晋
(21世紀中国総研ディレクター、横浜市立大学名誉教授)


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電子礫・蒼蒼
第24号 2008.05.21   
[注]蒼蒼社版『蒼蒼』からの連載です。蒼蒼社版の「逆耳順耳」は蒼蒼社のホームページで読めます。 蒼蒼 目次へ >>


書評 信太謙三『巨竜のかたち――甦る大中華の遺伝子』
時事通信社、2008年5月刊



 
 
『巨竜のかたち』の表紙
  
 北京五輪の聖火リレーで噴出した中国ナショナリズムは、改めて世界中を驚かせた。ナショナリズムは、「民族主義、愛国主義」などさまざまに訳されてきたが、いま中国で特に好まれているのは「民粋主義」という表記である。これは元来、ロシア革命当時の「ナロードニキ」を指す訳語として用いられていた。石川啄木の「長き議論の果てに≪ヴ・ナロード!≫と叫ぶ者なし」(ヴ・ナロード=民衆の中へ!)に書かれたあの「ナロード」の訳語として中国革命史に記録される。このナロード=民粋のイメージと、中国当局が国家権力に依拠して、ムチとアメで動員する民衆のイメージは、どうしても重ならない。まさに水と油ではないか。
 私は連休にたまたま小樽湾を見下ろす公園に作られた『蟹工船』の記念碑を見て、このルポに描かれたような人物像こそがナロードではないかと実感する。とはいえ、現代のフリーター社会は、『蟹工船』社会と類似しているからこそ、この本がベストセラーとして甦ったのであろう。こう再考してみると、オーストラリアで動員されて聖火を防衛した1万人の中国留学生たちも、日本で大使館が手配し、動員目標をはるかに超えた大部隊として長野に集結した留学生たちも、一皮めくれば、現代の貧民予備軍なのだ。韓国では中国留学生の隊列と韓国居住の「脱北者」グループが小競り合いを演じ、ベトナム当局は中国留学生の結集を許可しなかった。
 こうして彼らが「民」であることは確かである。問題は「粋」であるかどうかだ。啄木のナロードの志こそが「粋」なのであり、権力に踊らされる大衆の「愛国」とは、粋の対極に存在するものであるがゆえにうさん臭いのであろう。「非暴力」「中道路線」を堅持するダライ・ラマを「僧衣をまとった狼」と居丈高に罵倒する中国政府高官の姿勢は、弱い者いじめ、大漢民族ショービニズムの典型例として、人々に大きな衝撃を与えたことは記憶に新しい。
 本書は、このような中華思想に酔いしれるかに見える隣国の姿を、いかにもジャーナリストらしい筆致で的確に描いて見せた最新版の中国レポートだ。著者は時事通信の香港・上海・北京支局長などを歴任し、ボーン・上田国際記者賞に輝く敏腕記者で、現在は東洋大学で教鞭をとる。練達の記者によるチャイナ・ウォッチングは読者を厭きさせない。
 「まえがき」と「あとがき」のほか、第1章 大中華の夢、第2章 反日の構造、第3章 中国の軍事・諜報戦の脅威、第4章 台湾・少数民族支配、第5章 歯止めの利かぬ成長路線、第6章 体制溶融、第7章 モラルの低下、第8章 社会主義からのソフトランディング、以上8章からなる。著者によれば、中国はいまや「名実共にアジアの盟主となるべく大中華圏の建設に乗り出した」。「そこには自らがかつて経験した侵略された側の痛み、弱者への配慮などはみじんもなく、大国のエゴだけが見え隠れする」(まえがき)。では「大中華の夢」はどんな輪郭をもつのか。
 中国の政府系投資ファンド「中国投資公司」は、サブプライムローンで資金難に陥ったモルガン・スタンレーに対して50億ドルを出資して、株式を取得した。これに先立ち米投資ファンドのブラックストーンにも30億ドル出資している(同社は世界的な鉱山会社リオ・ティントの買収を計画しており、中国は鉱産物資源を獲得できる)。中国国家開発銀行や中国工商銀行も英バークレイズ銀行や、南アフリカのスタンダード銀行に資本参加し、株式を得ている。これらの欧米投資ファンドを隠れ蓑にして、中国は日本企業の買収さえ視野に収めている(7ページ)。中国はレアメタルの資源大国ではあるが、いまや世界最大の非鉄金属消費大国であり、レアメタルをめぐる日中の資源争奪戦も激化している。北朝鮮から「脱北」して中国延吉のカラオケバーやマッサージ店で働く朝鮮人女性たちは、「自由を求めて」国境を越えたというよりは、「お金のため」、出稼ぎ目的が多いと喝破する(13ページ)。中国の南の隣人ベトナムは、「大中華によって威圧され続ける」が、ベトナムは東南アジアの「小中華」のごとく振る舞い、カンボジアに圧力をかけて領地を割譲させたりしている。こうして「北の巨竜」中国と「南の小竜」ベトナムの緊張関係はどこまでも続く(19、23ページ)。中国石油化工集団(シノペック)はミャンマー石油ガス公社と重慶から雲南省経由でシットウェイ(ミャンマー)に至るパイプライン建設に調印したが、これはマラッカ海峡による原油輸送の代替(あるいは補完)ルートを狙うもので注目を要する。アフリカ・スーダンでのダルフール問題が国際社会の顰蹙を買っていることは改めて指摘するまでもない。このように世界中に強引に手を伸ばすやり方を著者は「帝国主義以上の帝国主義」と揶揄する声のあることを紹介している。まさに毛沢東時代のキーワード「社会帝国主義」を彷彿させる。1991年末に旧ソ連が解体するまでは、「膨張するソ連社会帝国主義」が世界の非難を浴びていたが、いまや非難の対象は「膨張する中国社会帝国主義」なのだ(以上、第1章)。この章がいわば問題提起に当たる。
 第2章、反日の構造分析では、反日が国策であること、これが中国共産党にとって「最大の売り」であることを指摘しつつも、決して単純な歴史問題ではないことを的確に指摘している。「靖国は両国間の対立の象徴として存在している」とみる楊伯江のコメントがその一例だ。いわゆる歴史問題は、過去の歴史問題の認識というよりは、「未来の日中関係をどのように構築していくか」という課題への懸念を歴史に投影させて語っているにすぎないのだ。評者自身は、この点をいくどか繰り返してきたが、2008年5月の胡錦濤訪日を経て、ようやくこの点が明白になってきたのは喜ばしい。顧みると1998年の江沢民訪日以来の10年、日中両国はまことに不毛な罵倒を相互に投げつけてきた。そこで得べかりし大きな利益が失われた。これによって日本は真の構造改革に取り組む時間を逸した。中国では政治改革の課題をどこまでも先送りした。この文脈で両国の反目策、離間策は、巧みに仕組まれた陰謀に近いものであったと評者は考えている。
 第3章で日中諜報戦の断面を描いた箇所は最も迫力に富む。たとえば上海総領事館の電信官が自殺した「ハニートラップ」の概要を紹介し、自殺に追い込むような下策ではなく、よりスマートな「カルティベート」の手法を教えるあたりは、公安記者の面目躍如たるものがある。橋本龍太郎の甘い事件を衆議院議事録から構成した部分も面白いし、「首相候補にもなった自民党の大物代議士が若いころやはり中国のハニーとラップにひっかかった」経緯(91ページ)、自衛隊の「一等海曹が中国のハニーとラップに落ちた」経緯(91ページ)など、かつて週刊誌を賑わした話題であり、特にニュース性があるわけではないが、匿名・仮名ライターのぼかし記事とは異なり、中国諜報機関の暗躍の一環として位置づけられているために、説得力のある記述となっている。第4章は三つ(四つ)の「分裂主義勢力」と政府との関係を描く。国民党の名誉主席連戦夫妻は2005年10月に四川省臥竜のパンダ保護センター(2008年5月大地震の震源地の近く)を訪問し、その際に台湾へのパンダ贈呈が決まった。こうして「パンダはミサイルよりも強力に」台湾世論を圧倒し、その後、08年3月の総統選挙で国民党が政権に返り咲いた。
 新疆がますます「漢族の土地」と化しつつあるなかで、その分離独立を目指す「東トルキスタン・イスラム運動」(ETIM)、「東トルキスタン解放組織」 (ETLO)のテロ活動の活発な事実も記述されている(98ページ)。内モンゴル自治区については、「人口2400万人のうち80%が漢族で、モンゴル族は480万人程度しかいない。漢族は広大な土地で遊牧しながら暮らしていたモンゴル人の地域に入り込み、強調を開拓して農業を始め、人口を増やしていった。この結果、政治も経済も漢族が握って影響力を振るい、同自治区は、実質的に漢族の土地と化している。漢族の膨張は止まらない」(102ページ)と説く。一つ補足するならば、定住して農業に従事する者すべてが漢族ではなく、モンゴル族も一部が定住していることに留意すべきであろう。肝心のチベット問題はどうか。「ダライ・ラマ14世は、1995年伝統にのっとって、パンチェン・ラマ10世の生まれ変わりとして青海省にいた当時六歳のゲンドゥン・チューキ・ニマ少年を「転生霊童」と認定した。しかし、中国政府はこれを承認せず、ニマ少年と両親は当局によって自宅から連行された。また、中国側はその上で、ギェンツェン・ノルブ少年(当時六歳)がパンチェン・ラマ10世の「転生霊童」だと発表し、ノルブ少年をパンチェン・ラマ11世として即位させた」「ニマ少年と両親が連行された後、どうなったのか明らかにされていない。中国政府がなぜ、このような手荒なことをしたのかといえば、伝統によって、パンチェン・ラマ11世が次期ダライ・ラマを認定する権限を持っており、ダライ・ラマとパンチェン・ラマという二人の大活仏を完全に手中に収め、チベットをコントロールしていくためである。ニマ少年の両親は政治犯として刑務所に収容されたという情報がある」、「中国政府は07年、チベット仏教界による転生霊童の認定に関し、「国家の統一と民族団結」を乱す認定は許さないとの規定を作り、活仏を中央政府の申請・認定制にした」、「今回のラサ暴動の背景にはこうした漢族の高圧的なやり方に対するチベット人の怒りがあるように思えてならない」(104ページ)。その通りであろう。評者はこの分野に不案内だが、著者の解説は、妥当なものとみてよいのではないか。
 第5章 は中国的高度成長の光と影を描く。中見出しが適切なので、それを眺めただけで内容は予想がつく。「自転車操業経済のアキレス腱は農業」「(いわゆる)爆食型経済の破綻」「中国を突き動かす石油ハングリー症」「原発建設ラッシュの落とし穴」「中国企業の国家戦略にはまった三洋電機?」「内弁慶の中国企業・聯想」「長者番付は(脱税捜査の)ブラックリスト?」 。第6章のタイトルは「体制溶融」と硬いが、要するに社会問題、政治問題を扱う。中国社会のエリート集団が太子党であること、法輪功問題の根っこには、「党によって切り捨てられてきた貧しい多くの農民や労働者の悲しみがある」(144ページ)、「中国では指導者や幹部、それにつながる業者などが逮捕されるのは、守ってくれる派閥やその領袖の力にかげりが見えてきたときで、陳良宇解任の背景には、江沢民・前国家主席を筆頭とする上海閥の衰退がある」(148ページ)。民主化派の論客謝韜教授の「民主社会主義導入論」(『炎黄春秋』07年2期)をめぐる党内論争(149ページ)、周暁虹教授(南京大学)の「中産階級2億人論」(153ページ)、地下経済はGDPの3割程度と推定され、「反銭洗法」が07年から施行されていること(160ページ)、2007年に6月18日付『解放軍報』が「国軍化」批判論文を掲げ、建軍節で胡錦濤が「国軍化」批判に言及したこと(164~165ページ)、など、政治問題のいくつかの断面が切り取られている。
 第7章では、日本でも話題になった毒ギョーザ事件(170ページ)、「段ボール肉まん」事件(171ページ)、「悪質粉ミルクによる赤ちゃんの大量死」事件(173ページ)などを素材として「食の安全」を説き、吉林省石油化学工場の爆発事故(176ページ)などから環境問題を説き、麻薬と暴力団組織が社会を蝕む現実を指摘して、「モラルの低下」の一語で総括している。終章は脱社会主義への底流を眺めつつ、こう結ぶ。「中国の民主化・政治体制改革の歩みは遅い」「(しかし)インターネットの普及などによって、社会の深層部分においては、逆に脱社会主義の動きが強まっている」と(210ページ)。
以上のように著者は、まさに社会部記者らしい切り口で、北京オリンピックを迎える中国の諸相を描いて見せた。3月のチベット騒動は、中国共産党の半世紀にわたる少数民族政策の欠陥を暴露したものであり、5月12日にパンダの古里を震源地として発生した極大地震は、聖火のチョモランマ登山成功に酔う人々を震撼させた。
 隣国の人々がいくつもの困難を乗り越えて、北京オリンピックを成功させ、これを契機としてより一層世界に広く開かれた中国社会の建設に邁進されんことを望む期待は大きい。しかし、腐敗の進行が著しく、相当に官僚化の進んでいる政治体制がこれらの課題を担いきれるかどうか、不安も大きい。著者は性急な結論を避けているように見える。ズバリ、もっと率直な著者の回答を聞きたいところだ。
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